法介教学

龍樹の二諦論 / 18

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法介 2026/02/05 (木) 07:35:51

『法介の語り歌』その5


わたしたちが生きているこの世界は、どのようにして〝世界〟として立ち上がっているのでしょうか。
それは「主観」と「客観」という、二つの〝観法〟によって成り立っています。

まず「客観」という観法で外界の姿や形を受け取り、
次にその情報をもとに「これはこうだ」と主観で断定する。
この二つの観法が働くことで、わたしたちの世界は形づくられていきます。

たとえば、目の前にコップがあるとしましょう。
あなたはその形や姿から「これはコップだ!」と疑うことなく手に取り、コーヒーを注いで美味しくいただきます。

――ところが。
もし私が「それ、実は尿瓶なんだけど…」と告げたらどうでしょう。
同じ器であり、同じコーヒーなのに。
それまで美味しく飲めていたものが、途端に飲めなくなってしまうのではないでしょうか。

このように、
主観と客観は、しばしば自分勝手な思い込みによって生じていることが少なくありません。
ただ姿や形が似ているというだけで、安易に「これはコップだ!」と決めつけてしまうようなものです。

仏教では、このように真理にもとづかない認識のあり方を「無明」と呼びます。
無明とは「真理に暗い」という意味です。
だからこそ仏教では、人の「主観と客観」から離れた、もうひとつの観法――「空観」へと意識を向けていくことが説かれています。

空観とは、仏教独自のものの見方で、
主観や客観といった無明にもとづく視点から離れ、
縁起によって対象を捉えるという観法になります。

それは、目に映る対象を見た瞬間に決めつけるのではなく、
ただ外界を客観的に測るのでもなく、
「そのモノがそのモノと成り得た因果と縁」を観じるものの見方です。

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