- 『成唯識論』巻の第二
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それが『成唯識論』巻の第二の次の文の意味だよ。
【原文】
此四分中前二是外,後二是內。初唯所緣,後三通二,謂第二分但緣第一,或量、非量,或現、或比。第三能緣第二,第四證自證分,唯緣第三,非第二者,以無用故,第三、第四皆現量攝,故心、心所四分合成,具所、能緣,無無窮過,非即、非離,唯識理成。
【現代語訳】
この「四分」のうち、最初の二つ(相分・見分)は「外」(対象と主観)であり、
後の二つ(自証分・証自証分)は「内」(内面的作用)である。
第一分(相分)は、ただの所縁(対象)であり、
第二分(見分)は第一分を縁とする。これは正しい認識(量)であることもあれば、誤った認識(非量)であることもある。
第三分(自証分)は、第二分(見分)を縁とし、
第四分(証自証分)は、第三分(自証分)のみを縁とする。
なぜ第二分を縁としないかというと、証知する意味がないからである。
第三分と第四分は、いずれも現量(正しい直接的認識)に含まれる。
このように、心と心所は四分から構成され、
所縁(対象)と能縁(主体)の両方を備え、
無限後退(誰が証知するかという無限の問い)を避け、
即でも離でもない「唯識」の理が成り立つのである。