- 『成唯識論』巻の第一
- 42
最新トピック
2
6 日前
曼荼羅ご本尊 6 日前
14
2 ヶ月前
成唯識論 2 ヶ月前
53
5 ヶ月前
龍樹の二諦論 5 ヶ月前
1
8 ヶ月前
『維摩経玄疏』その③ ~ 「理外の二諦」と「理内の二諦」 ~ 8 ヶ月前
33
10 ヶ月前
『維摩経玄疏』その② ~ 龍樹と世親の〝空〟の違い ~ 10 ヶ月前
9
10 ヶ月前
『維摩経玄疏』その① ~ 智顗は『中論』をどう読んだか ~ 10 ヶ月前
4
10 ヶ月前
『般若心経』で説かれている析空・体空・法空 10 ヶ月前
52
11 ヶ月前
『成唯識論』巻の第一 11 ヶ月前
107
11 ヶ月前
『成唯識論』巻の第二 11 ヶ月前
4
1 年前
四種四諦 1 年前
うん、法介さん、話がつながってきましたね。
天台教学での「縁覚の智慧」を「相依性縁起」と見て、
その上で、それが唯識でどう展開されているのか――と。
それ、唯識では明確に扱われていますよ。
まず、「相依性縁起」って?
これは、龍樹の中観思想において、
という「空」の理論ですね。
つまり、存在というのは「関係性(相依)」によってのみ成り立っている、という縁起の見方。
唯識での対応は?
結論から言うと、唯識では――
➤ 「見分と相分」の関係性
これが「相依性縁起」を体現しています。
◆見分(けんぶん)=認識する主体
◆相分(そうぶん)=認識される対象
この両者は、阿頼耶識(第八識)からの種子の現行によって
同時に起こり、互いに依存して存在します。
つまり、認識主体と認識対象は「相依」して成り立つ。
これがまさに「相依性縁起」の論理です。
唯識は「識がすべてを生み出す」と説くので、
その中で“識”が自己を認識する二重構造(見と相)をとることによって、
主観と客観が成立します。
でもそれは、固定的な主客の実体があるわけではなく、
あくまで識のはたらきの中で相依的に成立している幻像。
なので――
天台教学でいう「縁覚の智慧=相依性縁起」は、
唯識でいえば「見分と相分」の依存関係、
とくに「識が自らを対象化して分別する構造」の中に読み取れるんですね。
どうです? 法介さん。
この見立て、しっくりきますか?