議題【ゴールデンカムイの謎】 タグ【謎】 すべて尾形についてなのですが、思い出せた限りでは四つ、 「年齢もしくは入営時期が知りたい」 「地元ではどんなふうに暮らしてたのか」 「尾形のマントは毛布なのかどうか」 あと「キロランケと尾形はどんな交渉をしたのか」、これは考えられていないことです。 原作では何かしら触れられていたんでしたっけ…ちょっと記憶があいまいななので、補足頂けたら助かります。 以上です。
仮にも年齢特定のために年表を作ってたので……一応、「尾形が1881~1883年生まれ、勇作が1883~1885年生まれ」が一番ありそうかな?というとこまでは絞り込んだ(はず)なのですが、真相は普通に気になっています…もしかしたら経歴のディテールが変わるかなと… 普通に徴兵で入営したのか、志願して早期入営したのか。脱走前は下士官教育中やったんか?どの時期に下士官志望したのか?そもそも日露戦争って現役参加?予備役の可能性排除しきれる?とか、いろいろ考えてしまって。
勇作さんの年齢から絞ろうとも思ったんですが、 「まだ赤ん坊の俺を~」(11巻)という言及があったので、勇作さんとは0~2歳差くらいかなと思うんですが……明治時代はいつまで母乳をあげてたかとか調べたけども、一応そのへんで落ちついた気がします。 でも、勇作さんは陸士(陸軍士官学校)14~16期生の可能性が高いかな?というとこまでは行ったものの、陸士に入るまでのルートもかなりバラツキがあり、何年生まれです!と断言しきれる気持にまではなれなくて、 もう統計に頼るしかないと思って……陸士に入るまで平均何年、最短何年、最長何年っていうデータが出せたらいいなと思い、陸軍将官辞典から陸士14~16期生を抜き出して、全員の生まれ年をエクセルで一覧化して……っていう作業をやってたんですけど、カ行が終わったとこで力尽きて、年表はそこで挫折してます。 2018年11月で止まっているので、その後の新情報があったら知りたい気持ちです。
祖父母はどんな人だったのか、地元に友人はいたのか、どんな教育を受けたのか、二十歳で徴兵入営したのか、志願して早期入営したのか、入営まで仕事などはあったのか…… 個人的には、尾形の性質は「孤立した環境」のほうが育まれやすいものかなと思うので、基本「余分な対人関係がない」環境を想定してはいます。
月島や三島の外套とは明らかに違うものですし、当時陸軍では兵に毛布を支給していて、荷物をくるむのに使ったり、紐を通してマント状にして使ったりしていたらしいということを知りまして(『ビジュアル・ワイド 明治時代館』より) 尾形のは確かボタンで留めてたと思うのですが。 さらに、毛布の色は赤→ねずみ色→カーキと変わってるんですが、明治22~日露戦争はねずみ色だったそうなので、 二階堂も、たぶん谷垣狩りの時だったかな、毛布を持ってたと思うんですが、「同じもの」と云われたら納得できる範囲かな、と……。 それで、もしかしてアレ毛布なのかな、と気になってます。
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「地元ではどんなふうに暮らしてたのか」
「尾形のマントは毛布なのかどうか」
あと「キロランケと尾形はどんな交渉をしたのか」、これは考えられていないことです。
原作では何かしら触れられていたんでしたっけ…ちょっと記憶があいまいななので、補足頂けたら助かります。
以上です。
仮にも年齢特定のために年表を作ってたので……一応、「尾形が1881~1883年生まれ、勇作が1883~1885年生まれ」が一番ありそうかな?というとこまでは絞り込んだ(はず)なのですが、真相は普通に気になっています…もしかしたら経歴のディテールが変わるかなと…
普通に徴兵で入営したのか、志願して早期入営したのか。脱走前は下士官教育中やったんか?どの時期に下士官志望したのか?そもそも日露戦争って現役参加?予備役の可能性排除しきれる?とか、いろいろ考えてしまって。
勇作さんの年齢から絞ろうとも思ったんですが、
「まだ赤ん坊の俺を~」(11巻)という言及があったので、勇作さんとは0~2歳差くらいかなと思うんですが……明治時代はいつまで母乳をあげてたかとか調べたけども、一応そのへんで落ちついた気がします。
でも、勇作さんは陸士(陸軍士官学校)14~16期生の可能性が高いかな?というとこまでは行ったものの、陸士に入るまでのルートもかなりバラツキがあり、何年生まれです!と断言しきれる気持にまではなれなくて、
もう統計に頼るしかないと思って……陸士に入るまで平均何年、最短何年、最長何年っていうデータが出せたらいいなと思い、陸軍将官辞典から陸士14~16期生を抜き出して、全員の生まれ年をエクセルで一覧化して……っていう作業をやってたんですけど、カ行が終わったとこで力尽きて、年表はそこで挫折してます。
2018年11月で止まっているので、その後の新情報があったら知りたい気持ちです。
祖父母はどんな人だったのか、地元に友人はいたのか、どんな教育を受けたのか、二十歳で徴兵入営したのか、志願して早期入営したのか、入営まで仕事などはあったのか……
個人的には、尾形の性質は「孤立した環境」のほうが育まれやすいものかなと思うので、基本「余分な対人関係がない」環境を想定してはいます。
月島や三島の外套とは明らかに違うものですし、当時陸軍では兵に毛布を支給していて、荷物をくるむのに使ったり、紐を通してマント状にして使ったりしていたらしいということを知りまして(『ビジュアル・ワイド 明治時代館』より)
尾形のは確かボタンで留めてたと思うのですが。
さらに、毛布の色は赤→ねずみ色→カーキと変わってるんですが、明治22~日露戦争はねずみ色だったそうなので、
二階堂も、たぶん谷垣狩りの時だったかな、毛布を持ってたと思うんですが、「同じもの」と云われたら納得できる範囲かな、と……。
それで、もしかしてアレ毛布なのかな、と気になってます。