考察過程(ちょっと寄り道)
《2-2》原作開始時の立場
と考えると、おおまかに3方向の可能性があると思います。
(※ひとまず現役の場合のみ考えています。予備役については《4》で。)
(1)そもそも「軍人なのかどうか」も微妙な立場。
本来なら軍に残っているはずではないが、
鶴見中尉が中央との連絡をごまかして存在をうやむやにしている。
給与や生活物資が配給されているかどうかも謎。
鶴見が(阿片の売上とかで)養っていたのかもしれない。
入営時期の特定にはつながらない。
(2)原作開始時点(1907年2月)下士官教育を受けている(ということになっている)。
1902年12月入営、1905年11月末に満期予定で、下士官勤務を希望し、
1907年12月まで2年間の下士官教育を受けている(ということになっている)。
(3)1899年または1900年12月に入営、
1902年または1903年11月末に満期予定だったが、下士官勤務を希望。
そのまま進めば1904年12月または1905年12月に伍長に昇進するはずだったが、
教育期間中に日露戦争が始まり、上等兵のまま戦地に送られた。
戦地から戻り、下士官教育がつづいている(ということになっている)。
ちなみに下士官候補者の教育は、時代によっては
「教導団」「教導学校」など、中央直轄の機関で一括して行われているのですが、
1899(明治32)年~1927(昭和2)年の間はこの制度は廃止中で、
下士官の養成・補充は各部隊で行うこととなっています。
参考:【陸軍教導団】https://ja.wikipedia.org/wiki/陸軍教導団
【陸軍教導学校】https://ja.wikipedia.org/wiki/陸軍教導学校
なので、実際に下士官教育をしてるかどうかはともかく、
尾形を「下士官候補者」として鶴見さんの手元に置いておくことはできるかもしれません。
※きちんと確認していませんが、宇佐美や二階堂にも応用がきくかもです。