【副産物1】上等兵という立場
年齢の絞り込みにはあまり役立たなかったのですが、
上等兵という等級について調べたことです。
二〇三高地戦のシーンですでに、尾形は鶴見に「上等兵」と呼ばれている。
第七師団が二〇三高地戦線にいるのは1904年11月28日(または29日)~12月5日です。
(それまでは予備隊。二〇三高地戦は11月27日~)
参考:【旅順攻囲戦】https://ja.wikipedia.org/wiki/旅順攻囲戦
「日露戦争第七師団年表」https://m0rishio.hatenablog.com/entry/2018/07/06/001534
上等兵へ昇進するには二通りの方法があり、
戦時中なら
「戦時、事変に際し功績の抜群の者」「召集中の予備役兵の成績の優秀な、あるいは行為の卓越した者」
などが進級することがあります。
参考:【兵(日本軍)】https://ja.wikipedia.org/wiki/兵_(日本軍)
平時であれば、次の段階を踏みます。
・入営から約4ヶ月間の勤怠や成績から「上等兵候補者」に指名される
・上等兵候補者特別教育を受ける
・この教育を修了した者から、数ヶ月おきに数次に分けて上等兵に選ばれる
上等兵への最初の選抜は、現役1年目の終わり(12月)に行われ、
「ここで進級する者を「一選抜上等兵」と呼んだ。兵隊の出世頭である。」
とのことです。
参考・引用:
【兵(日本軍)】https://ja.wikipedia.org/wiki/兵_(日本軍)
【上等兵】https://ja.wikipedia.org/wiki/上等兵
二〇三高地戦までに「平時の方法で」昇進するのであれば、
1902年12月までに入営し、1903年12月までに昇進している必要があるでしょう。
(1902年入営→1903年12月昇進なら一選抜上等兵です。つよい。)
むろんこれ以前に入営している可能性も、もっと時間をかけて昇進している可能性も全然ありますし、
日露戦争開戦後の功績で上等兵に昇進している可能性もあります。
予備役兵も昇進する場合があるようです。