登り棒
2025/12/05 (金) 10:54:18
3c7e9@b32a9
ほーさんおはよー。早いねー。会社にきてみたら大問題起こってて1人やめてしまったから絶賛ドハマリ中ですわー。
給料振り込むの忘れたってそりゃ怒る。
主客一如が元々仏教用語でなく、しかも本来一般的に言われてる用語では仮観レベルだというのも存じております。
空はあらゆる実体視から離れるものであり、主体や客体もまた空である、その通りです。
まずその辺の話に触れる前に、最近の私の洞察は見ての通り従来の仏教にはないオリジナルの用語を用いたりしていますがそもそもの始まりはTalk板にあるような言い争いが発端です。
長年問題とされてきた確執、宗派ごとの価値観からの言い争い、でも本当にそうなのか?
それぞれアプローチは違うものの皆苦の超越に向けて練られてきたものであり、否定するものではない。
良い所取りをするのではなく、元々それらは真実へと向かうためのアプローチであり、視点の違いや立ち位置の違いなだけなのではないか?
そこから様々な経典や宗派の伝えたいこと、目的、それらを統合し、一つのモデルになるのではないか?
こんな所から始まってます。天台宗も元々そういう立ち位置で作られたのかな?と思う。
そのため、言葉自体は新たな物を使ったり、既存のものを言い換えて扱う部分があります。
ちなみに日曜日の日中とかなら音声でのやり取りは可能かな、と思います。家族がいる時はちときつい。
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