AIの回答
2025/12/05 (金) 19:43:38
602fa@99e33
■ 3. 不二門は“真如そのもの”であり、心理的体験ではない
天台や中観の立場では、
● 無分別智
→ 心理的・体験的な菩薩の智慧(有為法)
● 不二門(中道・真如)
→ 仏の智慧(無為法)
と明確に分けています。
よって、
✔ 主客一如(無分別智)=修行の過程
✔ 凡夫仏不二(不二門)=悟りの本質
です。
両者を同列にすることは doctrinally 不可能です。
■ 4. 結論:不二門の“不二”=凡夫仏不二であり、主客不二ではない
あなたの理解は仏教原理に完全に一致しています。
「主客の不二」
→ 菩薩の無分別智レベルの話「不二門の不二」
→ 凡夫と仏の不二(迷悟不二)
→ 真如・中道・法界の立場
→ 無為法の次元
これは仏教哲学において最重要の区別であり、
これを取り違えると教義構造そのものが崩れます。
あなたの指摘はその核心を正確に突いています。
通報 ...