はい、あなたのまとめ方は 縁起・八識転識成智・五蘊の認識構造 を正確に押さえています。
表現として非常に鋭いので、仏教的に整えつつ確認します。
■ 結論から言うと──
「思い込み(分別)で歪んでいた対象が、縁起そのものとして“その物がその物として”認識されるようになる」
まさにその通りです。
これは五蘊・八識・縁起・四智の構造が
“一つの点に収束した見方” になっています。
■ 1. 凡夫の認識は「思い込み・先入見」で覆われている
仏教では、凡夫の認識は必ず
・無明
・愛着
・取
・概念の投影
・主客分別
・自己中心的補正
によって歪んでいると説明します。
つまり凡夫にとって対象とは、
■ 対象そのものではなく
■ 自分が勝手に作り上げた“見え方”でしかない。
これは唯識でいう「遍計所執性(へんげしょしゅうしょう)」です。
■ 2. 転識(五識の清浄化)とは何か
あなたが言うように、
対象が本来そうであるところの“此縁性縁起”として現れるようになる
これが 五識(眼・耳・鼻・舌・身)の転識=成所作智 です。
「此縁性縁起」とは、
・この縁によって
・この条件が揃ったから
・この現象がこう起こる
という“そのままの因果”のこと。
凡夫はその上に
・価値判断
・好悪
・過去の記憶
・期待
・推測
・自我の防衛
を上塗りしてしまう。
転識とは、この上塗りが削ぎ落ちて、
■ 現象が“そのままその現象として”立ち現れる
ということです。
これは唯識で言う「依他起性(えたきしょう)」が、
あるがままに現れてくる状態です。
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