変則隔週日曜日 22:00~23:00 けもがたりの場所
10・11・12月の予定 🐸<隔月になったらしいぜェ、くーっくっくっく
・10/5:愛護と保護!絶滅危惧種や、それに纏わる人間話 ※10月4日は世界動物の日
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・11/2:良いインコの日!様々な鳥の話 ※11月15日は良いインコの日
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・12/7:年末恒例!今年の『けものフレンズ』やそれに纏わる動物の話
けもがたり保管庫
(けもがたり過去ログまとめ)
はい、そうです。また、戦後の森林破壊も追い討ちとなり、現在は密猟が絶えません
ヒトカスさん…
うーんヒトカスというかフランスが要らんことしたというか、結果的にソ連VSアメリカになったというか…
ミリタリーに詳しい小鉢さんのログインを待ちます
遅ればせながら背景を…
この地域はフランス植民地『仏領インドシナ』として永らく統治されていてそれが
第二次大戦の末期に日本軍に武力解体させられて、一応傀儡ではあるもののラオス王国、カンボジア王国、ベトナム帝国が独立しました。
程なく日本が敗北したことでベトナムの北緯16度線を境に北を中国国民党軍、南をイギリス軍が駐留する事になりましたが、1945年9月2日にべトミン主席ホー・チ・ミンが帝政の終結とベトナム民主共和国(のちの北ベトナム)の独立を宣言したものの、ラオスとカンボジアは独立を取り消し元のフランスの保護国の立場に…
一方のフランスはインドシナをフランスとつながる連邦として再編し云わば『国家の中の国家』としてのみそれぞれの国の独立を認める姿勢を崩さず、ベトナムとの対立を深めていきます。
1946年12月19日ハノイに仏軍が侵攻し北部での戦いが始まりますが、1949年以降仏軍はべトミン軍が中ソの支援を得られるようになり、べトミン軍の展開するゲリラ戦により仏軍は損害を重ねていきます。
泥沼化した情勢に疲弊したフランスは1949年にかつてのベトナム皇帝を主席としてベトナム国(南ベトナム)を傀儡として建国し、翌年に米国に援助を要請、東南アジアの共産化を防ぐ目的で米国は南ベトナムに援助を開始しました。
長い戦いの後、1954年にフランスと北ベトナムが交渉により暫定的に北部17度線で勢力を分け56年に全国統一選挙を行う事になったものの南ベトナムの庇護者になった米国はこれを無視し、1956年6月、最後の仏軍部隊が撤収した後は南ベトナムの保護者として戦争にのめり込んでいきます。
そしてここから中国・ソ連の支援する北ベトナムと米国・オーストラリアその他西側の支援する南ベトナムとの代理戦争としての『ベトナム戦争』が始まります。
そしてその裏では49年にフランスにより独立が許されたラオスでも内戦が起きておりこちらも西側VS中ソの代理戦争であり国内に北ベトナム派シンパを抱えていました。
彼らの助けも借りながら北ベトナムは南ベトナムに残って戦い続けている同志『南ベトナム解放戦線』を支援するために警戒の強い北緯17度線を迂回してラオスと65年以降親北ベトになったカンボジアを抜けて物資を運び込む補給路、通称「ホーチミン・ルート」を築き上げます。
米軍にとってこの補給路は脅威でしかなく幾度となく無力化を試み、この地域に住む山岳民族を傭兵にして補給ルートの襲撃を行ったり、このルートのあるラオスとカンボジアに航空機による爆撃を執拗に行っただけでは飽き足らず、1970年にカンボジアで親米派にクーデターを起こさせ政権交代を起こさせています。
しかし結局「ホーチミンルート」を潰す事は叶わず、1973年にパリ和平協定が米国と北ベトナムとの間で結ばれ、3月29日に米軍は軍事顧問を残して撤退します。
そして1975年3月10日に完全にベトナムへの関心を失った米国の様子を受け、北ベトナムは南ベトナムへの大攻勢を開始、4月30日に南ベトナムの首都サイゴン(現在のホーチミン)が陥落し、南北ベトナムはようやく統一されました。
しかしながら戦火はまだ収まらず親米政権が倒れ悪名高い原始共産主義を掲げるポル・ポトが収める事になったカンボジアが南北統一の勢いに乗ったベトナムがカンボジアを併合する疑念による小競り合いを繰り広げた末、1978年12月25日にベトナム軍の大攻勢を受けて占領されてしまい、逆に親ベトナムの傀儡国家が立てられまいます。その後農村を中心に支持を維持するポル・ポト率いるクメールルージュを含む反ベトナム勢力の抵抗が続きカンボジアは永らく内戦状態になります…
要約しますとカンボジア・ラオス・ベトナムの一帯は1945年辺りから長期にわたって戦場になっており、これらの国を覆うジャングルがゲリラ戦の舞台となった事で多くの動物が戦闘に巻き込まれて命を落としたり、そしておそらく戦乱による食糧事情の問題や貧困を理由に幅広い層が肉を求めて動物を乱獲した物と思われます。
更に現在これらの国は平和とはいえお世辞にも豊かとはいえない経済状況の場所が多く、どうしても田畑の拡大や宅地の開発のためのジャングルの開拓を肯定的に見てしまうのもこのサルを含めた野生動物の保護や頭数の回復が難しい一因ではないかと思われます…