F26124
2026/06/10 (水) 16:11:27
9ea45@93e27
今回の講義で、私はゲシュタルト心理学について今までの講義で学んだヴントの要素還元主義やfolk phychorogyの批判としての分野、ゲシュタルト心理学の基盤とは何かを学ぶことができました。特に全体論、能動性について今まで意識してこなかった自分の行動や考え方にもゲシュタルト心理学を元に考えられる法則などが当てはめられているということを知りました。個人的にはゲシュタルト心理学の考え方は現代でひとつの学問として残っていても良いと感じるくらい意識に対する認識として理解しやすいと思います。これらの考え方が現代の学問の中にも散りばめられるような形で残っているのにも納得が行きます。
質問: ヴントはキリスト教の許される範囲での心理学として、要素還元主義などの意識に関する研究を行っていて、それら以外の無意識の分野などを民族(文化)心理学として後世に任せたと言うことですが、もしヴントがキリスト教に忠実ではなかったり、これらの研究にキリスト教の影響がなかった場合、心理学の無意識に対する研究はより早く発展していたのでしょうか?それともそれらの研究の進歩は変わらなかったのでしょうか。
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ゲシュタルト心理学が衰退したのは、おそらく、個別の事例は示したが理論を示し得なかったことにあるのではないかと思います。「なんとかの法則」はいっぱいありましたが、それらを統一的に説明できる枠組みは示されませんでした。これを引き継ぐのが、生態心理学のギブソン(いずれやります)ではないかと考えています。
歴史に「たら、れば」は禁物と言われますが、あえて推測すれば、ヴントは要素還元主義に立っていたのでこれと相性のよい、大脳の研究に向かったのではないかと思います。つまり、ヒトをモノとして扱う研究に向かったということですね。これはキリスト教的にはアウトです。そしてもし大脳の研究に向かったとしたら、無意識ではなくむしろ意識に着目したのではないかと推察します。というのは、大脳の活動を我々は意識できません。すなわち大脳の活動は無意識裏に進んでいます。このような無意識的な大脳活動から、意識がどのように生まれるのかに関心が持たれたのではないかと。これは現在の脳研究と同じですね。
6点差し上げます。