ところで、音之進が入学したのが本当に「陸軍士官学校」なのか不明です。
陸軍士官学校の年齢制限に関しては、 ・「十六年以上二十年未満」(秋元書房『陸軍士官学校』p.9) ・「陸士予科(予士)入校時の年齢は最若年者で16歳」(Wikipedia【陸軍士官学校 #教育課程】) といった記述も見られますが、これはどちらも1920(大正9)年以降の「陸軍士官学校予科」についての記述です。 明治35(1902)年当時、この教育機関はは「陸軍士官学校予科」ではなく「陸軍中央幼年学校」と呼称されています。
当時の「陸軍士官学校(後年の”本科”)」を志願する者の年齢制限に関しては、今のところ、 明治十八年制定「士官生徒入学検査格例」による「18年以上23年未満」という記述しか発見できていません。 (斉藤利彦『軍学校への進学』https://www.jstage.jst.go.jp/article/kyouikushigaku/32/0/32_KJ00009273425/_pdf) こちらはいわば「旧・士官学校」の制度下で決定されたもので、いつまでこのまま運用されていたのかは不明です。 (音之進や勇作は「士官候補生」制度下の陸士出身ですが、それより古い「士官生徒」時代の制定です)
年齢特定には関わってこないので、この問題はちょっと脇へおいておきます……。
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ところで、音之進が入学したのが本当に「陸軍士官学校」なのか不明です。
陸軍士官学校の年齢制限に関しては、
・「十六年以上二十年未満」(秋元書房『陸軍士官学校』p.9)
・「陸士予科(予士)入校時の年齢は最若年者で16歳」(Wikipedia【陸軍士官学校 #教育課程】)
といった記述も見られますが、これはどちらも1920(大正9)年以降の「陸軍士官学校予科」についての記述です。
明治35(1902)年当時、この教育機関はは「陸軍士官学校予科」ではなく「陸軍中央幼年学校」と呼称されています。
当時の「陸軍士官学校(後年の”本科”)」を志願する者の年齢制限に関しては、今のところ、
明治十八年制定「士官生徒入学検査格例」による「18年以上23年未満」という記述しか発見できていません。
(斉藤利彦『軍学校への進学』https://www.jstage.jst.go.jp/article/kyouikushigaku/32/0/32_KJ00009273425/_pdf)
こちらはいわば「旧・士官学校」の制度下で決定されたもので、いつまでこのまま運用されていたのかは不明です。
(音之進や勇作は「士官候補生」制度下の陸士出身ですが、それより古い「士官生徒」時代の制定です)
年齢特定には関わってこないので、この問題はちょっと脇へおいておきます……。