本日は1926年に近鉄あやめ池遊園地が開業した日であります。
・近鉄あやめ池遊園地は、奈良県奈良市にて営業されていた遊園地であります。
近畿日本鉄道株式会社(近鉄)の直系の前身にあたる
大阪電気軌道が初めて開発した遊園地で、天然の菖蒲上池を中心に
遊戯施設/ボウリング場/動物園等を配置していた他、
2003年まで近鉄の傘下であったOSK日本歌劇団の常設小屋として
円形大劇場があり、団員養成施設の日本歌劇学校も設置しておりました。
また、大阪電気軌道開業時の車両「デボ1形電車」も保存展示されておりました。
・1925年9月に造成工事に着手し、1926年6月11日に開園。
1927年に遊園地南側で炭酸鉄泉が湧出し、1929年7月20日に余興場/遊戯場/
食堂を併設し、大浴場/家族室/休憩室を備えた2階建ての菖蒲池温泉場が開業。
1935年にコースター/スクーター/ワンダーホイール/自動乗馬/
メリーゴーランド/射的/回転円筒/回転円盤/聖戦ゲーム/
水遊び場/砂遊び場/水鳥舎等が設けられた「魔法の島」を開設。
1940年9月28日から11月15日にかけて、紀元(皇紀)2600年と
日本の航空開始30周年を記念し、近畿日本鉄道の遊園地としては
初めての大規模な博覧会となる、大日本飛行協会と朝日新聞社主催の
「航空日本大展観」を入場無料で生駒山上遊園地と同時開催。
第二次大戦の戦時中、あやめ池遊園地はあやめ池科学広苑に、
あやめ池温泉場は健民厚生場となり、あやめ池科学広苑に近代兵器科学館が開館。
1945年11月2日にあやめ池温泉場が進駐軍に接収され、
1948年9月28日に進駐軍による接収が解除。
1949年4月1日から5月31日にかけて朝日新聞社主催の
「第1回日本ステート・フェア」を開催。1954年3月21日から5月31日にかけて
「第2回日本ステート・フェア」を開催。それを機に全長225mの
空中観光ロープウェイの営業を開始し、あやめ池温泉場に自然博物館を開設。
1954年に大菊人形展「菊花パラダイス」を開催し、
その後も秋の風物詩として1987年まで毎年開催。
1956年3月21日に円型ドーム型大劇場「あやめ池円型大劇場」が開場。
1957年7月に大劇場で公演する大阪松竹歌劇団に
自然博物館を音楽学校校舎として賃貸。
1958年3月20日から6月5日にかけて近畿日本鉄道・産経新聞社共催による
「平和のための防衛博覧会」を開催。
1958年4月1日にあやめ池温泉場の建物に日本歌劇学校を開校。
1960年3月19日に水上ログコースター「ロッキー」(全長1.44km)を新設し、
遊園地内を一周する「こどもの汽車」の増備と路線延長が竣工。
1961年5月7日に日本プロレスによるプロレスリング興行を開催。
1962年7月1日レクリエーションプールがオープン。
1963年に菖蒲池駅前広場を拡張し、大駐車場を新設。
1968年に野外劇場サウンドスタジアムを開設。
1970年4月8日にあやめ池ボーリングセンターを開設。1971年に大催物館を開設。
1977年12月26日にあやめ池大劇場に隣接するあやめ池歌劇学校の建物が竣工。
1978年3月31日に日本歌劇学校があやめ池大劇場の隣へ移転し、
あやめ池温泉場を引き継いだ建物の解体を決定。
1981年に水上宙返りコースター「トルネイダー」を設置。
1989年にジャンボメリーゴーランドを設置。
その後、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンの開業や
少子化等による来場者の激減、加えて近鉄グループのリストラも重なり、
2004年6月6日にあやめ池遊園地、あやめ池ボーリングセンターが閉園。
遊園地跡には2008年から近鉄あやめ池住宅地が開発されております。
ジャパリパークはその大部分が広大な敷地を活かした動物園施設でありますが、
研究や飼育のための管理エリアの他に遊園地施設も併設されております。
遊園地は面積も広く、お馴染みの様々な遊具等の設備が取り揃えられております。
みんみ様がかばん様と行動を共にされていた時点においては
既に職員の方々の姿は無く、遊園地を含めたパーク内の殆どの設備は
職員が去られた時のまま放置されておりました。
しかし、フレンズの皆様の生活に欠かせない設備においては、
ラッキービースト様達によって管理されているようであります。
遊園地は忙しい日常を忘れさせてくれる娯楽施設であります。
私達の世界においては現在も厳しい状況でありますが、
お客様の笑顔に溢れる時間が一日も早く戻ってくる事を願っております。
本日もお祈りいたします、みんみー。