H.O.P.E.

便所の落書き / 127

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えああ 2025/05/24 (土) 01:43:09 修正

科学のさらなる発展でさらに説明できることが増えると霊の居場所はもっと減るだろう。

例えば「墓参り」って、人によっては面倒臭いだけの儀式だったりするんだろうけど
個人の感性をいったん脇に置いといて、人類学的に見ると「霊魂の肯定」ってかなり重要な要素なんだよな。

というのも。
人類の文化って、端的に言うとスキルツリー形式になってて。
「斬撃」を取得したらツリーの先にある「二連斬り」や「火炎斬り」がアンロックされる…みたいな。
文化ってそんな感じで形成されてるんだよ。

日本人の場合、神道関連のツリーを伸ばした結果「いただきます」の文化が芽生えた。それは動物の霊に対する感謝。
比較してキリスト教圏の場合、食事前の祈りは「主への感謝」って感じで少し性質が違うよね。

日本語では「先日」とか「先ほど」って感じで、過去のことを「前方」として捉える傾向がある。
過去に起こった事は観測できるから、視線の先にあるのは過去で
逆に、まだ見えない未来は「後ろ」にある…ってイメージ。後日。後ほど。

恐らくこの感覚もスキルツリーがベースになっていて。
日本文化の場合、世界の様々なものに神が宿っていて
世界そのものが主役で、その中の一員として自分がいる(共存している)という感覚が土台にある。
逆に西洋文化だと、世界の様々なものを乗り越えて自分が前進していく、目線の先にあるのは未来で自分が主役…という感覚が土台になってる。

  • 「いただきます」=何となく大切な気がする
  • 「意見がぶつかり合ったとき」=共存できる答えがベスト

この辺の価値観って、現代の無神論者な日本人にさえ継承されてる文化的要素なんだよな。

文化がスキルツリー形式だとして
「霊的なものを肯定する」ってのはツリーのかなり根元付近にある基礎スキルだと思われるから
もし仮にそれがリセットされてしまったら、その先にある大量の「応用スキル」が機能不全に陥るリスクがある。

科学が発展して様々なことが証明(≒否定)されていったとしても
「それでも心霊を何となく信じ続ける」って姿勢を持ち続けたほうが人は幸福でいられると思う。

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