GGD民はそれしか考えないだろうがAMの旧作には「タナトノート」の用語は人名以外にも意味がある。
ひとまず『スターダンス』のことから考え直して記事の本文を書く。
原書は1994年の小説。邦訳はNHK出版より、榊原晃三訳(1996年)がある。
小説『タナトノート』からは、初期のAMゲームのキャラクター名などがたくさん引用されている。もっとも、ヴェルベールの作品のテーマや態度がAM作品中に反映している、踏まえているという意味ではとくにない。名前が使われている。AMはAMなのだけど、1998~2000年代前半頃の「当時の気分」を今想像するには大いに楽しんで参考になる。
ともかく30年前の小説で、邦訳で675ページの大著でもあり、引用元の本を読むにあたって逆にAMキャラのイメージを当てながら読んでみるという読み方はべつに悪くない。駄目だと言われてもするだけだ。ここはメモ。
137 アマンディーヌに悩殺されているミカエルは拒否されながら何度も愚かしく振り回される。アマンディーヌは、不安で眠れないからベッドで一緒に寝かせてくれと頼みにきてミカエルには何もするなという、男性にとっては理不尽なことをする。
エレGYがジスカルドさんを誘惑するときはそこまで悪辣な少女ではないが、どっちかというとジスカルドさんが彼女を小娘扱いしたのでエレGYが不満だった。どっちがよいか。
何年前かにそれを読み返していたとき、『不可侵の乙女と一晩同衾する』シチュは魔術師には古来ありうることで、トリスタンのような話の型だ。それからヒントにすると『間に剣を置いて寝る』というアイデアも考えていた。自宅に日本刀がなければ剥き身の包丁でもいい。
どうせ危ない遊びをしているんだから実際に凶器を置いて味わってみるのは、スリリングな思い出になると思う。「友達だから」というんだったら、その話でお互い一生笑えそうだと思った。
149 結婚式でステファニアはミニのドレス、ローズは引きずるほどのロングドレスを着ている。このロングドレスは『スターダンス』のロングドレスかもしれない。
156 「銀河の中心」という話題はこのあたりで出てくるが、「パートオブフォーチュン」はどこから来たのかな。特定の出典がなくても、占星術には違いないが。
216 またしても天使の名前のリストがある。わたしはこの類のミスティックな精霊名簿一覧が昔から嫌いだ。一人ひとりに各々の権能が書いてあるが、物語としてそれらしい神話的エピソードはほとんどの場合ない。名簿のための名簿、というもの。七十二人の天使とか、七十二人の悪魔とか。
実践する魔術師としては、マイナーな悪魔の諸侯の中から選んで専門分野の者を召喚しなくても、それらの王であるサタンはサタン自身のフットワークが軽く、呼ばなくても現われるほどフレンドリーでもあり、数多い諸侯や諸将の立場をなくしていることだろう。
AMでは「33人のスペシャリスト」という名簿はほんとに嫌っていたのにゲームを遊ぶためとはいえ後にはわたしがそのリストをWikiにまとめ直すことになった。それも移転を経て三回くらいも! 元々こうしたものを嫌っているわたしが結局それに手慣れているとはどうしてか。ここの、この中にはマーザンのマリリンの四人弟子のネコ人の元ネタも含まれている。
217 サマエルが発する「黒い光」はAMゲームの技の名になっていることがあるけど、保留。本作以外でもファンタジー作品の中の表現としてたびたび見たことある。
217
「聖ペテロ!」とステファニアは叫んだ。イタリア人の彼女はカトリックの教理を忘れてはいなかった。「あなたが、天国の鍵の守護者、聖ペテロなのですか?」
聖ペテロが登場する。が、AMの聖ペテロはテキスト中では『シー・メル』に遡り、もとはヒルトンの血なし少年の伝説の井村君江訳文から発しているらしい。『タナトノート』由来ではないと思う。
余談だが井村君江せんせいのその独特な訳(血なし少年)はいっときの使用で、2000年頃にはもう別の訳(暖かい血の流れていない少年、すなわち死んだ少年のこと)か、コールドラッド・オブ・ヒルトンとカタカナを採用しているので当時の引用元がどの本かもおおよそ特定できる。とくにそのする意味はないけど。研究者がすでに廃止した訳語が後にも余所に引用されて生き残っている例のように思えてすこし面白かった。AM作品にジルが登場しなくなったので今はどうでもよくなった。
ゲームのエンドロールに引用参考文献と書いといてくれりゃいいんだ。べつに出典が書いてあったってキャラが減るものでないし。フリゲでそこまで格好つけることはなかったのか。格好いいと思う。
マリリン・モンローは213、225に二回出てくる。マーザンのマリリン和尚がそれだとは……多分そうだろうと思うけども。
本をぱらぱらめくってランダムに目についた名前をキャラに採用したんだとは思う。後からそれを言い当てるのは無意味だが面白く、ただしあまりに一般的な語すぎて本文中にあってもそれと言い切れないこともある。
275 ハードロックってLUPIAみたいなものかな。
「ハードロックを流すのよ! 外でもラジオでも、もう誰も、クラシックとか宙に浮きそうな軽いやつしか聴いてないんだ。本当にうんざりするわ。超ど迫力のロック・コンサートがやりたいよ!」 「ロック! ロック!」と悪の闘士たちがスローガンのように叫んだ。 「聴きたいんなら、あるぜ」
296
5 タキオンとは?
303 『オデュッセイア』は最初のほうの章(12)から強調しているし、訳者あとがきにもくり返しているように作者ヴェルベールはこの作品をひとつの「叙事詩たるもの」としている、したいらしいが、AMキャラのオデュセイアがこの文中から取っているかは測りかねる。「ッ」がない。
当時頃のジスカルドさんは多分ホメロスは読んでいないと思う。読んでたら人名としては「オデュセウス」になりそうなもので、何かの文書からランダムに採っただろうとは思うけどそれがこれかどうかは、わたしは言えない。
読了。わたしの感想はひとことで「陳腐」とは上で書いた。
『スターダンス』の頃にヴェルベールの『タナトノート』はインスパイア元としてあったとして、まず、AMのタナトノートは「死界飛行士」のような意味からは離れている気もする。
『スターダンス』にタナトノートの語がチラッとだけ混じっているのは、ゲーム中のマーラーワットにある。
教会の斡旋するタナトノートとは別の流派を辿る宗教寺院。歴史は教会よりも古い。
斡旋している……というのは何かの専門技術者を指しているようで、ここのタナトノートはやはり死者の世界に参入する人間のことだろう。タナティアの「教会」はチベット仏教の僧院のようなイメージか、当時のステファニアはその見習いタナトノートのように想像もできそう。
マーラーワットはタナティアの教会より古い歴史があるが、タナティアの教会はたぶん千年くらいの歴史がある。ゲーム中で明言されないがタナティアにその宗派を興したのはたぶんヨーガだ。
マーラーがそれほど長生きしているとは、ここでは言っていない。古い歴史のある寺院を最近乗っ取って新たに自分の名前を付けたのかもしれない。
タナトノートのノートは元々、アストロノートのような「naut」だが、AMでは途中から「note」になっているかと思う。GGDのタナトが本を抱いているのは、時間文書とならぶ二大文書というから書物の名前。このときには「デスノート」のような連想が加わってそっちが以後のAM世界の主流になっただろう。
『キレムサ』でロマンシアがヴィランを「それでこそタナトノート術士だ」と言っているときは、解釈が微妙だ。ヴィランの修行に何させているのか、ヴィランはどこまで進んでいるのかという興味もある。
いや、ヴェルベールの『タナトノート』の意味では「タナトノート術」とは言っても「タナトノート術士」という呼び方はしない。タナトノート術に通じる者はすなわち「タナトノート」だ。
『キレムサ』のタナトノートはやはり、すでに『死者の書』の意味になっているようだ。それに書かれている術が聖天使に流伝しているらしい。
かつて、料理をする人を料理人と呼び、その術を料理人術と呼んだ。『料理人術』という著作が世に知られると、その書を学んで実践する者たちを料理人術者と呼んだ、のような経緯。
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GGD民はそれしか考えないだろうがAMの旧作には「タナトノート」の用語は人名以外にも意味がある。
ひとまず『スターダンス』のことから考え直して記事の本文を書く。
ベルナール・ヴェルベール『タナトノート』
原書は1994年の小説。邦訳はNHK出版より、榊原晃三訳(1996年)がある。
小説『タナトノート』からは、初期のAMゲームのキャラクター名などがたくさん引用されている。もっとも、ヴェルベールの作品のテーマや態度がAM作品中に反映している、踏まえているという意味ではとくにない。名前が使われている。AMはAMなのだけど、1998~2000年代前半頃の「当時の気分」を今想像するには大いに楽しんで参考になる。
ともかく30年前の小説で、邦訳で675ページの大著でもあり、引用元の本を読むにあたって逆にAMキャラのイメージを当てながら読んでみるという読み方はべつに悪くない。駄目だと言われてもするだけだ。ここはメモ。
137
アマンディーヌに悩殺されているミカエルは拒否されながら何度も愚かしく振り回される。アマンディーヌは、不安で眠れないからベッドで一緒に寝かせてくれと頼みにきてミカエルには何もするなという、男性にとっては理不尽なことをする。
エレGYがジスカルドさんを誘惑するときはそこまで悪辣な少女ではないが、どっちかというとジスカルドさんが彼女を小娘扱いしたのでエレGYが不満だった。どっちがよいか。
何年前かにそれを読み返していたとき、『不可侵の乙女と一晩同衾する』シチュは魔術師には古来ありうることで、トリスタンのような話の型だ。それからヒントにすると『間に剣を置いて寝る』というアイデアも考えていた。自宅に日本刀がなければ剥き身の包丁でもいい。
どうせ危ない遊びをしているんだから実際に凶器を置いて味わってみるのは、スリリングな思い出になると思う。「友達だから」というんだったら、その話でお互い一生笑えそうだと思った。
ロングドレス
149
結婚式でステファニアはミニのドレス、ローズは引きずるほどのロングドレスを着ている。このロングドレスは『スターダンス』のロングドレスかもしれない。
156
「銀河の中心」という話題はこのあたりで出てくるが、「パートオブフォーチュン」はどこから来たのかな。特定の出典がなくても、占星術には違いないが。
216
またしても天使の名前のリストがある。わたしはこの類のミスティックな精霊名簿一覧が昔から嫌いだ。一人ひとりに各々の権能が書いてあるが、物語としてそれらしい神話的エピソードはほとんどの場合ない。名簿のための名簿、というもの。七十二人の天使とか、七十二人の悪魔とか。
実践する魔術師としては、マイナーな悪魔の諸侯の中から選んで専門分野の者を召喚しなくても、それらの王であるサタンはサタン自身のフットワークが軽く、呼ばなくても現われるほどフレンドリーでもあり、数多い諸侯や諸将の立場をなくしていることだろう。
AMでは「33人のスペシャリスト」という名簿はほんとに嫌っていたのにゲームを遊ぶためとはいえ後にはわたしがそのリストをWikiにまとめ直すことになった。それも移転を経て三回くらいも! 元々こうしたものを嫌っているわたしが結局それに手慣れているとはどうしてか。ここの、この中にはマーザンのマリリンの四人弟子のネコ人の元ネタも含まれている。
黒い光
217
サマエルが発する「黒い光」はAMゲームの技の名になっていることがあるけど、保留。本作以外でもファンタジー作品の中の表現としてたびたび見たことある。
聖ペテロ
217
聖ペテロが登場する。が、AMの聖ペテロはテキスト中では『シー・メル』に遡り、もとはヒルトンの血なし少年の伝説の井村君江訳文から発しているらしい。『タナトノート』由来ではないと思う。
余談だが井村君江せんせいのその独特な訳(血なし少年)はいっときの使用で、2000年頃にはもう別の訳(暖かい血の流れていない少年、すなわち死んだ少年のこと)か、コールドラッド・オブ・ヒルトンとカタカナを採用しているので当時の引用元がどの本かもおおよそ特定できる。とくにそのする意味はないけど。研究者がすでに廃止した訳語が後にも余所に引用されて生き残っている例のように思えてすこし面白かった。AM作品にジルが登場しなくなったので今はどうでもよくなった。
ゲームのエンドロールに引用参考文献と書いといてくれりゃいいんだ。べつに出典が書いてあったってキャラが減るものでないし。フリゲでそこまで格好つけることはなかったのか。格好いいと思う。
マリリン
マリリン・モンローは213、225に二回出てくる。マーザンのマリリン和尚がそれだとは……多分そうだろうと思うけども。
本をぱらぱらめくってランダムに目についた名前をキャラに採用したんだとは思う。後からそれを言い当てるのは無意味だが面白く、ただしあまりに一般的な語すぎて本文中にあってもそれと言い切れないこともある。
275
ハードロックってLUPIAみたいなものかな。
タキオン
296
『オデュッセイア』
303
『オデュッセイア』は最初のほうの章(12)から強調しているし、訳者あとがきにもくり返しているように作者ヴェルベールはこの作品をひとつの「叙事詩たるもの」としている、したいらしいが、AMキャラのオデュセイアがこの文中から取っているかは測りかねる。「ッ」がない。
当時頃のジスカルドさんは多分ホメロスは読んでいないと思う。読んでたら人名としては「オデュセウス」になりそうなもので、何かの文書からランダムに採っただろうとは思うけどそれがこれかどうかは、わたしは言えない。
読了。わたしの感想はひとことで「陳腐」とは上で書いた。
naut→note
『スターダンス』の頃にヴェルベールの『タナトノート』はインスパイア元としてあったとして、まず、AMのタナトノートは「死界飛行士」のような意味からは離れている気もする。
『スターダンス』にタナトノートの語がチラッとだけ混じっているのは、ゲーム中のマーラーワットにある。
斡旋している……というのは何かの専門技術者を指しているようで、ここのタナトノートはやはり死者の世界に参入する人間のことだろう。タナティアの「教会」はチベット仏教の僧院のようなイメージか、当時のステファニアはその見習いタナトノートのように想像もできそう。
マーラーワットはタナティアの教会より古い歴史があるが、タナティアの教会はたぶん千年くらいの歴史がある。ゲーム中で明言されないがタナティアにその宗派を興したのはたぶんヨーガだ。
マーラーがそれほど長生きしているとは、ここでは言っていない。古い歴史のある寺院を最近乗っ取って新たに自分の名前を付けたのかもしれない。
タナトノートのノートは元々、アストロノートのような「naut」だが、AMでは途中から「note」になっているかと思う。GGDのタナトが本を抱いているのは、時間文書とならぶ二大文書というから書物の名前。このときには「デスノート」のような連想が加わってそっちが以後のAM世界の主流になっただろう。
タナトノート術士
『キレムサ』でロマンシアがヴィランを「それでこそタナトノート術士だ」と言っているときは、解釈が微妙だ。ヴィランの修行に何させているのか、ヴィランはどこまで進んでいるのかという興味もある。
いや、ヴェルベールの『タナトノート』の意味では「タナトノート術」とは言っても「タナトノート術士」という呼び方はしない。タナトノート術に通じる者はすなわち「タナトノート」だ。
『キレムサ』のタナトノートはやはり、すでに『死者の書』の意味になっているようだ。それに書かれている術が聖天使に流伝しているらしい。
かつて、料理をする人を料理人と呼び、その術を料理人術と呼んだ。『料理人術』という著作が世に知られると、その書を学んで実践する者たちを料理人術者と呼んだ、のような経緯。