書いた話の反省点をおのれのためにメモしておく場所です
ぐちたに
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2022年3月8日に残したメモの転記(きみにくるくる)
まだ書いている途中ではあるが、終わりが見えてきて「これでいいのか」と結構迷いがあるので、次回に活かすためにいま考えている課題をまとめておこう。
課題1
ボードの段階で「なんとなく行けそうだな」とはじめたものの、構成が甘かった。もっと第2ターニングポイントの前後を詰めて考えるべきだった。特に、絶望的な状況からの反転になるところなので、それなりの説得力は必要。
あと、描写がしつこくならないようにすべき。多分読んでいるほうは「もういいから先に進んでよ」という気もちになる。
課題2
それでいうと、「すべてを失って」も、もっと考えをまとめたうえで進めるべきだったのでは。まあ今回は小規模にしてみようと方向転換した経緯はあったが、このへんふわっとしたまま「なんとかなるかな」という甘い認識で進んでしまったのはよくなかった。もっと、書きはじめる前にボードを詰めていくべきであったような気がする。
課題3
ボードの段階で、「この人が実際に生きてたら、どんな行動をとるかな」といった想像力が足りなかった。
まずぼんやりとストーリーを考え、起伏をつくって、ということを人為的にしてみたのはよかったが、そこと生きた人間としての言動の連動がうまく組み込まれてこそエンターテイメントといえるのではないか。
途中で気づいて方針転換できたのはまだよかったが、ボードの段階でもっと真剣に想像できていたらもう少しスムーズに進められたし、なおかつもう少し深堀りもできた気がする。
課題4
今回、「同じできごとでも、人によっておぼえていることは違ったりするよね」みたいな、記憶の非対称性とでもいうべきものをギミックとして組み込めないかと思っていたのだが、想像以上に難しかった。
そのあたりの試みが成功したかは、書き上げてみて、時間が経って振り返らないといけないだろうが、ちょっとしつこいというか、ムダに引っ張ってしまったのではという反省点をいまは感じている。
2022年3月10日課題の追加
課題5
ボードの段階でもっと登場人物の感情を整理しておいたほうがよかったのでは。
起伏をある程度設計しておくというか(人為的になっては意味がないので、どこまで想像できるかだが)
課題6
各話の終わり、もっとヒキを意識して盛り込むべきだったのではないか。
連載漫画なんかは当然のようにやっているわけで、洗練されたテクニックということもできる気がする。
つづけて読んでもらえるのを当然と思わないこと。
シニガミちゃん課題
シニガミちゃんの目的を開示するところは明らかに二幕のプロットポイントであるべきで、それは事前に考えていたところからぼんやり想定はできていたのだが、やはりもうひと展開なにかつくるべきだった。あと、そこに至るまでに長々と書きすぎた(バランスがわるかった)
いままで助けてきた人たちが最後に助けてくれる展開のほうが物語的におもしろかったのでは?
火事がトラウマで、克服するような展開でもよかったのではないか
自殺からはじまるというのは、あんまりよくなかったんだろうか。カクヨムのユーザーに合っていないのか、時流から外れてるだけなのか、なんらかの検証すべきでは
事前に三幕構成として想定してた流れと、実際に書き進めたあとに感じる流れはやっぱり違うな…。文字数のボリュームを含めて書く前から最低限のバランスは考慮すべきなんだろうな。ちょっとバランスを崩しすぎてたきらいはあったように思う(「コメディ部分がある程度書けていれば読み進めてもらえるのでは」という仮説があったが、やはりそういうことでもないんだなと実感した。ストーリーとしてのバランスをとったうえでのコメディであるべき。まあそもそもそのコメディ部分がダメだったと言われればそれまでなのだけど)
そうだ、そもそも二次創作的な感じになってしまったことで、他サイトへの投稿が憚られてしまうところなどがあったんだった。
シニガミちゃんはまあ設定ごとやらないと意味がないところはあったものの、できるかぎりしっかり抽象化して混ぜてから書き出すべきだった。
マンガ家の方とかがデビュー前に大量のボツをくらった、みたいな話を目にすると、ひとりでやってる自分は自分に大して厳しくボツを出していかなきゃいけない、という思いを新たにする。自分で方向を修正していかなくちゃいけない。つらいんだけど。苦しいんだけど。
そういえば今月百合のほうの『月がきれいですねと言え』を書き直してて、なんとなく「特に序盤は、1話の中に笑いどころのひとつもないと読みつづけてもらえないのでは」と考えてムリヤリねじこんだところがあったが、それでくそ寒くなるほうがよっぽど読むのやめられてしまうので、ちゃんと話が進んでるなら信じて書いていって大丈夫なんじゃないかという感じがした。シニガミちゃんのほうも同じくだけど。
ブログ・エッセイ的な感覚でフィクションを書いてはいけない。前提がまったく異なるので、両者はまったく別物。
虎男で感じた課題
1話がわりとスルスル書けたから「ええわいええわいこれ行ける!」と思って投稿しちゃったら2話以降(というか3話)失敗し、うんうんうなってさまざまな展開を考えて修正したという経緯があった。
失敗というのは話が重くなりすぎて、冒頭とのバランスを失した + そのバージョンのオチが思いついた当初のイメージの面白さで書けなかった、の2点が大きい。
オチの前にもうひとエピソード考えて盛り込んだら行けたのかもしれないけど、文字数制限のある企画でかつその時点で文字数オーバーしていたため断念。
修正直後はいい感じになった気がしたのだけど、時間が経ってふりかえってみると、
というように感じている。
エピソード自体は気に入っているんだけど、もっともっと深く考えることで両面を成立させる道ももしかしたらあったんではないか。とにかく頭痛くなるまで考えること。
書き途中だけど感じた反省点
「ストーリーのどこかで主要キャラクターがゲボ吐きそうになるぐらい打ちのめされてほしい(どん底に落ちてほしい)」という癖(ヘキ)が自分にはある。
というかそのどん底でのたうちまわる人間を書くために小説というものを書いている。
それとは逆に、ものの本などを読むと、現代には「主人公等が下がってほしくない・ピンチになってほしくない」という感覚があるらしい。
すべての創作物ではなく、あくまで「Webで気軽に読むタイプの文章」という注意書きが付されるのではないかという仮説が自分の中にあるのだけど、ともかくそういう傾向があること自体は否定しがたい事実のようだ。
(「仕事で疲れた合間に読むフィクションでわざわざ落ち込みたくない」と言われると「そりゃそうよね」と思う)
ここの折り合いをどうつけるかで大変悩んでいる。
何度かやってみようと思ったこともあるけど、打撃も受けず、へこみもせずに上がっていくだけの話がどうしても書けない。
まあ根本的な部分だからどうしようもないのかな、と思いつつ、そのうち書けるようになるのかもしれないし、わからんけどとりあえず「悩んでいる」という事実を記録しておく。
なんの話だったか書き忘れてた。たしかセブンチャンス
カスのライフハック 241014
▼ きっかけ
デス畳がなかなか書き終わらないので、「息抜きに短編が書きたいなぁ」と思い立って、比較的すぐに書けそうなネタから考えてみたもの。
「最近いろいろ考えすぎていたから、短編なんだし一度好きに書こう」と思って、下の要素を無視する。
▼ 無視した要素
・主人公の善性を示すエピソードを省略(結果的には会を救う感じにはなったが、カスがテーマなのでまあ善性というほどではなかろう)
・起伏の設計
・1話あたりの文字数(長すぎると、web小説では読んでもらえないことがあるのでは、という仮説)
▼ よかった点
・起伏を意図的に設計することはしなかったのに、「すべてを失って」みたいな底の場面、ピンチを入れられた。
・デス畳で「そうはならんやろ」という展開の練習を試みたおかげなのか、わりと自然に「そうはならんやろ」が出てきたように思う。いやそれが成功か失敗かは別途検証してみないといけないが。
▼ 反省点
1話でやめてしまう人がかなり多かった。
たぶんどんな話でも1話で脱落する人は多いものだけど、自分のほかの話と比べてもいつも以上に1話でやめている人が多い気がするので、反省材料が多分にあるはず。
まず、うまくいけば1話で完結させようと書いていたのでほんとに文字数を気にせず書いたら、1話が8000文字を超えてしまった。
以前web小説のランキング上位作品を資料として読んだところ、1話目は1400文字~3000文字とかだったので、「読ませる気がない」と非難されても反論できないボリュームになってしまった。
それでいて、「登場人物、全員カス」とかあらすじなどでカス押し(カス押しってなんだ)をしたため、カスらしさがなかなか出てこず期待値のコントロールをしくじったのではないか。
また、自分としては、「一般人かと思っていた主観で語る人間が、実はカスだったと判明していく(印象が明確に転換していく)」というミステリとかでよくある手法を試せないかと思っていたのだが、上記で「全員カス」って言っちゃってるのもあるし、やはりここでも期待値のコントロールを誤った気がする(「ミステリ小説」という認識のもと読んだときにそういう手法と遭遇するのと、軽い読み物だと思って読んだときに遭遇するのでは感じ方がまったく異なるはず)。
もちろん、シンプルに拙劣だった可能性も高い。
作品における「読ませる力(先を知りたいと思わせる力)」というのは、「魅力的な謎」か「魅力ある人物が目的へ向かうとき」のどちらかが主軸になると個人的には思っている。
自分は「カスのライフハック」という言葉がめちゃくちゃ好きだし適度に謎もはらんでいるから、「カスのライフハックってなに?」という謎で1話をある程度引っ張れると思っていた。
が、多くの人が自分ほどは好きでなかったというか、「読み進めるほどの魅力のある謎」とは感じなかったのではないか。だから、自分では用意したつもりの謎が用意できておらず、それによって人物の提示まで時間がかかったことでやめる人がいつもより増えたのではないか、という仮説。
「自分の感覚が万人に通じる」と思ってはいけない。
あとハンターハンターのせいで技名を考えるのがめちゃくちゃ好きになってしまい、つい入れてしまうが、ノイズになっている可能性もある。
そのへんはちゃんと要否を検討しないといけない(今回は別によかったんではと思っているが)。
という感じで1話の反省点が複合的かつかなり多い。
2話以降は、わかりやすい対立者のカドが出てきたことで、多少読み進めやすいんではないかと思っているんだが、1話でやめられたらなんの意味もない。
うーん、2話以降のテンションでいきなりはじまる感じで1話書き直すかなぁ。書き直せるのかなぁ。書き直すほど労力をかけるべき作品なのか、と思ったがそれはまあ全部に言えることだよね。全部好きで書いてるやつなんだし。大事なのは書きたいかどうかであって、ちょっとくやしさもあってやってみたいなとは思っている。
ふと思ったが、着想元になったものの「カスのライフハック」という用語にこだわる必要ないのでは? 「これライフハックか?」と考えるととまっちゃうので、その制限をとっぱらったほうがカス行為をさせやすくなる。
タイトルも変えるか
デス畳が今日明日で最終話を投稿できるところまで来たので、きちんと振り返って、反省点を残しておかねばならない。
のだが、どう書いたらいいかわからない。まったくまとまっていない。
腹蔵なくさらせば、デス畳ははじめて「思う存分エンターテインメント要素を入れ込んでつくれた」という感触があった。
これまで課題を設定して書き、うまくいかなかった点を反省してまた次作を書いて、みたいな試行錯誤を10作ぐらいやってきた集大成を書くことができた、といった感覚。かたい文体でふざけたことを書く、という試みのバランスが一番取れたのも本作だったと思う。自分では(ほかの作品、時間が経ってから読み返すと少々くだけた方向への偏り、文章の稚拙さに変換されかねないバランスのくずれを感じる)。
が、「その集大成が一番反応を得られない」ことになるとはまったく考えてもみなかった。少なくとも読んでくれた方にはバカウケすると思ってた。
もうほんとぜんぜん続きを読んでもらえない。書けば書くほど反応無(ちゃんとおもしろい作品なら更新をしていくほど少しずつでも反応が増える、はず)。
「読む人増えない」なら、ろくろく広報もしてないくせになにを言ってる、になるのだが、「読んでくれた人がつづきを読んでくれない(つづきを読みたくなる話にできていない)」は、明確に自分・作品の力量不足である。設計が適切になされていない、も含めた力量不足。
みっともないみっともないみっともない更新中一人で「死にてぇ~!!」って叫んでた。書き進めてる最中の手応えとの落差で本当にメンタルが死んだ。あんなに手応えあったのに。
『カスのライフハック研究会』でもそうだったが、自分の趣味を入れ込みすぎると、マスに届くものにならないというか、つまり「市場との乖離」が甚大化していく悪癖があるのではないか。悪癖というか創作する人はみんなぶちあたる壁である気もするが。
とはいえ、作品にその乖離を埋めるぐらいのパワーがあればそれでも認められ得る、という仮説を持っていたが、少なくとも「自分の力量だとそれほどのパワーを持たせることはできない」というのが、ひとつ証明されてしまった。少なくとも現時点では。
こんな事実絶対認めたくないのだが、結果が出たので目をそらすわけにもいかない。ゲボ吐きそうなぐらいしんどい。超イヤ。ほんとしんどい。泣きそう。
あー、書きたくないが反省点書かないと。
まず一番は、第二章よくなかったかな。
最初から状況説明にかなりのボリュームを割かなければならず、ミニ畳という謎とピンチをセットにすることで少し場を持たせられないかと期待したが、おそらく想定した効果を上げられていない。逆に長引いている難点もあるし。
というかそもそも、「第一章である程度の推進力を付加できたのでは」という前提で説明回を入れたのもあるので、その前提部分が当たっていなかった可能性が高い。
第一章がそこそこで「まあもう少し読んでみるか」だった場合、あんな長い説明回が入ったらそりゃ離脱するよねという。
とはいえ「じゃあどうすればよかったのか」が思いつかない。
ある程度は書かないと「これ状況どうなってんの」と気にするタイプの人は離脱してしまうだろうし、自分もどうも気もちわるい。
いや後述する「バカホラー」みたいなくくりで書いていたわけで、気にしないタイプの人をターゲットとして設定して一貫させるべきだったのではないか(「自分がおもしろいと思うもの」を書きたいという意思もあるので、自分というターゲットには響いたのだが、自分の趣味全盛りにしたことで上記の乖離が発生しさすがに間口が狭すぎたのでは)。
書くにしても、割り切っていっそ箇条書きみたいな感じにして極限まで減らすべきだったか…。
あと“いつもどこか他人事”のくだりはいらなかったかな…。
第一章は戦闘(と明確な敗北)に重きをおいたので、二章は『青鬼』的な「神出鬼没に出現するモンスターから逃げまくる」と展開を変えていきたかったのだが、「兵器を探す」という本筋からは外れてしまっているので、やるにしてももっとコンパクトにすべきだった気もする。
あと、一章は人が軽く死んでいっていたので、“お嬢さま”とかのくだりのためにだんだんと「死ぬ人の背景」みたいなものも出していきたかった(ゆるやかに流れの転換をはかりたかった)のだが、“善人だが浅慮”の回をもう少し改変しつつ終わらせるぐらいでよかったのかもしれない。
ちなみに最後どこからか仲間が助けに来るのは、いまは亡き『のび太のバイオハザード』みたいなのをやりたかった。記憶うろおぼえだけど。
ジャンルも非常に難しかった。
サメ映画の隆盛を聞くし、自分も好きなので、「サメ映画好きに刺さるだろ」と思っていたのだが、サメ映画好きは「映画」だから見るのであって、クオリティの担保されない「web小説」で読みたい人となると大激減するであろうことを考えてなかった。
(せめて受賞作品とかなら、多少の権威性を付加できて印象変わるのだろうが)
最初は「B級ホラー」という文言をタイトルにつけていたが(B級グルメもあるので自分はわるい印象なかった)、どうも「B級映画」だとそういう「おバカ映画」と「侮蔑の意味の二級品」で聞く人によって解釈が分かれるようだったのでやめる。
かといって「Z級」は、見ることは見るけれども、浸透しているか(一発でイメージが伝わるか)という点にそこまで信頼がおけず、やめる。
「バカゲー」というジャンルが好きなので、「バカホラー」という造語を思いつき、「これいいじゃん!」と思ったが反応はとくに増えず。
「馴染みのないものに反応する人はごく少数(馴染みがあり、かつ一部が斬新であるものを多くの人は好む)」といった説をあとで思い出し、タイトルでいきなり造語がついているものは忌避されるかも、といった経緯で現在の「サメ映画和風アレンジ」に変えた。
(もっとこまごま改変したがざっくり)
で、タイトルを変えたはいいものの、投稿サイトで「ホラー」のジャンルへ投稿するとなると、わざわざ「ホラージャンルを読みたいと思った人がこんなトンデモ作品に惹かれるか」という点で迷う。
一部サイトでは「コメディ」のジャンルもあり、一時期そうしていたが、かといって後半悲惨なシーンも多くて「これを純粋なコメディといっていいのか?」という疑問が生まれる。
最後の戦いは少年マンガの文脈も汲んだつもりだったので、個人的には「現代ファンタジー」とか「現代アクション」なら、そのへんも多少許容されるかなと思ってできるサイトではそのへんに設定した。
が、現在「現代ファンタジー」などを読む人は、いわゆる「快適主義」、主人公ができるだけピンチにならず上がりつづけるような作品を好む人が多いらしいことをあとで思い出す。
で、本作を更新してるとまあとにかくストレスのかかる状況がつづく。ちょっとうまく行くかと思ったらすぐにピンチになる。
サメ映画なら無意味に人が死んでいくのは珍しくないのだが、自分の設定したジャンルだと明確に流行筋からは外れているだろう。
「一本の映画」としてはそれなりにうまく起伏を設計できたような手応えがあったのだが、自分の趣味をいろいろ取り入れた結果、どのジャンルにもうまくハマらない展開になってしまった、ような気がする。
もっともっと絞る意識でつくっていく必要があったのではないか。作品づくりがヘタすぎたのではないか。やめて。
あとはどうなんだろうなー、“AVソムリエ”のようにあだ名みたいな感じのみの描写にしたが、それが微妙さ(没入しにくさ)を増した可能性もあるんだろうか。
『まおゆう』のように役職名のみしか出てこない作品、多くはないにしてもあるので行けるかなという見込みがあったんだが。
まあ『まおゆう』は媒体の特殊性があるか。
人数があまりにも多いので、名前だとわからなくなるだろうからそれ対策というのもある。
個人的には好きなんだけど、何度も書いたようにそれではダメであった可能性が高い。
それと、『Save the Cat の法則』でいう、「感情のジェットコースター」の話もあったから、「笑っていいのか泣いていいのかわからん」みたいな混沌さを盛り込めないかと思ったんだが、「こんなところでまで狙わなくていいよ」と思われている可能性もある。
いろいろ書いて思ったが、つまるところ「自分の趣味全盛り」がわるいほうにわるいほうに作用していった、ということなんじゃないか?
いやーでも、“お嬢さま”のくだりみたいな「人生の底」を書きたいがために小説を書いてる、という意識が抜けないんだよな。でも自分が書きたいものを書かないならなんのために小説なんか書いてんの? という話でもあるし。
しかも今回は「モンスターの絶望的なまでの脅威」を書きたかったのもある。
まあでも、本作に限っていえば、それをさておいても無節操に盛ったのはよくなかったね、という気がしてならない。後日思いついたらまた書き足していく。
ところで二章の“いつもどこか他人事”のくだりを修正するとした場合、あそこで“ゲス野郎”と“太鼓持ち”のキャラの開示を兼ねていたので、別のところで出す必要がある。
あそこがあることで最後の戦いの印象が変わるのではという仮説があるのだが、しかしそういうのがそもそもいらんかったのかもしれないのか。
まあこれ修正するより次作に取り組んだほうがいいのは間違いないのだけど、なんか考えてしまう。
「印象が変わる」というか「唐突感が薄れる」か
そういえば最終話のバスのくだり、最後にひとネタ入れたいがためにぶちこんだが、いろいろ考えてみると「山奥までバスが入ってこれるの?」という感じもするし、助かる人数も増えちゃうし、まるまる削除して電波が復旧したから助けを呼べた(ヘリコプターが来た感じ)とかで終わらせてもいいのかもしれぬ。
メモ:最終的にルビを抜いて15万文字ちょっと
マッチョ令嬢、書き途中だが反省点を思いついたのでメモしておく。
▼ 状況
「小説家になろう」で投稿した短編が、自分にしてはかなり反応をいただけたので長編にしてみたもの。
ただ長編を投稿してみたら短編のときの勢いでは反応が増えなかった。
▼ 仮説
反応が増えなかった原因の仮説2点
a) 短編のときのタイミングがたまたまうまくハマっただけ
b) 話の区切る場所を変えた(3話 → 6話)のが改悪だった
a なら内容がどうこうという話ではなくなる。
自分のような無名の投稿者だと運もかなり絡むだろうから、実際そういうこともまああるだろう。
あるいは3話一気に公開した&完結にしたから、それで読んでくれる人が多かった(しかも早く読んでくれた人が反応してくれたから、それに釣られて反応が増えた)可能性もある。
どうも「ちゃんと完結された話のみ読む人」が今は増えているみたいな分析を聞いたので。真偽不明だが。
いずれにせよ a なら「宣伝が足りないだけ」になる。
b なら、まあ、それは反省点。
いまからでも変えたほうがいいのかな…。
ただ描写をかなり足したから、文字数はふくらんでしまっている。
やはり1話3000文字超えると、web 小説としては長めになってしまってるんではないか(ポンポン続きを読めずある程度の体力を要求してしまっている)、という気が最近している。
いやそれはそれとして1~2話はまとめたほうがいいんだろうか…。
▼ 致命的なターゲットのズレ
反応が悪かったことで、はじめて「短編がいい反応だったから、長編化することでそれをさらに伸ばしていければ」という浅はかな目論見で書きはじめていたことにいまさら気がつく。
その「読者のポジティブな反応」という、いわば支持がないのであれば、本作には本来女性向けの作品ならば最低限備わっているはずの要素すらない。
A. 主人公に感情移入がしにくい(少なくとも読者の写し身ではない)
B. イケメンとどうこうもない
C. 展開も少年マンガの文脈(だと自分は思っている)になってしまっている
A と B はもう言い訳のしようもない。
A は、女性ものをそれなりに見た結果として、「写し身である主人公が報われ愛される(ことで間接的に自分も充足を得る)」という構造が重要なのではという仮説があったのにそれをまったく考慮できていない。バカすぎる。
B は、相手役が少年だとやはり役者として足りていないのだと思う。そういうのが好きな人もいるだろうけど、まあ多数派ではないだろう。もちろん主人公とのバランスで考えただけなんだけど、完全に考えが足りなかった。
C は、たとえば悪役令嬢の代表作である『はめふら』で、1~2巻おもしろかったものの救出のときに各自の魔法設定などがまったく活きていないことにもの足りない感じがしたこともあって展開を組み立てていったのだが、それであれだけのヒットになっているというのはつまり「あの作品のターゲット層にはそんなの必要ないから」という明らかな事実をまったく考慮できていなかった。
それから『鬼滅の刃』や『チェンソーマン』などに女性ファンが多く存在することから、かっこいい主人公なら少年マンガ的な展開でも受け入れられ得る土壌があるのでは、と考えたのだが、かき立てられるカップリングがあったり惚れ込むキャラクターがいたりと複合的な要素があり、何よりも「少年マンガ」という前提を理解した上で読むから受け入れられるのであって、女性向けのところに女性向け作品のガワと少年マンガの文脈を汲んだつもりの話が混じっていたらただの異物でしかないのだろう。
結局デス畳と一緒で「自分の趣味で書くな」という結論に帰着する気がする。
今回も結局「短編では反応もらえたから」を免罪符にほぼ自分の趣味で書いてしまっている(デス畳よりは寄せることができたと思うが、明らかに不十分)。
うーん、まだ全体の半分ぐらいしか書いてないし、もう書くのやめて次の話へ行くべきか、一旦書き上げるべきなのかが判断つかない。
まあとりあえず二章はアップしてしまおう。
しかし自分の趣味を捨てて、男性向けあるいは女性向けを徹底した話が自分に書けるのか?
そこまでしてなんで書くんだ?
商業化はあきらめて自分の好きなように書けば?
あきらめないなら三人称視点は当面やめるべきな気がする。
いろんなことが全部わからん。わからんけれどもその時々で答えを出して進んでみるしかない。しんどい。