「_____食い終わったか?」
暖簾を潜りながら、そろりと現れたその男は皇ハルナのサーヴァント、ということになっている男こと“C”であった。 黒ずんだローブにごつごつとした鋼鉄の翼は何処にやったのか、黒ジャージにくすんだ長い金髪を適当に束ねている。 右手には缶ビール、左手には食い終えた焼き鳥の串を持っているところを見る辺り、彼も彼で食事を済ませていたようだ。
「もう年も明けた。そろそろ帰るぞ、ここの夜は一段と冷える。 ああ、それと……あけましておめでとう、ハルナ。今年もよい一年になることを、祈らせてもらおう」
開けの明星たる私の祈りはよく効くぞ?と。微笑みながら、そう告げた。
>> 120 「あけましておめでとう、影見さん、ハービンジャー、ワルキューレ嬢、二羽もな」 除夜の鐘の音を聞き、にっと微笑む。 「……と言う訳で三人にお年玉だ。 遠慮せずに受け取っとけ」 トウマはどこからか取り出したポチ袋をツクシ、スバル、リットへと押し付ける。 「おっと、受け取れません!ってのはなしだからな? んじゃ諸君、今年もよろしくな」 言いたいことだけを言うとトウマは人混みに紛れて姿を消した。
/あけましておめでとうございます! これで失礼します!
/皆様お疲れ様です!
/(ちょっとだけ失礼しました。お疲れ様です。)
/(お疲れ様でした!)
/(一足お先に〆で。お疲れ様でした!)
鐘が鳴った。人々が歓声を上げる。 戸惑うスバルの目線に合わせるようにしゃがみ込み、ツクシは、少し微笑んで言った。 「新年あけましておめでとう。今年も宜しくね、スバル」
>> 111 >> 114 「あー……おっちゃん、それはアタシが頂きます」 食べきったアルメアに感嘆の拍手を送ったのもつかの間、すぐさまダウンした彼を残念そうに見つめる店主に言葉をかける。
>> 115 そして、 「……あぁ、何や。迎えが来たんか。せやったら……」 す、と店にあった紙ナプキンに名前と連絡先を書いて、アルメアの懐に忍ばせる。 「…………話聞いてやるのは次の機会、やな」
「とりあえず今は…あけまして…お疲れ様?ってことで。ほなハルナちゃん、折角やしちょっと話そうや───」
『今年はダメだったかぁ……』 北方大監獄アバシリ・プリズン1000m、収納セルぎりぎりに収まるか巨体の怪物はひとりごちる。 継承の王には自分のデータをおとなしく提出し、狭苦しい監獄内で静かに鎮座する王の言葉は遺憾でも動揺からでもなく諦観からくるものであった。 『まあやれるだけはやったし、来年ぐらいには僕の様態も安定していれば……いいんだけどなあ』 都合のいいことを考えている間も、彼を構成する多重の神秘は常にその割合を変動させ彼の制御がなければ即座に一極に向かい臨界を超えようとする。 『はあ…それにしても…』
『食べたかったなあ。年越しにしんそば……』
>> 113 「む……なんです、その笑顔は」 突如として浮かべたその笑みに、少し警戒する。前後の文脈から笑顔になる要素がないはず……と考えている以上、突然笑ったトウマを不審に思ってしまうのは、仕方のないことであった。 スバルが来てからの暮らし向き、そして性格の変化。自分自身のことに、自分で気づくというのは、難しいもので。彼の内心を窺えるほど、人生経験を積んでいる訳でもなく。 結果、笑ったままの彼の意図を読み取れなかったツクシは、そのうちふてくされ気味に、追求を止めた。 「……あ。ひとがたくさんきました」 ふと、スバルがそんなことを言う。見渡してみると、人々が境内に掲げられた電光掲示板を見上げている。其処に刻まれたカウントダウンは、残り一分を切っていた。 「……スバル。よく見ておいて。これが、「年越し」よ」 口に出して、カウントダウンをする。残り、30秒を切った。
時は巡り、星は落ちる。 消灯の時間ですよ。
>> 114 倒れた背中をさする。
「――――――アルメア、だったね?」 「よくやった。そして申し訳ない」 「声をかけるのに特大ラーメンを頼むのは嘘だし、1年は小盛りを頼むのも嘘だ」 「……次に来るときは、好きなものを頼めばいい」
「それじゃあ、直営の同僚が来てるみたいだから運んでもらって」
アルメア・I・ギャレット。 餃子一個目で再起不能。(ラーメン小は完食)
「ああ、なるほどハービンジャーはそういうの疎そうだしな」 その真名こそ知らないが、ハービンジャーは自身のサーヴァント、器物英霊と幻霊合体したケルベロスにどことなく近い気配から器物英霊、それもいくつかの何かが合体したものだと当たりは付けていた。 この辺り対象の正体を探ろうとする魔術師の悪癖が未だに抜けていない。 「うちのサーヴァントなんて「年越しぃ?こちとら紀元前から幾度となく年越してるんだから今更何の感慨もないわよ」とか抜かしやがるからな」 はっ、と自嘲気味に鼻で笑う。 しかし、逃がし屋、影見ツクシはハービンジャーと出会ってから随分と明るくなった。 初めて出会った時──小遣い稼ぎに裏の仕事を請け負ってたときに偶然『逃がし屋』としての彼女に出会った──の何かを抱え込んだ表情と比べればまるで別人だ。 感慨深い思いを表情に出さないように内に押し込み、笑みを見せた
>> 108>> 112 /お疲れ様でした!
/私もアカネちゃんはこれで締めます お疲れ様でした
そして、僅かと立たず。 「ご馳走さまでした」 スタンディングオベーションに包まれる中で男はナプキンで上品に口を拭いていた。 表情こそ平静を保っているが……正直なところレビヤタン討伐はとことんギリギリの戦いだった。保存領域の半分が埋まっていたカカカカは40分経過時点で受け入れをやめており、残りの特大ラーメン相当の量と格闘していたアルメアの胃は限界に近い。紳士の嗜みとして笑顔を絶やさないが、見えないところでは満腹感に絞り出された脂汗がスーツの中をじっとりと濡らしていた。 「さて……完食したがこれで許可は得られるのか────」 ハルナへ向ける余裕たっぷりな言葉がぶっつりと途絶える。 呆然とするアルメアの前にはほこほこと湯気を立てるラーメン小と二枚羽餃子。 良いものを見せて貰った。奢りだ。店主が心の底からの、とてもいい笑顔でグーサイン。……オーダーは生きたままだった。
「速い……!」 思わず驚嘆の声を漏らす。 間違いなく適当な口八丁で乗り切るか、泣き寝入りするかのいずれかだろうと思った。 挑発に乗った上でその選択であれば、現場には来ないで欲しいとさえ侮っていた。 だが彼は違う。手段は見えなかったがどうでもいい。食べ切れる。課された任務をやり遂げんとしているのだ。
(―――やはり、直営は直営ということか) 一段上の権力を持つお堅い連中。しかしそれに足る実力は確かに感じ取った。 目の前の男の評価を少し改めるとしよう。
/お疲れ様でした!
/自分も酔いが回ってきたのでこのへんで失礼させていただきます…!絡んでいただいてありがとうございました!
>> 91>> 95>> 96 更に酔いが回ってきたか。自身を取り巻く環境を上手く把握できない。 確かに感じられるのは街を抜ける風の冷たさ。そして……自分の体を支える、彼女の体温。
「ぅ……ふたり……あのふたりは……?」
早々に立ち去った二人の背をぼんやりと眺めながら、やや呂律の回らぬ声を零す。 ……多くの修羅場を越えたアズキにとって、彼らのような「異常」を汲み取ることは容易のはずだったのだが 今ではもう見る影もなく、追いかけることも出来ぬままに、ただ行方を眺めるのみ。
「……そう……もう、かえる……ばいばーい……おねえちゃん……」
そして朱音に身体を……半ば引きずられるように背負われながら、自身を気にかけてくれた少女に手を振ってみせる。 年上かどうかも定かでない。だが恐らく……今のアズキは、自分がまだ子供だと思いこんでいるらしく ふにゃり、と。締まりのない笑顔を浮かべてみせると、機械式の手甲で覆われた手をひらひらと振った。
「ありがと……アカネ……あとね……それと……」
彼女につられ立ち去る間際。自身を背負う少女に、気にかけてくれた少女に、そして今は立ち去ってしまった二人に向けて言葉を漏らした。 それは誰に聞こえるでもない、蚊の飛ぶような甘い声だが……思いの籠もった声で
「来年も……よろしく、ねぇ……」
……そのままアズキは静かに目を閉じ、すぅ、と小さな寝息を立て始めた。 酔いのピークを通り過ぎたのだろうか。先程までとは打って変わって、柔らかな笑顔を残したまま……年明けを迎える前に、眠りに落ちてしまったようだ。 それはまるで、年を迎えるまで起きていると宣言しながら、眠気に耐えられず眠りこけてしまう子供のよう。
酒は飲んでも飲まれるな。目覚めたアズキに深く突き刺さる金言を、今ここに残しておこう。
「それでは紅白歌合戦も最後の曲になりました!!トップシークレットとなっていたラストシンガーは……」
「―――余だよ!!」
そう、ここが正念場である。 パーシヴァルの衝撃発表から始まりここまでのタスクの過積載とプロデューサー過労の原因。 自分とパーシヴァルも紅白出場となっていたはずが、それが司会を務めることで一旦選出が混乱し、諸々の都合を突き合わせた結果―――司会とトリの両方を務める事態に陥ったのである。
だが、王は責務を降りない。 それを民が望むか、望まぬかは民が決める。 しかして為すべきことは為すのが、余が掲げる王道なのだから! この瞬間は紅組も白組もなく。司会席から舞台へと歩を進める。
―――行こう!パーシヴァル!!
視線を送り、手を伸ばす。互いの肌が触れ合って。2人がステージに立った。
「新年を迎える皆に、美しき未来あらんことを―――!紅白最後の曲は――――――」
「New Age Endless!」
/数十分と36分の間違い
『オレはこういう日は嫌いじゃないぜ』 「へえ。どうしてですか?」 『理由なく酒が飲める。理由なく女と騒げる。理由なくいい気分になれる。 今日ばかりは盛り上がろうが水を差すようなヤツはいない。そら、いい日だろう?』 「あなたらしいですね。そんなことを殊更に言うところが、特に」
空から雲を荒く削り取ったような大粒の雪が降っている。 このモザイク市で最も高い場所から見下ろす景色は、様々な商業施設が停止していることで、まるで凍りついたよう。 不意にやってきた氷河期によって何もかも凍てついた世界にひとつ、影があった。 広げている傘は体格より不釣り合いに大きく、黒い蝙蝠が女の体をすっぽりと覆っていた。 肩に乗った鸚鵡が嗄れ声を上げる。
『お前こそ何でこんなところに来た。今更感傷なんて必要ないだろう』 「いけませんか。ここから見る景色が好きだ、というだけでは。 いつかこんなふうに高いところから街の光を見下ろしました。まるでソラまで続いているような、長い長い階段の先に」 『………そうかい』
饒舌な鸚鵡の舌がそれきり止まる。大きな傘で女の表情は伺えず、黒い傘に白い雪が層を作っていく。 ちかちかと彼方に明滅する光は、指を伸ばせばぱきぱきと音を立てて折れそうなほど儚い質感で輝いていた。 女が微かに身動ぎする。それだけで傘の表面からざらりと雪は滑り落ちていった。
『何を見た?』 「いいえ、何も」
女が踵を返し、高台から去っていく。階段を1歩1歩確かめるように降りていく。 白く染められた世界の中、小さな足跡だけがそこに何者かがいたことを物語っていた。
>> 94 >> 100 「(えらく順調やな……それにこの妙な魔力、何か使いおったか?)」 ガツガツとレビヤタン以下略を掻き込み続けるアルメアを傍目に、四杯目のジョッキと激辛味噌ラーメンの器を空にする。 「(……ま、見栄のために全力尽くすのは嫌いやないけど)」 時間を確認する。年の終わりまであと30分になろうとしていた。 本来ならばもう家に戻って休もうかと思っていた、が……。 「……あー、おっちゃん、アイス頼むわ、抹茶。あとウーロンハイも」 なんとなく、普段はめったに頼まないスイーツを頼んでしまう。勿論甘さは控えめだが。 ……隣でもくもくとラーメンを食べているハルナを待つというのが半分、その更に隣で無謀な戦いに全力で挑むアルメアを観察したいという欲が半分であった。
「……なんか、今年は妙な年末やなぁ」 アイスの微かな砂糖の風味に拒絶反応を示す身体をアルコールで抑え込みながら、そんな事をぼそりと呟いた。
「闇夜」カカカカ。その権能の効力は状態の分離と保存。擬似的な不眠・不食の加護を与えるアルメアの奥の手の一つである。 箸を繰るスピードが上がる。 異界常識たる悪魔に常識は通用しない。「満腹になった」というステータスそのものを外部に隔離するカカカカこそがアルメアがこの勝負に見出した勝算であった。 ────負ける勝負はしない主義でね! 更に速度が上がる。あくまで優雅に、食事を楽しむ余裕さえ見せながら開始から数分で既に大山の三分の一を彼は崩しきっていた。 大人気ない。と、先程のペンルィならそう指摘するだろう。まったくその通り。一族の秘奥たる悪魔を持ち出してまで勝とうなどと大人気ないにも程がある。 されどこの場に彼の妹たちが、或いはアルメアの命を狙うネーナ・リーベルスがいれば、アルメアのとった手段が正しいとそう言うだろう。なぜならシヅキが馬鹿にした指輪は魔術師リーベルスの一族が積み重ねてきた千年を越える研鑽の果てにあるもの。それを貶められたまま引き下がるなど魔術師の端くれたる彼らに許されはしない! 食事スピードに耐えかね、風圧で木枝が落ちるように呆気なく箸が折れた。アルメアは指輪から不可視の鎖を伸ばし割り箸を引き寄せながら中空で両断する。その間コンマ1秒。一瞬すらも挟ませずに食事が再開される。 開始から6分。絶滅危惧種の底意地は、意地悪くも全力を賭して怪物を残り1/6にまで削り取っていた。
>> 90 >> 99 >> 101 「おー。アルコールのにおいがしなくなりました」 「ま、魔術まで使わなくてもいいんですけど……お気遣い有難うございます」 瞬く間に消えた臭いと、魔力の気配。それで、トウマが何をしたのかを理解し、一先ずの感謝を告げる。 そして、彼の問いかけに返事をしようとした時に、隣のリットがのほほんと言ったことを聞いて、そうだろうなと内心では頷く。しかし、“かーちゃん”の単語を聞いて、疑問符を浮かべる。この人は、母親と一緒に暮らしているのだろうか。それに対して、トウマの方も禁酒を匂わすようなことを言うなど、何か冗談を言い合った感じでもない。 疑問を抱きながらも、今度は彼女自身の返事を告げる。 「そうですね。此方は二度参りです。スバル……ハービンジャーに、年越しを見せてあげようかと思って」
>> 99 「(そういう情緒がありそうにも見えんし)まぁ、そうだろうな」 妙な納得をしながら頷くとかーちゃんの拳骨という言葉に顔をしかめた。 「分かってる、分かってるが止めれないんだ。 俺もガキの頃はあんなもんどこが美味いんだって思ってたが」 顔を顰めたまま聖ブリギットの烈火の怒りを思い出す。 「来年から禁酒すっかなぁ」
エタクサ(正解だ)。誰ともしれない声にアルメアは心中で称賛を送りながら使役悪魔の一柱を招来する。 ────来い! 「闇夜」カカカカ!
>> 90 「ウチは単にご馳走の匂いにつられて来ただけやでー?」
更にローちゃんの咥えた袋からたい焼きを数個取り出し、口いっぱいに頬張ると、 着込んだパーカーのポケットに突っ込んでいたペットボトルのキャップを親指で器用に開け、一気飲みした。
「というかおじちゃん、また酒飲んどったん?そろそろ懲りへんとあのかーちゃんの拳骨落ちてくるでー?」
「……聞いたことがある」 二枚羽餃子をポロリと口から落とすペンルィは織火のような興奮を滲ませて唐突に立ち上がった。同席していた氷橋静雄は、「今日は僕の奢りだ」と懐事情ゆえに寂しかった年の瀬に彩りを与えてくれた先輩の不可解な豹変に驚き、釣られて立ち上がる。 「知ってるんですかパイセン!」 「ああ……ソウキンのギャレットは依頼中は一度も眠らないし食べない。そんな噂を耳にしたことがあった。だが、逆に港島ではギャレットは底なしの食事量と睡眠量で有名なんだ」 「? おかしくないっすか? それじゃ真逆ですよね」 「そうだ」 ペンルィは静雄に何かを確信した表情で力強い肯定を返す。 「けど。たった今その矛盾が氷解した。……ギャレットは一ヶ月以上の長期任務には出ない。────つまりあいつは文字通り一ヶ月分の食い溜め、寝溜めが出来るんだよ!!」 「な、なんだってーーーっ?!?! めちゃくちゃ便利じゃないですかそれ!!」
もう、今日の月は沈んだようだ。 「神戸」基礎構造の上層―――現地民は屋上と言ってたか。その上に座って夜空を眺める。 既に今年最後の満月も新月も終えて、沈んだ月は中途半端な形ではあったが。 ともあれ、これで事の解決は来年に持ち越しだ。残念ながら、問題の多くはスタート地点のまま残されている。
はぁ。と小さくため息を吐く。 こうして不自由を手に入れて幾つかの月日を重ねて、自身の中身―――空虚の感情にも変化が生まれてきたと感じる。 例えば、現在に至る失敗への後悔とか、自分の遂行能力を失った無力感とか。 いい傾向ではない。地に縛られてばかりで、自分が澱んでいく。 デフラグでも入れれば調子良くなるか―――あるいはもう寿命かも。
そういえば、次に登る日が初日の出か。なんとなく地球の風習が記憶を掠めた。 太陽。命の源、月の光源。 自分にとっては正反対のようで、本質的には同じもの。 ツクヨミは太陽をあまり好んでいなかった。が。 記憶を辿れば、自分たちの太陽はまた違う。今も彼女は月に残っているはずだ。
「―――太陽、見ておこうかな」
意味はない。ないけれど。 謝っておこう。遅くなってごめんねって。 いつか帰るよって。
>> 83 >> 87 ……男性の方は去ったが、女性の方が残った。未だにアズキは泥酔から覚めず、それを背負ったアカネもまたその場から早急に離れるのは難しかろう。 す、と、少女の手が懐へ伸びる。その先にあるものは、冷たく、鋭い、鋼の───。
>> 86 ───しかし、それに少女が触れることはなかった。 のっぺらぼうの影。その異質さに、それまで全く崩れなかった無表情に罅が入る。それは、恐怖と形容すべきもの。顔面が引きつり、喉の奥で空気を飲むようなかすれた音がする。 何を感じ取ったのか。それは、少女自身にしかわからない。しかし、とにかく彼女にとって、その影は恐ろしかった。
>> 91 >> 95 だからこそ、踵を返した男性が、女性を引きずっていった時、少女は心の底から安堵の表情を浮かべた。 何故かはわからないが、これで、何かが起こることはないだろうと。そんな予感が、心に到来した。 そして、アカネがアズキを背負って帰るその姿を見て、思い出したように再び無表情になる。 「……お帰りですか? それでは、お気をつけて」
>> 87 >> 91 ……絡んできた二人が立ち去るのと同時に、いつの間にか『アレ』は姿を消していた。 死んだ筈の『アレ』が何故今更姿を現したのか、気になるが追求する気は起きなかった。 虚無機関が崩壊する前日に、『アレ』は私たち10人それぞれに、密かにこう伝えていた。
『本日を以て君たちに課した宿題の完遂を認めよう。 無価値の王の名のもとに、君たちの自由を言祝ごう__________さあ、好きに生きるといい』
未だにあの言葉の真意はわからない。まだ何か企んでいるだろう、という予感はある。 それでも、すぐには何かをやらかそうという気配は感じなかった。 恐らく『アレ』は、純粋に私たちだけではどうしようもない彼らの対処に来ただけだろう。 それだけわかればいい。わざわざ『アレ』に_____虚無機関に関わる必要はない。
「……まだ気持ち悪いか?さっさと帰る、キツそうなら遠慮せず言ってくれ」
アズキの腰に手を回し、体勢をしっかりと支え、歩みを再開した。
>> 88 アルメアは小食な方だ。リーベルス一門にて冷遇を受けていた頃に、せめて妹たちには満足に食べさせてやろうと自分の食い分を大きく減らしていたのが三十路間近となっても尾を引いている。そんな彼の胃容量に照らし合わせれば目の前の怪物(ラーメン)は約50食、実に二週間以上分の食事量に匹敵する。仮にアルメアが成人男性なりの胃容量を備えていたとしても、スープだけでそれを優に越える量のはずだ。 しかしアルメアは神話のレビヤタンの名を冠するに相応しいソレを前にしても未だ涼しげな表情を崩さない。それどころか歪む空間をものとせず上品に手を合わせ箸を割った。 「いただきます」 日本古来の食事前の呪文を唱える。そしてアルメアはペース配分を振り捨てる勢いでレビヤタン特大ラーメンを啜り始めた。 やけになったのか。ギャラリーの誰もがそう思い落胆の息を漏らす中で唯一ある人物だけは「まさか」と低く呟いた。
>> 85 よし乗ったか。 それを確認した時点で男―――アルメアなる男を捨て置く。 とりあえず倒れるにしても食べきるにしてもこちらよりは時間がかかるだろう。その間は黙ってくれるはずだ。
非情かもしれないが、対外的にはアルメアが見栄を張っただけに過ぎない。知らん顔をしていればいいだろう。 そんなわけで、再び平穏を取り戻してラーメンを啜る。
/(アルメアだよ…ナだと超大作だよ…誤字多くてすまない…)
>> 86 「(おや────、あれは)」 踵を返し離れようとした霧六岡が、珍しく目を開いて驚いた。 あれか、あれが此処に来るのか、と。ならば両石めの奴には"早すぎる"と思考した。 >> 87 「そう、薬。といっても自然由来の成分100%…安心できますわぁ」 そのように、恍惚とした下卑た笑みを浮かべながら、アズキに近づく両石。 しかし唐突に、間に割り込んできた"女性"に邪魔をされる。 「あらぁ? なんですか突然…あら、見ると貴方も負けず劣らずな可愛い子ですね。 んー…彼女よりかは、どちらかと言えば貴方の方が好みかも、彼女らは介抱は十分と言ってますし? ではぁ……この後、ホテルとかd────」 そこまで言いかけて、両石は勢いよく唐突に手を引かれた。 「あら? あらあらあら? 何邪魔してくれてるのよ霧六岡ぁ?」 「良いから来い。お前にはまだ早い」 「?」 頭上に疑問符を浮かべながら引きづられる両石。その後、やれやれとかぶりを振って霧六岡は一言いった。 「あれは造物主と同列だ。見ればわかろう」 「……あんたがそう言うなら、そうなんでしょう。あんたは狂気に嘘はつかない」 霧六岡の狂気の形は、刹那主義な善悪への憧憬にある。それはつまり、歪なれど直感が働くという事でもある。 それはつまり、本質を見抜く力を持つという意味でもある。 「わかればいい」 そういって、2人は早足でその場から立ち去った。 「俺たちには"早い"。まだ、な」
>> 84 「そんなに匂うか!?」 未成年の若干軽蔑の籠もった視線に少しだけ酔いの覚めたトウマはクリスマスの騒動、聖ブリギットからのお説教を思い出した。 流石にあれから何日も経っていないのに酒絡みの騒動はマズいそれくらいの理性は残っていた。 どうにも年末で気が緩んでいたらしい、ここのところダンジョンにも潜ってないしな。 仕方ないとため息を付くと、魔術回路に火を入れる。 体内の水分を操作してアルコールを抽出、肝臓へと送り内臓へ肉体強化を掛けることで新陳代謝を活発化し高速でアルコールを分解、酔いを抜いた。……肝臓に負担かかるんだよな、これ 「ほら、これで匂わないだろ? で二組とも二年参りか?」
>> 85 「おーがんばれがんばれー、男見せちゃれ優男ー」 棒読みで返しながら、その指輪をちらと見る。 回収業者にとっての「便利」、そして身なりの良い直営であるにも関わらず以前に回収業者の骸からすっぱ抜いたHCU武装の貸与リストにその名前はなかった……という事から、何らかの礼装或いは兵器であろう、という事は推察できた。 ……ただ、それを今考えるのは野暮である。とりあえず少し冷え始めたラーメンの残りをすすり尽くし、割りスープを混ぜて〆の構えに入った。
>> 88 「……ぅわ」 ブツが来た。思わず声が漏れた。なんやあれ。 流石に見たことないことが露見するとうまくハメられないので言及は控えることにした、が、それにしてもとてつもない「圧」がそれからは発されていた。 「(あんなもん食いきる奴………いや、思い当たりあるのがアレやけど。いやまともな人間に食いきれるんかアレ)」 某大食いアイドルと、身体能力バケモン武装メイドの存在が脳裏をよぎる。 一名ってことは食いきったのあの辺やろうなーなどと他人事のように思いつつ、最悪手伝ってやるか……とナルメアの様子をちらちら伺いながらジョッキをおかわりした。
かつて、特大メニューというのはエンターテインメントであった。 限界まで盛り付けたメニュー。その重量数キロを超え、数多の挑戦者を机に沈める。 しかして、その特盛決して不味くなかれ。 なるほど店主が持ってきたそれは確かに美味しそうだ。恐らくは店主が作り上げたラーメンの中でも一番と言っていい仕上がりと言える。 しかし重量は―――否、質量は。
空間が歪んでいる。 冗談ではない、質量が空間を歪めているのである。もはや語るべき言葉はそれに尽きる。 これを食べろという。完食しろという。 これぞ完食者1名のみ。レビヤタン特大ラーメンの全てであった。
「_____食い終わったか?」
暖簾を潜りながら、そろりと現れたその男は皇ハルナのサーヴァント、ということになっている男こと“C”であった。
黒ずんだローブにごつごつとした鋼鉄の翼は何処にやったのか、黒ジャージにくすんだ長い金髪を適当に束ねている。
右手には缶ビール、左手には食い終えた焼き鳥の串を持っているところを見る辺り、彼も彼で食事を済ませていたようだ。
「もう年も明けた。そろそろ帰るぞ、ここの夜は一段と冷える。
ああ、それと……あけましておめでとう、ハルナ。今年もよい一年になることを、祈らせてもらおう」
開けの明星たる私の祈りはよく効くぞ?と。微笑みながら、そう告げた。
>> 120
「あけましておめでとう、影見さん、ハービンジャー、ワルキューレ嬢、二羽もな」
除夜の鐘の音を聞き、にっと微笑む。
「……と言う訳で三人にお年玉だ。 遠慮せずに受け取っとけ」
トウマはどこからか取り出したポチ袋をツクシ、スバル、リットへと押し付ける。
「おっと、受け取れません!ってのはなしだからな? んじゃ諸君、今年もよろしくな」
言いたいことだけを言うとトウマは人混みに紛れて姿を消した。
/あけましておめでとうございます! これで失礼します!
/皆様お疲れ様です!
/(ちょっとだけ失礼しました。お疲れ様です。)
/(お疲れ様でした!)
/(一足お先に〆で。お疲れ様でした!)
鐘が鳴った。人々が歓声を上げる。
戸惑うスバルの目線に合わせるようにしゃがみ込み、ツクシは、少し微笑んで言った。
「新年あけましておめでとう。今年も宜しくね、スバル」
>> 111
>> 114
「あー……おっちゃん、それはアタシが頂きます」
食べきったアルメアに感嘆の拍手を送ったのもつかの間、すぐさまダウンした彼を残念そうに見つめる店主に言葉をかける。
>> 115
そして、
「……あぁ、何や。迎えが来たんか。せやったら……」
す、と店にあった紙ナプキンに名前と連絡先を書いて、アルメアの懐に忍ばせる。
「…………話聞いてやるのは次の機会、やな」
「とりあえず今は…あけまして…お疲れ様?ってことで。ほなハルナちゃん、折角やしちょっと話そうや───」
『今年はダメだったかぁ……』
北方大監獄アバシリ・プリズン1000m、収納セルぎりぎりに収まるか巨体の怪物はひとりごちる。
継承の王には自分のデータをおとなしく提出し、狭苦しい監獄内で静かに鎮座する王の言葉は遺憾でも動揺からでもなく諦観からくるものであった。
『まあやれるだけはやったし、来年ぐらいには僕の様態も安定していれば……いいんだけどなあ』
都合のいいことを考えている間も、彼を構成する多重の神秘は常にその割合を変動させ彼の制御がなければ即座に一極に向かい臨界を超えようとする。
『はあ…それにしても…』
『食べたかったなあ。年越しにしんそば……』
>> 113
「む……なんです、その笑顔は」
突如として浮かべたその笑みに、少し警戒する。前後の文脈から笑顔になる要素がないはず……と考えている以上、突然笑ったトウマを不審に思ってしまうのは、仕方のないことであった。
スバルが来てからの暮らし向き、そして性格の変化。自分自身のことに、自分で気づくというのは、難しいもので。彼の内心を窺えるほど、人生経験を積んでいる訳でもなく。
結果、笑ったままの彼の意図を読み取れなかったツクシは、そのうちふてくされ気味に、追求を止めた。
「……あ。ひとがたくさんきました」
ふと、スバルがそんなことを言う。見渡してみると、人々が境内に掲げられた電光掲示板を見上げている。其処に刻まれたカウントダウンは、残り一分を切っていた。
「……スバル。よく見ておいて。これが、「年越し」よ」
口に出して、カウントダウンをする。残り、30秒を切った。
時は巡り、星は落ちる。
消灯の時間ですよ。
>> 114
倒れた背中をさする。
「――――――アルメア、だったね?」
「よくやった。そして申し訳ない」
「声をかけるのに特大ラーメンを頼むのは嘘だし、1年は小盛りを頼むのも嘘だ」
「……次に来るときは、好きなものを頼めばいい」
「それじゃあ、直営の同僚が来てるみたいだから運んでもらって」
アルメア・I・ギャレット。
餃子一個目で再起不能。(ラーメン小は完食)
「ああ、なるほどハービンジャーはそういうの疎そうだしな」
その真名こそ知らないが、ハービンジャーは自身のサーヴァント、器物英霊と幻霊合体したケルベロスにどことなく近い気配から器物英霊、それもいくつかの何かが合体したものだと当たりは付けていた。
この辺り対象の正体を探ろうとする魔術師の悪癖が未だに抜けていない。
「うちのサーヴァントなんて「年越しぃ?こちとら紀元前から幾度となく年越してるんだから今更何の感慨もないわよ」とか抜かしやがるからな」
はっ、と自嘲気味に鼻で笑う。
しかし、逃がし屋、影見ツクシはハービンジャーと出会ってから随分と明るくなった。
初めて出会った時──小遣い稼ぎに裏の仕事を請け負ってたときに偶然『逃がし屋』としての彼女に出会った──の何かを抱え込んだ表情と比べればまるで別人だ。
感慨深い思いを表情に出さないように内に押し込み、笑みを見せた
>> 108>> 112
/お疲れ様でした!
/私もアカネちゃんはこれで締めます お疲れ様でした
そして、僅かと立たず。
「ご馳走さまでした」
スタンディングオベーションに包まれる中で男はナプキンで上品に口を拭いていた。
表情こそ平静を保っているが……正直なところレビヤタン討伐はとことんギリギリの戦いだった。保存領域の半分が埋まっていたカカカカは40分経過時点で受け入れをやめており、残りの特大ラーメン相当の量と格闘していたアルメアの胃は限界に近い。紳士の嗜みとして笑顔を絶やさないが、見えないところでは満腹感に絞り出された脂汗がスーツの中をじっとりと濡らしていた。
「さて……完食したがこれで許可は得られるのか────」
ハルナへ向ける余裕たっぷりな言葉がぶっつりと途絶える。
呆然とするアルメアの前にはほこほこと湯気を立てるラーメン小と二枚羽餃子。
良いものを見せて貰った。奢りだ。店主が心の底からの、とてもいい笑顔でグーサイン。……オーダーは生きたままだった。
「速い……!」
思わず驚嘆の声を漏らす。
間違いなく適当な口八丁で乗り切るか、泣き寝入りするかのいずれかだろうと思った。
挑発に乗った上でその選択であれば、現場には来ないで欲しいとさえ侮っていた。
だが彼は違う。手段は見えなかったがどうでもいい。食べ切れる。課された任務をやり遂げんとしているのだ。
(―――やはり、直営は直営ということか)
一段上の権力を持つお堅い連中。しかしそれに足る実力は確かに感じ取った。
目の前の男の評価を少し改めるとしよう。
/お疲れ様でした!
/自分も酔いが回ってきたのでこのへんで失礼させていただきます…!絡んでいただいてありがとうございました!
>> 91>> 95>> 96
更に酔いが回ってきたか。自身を取り巻く環境を上手く把握できない。
確かに感じられるのは街を抜ける風の冷たさ。そして……自分の体を支える、彼女の体温。
「ぅ……ふたり……あのふたりは……?」
早々に立ち去った二人の背をぼんやりと眺めながら、やや呂律の回らぬ声を零す。
……多くの修羅場を越えたアズキにとって、彼らのような「異常」を汲み取ることは容易のはずだったのだが
今ではもう見る影もなく、追いかけることも出来ぬままに、ただ行方を眺めるのみ。
「……そう……もう、かえる……ばいばーい……おねえちゃん……」
そして朱音に身体を……半ば引きずられるように背負われながら、自身を気にかけてくれた少女に手を振ってみせる。
年上かどうかも定かでない。だが恐らく……今のアズキは、自分がまだ子供だと思いこんでいるらしく
ふにゃり、と。締まりのない笑顔を浮かべてみせると、機械式の手甲で覆われた手をひらひらと振った。
「ありがと……アカネ……あとね……それと……」
彼女につられ立ち去る間際。自身を背負う少女に、気にかけてくれた少女に、そして今は立ち去ってしまった二人に向けて言葉を漏らした。
それは誰に聞こえるでもない、蚊の飛ぶような甘い声だが……思いの籠もった声で
「来年も……よろしく、ねぇ……」
……そのままアズキは静かに目を閉じ、すぅ、と小さな寝息を立て始めた。
酔いのピークを通り過ぎたのだろうか。先程までとは打って変わって、柔らかな笑顔を残したまま……年明けを迎える前に、眠りに落ちてしまったようだ。
それはまるで、年を迎えるまで起きていると宣言しながら、眠気に耐えられず眠りこけてしまう子供のよう。
酒は飲んでも飲まれるな。目覚めたアズキに深く突き刺さる金言を、今ここに残しておこう。
「それでは紅白歌合戦も最後の曲になりました!!トップシークレットとなっていたラストシンガーは……」
「―――余だよ!!」
そう、ここが正念場である。
パーシヴァルの衝撃発表から始まりここまでのタスクの過積載とプロデューサー過労の原因。
自分とパーシヴァルも紅白出場となっていたはずが、それが司会を務めることで一旦選出が混乱し、諸々の都合を突き合わせた結果―――司会とトリの両方を務める事態に陥ったのである。
だが、王は責務を降りない。
それを民が望むか、望まぬかは民が決める。
しかして為すべきことは為すのが、余が掲げる王道なのだから!
この瞬間は紅組も白組もなく。司会席から舞台へと歩を進める。
―――行こう!パーシヴァル!!
視線を送り、手を伸ばす。互いの肌が触れ合って。2人がステージに立った。
「新年を迎える皆に、美しき未来あらんことを―――!紅白最後の曲は――――――」
「New Age Endless!」
/数十分と36分の間違い
『オレはこういう日は嫌いじゃないぜ』
「へえ。どうしてですか?」
『理由なく酒が飲める。理由なく女と騒げる。理由なくいい気分になれる。
今日ばかりは盛り上がろうが水を差すようなヤツはいない。そら、いい日だろう?』
「あなたらしいですね。そんなことを殊更に言うところが、特に」
空から雲を荒く削り取ったような大粒の雪が降っている。
このモザイク市で最も高い場所から見下ろす景色は、様々な商業施設が停止していることで、まるで凍りついたよう。
不意にやってきた氷河期によって何もかも凍てついた世界にひとつ、影があった。
広げている傘は体格より不釣り合いに大きく、黒い蝙蝠が女の体をすっぽりと覆っていた。
肩に乗った鸚鵡が嗄れ声を上げる。
『お前こそ何でこんなところに来た。今更感傷なんて必要ないだろう』
「いけませんか。ここから見る景色が好きだ、というだけでは。
いつかこんなふうに高いところから街の光を見下ろしました。まるでソラまで続いているような、長い長い階段の先に」
『………そうかい』
饒舌な鸚鵡の舌がそれきり止まる。大きな傘で女の表情は伺えず、黒い傘に白い雪が層を作っていく。
ちかちかと彼方に明滅する光は、指を伸ばせばぱきぱきと音を立てて折れそうなほど儚い質感で輝いていた。
女が微かに身動ぎする。それだけで傘の表面からざらりと雪は滑り落ちていった。
『何を見た?』
「いいえ、何も」
女が踵を返し、高台から去っていく。階段を1歩1歩確かめるように降りていく。
白く染められた世界の中、小さな足跡だけがそこに何者かがいたことを物語っていた。
>> 94
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「(えらく順調やな……それにこの妙な魔力、何か使いおったか?)」
ガツガツとレビヤタン以下略を掻き込み続けるアルメアを傍目に、四杯目のジョッキと激辛味噌ラーメンの器を空にする。
「(……ま、見栄のために全力尽くすのは嫌いやないけど)」
時間を確認する。年の終わりまであと30分になろうとしていた。
本来ならばもう家に戻って休もうかと思っていた、が……。
「……あー、おっちゃん、アイス頼むわ、抹茶。あとウーロンハイも」
なんとなく、普段はめったに頼まないスイーツを頼んでしまう。勿論甘さは控えめだが。
……隣でもくもくとラーメンを食べているハルナを待つというのが半分、その更に隣で無謀な戦いに全力で挑むアルメアを観察したいという欲が半分であった。
「……なんか、今年は妙な年末やなぁ」
アイスの微かな砂糖の風味に拒絶反応を示す身体をアルコールで抑え込みながら、そんな事をぼそりと呟いた。
「闇夜」カカカカ。その権能の効力は状態の分離と保存。擬似的な不眠・不食の加護を与えるアルメアの奥の手の一つである。
箸を繰るスピードが上がる。
異界常識たる悪魔に常識は通用しない。「満腹になった」というステータスそのものを外部に隔離するカカカカこそがアルメアがこの勝負に見出した勝算であった。
────負ける勝負はしない主義でね!
更に速度が上がる。あくまで優雅に、食事を楽しむ余裕さえ見せながら開始から数分で既に大山の三分の一を彼は崩しきっていた。
大人気ない。と、先程のペンルィならそう指摘するだろう。まったくその通り。一族の秘奥たる悪魔を持ち出してまで勝とうなどと大人気ないにも程がある。
されどこの場に彼の妹たちが、或いはアルメアの命を狙うネーナ・リーベルスがいれば、アルメアのとった手段が正しいとそう言うだろう。なぜならシヅキが馬鹿にした指輪は魔術師リーベルスの一族が積み重ねてきた千年を越える研鑽の果てにあるもの。それを貶められたまま引き下がるなど魔術師の端くれたる彼らに許されはしない!
食事スピードに耐えかね、風圧で木枝が落ちるように呆気なく箸が折れた。アルメアは指輪から不可視の鎖を伸ばし割り箸を引き寄せながら中空で両断する。その間コンマ1秒。一瞬すらも挟ませずに食事が再開される。
開始から6分。絶滅危惧種の底意地は、意地悪くも全力を賭して怪物を残り1/6にまで削り取っていた。
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「おー。アルコールのにおいがしなくなりました」
「ま、魔術まで使わなくてもいいんですけど……お気遣い有難うございます」
瞬く間に消えた臭いと、魔力の気配。それで、トウマが何をしたのかを理解し、一先ずの感謝を告げる。
そして、彼の問いかけに返事をしようとした時に、隣のリットがのほほんと言ったことを聞いて、そうだろうなと内心では頷く。しかし、“かーちゃん”の単語を聞いて、疑問符を浮かべる。この人は、母親と一緒に暮らしているのだろうか。それに対して、トウマの方も禁酒を匂わすようなことを言うなど、何か冗談を言い合った感じでもない。
疑問を抱きながらも、今度は彼女自身の返事を告げる。
「そうですね。此方は二度参りです。スバル……ハービンジャーに、年越しを見せてあげようかと思って」
>> 99
「(そういう情緒がありそうにも見えんし)まぁ、そうだろうな」
妙な納得をしながら頷くとかーちゃんの拳骨という言葉に顔をしかめた。
「分かってる、分かってるが止めれないんだ。 俺もガキの頃はあんなもんどこが美味いんだって思ってたが」
顔を顰めたまま聖ブリギットの烈火の怒りを思い出す。
「来年から禁酒すっかなぁ」
エタクサ(正解だ)。誰ともしれない声にアルメアは心中で称賛を送りながら使役悪魔の一柱を招来する。
────来い! 「闇夜」カカカカ!
>> 90
「ウチは単にご馳走の匂いにつられて来ただけやでー?」
更にローちゃんの咥えた袋からたい焼きを数個取り出し、口いっぱいに頬張ると、
着込んだパーカーのポケットに突っ込んでいたペットボトルのキャップを親指で器用に開け、一気飲みした。
「というかおじちゃん、また酒飲んどったん?そろそろ懲りへんとあのかーちゃんの拳骨落ちてくるでー?」
「……聞いたことがある」
二枚羽餃子をポロリと口から落とすペンルィは織火のような興奮を滲ませて唐突に立ち上がった。同席していた氷橋静雄は、「今日は僕の奢りだ」と懐事情ゆえに寂しかった年の瀬に彩りを与えてくれた先輩の不可解な豹変に驚き、釣られて立ち上がる。
「知ってるんですかパイセン!」
「ああ……ソウキンのギャレットは依頼中は一度も眠らないし食べない。そんな噂を耳にしたことがあった。だが、逆に港島ではギャレットは底なしの食事量と睡眠量で有名なんだ」
「? おかしくないっすか? それじゃ真逆ですよね」
「そうだ」
ペンルィは静雄に何かを確信した表情で力強い肯定を返す。
「けど。たった今その矛盾が氷解した。……ギャレットは一ヶ月以上の長期任務には出ない。────つまりあいつは文字通り一ヶ月分の食い溜め、寝溜めが出来るんだよ!!」
「な、なんだってーーーっ?!?! めちゃくちゃ便利じゃないですかそれ!!」
もう、今日の月は沈んだようだ。
「神戸」基礎構造の上層―――現地民は屋上と言ってたか。その上に座って夜空を眺める。
既に今年最後の満月も新月も終えて、沈んだ月は中途半端な形ではあったが。
ともあれ、これで事の解決は来年に持ち越しだ。残念ながら、問題の多くはスタート地点のまま残されている。
はぁ。と小さくため息を吐く。
こうして不自由を手に入れて幾つかの月日を重ねて、自身の中身―――空虚の感情にも変化が生まれてきたと感じる。
例えば、現在に至る失敗への後悔とか、自分の遂行能力を失った無力感とか。
いい傾向ではない。地に縛られてばかりで、自分が澱んでいく。
デフラグでも入れれば調子良くなるか―――あるいはもう寿命かも。
そういえば、次に登る日が初日の出か。なんとなく地球の風習が記憶を掠めた。
太陽。命の源、月の光源。
自分にとっては正反対のようで、本質的には同じもの。
ツクヨミは太陽をあまり好んでいなかった。が。
記憶を辿れば、自分たちの太陽はまた違う。今も彼女は月に残っているはずだ。
「―――太陽、見ておこうかな」
意味はない。ないけれど。
謝っておこう。遅くなってごめんねって。
いつか帰るよって。
>> 83
>> 87
……男性の方は去ったが、女性の方が残った。未だにアズキは泥酔から覚めず、それを背負ったアカネもまたその場から早急に離れるのは難しかろう。
す、と、少女の手が懐へ伸びる。その先にあるものは、冷たく、鋭い、鋼の───。
>> 86
───しかし、それに少女が触れることはなかった。
のっぺらぼうの影。その異質さに、それまで全く崩れなかった無表情に罅が入る。それは、恐怖と形容すべきもの。顔面が引きつり、喉の奥で空気を飲むようなかすれた音がする。
何を感じ取ったのか。それは、少女自身にしかわからない。しかし、とにかく彼女にとって、その影は恐ろしかった。
>> 91
>> 95
だからこそ、踵を返した男性が、女性を引きずっていった時、少女は心の底から安堵の表情を浮かべた。
何故かはわからないが、これで、何かが起こることはないだろうと。そんな予感が、心に到来した。
そして、アカネがアズキを背負って帰るその姿を見て、思い出したように再び無表情になる。
「……お帰りですか? それでは、お気をつけて」
>> 87
>> 91
……絡んできた二人が立ち去るのと同時に、いつの間にか『アレ』は姿を消していた。
死んだ筈の『アレ』が何故今更姿を現したのか、気になるが追求する気は起きなかった。
虚無機関が崩壊する前日に、『アレ』は私たち10人それぞれに、密かにこう伝えていた。
『本日を以て君たちに課した宿題の完遂を認めよう。
無価値の王の名のもとに、君たちの自由を言祝ごう__________さあ、好きに生きるといい』
未だにあの言葉の真意はわからない。まだ何か企んでいるだろう、という予感はある。
それでも、すぐには何かをやらかそうという気配は感じなかった。
恐らく『アレ』は、純粋に私たちだけではどうしようもない彼らの対処に来ただけだろう。
それだけわかればいい。わざわざ『アレ』に_____虚無機関に関わる必要はない。
「……まだ気持ち悪いか?さっさと帰る、キツそうなら遠慮せず言ってくれ」
アズキの腰に手を回し、体勢をしっかりと支え、歩みを再開した。
>> 88
アルメアは小食な方だ。リーベルス一門にて冷遇を受けていた頃に、せめて妹たちには満足に食べさせてやろうと自分の食い分を大きく減らしていたのが三十路間近となっても尾を引いている。そんな彼の胃容量に照らし合わせれば目の前の怪物(ラーメン)は約50食、実に二週間以上分の食事量に匹敵する。仮にアルメアが成人男性なりの胃容量を備えていたとしても、スープだけでそれを優に越える量のはずだ。
しかしアルメアは神話のレビヤタンの名を冠するに相応しいソレを前にしても未だ涼しげな表情を崩さない。それどころか歪む空間をものとせず上品に手を合わせ箸を割った。
「いただきます」
日本古来の食事前の呪文を唱える。そしてアルメアはペース配分を振り捨てる勢いでレビヤタン特大ラーメンを啜り始めた。
やけになったのか。ギャラリーの誰もがそう思い落胆の息を漏らす中で唯一ある人物だけは「まさか」と低く呟いた。
>> 85
よし乗ったか。
それを確認した時点で男―――アルメアなる男を捨て置く。
とりあえず倒れるにしても食べきるにしてもこちらよりは時間がかかるだろう。その間は黙ってくれるはずだ。
非情かもしれないが、対外的にはアルメアが見栄を張っただけに過ぎない。知らん顔をしていればいいだろう。
そんなわけで、再び平穏を取り戻してラーメンを啜る。
/(アルメアだよ…ナだと超大作だよ…誤字多くてすまない…)
>> 86
「(おや────、あれは)」
踵を返し離れようとした霧六岡が、珍しく目を開いて驚いた。
あれか、あれが此処に来るのか、と。ならば両石めの奴には"早すぎる"と思考した。
>> 87
「そう、薬。といっても自然由来の成分100%…安心できますわぁ」
そのように、恍惚とした下卑た笑みを浮かべながら、アズキに近づく両石。
しかし唐突に、間に割り込んできた"女性"に邪魔をされる。
「あらぁ? なんですか突然…あら、見ると貴方も負けず劣らずな可愛い子ですね。
んー…彼女よりかは、どちらかと言えば貴方の方が好みかも、彼女らは介抱は十分と言ってますし?
ではぁ……この後、ホテルとかd────」
そこまで言いかけて、両石は勢いよく唐突に手を引かれた。
「あら? あらあらあら? 何邪魔してくれてるのよ霧六岡ぁ?」
「良いから来い。お前にはまだ早い」
「?」
頭上に疑問符を浮かべながら引きづられる両石。その後、やれやれとかぶりを振って霧六岡は一言いった。
「あれは造物主と同列だ。見ればわかろう」
「……あんたがそう言うなら、そうなんでしょう。あんたは狂気に嘘はつかない」
霧六岡の狂気の形は、刹那主義な善悪への憧憬にある。それはつまり、歪なれど直感が働くという事でもある。
それはつまり、本質を見抜く力を持つという意味でもある。
「わかればいい」
そういって、2人は早足でその場から立ち去った。
「俺たちには"早い"。まだ、な」
>> 84
「そんなに匂うか!?」
未成年の若干軽蔑の籠もった視線に少しだけ酔いの覚めたトウマはクリスマスの騒動、聖ブリギットからのお説教を思い出した。
流石にあれから何日も経っていないのに酒絡みの騒動はマズいそれくらいの理性は残っていた。
どうにも年末で気が緩んでいたらしい、ここのところダンジョンにも潜ってないしな。
仕方ないとため息を付くと、魔術回路に火を入れる。
体内の水分を操作してアルコールを抽出、肝臓へと送り内臓へ肉体強化を掛けることで新陳代謝を活発化し高速でアルコールを分解、酔いを抜いた。……肝臓に負担かかるんだよな、これ
「ほら、これで匂わないだろ? で二組とも二年参りか?」
>> 85
「おーがんばれがんばれー、男見せちゃれ優男ー」
棒読みで返しながら、その指輪をちらと見る。
回収業者にとっての「便利」、そして身なりの良い直営であるにも関わらず以前に回収業者の骸からすっぱ抜いたHCU武装の貸与リストにその名前はなかった……という事から、何らかの礼装或いは兵器であろう、という事は推察できた。
……ただ、それを今考えるのは野暮である。とりあえず少し冷え始めたラーメンの残りをすすり尽くし、割りスープを混ぜて〆の構えに入った。
>> 88
「……ぅわ」
ブツが来た。思わず声が漏れた。なんやあれ。
流石に見たことないことが露見するとうまくハメられないので言及は控えることにした、が、それにしてもとてつもない「圧」がそれからは発されていた。
「(あんなもん食いきる奴………いや、思い当たりあるのがアレやけど。いやまともな人間に食いきれるんかアレ)」
某大食いアイドルと、身体能力バケモン武装メイドの存在が脳裏をよぎる。
一名ってことは食いきったのあの辺やろうなーなどと他人事のように思いつつ、最悪手伝ってやるか……とナルメアの様子をちらちら伺いながらジョッキをおかわりした。
かつて、特大メニューというのはエンターテインメントであった。
限界まで盛り付けたメニュー。その重量数キロを超え、数多の挑戦者を机に沈める。
しかして、その特盛決して不味くなかれ。
なるほど店主が持ってきたそれは確かに美味しそうだ。恐らくは店主が作り上げたラーメンの中でも一番と言っていい仕上がりと言える。
しかし重量は―――否、質量は。
空間が歪んでいる。
冗談ではない、質量が空間を歪めているのである。もはや語るべき言葉はそれに尽きる。
これを食べろという。完食しろという。
これぞ完食者1名のみ。レビヤタン特大ラーメンの全てであった。