バスの中、サーバルの膝の上で、かばんは目を覚ました。
「うーん……。ボク……眠っちゃってたんだ……。」
辺りは既に明るく、陽が照っていた。
目を擦り大きな欠伸をしながら、彼女はバスの窓を開けて外を見る。
バスは停まっていた。
そうだ。
そういえば、昨晩――
【オープニング】
昨晩。
バスの中で。
「アライさん、そろそろ眠くなってきたのだ……。」
アライグマが目元を擦りながら言った。
すると、そんなアライグマにフェネックが手を伸べた。
「今日はもう遅いからねえ。ゆっくり眠ると良いよー。」
……日没からは、既に6時間が経過していた。
アライグマはフェネックの言葉を聞くと、そんな彼女の膝元に頭を乗せた。
「みんなおやすみなさいなのだ。」
アライグマは言うと、一回大きなあくびをして、瞼を閉じた。
かばんはバスの揺れがそんな彼女の眠りを妨げぬように、ラッキービーストに言った。
「ラッキーさん。バスを停めて下さい。」
「ワカッタヨ。」
ラッキービーストがいつもの無機質な、機械的な声でかばんの指示にそう答えた。
ラッキービーストはスピードをゆっくりと落としながら、ある程度収まったところでブレーキを掛けた。
静かに、音を立てぬよう。
……それから数分後。
アライグマが静かで、なおかつ規則的な寝息を立て始めた。
そしてそんな、己の膝の上で横たわるアライグマを見つめながら、フェネックはその頬をゆっくりと撫でた。
「……へねっくやめるのだぁ〜」
アライグマが眉をひそめながらそんな寝言を言い、バスの中にクスクスというささやかな笑い声が響く。
かばんはそんなアライグマを見て目を擦りながら、大きく口を開けて息を吸い込んだ。
それはとても大きなあくびだった。
「ボクも、アライグマさんを見てたら眠くなってきました……。」
かばんは重いまぶたを少しだけ開け、うつらうつらとしながらそんな言葉を浮かべた。
「かばんちゃん、夜行性じゃないもんね! ゆっくり眠ったらいいよ!」
サーバルが、かばんを横目で見つめながら、眠そうな彼女にそう語りかけた。
「サーバルちゃん……。」
かばんが眠たげに呟く。
「ほ、ほらほら!」
サーバルは両手でかばんの上体をゆっくりと下ろすと、そう言いながら彼女のもみあげ辺りを優しく撫で回した。
……バスの座席の上から、かばんは外を眺めた。
月は、既に天高く上り、夜もかなり更けてきた。
淀んだ視界に、サーバルの優しい手の感触も相まって、徐々にかばんの視界は暗くなり、それらは彼女に深い眠りをもたらした。
「おやすみ、かばんちゃん。」
視界が黒く染まりきる前、サーバルが言った。
かばんはその言葉に答えようと口を動かそうとしたが、全く動かさない内に彼女は眠りに入った。
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「……結局、宿泊場所を見付けるどころか、次のちほーに辿り着く前に、夜になっちゃったんですよね……。」
バスの壁にもたれ、その窓から上体を少しだけ覗かせたかばんがふと、昨晩の事を思いだしながらそう呟いた。
そんなかばんに、運転席でフレンズ達が起きるのを待っていたラッキービーストが声掛けた。
「オハヨウ、カバン。」
はっきり言ってまだ少し眠い。
だがまあ、もう起きたのだからそろそろ起きなければと彼女は上体を起こしながらそんな問いに返した。
「あ、おはようございます。ラッキーさん。」
「キョウハヨクネムレタカナ。」
いつも通りの単調な声で語るラッキービーストだが、彼(彼女?)は休まなくても平気なのだろうか……と脳の片隅で考えながら、かばんはそんな彼の声がけに答える。
「はい。……まあ、いくらかは。」
かばんはラッキービーストの問いかけにそう答えると、辺りを見回した。
ふとベンチに目を向けると、その上に頭をうつ伏せにし、正座したまま眠っている、タイリクオオカミの姿が見えた。
……いや、よく見るとタイリクオオカミが頭を付けているのは、ベンチの上ではないようだ。
タイリクオオカミが顔を付けているのは、その厚さと色からするに、真っ黒な原稿用紙だった。
そしてさらにそのそばには、黒い液体の入ったビンが倒れていた。
恐らく、あの真っ黒な原稿用紙は、元々はただの、白い普通の原稿用紙だった。
だが、あのビンの中の黒い液体――恐らく黒のインクだ――が何らかの原因……
例えば、原稿用紙を描いている途中で眠ってしまうなどする。
その時にタイリクオオカミが上体を倒したその衝撃で倒れて溢れてしまい、原稿用紙へと染み入って、真っ黒になってしまったのだろう。
だが、タイリクオオカミがそんなへまをするものなのだろうか。
まあいずれにせよ、あの原稿が完成していなかったとしても……まだ描いていなかったとしても、可哀想なものだ。
かばんがぼんやりと、そんな事を考えていると、未だ気持ち良さそうに寝入っているサーバル達の姿が目に入った。
彼女達とはこれまで、沢山旅をして来た。
そして今日も旅をする……。
そうだ、旅だ。
かばんはやっと脳を眠りから完全に覚醒させた。
そして今、自分達がどこにいるのかという、疑問を持った。
「ラッキーさん、ここはなにちほーですか?」
かばんはラッキービーストに聞いた。
ラッキービーストはそんなかばんの問いに、相変わらずの無機質な声で答えた。
「マダココハ、カセンチホーダヨ。」
かばんはラッキービーストの答えを聞くと、周りを見渡して再度聞いた。
「次のちほーまで、あとどのくらいかかりますか?」
ラッキービーストは答える。
「タンジュンケイサンデアト、イッテンロクキロクライダヨ。ジカンニスレバ、ジュウゴフンモカカラナイヨ。サーバルタチガオキタラシュッパツダネ。」
かばんはラッキービーストのそんな言葉を聞き、何か思い付いたように天を見上げると、にこやかに微笑みながら言った。
「じゃあ、ラッキーさん。あれの準備、お願いします。」
「ワカッタヨ。」
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「こーけこっこー! みんなー! 起きてー! 朝だよー!」
明け方のジャパリバス周辺に、そんな声が響いた。
この声は、アヒル――昨日の朝、かばんがアヒルとラッキービーストに頼み、録音してもらった物――の声だ。
かばんはその声を、目覚まし時計として辺りへ響かせた。
するとかばんの思惑通り、バスの中に居たフレンズ達は起き始めた、
「うーん……おはよう、かばんちゃん。」
サーバルがウトウトと頭を揺らしながら、片目を擦ってかばんに声がけた。
「おはよう、サーバルちゃん。」
かばんはサーバルの言葉に、バスに戻るハシゴを降りながらそう答えた。
「ソレジャア、シュッパツスルヨ。」
ラッキービーストは言うと、バスのエンジンを掛けて、タイヤを前転させ始めた。
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……それから数分後。
「モウスコシデツギノチホーニハイルヨ。カセンガワノマドヲミテミテ。」
かばんはそんなラッキービーストの言葉に、河川側の窓から、外を覗いた。
「うわあ……!」
かばんは驚愕し、そう呟いた。
なにせ、今まで川があったと思っていた場所が、どんどん、みるみるうちに低く、遠くなっているからだ。
「すっごーい!」
サーバルがその光景に、そんな言葉を放った。
その景色はこうざんで見た物よりも輝かしく見えた。
なにせ、かばんはトキに掴まりながら飛んで、遊覧飛行のように楽しんだものの、ここまで高度が高いところに来るのも初めてだったからだ。
バスの前方は未だ、上方に傾いている。
「ツギノチホーニハイッタヨ。」
運転を続けながら、ラッキービーストが言った。
「つまりここがけいこくちほーなんですね!」
かばんがあたりを見回しながら、ラッキービーストの言葉にそう問いかけた。
「セイカイダヨ。ムコウニミエル、モウヒトツノガケトコノガケノサカイメノコトヲタニ、サラニソノシタニカワガアルカラ、コノバアイハケイコクデアルコトガオオク、オモニコノチホーニハ、トリノフレンズガスンデイルヨ。」
ラッキービーストはそう答えた。
「へえー。」
かばんはぼんやりとそう呟いた。
目の前の川が、どんどん、どんどん遠くなっていく。
どんどん、どんどん――
「キキィーーーーーーーッ!」
甲高い音を立てて、バスは停車した。
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「キキィーーーーーーーッ!」
そんな甲高い音を立て、バスは停車した。
「うわわ! なになに!?」
サーバルが慌て、そんな声を出す。
「ラッキーさん! どうしたんですか!?」
かばんがラッキービーストにそう聞いた。
「アワワ、アワワワワ……。」
ラッキービーストは慌ててそんな声を出しながら、ただ前方を見つめている。
「ん……?」
かばんはラッキービーストの見つめる場所に目を凝らした。
「フレン……ズ……?」
かばんはそれを見ながら呟いた。
ラッキービーストが見つめる場所……バスの前には、一人のフレンズ――恐らく鳥のフレンズだろう――が立っていた。
「あの――。」
かばんがそのフレンズに話し掛けた。
「あ、あぶないだろっ!」
バスの前に立っていたフレンズが言った。
「す、すみませ……。」
かばんがそう言葉を返すも、そのフレンズはそれを遮るように言った。
「あんたみたいに、図体がめちゃめちゃ大きいフレンズが走っちゃ!」
「……へ?」
かばんはフレンズの言葉に、そんな疑念の声を上げた。
そして思った。
ははあ、これはバスを、フレンズだと思い込んでますね。と。
まあ、そう思い込むのも仕方がない。
かばんはバスの入口に向かった――
「フレンズからフレンズが!?」
そのフレンズは言った。
ああ。――これは――
――面白いことになりそうだ。
かばんは、彼女にしては珍しく、いたずらに微笑んだ。
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「も、申し訳ない! あんな大きなの、あたしあんまり見たことねえから、ついついフレンズかと……。」
そのフレンズが申し訳なさそうにそう言った。
かばんは笑みを浮かべながら申し訳なさそうに頭を下げるフレンズに言った。
「いいんですよ。」
タイリクオオカミが冷静沈着な顔を見せながら、かばんの横に立った。
「良い顔も頂けたしな。」
タイリクオオカミは言うと、笑いを吹き出して続けた。
「特に、バスだと気付いて恥ずかしがっている時の顔を。」
そのフレンズは笑みを浮かべながら言うタイリクオオカミを見つめ、軽く不満の声を漏らすと、次に表情を変えて言った。
「……あたし、ウィリアムソンシルスイゲラのウリスってんです。呼び捨てでもさん付けでもいいんで、好きに呼んで下さい。」
▼■■■■■▼ キツツキ目 キツツキ科 ズアカキツツキ属
■ ■ ■
■ ■ ■ ドングリキツツキ
■ ■ ■
■■ ■ Acorn Woodpecker
「分かりました。」
かばんが言った。
「じゃあ、ツキちゃんで!」
サーバルがややテンション高めに微笑みながら、大きな声でそう言った。
そして、そんなサーバルの言葉に、ドングリキツツキは唖然とした……。
困惑した表情で呟いた。
「ツキ……ちゃん……。」
「ダメだった?」
サーバルがドングリキツツキに聞いた。
すると彼女は慌てて表情をにこやかに変えて言った。
「いいえ! 全然そんなわけじゃねえんですよ!? だ、だけど……。あたしあまり……ちゃん付けで呼ばれたことねえから慣れなくて……。」
「じゃあ、ツキ。……でいい?」
サーバルは彼女にそう聞いた。
「いや、ちゃんで良いですよ。」
彼女はそう答えた。
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せいぶつかがくけんきゅうじょ はどりおにいさん(おかやま)
「えー。ドングリキツツキはでしね。おんもに団体で移動してで〜。基本的に樹木の汁……蜜を主食にたべてるんでしよ。」
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「ところで……、ツキさんは何をしてたんですか?」
かばんが聞いた。
そんなかばんの問いに、ドングリキツツキは彼女から目を背け、手を遊ばせながら答えた。
「えと……。ジャバリまんを持ったボスを探してました……。」
かばんはそのドングリキツツキの言葉を聞くと、何か思い付いた様に顔を上げた。
そして、彼女は言った。
「それなら……、もっと良いものがありますよ。」
「……へ?」
かばんの言葉に、ドングリキツツキはぽかんと口を開けたまま、そう呟いた。
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「わあ……すごい……。」
ドングリキツツキが嗅いだ香り。
それは、何種ものスパイスとスパイス同士で混ざり合い、実に濃厚で、己の心に深い安心感を与えてくれる、そんな香しい匂い。
だが安心感だけではなく、多めの刺激も与えてくれるのがそれ……その料理の特徴だ。
彼女の目の前にあるのは、かばんがキョウシュウエリアで、初めて作った料理……カレー。
インド発祥で、フランスを経由してジャパリパークのある国、“ニッポン”で、国民食とまで言われたこのカレー。
かばんは彼女が草食(?)動物であることも考慮し、卵や肉といった食材は使用せずに、材料にハチミツやリンゴを加え、彼女が食べやすいように作った。
かばんはアフリカオオコノハズクやワシミミズクが食べてしまわないかと警戒したが、生憎彼女達は肉食。
“甘ったるい物は食べないのです。我々は長なので。”
食べようとする気配は全く無く、かばんは少し悲しくもあったが、一安心した。
「ツキさん。食べても構いませんよ。」
かばんは言った。
「うぇ……? あ、はい!」
ドングリキツツキは戸惑いながら、そう答えた。
彼女は己の目の前のスプーンを鷲掴みして、それをすくい上げ――口へ運んだ。
彼女はそれをいくらか噛んで、飲み込むと、驚いた様に口を開け、目を見開いて言葉を失った。
「ツキ……さん?」
かばんがそんな彼女の顔を覗き込みながら言った。
彼女はかばんの言葉を聞いて、かばんに目を向けると、頭を振ったのちこう言った。
「うぇ……あっ、美味しかったです……! と……、とっても……!」
かばんはそんな彼女の反応に、ニコリと微笑みながら言った。
「どんどん食べていいですよ。まだまだ沢山ありますから。」
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「ごちそうさまでした!」
ドングリキツツキが両手を合わせながら笑顔で叫んだ!
「おそまつさまでした。」
かばんがドングリキツツキの言葉にそう答えた。
かばんが鍋の中を覗くと、その中は何も無かったかのように空っぽだった。
よっぽど腹を空かしていたのか、夢中で食べていた為に、彼女の口もとにはカレーがぺっとりと付いていた。
かばんはそれを見て口もとを歪めた。
ドングリキツツキはそれに気付くと、口もとに付いたカレーを片手で拭うと、おじぎをしながら言った。
「マジで美味しかったです! どうも有難う御座いました!」
「いえいえ、こちらこそ、ありがとうございました。」
かばんはそう答え、ニコリと微笑みながら、お辞儀をした。
「え? あたし何か、お礼されるような事しましたっけ?」
ドングリキツツキはかばんの言ったことに首を傾げて問うた。
そんな彼女の言葉に、かばんは答えた。
「美味しそうに食べてくれてたので。口もとにカレーを付けるくらい、夢中に。」
ドングリキツツキは首を傾げながら顔を赤らめ、疑念の表情を浮かべた。
「さあ、行きましょう! ラッキーさん!」
かばんの言葉に、ラッキービーストは答えた。
「ワカッタヨ。」
ラッキービーストはバスの近くで燃え盛る薪に水を掛けた。
その間にかばんは座席へと乗り込んだ。
ラッキービーストは運転席に乗り込むと、一息ついて言った。
「ソレジャア、シュッパツスルヨ。」
かばんはそんなラッキービーストの言葉に「はい。」と答えると、窓から顔を覗かせ、ドングリキツツキに手を振った。
「それじゃあ、またー!」
「またねー!」
サーバルがかばんの後に続けて言った。
「ま、またいつかー!」
ドングリキツツキは答えた。
……バスが発車し始めた。
彼女の姿は徐々に、少しずつ小さくなって行く。
彼女の姿は、点になって、そのうち、いつの間にか消えた。