「これは……。」
土煙が激しく舞い上がる中、かばんとテングコウモリは建物の外で呆然と立ち尽くしていた。
かばんは目の前の光景に、息を呑むことしかできなかった。
さっきまで歩いてきた整備されたはずの通路が、完全に崩れ落ちた土砂と巨岩によって埋め尽くされている。
立ち込める白煙の向こうから、ゴホゴホと激しく咳き込む声が微かに聞こえてきた。
「もしかして、向こうに誰か……?!」
かばんが叫ぶと、土煙の向こう側から「げほっ、げほっ……」という激しい咳き込みと共に、聞き馴染みのある声が返ってきた。
「か、かばんちゃん……!?私たちは平気だけど、そっちは大丈夫!?」
「サーバルちゃん!?」
かばんは目を見開いた。
「フェネックさん!アライさん!博士も助手さんも……みんなそこにいるんですか!?」
「そうなのだー!げほっ……なんだかよく分からないけど、目の前が真っ暗になって通れなくなっちゃったのだ!」
土煙の向こうから、アライグマのちょっぴり情けない、けれど元気そうな声が響く。
「どうやら、私たちがセルリアンと戦った衝撃で、ここが崩れてしまったみたいなのです」
アフリカオオコノハズクの冷静ながらもどこか煤けたような声に続き、ワシミミズクも「そうなのです。一時はどうなることかと……げほっ」と言葉を添えた。
白煙が少しずつ薄れていくものの、目の前を完全に塞いだ巨大な岩盤のせいで、向こう側の様子は一切窺い知ることができない。
完全に、かばんたちのいる「受付カウンター」側へのルートは真っ二つに分断されてしまっていた。
「なんてこった、完全に道が潰れちまってるじゃないさ!」
テングコウモリが険しい表情で、目の前を塞ぐ分厚い岩の壁を叩いた。
手のひらから伝わる冷たい岩の感触が、この壁の圧倒的な厚みを物語っている。
「ト、トリアエズ、ハヤクココカラ、ダッシュツシナケレバ……。」
ただならぬ異変を察知して建物の奥から這い出てきたラッキービーストが、胸のレンズを赤く点滅させながら、緊迫した音声で警告を発する。
洞窟全体のバランスが崩れてしまったのか、足元からはまだ不気味な地鳴りが地響きのように続いていた。
「そんな……。サーバルちゃんたちの方へ行く道は、もう他にないんですか!?」
姿の見えない向こう側の仲間たちを想い、かばんは駆けつけてきたホラアナグマやテングコウモリに必死に問いかけた。
しかし、二人が口を開くより先に、足元からこれまでとは比較にならないほどの激しい震動が突き上げてきた。
――ズズズ、ズガガガガッ!!!
「うわわっ!?」
あまりの揺れに、かばんはその場に激しく尻餅をつく。
「な、なんだいこの揺れは!?崩落はさっきので終わりじゃないのかい?!」
テングコウモリが翼を広げて必死にバランスを取りながら叫ぶと、ホラアナグマが建物の奥の壁を力強く指差した。
「みんな、こっちだ! ここの壁の裏に、古い管理用の抜け道がある! そこなら頑丈で崩れないはずだ!」
「カバン、コッチ! ハヤク!」
ラッキービーストが赤い警告灯を明滅させながら、短い足を一生懸命に動かしてホラアナグマの指差す方へと先導する。
「でも、サーバルちゃんたちが……!」
岩の壁の向こうを振り返るかばんに、テングコウモリが優しく背中を押しながら声をかけた。
「まずはアタイたちが助からなきゃ、助け出すこともできないよ! ほら、走るんだよ!」
みしり、バリバリと天井が崩れる音がすぐ後ろまで迫る中、ホラアナグマが隠し扉のような重い鉄製のハッチをこじ開けた。
「早く、中へ!」
かばん、テングコウモリ、そしてラッキービーストが滑り込むようにしてその狭い通路へと飛び込む。
最後にホラアナグマが飛び込み、背後でハッチをバタンと力任せに閉めた。
――ドゴォォォォン!!!
直後、ハッチの向こう側で建物が完全に押し潰される凄まじい轟音と地響きが響き渡った。
しばらくして、激しい震動がゆっくりと収まっていく。
真っ暗な抜け道の中で、かばんたちは壁に背を預けたまま、激しく荒い息を吐きながらもお互いの無事を確認し合った。
「……みんな、怪我はないかい?」
テングコウモリが翼で泥を払いながら尋ねると、かばんも小さく頷いた。
「はい……ボクは大丈夫です。案内してくれてありがとうございます、ホラアナグマさん」
「フゥ……間一髪だったな。ここは古い頑丈なシェルター構造になっているから、もう崩落の心配はないぞ。」
ホラアナグマがホッと胸を撫で下ろす。
かばんたちは息を整えたあと、安全な場所を求めてその頑丈な抜け道をゆっくりと進み始めた。
ラッキービーストの静かな明かりだけが、コンクリートで固められた無機質な通路をぼんやりと照らし出していく。
「それにしても、ずいぶんと頑丈な通路だねぇ。上はあんなに崩れたっていうのに、ここはビクともしてないよ。」
テングコウモリが感心したように、コンクリートの壁に触れながら言った。
「ええ、ここはヒトがもしもの時のために作った、特別な避難路らしいんだ。だから、多少の衝撃じゃびくともしない構造になっているんだろう」
ホラアナグマが前方を警戒しながら答え、それにラッキービーストが「ソノ通リ。ココハ安全エリア、避難経路ダヨ」と電子音で付け加える。
「……あ、見てください。あそこに何か書いてあります。」
かばんが指さした先には、古びた案内板が落ちていた。ラッキービーストが明かりを近づけると、そこには掠れた文字で『中央管理区画へ』という文字と、矢印が描かれている。
「中央管理区画……。サーバルちゃんたちの方へ回れる道が、そこから見つかるといいんですけど……。」
かばんが壁の向こうを想うように呟くと、テングコウモリがその頭に優しく手を置いた。
「大丈夫さ、あっちにはかばんさんの大切な仲間たちがたくさんいるんだろ?」
テングコウモリは優しく微笑みながら、かばんの顔を覗き込んだ。
「声を聞く限りみんな元気そうだったし、きっと今頃、あっち側で安全な場所を見つけてるよ。」
その言葉に、かばんの強張っていた表情が少しだけ和らぐ。
「アタイたちも、まずは行けるところまで進んでみよう。」
「……はい!」
テングコウモリに背中を押され、かばんは小さく微笑みながら再び一歩を踏み出した。
どこまでも続くかと思われた無機質な一本道をしばらく進んでいると、前方の暗闇から、コンコン、と規則正しく硬いものがぶつかるような音が微かに響いてきた。
「……ん? 何か聞こえないかい?」
テングコウモリがピクピクと大きな耳を動かし、足を止めて音のする奥へと視線を向けた。
「カバン、前方ニフレンズノ反応ヲ確認。」
ラッキービーストの電子音と同時に、通路の先からひょっこりと、小柄なフレンズが姿を現した。
全身をすっぽりと包むような、つややかな黒いコート風の衣装に身を包み、大きな手袋のような両手を胸の前で丁寧に合わせている。
長い前髪の隙間から、くりくりとした小さな瞳がかばんたちをじっと見つめていた。
「おや、珍しいですね……。こんな光の下に、お客様がいらっしゃるなんて。」
そのフレンズは、驚く風でもなく、穏やかで物静かな声でペコリと一礼した。
「あ、はじめまして。ボクはかばんです。あの、あなたは……?」
かばんが恐る恐る尋ねると、そのフレンズは胸の前で大きな両手を軽く広げてみせた。
「私はヨーロッパモグラ、と申します。普段はこの下の、もっと静かで暗い通路を掘り進めているのですが……さきほど上のほうで、ずいぶんと大きな音がしたものですから。気になって様子を見にきてみたのです。」
▼■■■■■▼ 無盲腸目 モグラ科 ヨーロッパモグラ属
■ ■ ■
■ ■ ■ ヨーロッパモグラ
■ ■ ■
■■ ■ European Mole
「ヨーロッパモグラ……! 暗いところでも平気なんて、すごい特技を持ったフレンズだねぇ。」
テングコウモリが感心したように翼を畳むと、ホラアナグマも一歩前に出て頷いた。
「私はホラアナグマだ。すまないな、上の建物が崩落してしまってね。ここが古い避難路だと知っていたから逃げ込ませてもらったんだが、驚かせてしまったようだ。」
「いえいえ、お怪我がないお姿を見て安心いたしました。」
ヨーロッパモグラはふんわりとした口調で首を振ると、かばんの顔を覗き込むようにして尋ねた。
「それにしても、皆さんずいぶんと困ったお顔をされていますね? 何か、私にお手伝いできることはありますか?」
「実は、さっきの崩落で大切な仲間たちと離ればなれになってしまって……。」
かばんはこれまでの経緯と、壁の向こうに残されたサーバルたちのことをヨーロッパモグラに一生懸命に説明した。
この先にある「中央管理区画」に行けば、もしかしたら向こう側へ回れる道があるかもしれない、ということも。
ヨーロッパモグラは大きな手袋のような手を顎に当て、ふむ、と小さく頷きながら熱心に耳を傾けていた。
「なるほど、それは大変なことになりましたね……。」
ヨーロッパモグラは、くりくりとした瞳にかばんを映し、そっと言葉を紡いだ。
「お友達のことが心配な気持ち、よく分かります」
「この先の道のことで、何か知っていることはないかい?」
テングコウモリがじれて身を乗り出し、暗闇の先を睨むようにして尋ねた。
「アタイたちはあっち側へ行きたいんだよ。」
すると、ヨーロッパモグラは困ったように眉をハの字に下げて首を振った。
「ううん……。残念ながら、この先の中央管理区画へ続く一本道ですが、少し前からの震動のせいで、完全に土砂で埋まってしまっているのです。」
ヨーロッパモグラの口から告げられた非情な現実に、通路の空気が凍りつく。
「ここから先は、普通には進むことはできません。」
「そんな……! ここも行き止まりなんですか!?」
かばんがショックに目を見開いた。
せっかく一命を取り留めてここまで進んできたのに、またしても道が塞がれているという事実に、目の前が暗くなりかける。
落胆するかばんたちの様子を見て、ヨーロッパモグラはふんわりとした口調のまま、周囲のコンクリート壁のさらに奥、土が露出している天井の一部を指さした。
「ですが、ご安心ください。実は、皆さんが今歩いてこられたこの古い避難用通路ですが……。」
ヨーロッパモグラはクスリと小さく、上品に微笑んだ。
「その一部や、崩落を免れたバイパスのいくつかは、昔、私がここを掘り進めて作ったものなのです!」
「えっ!? この頑丈な通路を、あなたが作ったのかい?」
テングコウモリが驚いて声を上げると、ホラアナグマも大きく目を見開いた。
「なるほど、ヒトが作った古い図面にはない隠し通路だと思っていたが、君が広げたものだったのか。」
ホラアナグマの言葉に、ヨーロッパモグラは嬉しそうに頷いた。
「はい。私は暗くて静かな場所が好きですから。」
そう言って、大きな両手を優しく胸の前に引き寄せる。
「ヒトたちが使わなくなった後も、こうしてコツコツと裏道を整えておいたのです。」
ヨーロッパモグラは今度はフンスと胸を張り、つややかな黒いコートを誇らしげに揺らした。
「ですから、歩けないのなら――また新しく掘れば良いのです。そう、私の出番ですね」
「えっ……掘る、ですか?」
きょとんとするかばんに、ヨーロッパモグラは頼もしく微笑みかけてみせた。
「土を掘り進めることにかけては、私の右に出るものはおりません。」
その言葉と同時に、大きな手袋のような両手が力強く握り締められる。
「皆さんがお友達のところへ無事に戻れるよう、私が先頭に立って、中央管理区画への新しい抜け道を掘って差し上げましょう!」