海と花束BBS

一番くだらない事を言った文豪が優勝 / 7

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新月 2025/01/15 (水) 03:29:35 修正

気がついたら日付が変わろうとしていた。どうやらこれ以上の引き延ばしはできない様だ。
人間臭さが染みついた薄い布団に横たえた上体を引き起こし、地に足をつける。そして向かう。
たかだか数歩、されど数歩。気が乗らない移動はいつであろうが、水気を含んでいるかの如く重く淀んでいる。そしてそれは星間ガスが寄り集まって主系列星となり、そしてその輝きの出涸らしがまた矮星を形成するまでにかかる時間より長く感じられる。そんな悠久の時をしれっと乗り越えて机に向かった。
 古びた建屋の隅の隅、歴戦の傷が彫り込まれた黒ずんだ机。その机上には、この部屋にはあまりにも不釣り合いな、青白い光を放つ機器が鎮座していた。型落ちのノーパソである。流行に取り残された存在という意味では、この侘しく辛気臭い部屋とその主に相応しい物なのかもしれない。
錆びついた背もたれの板バネがギシギシと不快な音で不満を表す。それを気にも留めずノーパソに向かう。締め切りが近いからだ。ヘッドホンを刺し、パスワードを打ち込む。そしてお気に入りの曲を再生する。これだけがけだるさをまとわずに実践できる動作であり、知的生物としての体裁を保っていられる生命線だった。
思考が聴覚に占領されている間に指を動かす。ソフトを立ち上げ、進捗を確認。それから過去の自分の甘えを恥じて詰る。
一連の無駄かつ非効率の極致の様な動作を記憶に残しつつ作業に取り組む。
死んだ魚の目に徐々に焦りが混じる。怠惰なくせに妙なところだけ心配性で実直なのはいつものことだった。
思考はいつしか聴覚による占領から奪還され、視覚による支配を受けるようになった。ディスプレイに映し出される文字、正確には二進数の羅列の意味を組み立て、推敲、時には消し、また打ち込む。それをひたすら繰り返す。時間が分かるのが嫌だという理由で主に伏せられた時計が、音だけで状態と時間を四次元的に保存していた。

どれくらいたっただろうか。少なくとも、布団上の泥が這いずって机に向かい、人の形を成すまでにかかった時間よりははるかに長い。正しく無限が流れたと言える。しかしそうは感じられなかった。脳という髄液に浮かぶ豆腐は思ったよりも馬鹿らしい。真っ白な画面で網膜と精神に的確にダメージを与えていた進捗は、程よく黒い斑点で埋まり、網膜に小気味良いコントラストを映していた。その目元から溢れていた焦りはいつの間にか引っ込み、元の死んだ魚の目の様相を呈していた。安堵を滲ませていたような気がしなくもないが、よくわからなかった。
煌々と青白い光を投げかけるディスプレイと蛍光灯。
カーテン越しに散乱した、柔らかく、見慣れた主系列星の光は、しれっと第三の光源となろうとしていた。

(布団の上でだらだらしていたら思ったより進捗やばくて徹夜することになった。)

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