前日の「天問」(屈原詩)を昨日まだ考えていたのもあって、ブクログのレビュー欄に「ヒロイン(エレGY)が可愛いです」みたいなコメントが並んでいるのをみると、この世が不気味か、絶望的に索漠とした不毛さに思えるような連想があったかもしれない。今の感覚だと、AI生成の文書みたいだ。
小説中で「この子は可愛い」と書いてあれば頭からその通り呑み込む読者層とか……本当にそうなのか……と考えていると、ラノベのジャンルでは小説の文章は半分で、イラストレーターの描くキャラ画の印象が半ばは持つみたいな話は知っている。これは本当にそういうものみたい。わたしは『エレGY』を読んで作品の文章からはカバーのような印象はもたない。
恋愛小説じたいも全然読まない昨今だけど、わたしの最近読んだ中で近いのは何だろうと記憶をたぐって、『女と人形』などを今あげておくと面白かったかもしれない。それがまた星海社文庫の読者には合わないかとも思うが、『spica』なんかを読むにはライトノベルのつもりで真正直に読むのはどうかと思うな。
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というか、AMのSteamレビュー欄なんか見れば、恐ろしくお為ごかしの羅列で、本人も「空文でいいのでコメください」といってるのを知ってれば『1984年』みたいなものさえふと想起せざるをえない。そういうつもりはないんでしょ、表向きでも。わたしはその類の周りに合わせて付き合うのはきらいだ。いまさら、時間の無駄。
「天問」は現代の感覚だと古代的で素朴には感じるけど、思想以前に誠実さ、は感じる。それも、現代のたとえばXの住民などだと『いちいちツッコミ入れてて面白い』みたいな、諧謔だと解する意味で、一本道に読むかもしれない。まずそうじゃないかと思う。
それは想像できるし怖い……ぶきみだ。生きながら死んでるとしか思えない。そのつぎには、『ヨブ記のようなものを連想する』みたいな感想があると思える。それは、本当は違うだろう。
わたしはそういう話はずっとしたかったんだけどな。図書館で現行の文芸誌など開いてみても不誠実なのが場の空気の基調、という気分が察せられてわりとすぐに挫折する。それもまたAMと離れた話になったので、別トピックへ行こう。