アストラエ・オラティオ(Astrae Oratio)/BlueArchive_team_fandom

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名前なし 2026/08/21 (金) 21:05:38 77501@02768

'89年辺りで有名な露出狂がいないか聞いたところ、ニアピンな人を発見
https://en.wikipedia.org/wiki/Sarah_Brown_(model)

以下、nani翻訳

マリー=フロランティーヌ・ロワイエ(文献によってはロジェ。1869年〜1896年)は、サラ・ブラウンという英語風のモデル名でよく知られています。この名前は、彼女のセルティック(ケルト系)を思わせる赤毛のロングヘアと色白の肌にちなんだ気取った命名(気取り)だったと考えられています。彼女は1890年代に「ボヘミアの女王」として名を馳せたフランスの美術モデルでした。

1893年にパリのカルチェ・ラタンで開催された「キャトル・ザール(4つの芸術)の舞踏会」において、ロワイエが他の3人の著名な美術モデルとともに「活人画(タブロー・ヴィヴァン)」の山車の上で露出度の高い衣装でポーズをとったとして逮捕された事件は、19世紀後半で最も有名な学生暴動の一つを引き起こしました。

ロワイエは、ジュール・ルフェーヴルやジョルジュ・ロシュグロス、フレデリック・マックモニーズをはじめとする多くの芸術家のモデルを務めました。彫刻家ジャネット・スカダーの自伝には、二人が対立する場面が登場し、そこで彼女は「リリー・ホワイト」という名前で描かれています。

その後、ロワイエはパリ4区に居を構え、1896年2月12日、27歳の若さでこの世を去りました。

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  • 1219
    BlueArchive_team_fandom 2026/08/22 (土) 02:33:03 >> 1214

    (よく分からない人だ…)

    1220
    名前なし 2026/08/22 (土) 08:27:05 45b91@1e3db >> 1219

    よく分からないのは同意ですが、人にやらされて責任だけ取らされたのであればただの被害者であるとして、そうでなく自分からその大舞台でやりたかったことがそれってことなら、むしろその後の女性の権利運動に貢献してたりしないですかね? したい格好を自由にする的な。ココ・シャネルも活躍する時期ですし。

    1222
    BlueArchive_team_fandom 2026/08/22 (土) 13:22:18 修正 >> 1219

    枠組み

    1. 近現代の人権史において、数十年のズレは結構大きなギャップ
    2. 19世紀末人類は「女性に人権はあるか?」みたいな次元をうろうろしている
      (現代が何歩進めたかについては棚上げ)
    3. 「後世からシンボル化可能であるか?」と「同時代的にどうであったか?」はまた別
      • 主体的な性表現の自由が人権運動における論点の一つとなるのはもっと後の時期(1970年代とか)で、この時代の服装規範に関する論点は「女性がズボン履いてよいのか?」とかそんな段階

    当該の事件

    もちろん実のところどうであったかは推し量るほかありませんが、個人的にはフェミニズム(当時の枠に合わせると女性解放運動)とはやや異なる文脈の下に生じた事件と映ります。