三人がかりで引っ張っても、バスはやはり動かない。
「あれー?おかしいなー、私たち結構力持ちのはずなんだけどなー」
「……本当に、びくともしませんね」
そのとき、勢いよく海面を割って現れる影があった。
「マルカ!ドルカ!ナルカ!一体どこに行っていたんだ!」
立派な牙を持つそのフレンズは、心配そうな、それでいて少し怒ったような顔で近づいてくる。
「あ、イッカクだ!ごめーん、ちょっとこのバスを動かすの手伝ってたのー」
「はぁ...心配したんだぞ。マルカが一人でいなくなったと思ったら、今度はドルカとナルカまで姿が見えなくなって……」
「あの、すみません。僕たち、ゴコクエリアに行くのを手伝ってもらっていて……」
「...ゴコクエリアか。はぁ...」
イッカクは小さくため息をつくと、マイルカたちの甘えるような視線に負けたように、諦め混じりの声で続けた。
「...よし、せっかくだから私も手伝おう」
「あなたは...?」
「私はイッカククジラのイッカクだ」
「イッカクの牙、立派だよね。あれは角じゃなくて、実は伸びた歯なんだ。何のためにあるのか、まだよく分かっていないところもあるみたいだよ」
かばんは、少し感心したような顔で、イッカクの牙をじっと見つめた。
「早くイッカクも手伝ってよー」
イッカクは、かばんから目線をそらすようにして、マイルカの方を向いた。
「ああ、わかった。今行くよ」
こうしてイッカクも加わり、四人がかりで引っ張ることになった。
「せーのっ!」
渾身の力を込めて引いても、バスはピクリとも動かない。
「……くっ、これは手強いな」
「あちゃー、全然だめだー」
(うーん……どうすれば......)
四人の引っ張る背中を見つめながら、かばんは少し俯いたが、ふと何かに気づいたように顔を上げた。
(あ……)
「あの、さっきの押す方法、もう一回だけ試してもいいですか?今度はせーのの合図を僕に任せてもらえますか?波が引くタイミングに合わせて押したいんです」
「へー、波が引くタイミングかー。かばんさん、よく気づいたねー」
「よくわからないけど、やってみるのだ!」
「私たちも手伝うよー!」
「よーし、力を合わせるよ!」
「頑張りますっ」
「わかった、やってみよう」
「はい、お願いします!……まだ…まだ……今っ!」
「せーのっ!」
波が引く一瞬に合わせて、みんなが一気に力を込めた。ズズズ……と、今度こそバスがゆっくりと前へ進み出す。
「わーっ!動いてる、動いてるよ、かばんちゃん!」
「やったぁ…!」
「かばん、すごーい!」
「ほう……力任せではなく、波と息を合わせる、か。なるほどな」
「波の力を利用するなんて、いい作戦だね。かばん」
「あ、あはは…たまたま気づいただけです…」
かばんは照れくさそうに笑った。
――――――――
バスは、穏やかな波音とともに、順調に沖へと進んでいく。ふと遠くに、古びた鉄塔のようなものがぽつんと見えた。
「……あれは、何でしょう?」
「あー、あれ?昔のヒトが作ったものだって、ゴコクのフレンズが言ってたよ。この辺りの海には、そういうのがたくさん沈んでたり残ってたりするんだー」
「……そうなんですね」
かばんは何かを考えるような顔をした。
「かばんちゃん?」
「あ、いえ、何でもないです!」
すぐに笑顔に戻ったかばんだったが――そのとき、バスの周りの水面が、ふと不自然にざわめき始めた。
「……ん?」
水面を見たフェネックの表情が変わる。
「あれ……?なんか、様子が……」
水面がゆっくりと渦を巻き始め、その渦は見る間に大きくなっていった。
「な、なんなのだーっ!?」
「うわっ、バスが……!」
バスが渦に引き寄せられ、ぐらぐらと大きく揺れ始める。
「みんな、掴まって……!」
渦の勢いが増していく中、一同は必死にバスにしがみついた。しかし――渦の中心にもっとも近かったかばんの手が、バスから離れてしまう。
「かばんちゃん!?」
「うわ……ぁっ……!」
かばんの体は渦に飲まれ、そのまま水の中へと引きずり込まれていった。
「かばん――!」
マイルカが咄嗟に潜ろうとするが、渦の勢いに阻まれて近づけない。
「かばんちゃぁぁん――!!」
水面に、もうかばんの姿はなかった。バスも渦の外側へと大きく弾き出され、一同はどうにか無事だったが――
「……かばんちゃん……」
サーバルはただ、呆然と水面を見つめていた。
――――――――
「かばんちゃん……かばんちゃん……!」
サーバルは半泣きになりながら、水面を叩いた。
「そ、そんな……かばんさんが……」
呆然とするアライグマ。
「渦に沈んでいくの、見えた……多分あっちの方角……!」
「よし、手分けして捜そう!」
「...いや、いったん落ち着け。慌てても何も変わらないぞ」
イッカクの落ち着いた声に、その場の空気が少しだけ引き締まる。
「サーバル、アライさん、私たちは岸沿いを捜そうよー。かばんさんなら、案外近くの浜に流れ着いてるかもしれないしさー」
「分かったのだ!」
「うん……!」
「私とドルカとナルカは、水の中を捜すよー!」
「かばんの匂いや音を、たどってみますね」
「私はもう少し沖の方を見てくる。……マルカ、くれぐれも無理はするなよ」
「わかったー!」
そう言って、それぞれが違う方向へと散っていく。
「かばんちゃーん!」
岸を走りながら、サーバル、アライグマ、フェネックの声が重なった。
――――――――
一方その頃。海の中にある、薄暗い洞窟の奥で――
「......うぅーん...」
「...ここ...ゲホッゴホッ...」
咳き込むかばんの耳に、ほっとしたような声が届いた。
「よかった...目が覚めて...」
「うっ...」
かばんの目に、スマホのライトの光が直撃する。
「あ...ごめんなさい、眩しかったかな...?」
「...あ、はい...」
かばんは、まだぼんやりとする頭のまま、なんとか声を絞り出した。
「...あのーここは一体...?さ、サーバルちゃんは...!?」
「...落ち着いて、まぁ...落ち着けないとは思うけど...」
「...はい、すみません...」
「...ううん、大丈夫...」
「えっと...ここは...?」
「...えっとね。...ここは海の中にある洞窟で、偶然溺れてたあなたを見つけたから、助けないとって思って...近くに海と陸がつながったこの洞窟があったから、ここまで運んだの...」
「...そうだったんですね、ありがとうございます」
「...あとサーバルは、大丈夫。ねーさんたちといっしょにいたから...」
「...ねーさんってマルカさん達ですか?」
「うん...あっちが出口だから真っ直ぐ進んだ先にねーさん達とサーバルがいるよ...」
薄暗がりの中、指し示されたほうを見て、かばんは頷いた。
「...ありがとうございました!」
「気をつけてね...」
「はいっ!」
かばんは出口へ向かって歩き出す。その後ろ姿を、彼女はじっと見送っていた。
「...あのヒト、もしかして...でも、そんなはず...?」
薄暗がりの中、その表情はよく見えない。かばんも、暗さと霞む視界のせいで、助けてくれたフレンズが何のフレンズだったのか、最後までよくわからないままだった。
――――――――
洞窟の出口から、眩しい光とともに、かばんは外の砂浜へと出た。
「うわっ、まぶし……」
目を細めるかばんの耳に、聞き覚えのある声が飛び込んでくる。
「――あっ!!かばんちゃん!!」
遠くから駆けてくるサーバルが、勢いよくかばんに抱きついた。
「よかったぁぁ……!かばんちゃん、無事だったんだね……!」
「サーバルちゃん……うん、大丈夫だよ。心配かけてごめんね」
「よかったのだ……ほんとうによかったのだ……」
アライグマはぐすっと、フェネックのしっぽで鼻をすすったり涙を拭った。
「んー?...」
フェネックはアライさんの方を向いていたが、すぐにかばんの方へ向き直る。
「あーあ、良かったよかったー。かばんさん、生きた心地しなかったよー?」
安堵の笑みを浮かべたフェネックの向こうで、沖の方からザバッと顔を出す影があった。マイルカたちだ。
「かばーん!!」
涙目のマイルカが、泳ぎ寄ってくる。
「かばーん、無事でよかったぁ!」
涙目で駆け寄るドルカ。
「……本当に、心配しました」
ナルカもほっとした様子で言葉を継いだ。
さらに少し遅れて、大きな水しぶきとともにイッカクが姿を現す。
「無事か。……よかった」
少しほっとしたような声だった。
そこへ、ゆっくりと近づいてくる大きな影とともに、優しい声が静かに響いた。
「みんな、大変だったわね。……よく頑張ったわね」
穏やかに一同を見渡すシロナガスクジラは、かばんの方を見て、包み込むように微笑んだ。
「あなたが、かばんね。無事でよかった。……よしよし」
そう言って、シロナガスクジラはかばんをそっと優しく抱き寄せる。
「あっ……えっと……」
少し戸惑いながらも、かばんはその温かさに、ほっと肩の力を抜いた。
「えへへ、お母さんのハグ、あったかいでしょ?」
「……はい、なんだか、とっても...」
照れくさそうに笑うかばん。
「あっ……みなさん、心配かけてすみません……。でも、僕、助けてもらったんです」
「えっ?助けてもらった……?」
サーバルが目を丸くする。
「はい。気がついたら、海の中にある洞窟にいて……そこにいたフレンズさんが、僕をそこまで運んでくれたみたいで」
「えっ、誰が助けてくれたのー?」
「それが……えっと、洞窟の中、すごく暗くて……眩しい光もあって、でも暗くてあんまりよく顔が見えなくて。何のフレンズさんだったのか、実は分からなくて……」
「えーっ!?そうなの!?」
「それはたぶん命の恩人なのだ……!」
「んー...まあでも、無事だったなら良かったよー、かばんさん」
「はい……。あの、どこかでまた会えたらちゃんとお礼を言いたいです」
――――――――
「さて……名残惜しいけれど、私たちはそろそろ帰りましょうか」
シロナガスクジラの言葉に、イッカクが頷く。
「そうだな。あまり遠くまで離れると、他の子たちも心配するだろう」
「えー、もう行っちゃうのー?」
「またすぐ会えるよ、マルカ!かばんたちのこと、応援してるからね!」
「どうかお気をつけて。ゴコクエリアまでの道のり、大変だと思いますけれど」
「かばん、サーバル、みんな。……マルカのこと、よろしくね」
「はい、必ず」
「くれぐれも、マルカに変なことをするなよ...もし泣かせることがあったら...」
「...ごっほん」
シロナガスクジラに睨まれ、イッカクは慌てて言葉を引っ込めた。
「いや...何でもない。とにかく気をつけてな。マルカ」
「はーいっ」
そうして一同に見送られながら、ドルカ・ナルカ・イッカク・シロナガスクジラは、沖の方へと泳ぎ去っていった。
「行っちゃったねー」
「うん...」
――――――――
砂浜を歩きながら、一同はゆっくりと気持ちを落ち着けていた。
「さて、っと!ゴコクエリアまでは、まだ結構あるんだよね?」
「サーバル、ここもうゴコクエリアだよ?」
「えっ!?そうだったの!?」
「せっかくだし、この辺りをもう少し調べてみようか。何か手がかりがあるかもしれないね」
腕時計型のラッキービーストが、かばんの腕元でくるりと光る。
「そうですね。よし、探してみましょう」
砂浜を進んでいくと、少し高台になった岬の先に、古びた灯台が見えてくる。
「あっ!あそこ、なんか建物があるよ!」
「たかいのだ……!」
「灯台、かなー?」
「登ってみたーい!」
灯台の入り口をくぐり、一階部分に足を踏み入れる。埃をかぶった古い機材が、部屋の隅にひっそりと置かれていた。
「かばん、あれ……発電機みたいだね」
「発電機、ですか?」
機材に近づいてみると、電池を差し込めそうな口が付いている。
「うん。灯台の明かりを灯すために、使われていたものだよ。もしかしたら、これでバスの電池を充電できるかもしれないね?」
「えっ……!」
「えーっ!?ほんとに!?」
「やったねー、かばん!」
「さすがなのだ、かばんさん!」
「おー、さすがかばんさん」
「じゃあ、バスから電池を...」
「私もっていきたーい!」
「えっ...?じゃあ、サーバルちゃん...気を付けてね?」
「へーきへーき」
――――――――
少し経って、電池を抱えたサーバルが戻ってくる。
「大丈夫、前回のジャパリカフェにあったのと充電のやり方は同じだね」
「よいしょ...と」
かばんが電池を差し込むと、ブゥンという低い音とともに、機材のランプが一つ、また一つと灯っていった。
「あっ……充電、始まりました!」
「わぁー!すごい、すごいよかばんちゃん!」
「かばんさん、やったねー」
「これで、バスも自分で走れるのだ!」
「充電って、どれくらいかかるのー?」
「そうだね……2時間ほどはかかるよ」
「少し時間がかかりそうなので、その間にこの辺りを見てみませんか?」
「うんっ!探検だね!」
――――――――
灯台のすぐ外、岩場のあたり。
「あっ、なにこれ!」
岩の隙間を覗き込んだサーバルの視線の先で、小さなカニが横歩きでわちゃわちゃと動いていた。
「あ、カニさんですね」
「ねぇねぇ、触ってもいいかな?」
「触ってみたらいいんじゃないかなー?」
サーバルがそっと指を伸ばすと、カニは横歩きで岩の隙間へと逃げていってしまう。
「あっ、逃げちゃった!」
「サーバル、そぉっとやらないと逃げちゃうのだ」
「アライさんも一緒になって覗いてるじゃんかー」
「ふぇ、こ、これは観察なのだ!」
特に理由もないまま、一同はしばらく岩場のカニを眺め続けた。
――――――――
灯台の中の螺旋階段を、一同はのぼっていく。
「灯台は、昔のヒトが船の安全のために作った建物なんだよ。夜になると光を灯して、進む方向を知らせていたんだ」
「へえ……」
かばんは相槌を打ったきり、しばらく黙り込んだ。昔のヒトが、誰かのために夜通し光を灯し続けていた――そのことが、なぜか胸の奥に小さく残る。
「そうなんだー...」
よくわかっていない顔のサーバル。
頂上にたどり着くと、そこには古い望遠鏡が一つ、ぽつんと置かれていた。
「わっ、なにこれ!」
「のぞいてみようよー!」
我先にと望遠鏡に群がる一同。
「アライさんが先なのだーっ!」
「あ、そんなに走ると転ぶよー?アライさーん」
「私も見たい私も見たいー!」
「ぐぇふぇっ...」
案の定、アライグマが転んだ。
わちゃわちゃと押し合いへし合いする一同を見て、かばんは思わず苦笑いする。
「あはは……順番にしましょうか」
結局、一人ずつ交代で覗くことになった。まずはアライグマから。
「お、おおーっ……!なんか、遠くに陸地が見えるのだ!」
「ほんとー?んー、代わってー」
覗き込んだフェネックが目を細める。
「あ、ほんとだねぇ?結構遠いところまで見えるねー?」
「私も私もー!」
覗き込んだマイルカが、あっと声をあげた。
「あっ……あれって、もしかして……キョウシュウエリアじゃない……?」
「キョウシュウエリア?」
サーバルとかばんの声が重なる。
「うん!サーバルとかばんが元々暮らしてたところだよ。ここまで来ると、もうあんなに小さく見えるんだね」
かばんも望遠鏡を覗いてみると、小さく霞んで見える、それでも見覚えのある陸地の輪郭がそこにあった。
「……あれが、僕たちがいたキョウシュウ……」
呟くように言ったきり、かばんはしばらく言葉を継げなかった。
「わぁ……なんか、変な感じだね...あ、だれか見えるかもしれないね!おーいっ!」
「あはは...」
少し寂しそうな、でも前を向くような表情で、かばんは笑った。
一同はしばらく無言のまま、遠くに霞むキョウシュウを見つめていた。
――――――――
そのとき、灯台の上階の外――手すりのあるバルコニー部分に、ふと一羽の鳥が舞い降りた。
気配に気づいて振り返る一同。
「なになに?誰かいるよ!」
その鳥のフレンズは、少し驚いたように羽をすくめた。
「……あっ、えっと…初めまして…私は...アオツラ……カツオドリ……?」
たどたどしく、目を伏せがちに名乗る彼女に、かばんが応える。
「初めまして、僕はかばんっていいます」
「私はサーバル!みんなも自己紹介する?」
「アライさんなのだ!」
「フェネックだよー」
「マイルカだよー、よろしくねー!」
「……よ、よろしくお願いします……」
小さく頭を下げるアオツラカツオドリ。
「アオツラカツオドリちゃんは、ここで何してたのー?」
「……えっと……その……」
少し目を泳がせた彼女は、何かを言いかけて、ふと遠くの空を見上げると、表情をわずかに強張らせた。
「あっ……ごめんなさい、私……行かなくちゃ……」
「えっ?」
「また……いつか、ちゃんとお話しできたら……」
そう言うと、アオツラカツオドリは勢いよく羽ばたき、あっという間に空の彼方へと飛び去ってしまった。
「あっ……行っちゃった」
「……なんだったんだろう?」
かばんは、飛び去った方向をじっと見つめていた。
「アオツラカツオドリは、海に飛び込んで魚を捕まえるのが得意な海鳥なんだ。名前の通り、顔の青い部分が特徴なんだよ」
「へぇーそうなんだ!」
「そうなんですね」
「……うーん、あの子...急いでる感じだったねー。何か、事情がありそうだったよー」
フェネックの言葉に、一同はそれぞれの思いを胸に、もう一度、灯台からの景色を見渡した。
「かばん、電池が、そろそろ充電できてる頃だと思うよ」
「あ……そうでした!みんな、電池を取りに戻りましょう」
「あっ、そうだったね!いこいこ!」
一同は灯台の一階に戻り、かばんが充電の終わった電池を機材から取り外した。
「充電できたよ、できたよ」
「よかったのだ!」
「これで、ちゃんとバスも走れるね!」
かばんは電池を抱えてバスまで戻り、丁寧に取り付けた。
「これで、大丈夫だと思います」
「今日はもう遅いから日を改めていった方が先決だと思うよ」
「そうですね、今日はここでゆっくり休んで...明日、出発にしましょう!」
「わかったのだ!」
「はーいよっ!」
「うん!」
――――――――
夜遅く、波の音とカモメの鳴き声だけが残る砂浜で、かばんは一人、海を眺めていた。
「かばーんさ~ん?」
「うわぁ!?...ふ、フェネックさん...!?」
「いやー心配したよ~、こんな夜遅く、いなくなったから」
「すみません...」
うつむくかばんの隣に、フェネックがそっと腰を下ろした。
「アライさんみたいにどっかにいかれたらアライさんならどこにいるかまぁまぁ見当がつくけどさー?かばんさんはどこに行くかわからないしねー?」
「......」
「それにしても珍しいねー?かばんさん」
「えっ...?」
「かばんさんって、夜行性じゃないんでしょー?」
「そうみたいですね...ぼく、サーバルちゃんみたいに夜目はきかないので...」
「それなのにどうしてこんな時間まで起きてるのかなっておもってさー?」
「......」
「......」
かばんは、少しだけ迷ってから口を開いた。
「...ぼく、悩んでたんです」
「んー?」
「サーバルちゃんやみんなの邪魔しちゃいけないって...僕の都合で勝手に連れてきてよかったのかなって...そう思うんです...変な話ですよね」
「...かばんさーん?」
「...はいっ」
「私たちはかばんさんの都合で来たわけじゃないよー?」
「えっ?」
「私はアライさんがかばんさんのところに行きたいって言ったからついてきたし。サーバルだって、かばんさんのところについていこうと思ってきたわけだし、みんなかばんさんの都合で来たんじゃなくてさ、自分の意思で来たんじゃないかなー?」
「...そうなんですかね...」
「まー私は、面白そうだから来ただけなんだけどね」
「ははは...」
かばんは、苦笑いを浮かべた。
「私は、そろそろアライさんのところに戻るよー」
「はい、おやすみなさい」
「はいよー」
フェネックが去っていったあと、かばんは一人、小さく呟いた。
「...意思かぁ」
海を眺めながら、かばんはふと、その言葉を口ずさんでいた。
――――――――
翌朝。日が昇り、鳥のさえずりが聞こえる。
かばんはジャパリバスの座席から目を覚まし、ゆっくりと起き上がると、目をこすりながらバスを降りた。
「あ、かばんちゃん!おはよー!」
「おはようございます」
「よーし、今日も元気に出発なのだ!」
一同はバスに乗り込み、ゴコクエリアの奥へと進んでいく。
――――――――
バスは、いつしか陸地に上がり、土の道を進んでいた。
「あれ、なんか木がいっぱい生えてきたね」
見渡す限り、まっすぐに伸びた緑の竹林が広がっている。
「わぁ……ここ、なんだか変わったところですね」
「ほんとだ!草原とも森ともちがう感じ!」
そのとき、ガクンッという衝撃とともに、バスが大きく傾いた。
「ふぇ、ふぇーっ!?」
「んー……どうやら、溝にはまっちゃったみたいだねー」
「えっ……」
バスの下を覗き込んだかばんが呟く。
「本当だ……車輪が、溝に……」
「よし、みんなで押せば何とかなるよ!」
「そうですね。じゃあ、一旦バスを降りましょうか」
一同はバスから降り、後ろに回った。
「せーの、で押すよー!準備はいい?」
その時、近くの草むらから「ガサ、ガサ……」という物音が聞こえた。
「……?」
「……?」
草をかき分けて、ひょっこりと何かが姿を現す。
「うわぁっ!?た、たべ……」
「はじめまして。僕は、ラッキービーストだよ。よろしくね」
「えっ...?」
「ボスっ!?」
サーバルの声が、竹林に響いた。
――――――――
夜明け前の、ゴコクエリアにある森の中。
草のざわめきと、遠くで泣くフレンズの声が、静寂の中に足音とともに響いていく。夜も明けていないせいか、空気が冷たい。
そんな中、必死に息を切らして走るフレンズがいて、泥で顔を汚し、足元を震わせながらも、なんとか逃げ続けていた。
うしろにはセルリアンがいて、ドス……ドス……という重い足音がじりじりと距離を詰めてくる。
「はぁっ...はぁっ...!」
小さな石に足を取られ、ズシャッと音を立てて地面に転がったのは、アードウルフだった。
セルリアンが、そんな彼女ににじり寄る。恐怖のあまり、アードウルフはぎゅっと目を閉じ、震えることしかできない。
「こっ、こないで…っ!」
けれど、いつまで経ってもセルリアンが襲いかかってくることはなかった。
おそるおそる目を開けたアードウルフが見たのは――パッカーンと砕け散る、セルリアンの姿だった。
しばらくの沈黙。森の中には、フクロウの鳴き声だけが響いている。
少し離れた場所に一人のフレンズが立っていて、なぜかその服はうっすらと汚れ、呼吸も荒い。
ゆっくりと歩み寄ってくるその子に、アードウルフはビクッと肩を震わせながらも、おそるおそる顔をあげた。
「…………こわかったですよね。――ごめんなさいっ」
少し斜めになっていた帽子を直しながら、その子――ドールは、心配そうに、けれど優しく謝った。
そして、すぐに明るい調子に切り替える。
「でも、もう大丈夫ですっ!探検隊が来ましたからっ!」
にっこりと笑うドールに、アードウルフは思わず見入ってしまう。
数秒後、近づいてくる足音とともに、サーベルを左手に持ったサーベルタイガーが姿を現した。無言であたりを見回すと、落ち着いた声で、少し眉を寄せながら尋ねる。
「......ふたりとも、けがはありませんか?」
「私は大丈夫ですっ!隊長ですからっ!」
にっこりと明るく答えたドールは、それからアードウルフの方に向き直った。
「そういえば、あなたは大丈夫ですか?」
首をかしげるドールに、アードウルフは少し戸惑いながらも、小さく頷いた。
「...はい。あの...あ、ありがとう、ございます……」
ドールが、そっと手を差し伸べる。
「いえ...たんけんたいのしごとですからっ!」
その手を取って、アードウルフはゆっくりと立ち上がった。
風の音と、フクロウの鳴き声だけが、静かに森に残っていた。