まさか入社したばかりの新人に、20年勤めたベテラン社員が潰されるなんて……。
ある製造業で、こんな悲劇が起きた。「論破系モンスター」と呼ばれる若手社員が、指導役だった40代のベテラン社員を心身ともに疲弊させ、退職に追い込んだのである。この企業のみではない。
「それって強制ですか?」
「強制するならSNSで拡散しますよ」
このような反論を繰り返す若手社員が急増している。そこで今回は論破系モンスター社員の実態と、企業がとるべき対策について解説する。論破系社員に悩むマネジャーは、ぜひ最後まで読んでもらいたい。
■実際に起きた「論破系モンスター」事件
ある老舗メーカーで起きた事件が、いま話題になっている。
問題の新入社員は、研修初日から異常な行動を見せたという。外部講師に対して「なぜ学ぶ必要があるのか」と反発。先輩の指導には「やりたくないので、やらなくていいですか」と返答した。
営業マナー研修では「強制はできないですよね?」と挑発的な発言を繰り返す。正式配属後も態度は変わらなかった。
上司の指示に対して、
「ネット検索すれば出るので見てください」
「自分で調べたほうが早い」
こんな応答を続けたという。
現場は混乱しただろう。会社側は入社後まもなく、この新入社員を会議室での一人作業に配置転換した。いわゆる「追い出し部屋」である。その後、退職勧奨を行い、応じなければ解雇という流れに持ち込んだ。
しかし本人は解雇無効を提訴。そして裁判所は会社側の指導努力不足を指摘し、解雇無効の判決を下した。隔離的な配置や退職勧奨に偏った対応が問題視されたのだ。
この事件が示すのは重要な教訓だ。論破系モンスターへの対処法を誤ると、最悪の場合、提訴される。冒頭の例のように、指導役のベテラン社員が離職するという悲劇が起きる。いずれにしても企業側が大きな代償を払うことになるのだ。
■「論破系」とは何か?
そもそも論破系社員とはどんな人物なのか?
端的に言えば、自分のことを「論理的だ」と勘違いしている人間である。相手の矛盾点を探し出し、言い負かすことで優越感に浸る。YouTubeやSNSで論破系インフルエンサーが注目を集める影響もあるだろう。
しかし論破は”三流”のやることだ。
客観的視点、俯瞰力が足りなさすぎるからだ。論理的思考力が高い人なら、組織全体を俯瞰したり、長期目線で総合的に考えて判断する。相手を論破して関係を悪くすることに何のメリットもない。組織で働くということは、協調性が必要なのだ。
論破系社員にはいくつかのタイプがある。
(1)コンプラ盾型
労基法を盾に義務を引き受けない。何かと法律を持ち出す。
(2)検索万能型
検索結果を唯一の正解とする。ネットの情報がすべてだ。
(3)SNS脅し型
初手から訴訟をちらつかせる。すぐに「パワハラだ」「ブラックだ」と騒ぐ。
どのタイプも共通するのは、議論で優位に立つことを成果と勘違いしている点。論破合戦が始まると組織は「Lose-Lose」の関係に陥る。
信頼関係が崩壊し、本質的な議論ができなくなる。職場にギスギスした空気が漂い、誰もが本音を言えなくなるのだ。
■対策はシンプル「言葉で戦わない」
では、論破系社員への対策は何か。答えはシンプルである。「言葉で戦わない」ことだ。
論理で応戦すれば泥沼になる。むしろ大事なのは「空気づくり」だ。相手を変えようとするのではなく、環境を変えるのだ。私は常々「人を変えるな、空気を変えよ」と言っている。
ある優秀な部長の対応を紹介しよう。論破された課長が憤っているのを見てなだめ、その後、論破好きの社員を個別に呼び出した。そしてこう言ったのだ。
「君の分析力は素晴らしい。その力を組織に活かしてほしい」
否定も肯定もしない。代わりに重要プロジェクトのメンバーに加え、責任ある立場に置いた。
するとこの社員はどう変わったか。理屈だけではメンバーを動かせないことを身をもって理解した。責任のある立場だから、メンバーの協力がなければプロジェクトが前に進まない。論破ではなく協調の重要性に気づいたのである。
論破系社員には「場」を与えることだ。データ分析が得意なら、その仕事を任せる。それでも理不尽な行動をとり続けるのであれば、相応の対策をとろう。大事なことは、いきなり真正面から対決し、逃げ場のないところへ追い込まないことだ。
■なぜ40代ベテランは辞めたのか
いっぽうで、なぜ冒頭に紹介した40代のベテラン社員は退職してしまったのか? ストレス耐性が低かったことも原因だろう。
複雑性の高い時代になった。AIの進化、働き方の多様化、価値観の変化。これらすべてが職場にストレスをもたらしている。論破系モンスターの出現も、その一つの現象だ。
だからこそ、ストレスのメカニズムに詳しくなる必要がある。
ストレスには「良いストレス」と「悪いストレス」がある。適度な負荷は成長につながるが、過度な負荷は心身を蝕む。その見極めが重要なのだ。
ベテラン社員も、ストレス耐性を上げる努力が必要である。論破系モンスターは確かに厄介だ。しかし彼らもまた、複雑な時代の産物である。組織全体でストレスマネジメントを学び、耐性を高めていく必要がある。
(2025.10.6 経営コラムニスト)