久々にブルアカ関係の記事に目を通して思ったことですが現在のブルアカのメインストーリーは「その後のブルアカを最大効率で衰退させるにはどんなシナリオが必要?」で推察されているシナリオを、全部とまでは言いませんが一部をなぞっているような印象です。
→どちらかと言えば減少気味。仲違いすることはあるが「本当は互いに思い合っているんですよ」という展開の前フリになりがち。直近のシナリオだとイロハが「実は初めからマコトのことを信頼して許容してる人物なんですよ」というキャラ作りになり、憎まれ口や仕事をサボるなどの設定からネガティブ要素を脱臭する方向へ。雷帝の遺産に操られたマコトにイロハが泣きながら信頼の言葉を叫んでマコトが目覚めたりした。
同じくゲヘナのメインストーリーで新グループの1人が実は雷帝の残党で、様々な事件の糸を引いていたのだがグループの他メンバーとの衝突はあっさり気味。「実は本人も何がしたいのかよくわかっていない」という描写や事件解決後すぐに改心の兆しを見せるなどヘイトを買わないような配慮が多い印象。
→まだ持ちこたえている要素。最終編までのストーリーで取り零した生徒のことや、倫理的ジレンマを直視して暗中模索する姿は健在。ここが最後の砦であることはしっかり認識しているのだろうと思われる。
しかし、ストーリーでの出番はかなり減少している。純粋に「先生」という主体を描ける人が少ないのか、それとも何らか上層の方針があるのかは不明だが「そこはもうちょっと先生のスタンス見せようよ」という方向性で「プレイヤーが倫理的当事者から鑑賞者へ退化」という現象が起こっていることは否めない。
ストーリーからゲマトリアといった「大人」が排除されてしまったことで、別軸の「大人」である先生も空気と化す場面が増加してしまっている。良い大人も悪い大人も不在のブルアカは果たしてどこへ向かうのか。
→急激に縮小中。アリスとケイが名も無き神々の王女としての力を手放し、ただの生徒になった(実質的なアリス編最終回)デカグラマトン編に引き続き、ゲヘナ編でも雷帝時代や雷帝の遺産をハイペースで消化している。
ゲヘナ編1章では雷帝の遺産が起動し、3年生全員が「キヴォトス侵略戦争」に邁進するマシーンと化したが、2章で遺産の正体や仕組みはとんとん拍子で解明し事件解決。また、「3年生全員が洗脳された」という瞬間的なインパクトはあったが最終的にキヴォトス全土に信仰・取り返しがつかないレベルの失態は最後まで描写されず「ミカが蜂起しなかったエデン条約編」「ミサイルが撃ちこまれなかったエデン条約編」といったところに着地。
雷帝の残党組織という存在も開示され(カスミの出身らしい)ゲヘナにあった余白は急速に埋められている。残されているのはヒノム火山くらいか。
余白も広げられているには広げられているのだが「輝くトラペゾヘドロン」「くねくね」「ドラム缶ガニ」など外部テクストに依存したものが多い。0から設定を作るよりも殆どフリー素材化したクトゥルフやネットロアを引っ張ってくる方が安上がりなのは事実だが……。これが功を奏するかどうかわかるのはもう少し先だろう。
→少なくともメインストーリーでは消失。日常の描写も「後半でやりたいシリアスのための前フリ」以上のものになっておらず、全体的に淡泊。キレのあるギャグや「水着と下着」のようなくだらないギャグを後半で大きなファクターに昇華するようなケレン味も見当たらない。
シナリオの進み方自体がかなり教科書通りになっており「日常シーンで出しておくべき設定を順番に消化しています」「次はシリアスシーンでやりたいことを順番に消化しています」といったチェックリスト式の進行が目立つ。
→伏線回収と言うよりは「過去エピソードで描写されなかった/描写の粗になっていた部分の辻褄合わせ」が多い。プレイヤーからの文句が多かった部分でひたすら言い訳しているような印象を持ってしまっている。
仮称第2部メインストーリーでの伏線はどうかと言うと、あまり積み上げられている実感はない。基本的に大きな謎はその章内か次の章あたりで解決する流れが連続しており、現状キープされている謎は「連邦生徒会長と名乗る謎の人物」のみとなっている。
全体的にストーリー描写のロングパスが見当たらず、イベントやサブストーリーでの匂わせもあからさまに「今後のシナリオの準備です」とわかるような形。そして、2~3ヶ月で回収される。
かなり個人の感想としての傾向が強いですが、総合すると
・善意による無菌化→どちらかと言えば達成傾向(50~60%くらい)。読者がストレスを感じる要素を可能な限り排除している印象。
・キャラクター劣化の共通モデル→どちらかと言えば達成傾向。極端に尖った性格の生徒は減少しており、既存生徒も「何故そうなったのか?」の理由付けや他生徒のフォローでストレスを軽減している。
・プレイヤー主体性の剥奪→未達成。ただし、別方向でプレイヤーが当事者から鑑賞者化している傾向あり。
・世界観の死=説明過剰化→達成傾向(70~80%くらい)
・感情操作の劣化モデル→どちらかと言えば達成傾向。意外性のある展開や伏線のロングパスなどのシナリオ構造で読者を驚かせる部分は減っており、アニメーションの挿入やわかりやすい感動描写がクライマックスになっている。
全体的に「読者の抱くストレスを軽減し、意外性のある加点要素を積み上げる攻めた構造ではなく今までのシナリオで減点に繋がっていた要素を廃した守りの構造」になっているというのが私の現状認識です。
商業面
文学面
後付け(含むレトコン)の作用
大別して二種類あり、
⇨実はイズミだった……みたいなやつ。
⇨実は損得勘定の下にそうしていた……みたいなやつ。
⇨奇妙な性格によって底知れなさを担保していたキャラたちの底を見せるのは、基本的に畳む前提の動き。
冒険の断念
残ったユーザー層の嗜好に焦点を絞るのは妥当な選択だと思います。