BlueArchive_team_fandom(プロジェクトAT)

コメント欄について考えるトピック / 8

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BlueArchive_team_fandom 2025/10/31 (金) 22:53:31 修正

まず

ごめんなさい、コメント欄をどうするか?という話を白紙のまま放置していたのは明確に私のミスでした。

2024年9月の提案(棚上げしたもの)

2024年9月の提案

なんで↑みたいなルールを提案しようとしていたか

  1. 私が「オタク文化圏における議論」を強く嫌っているため。
  2. 私が匿名状態に無いとき、知らない人との雑談もかなり苦手であるため。

私個人の事情

コメント欄における私の返信(セクション分けしてWiki記事みたいに書くやつ)

大抵は書いていて苦しい、あるいは怖い。
正直に言うと私にとってコメント欄という概念は喜ばしいものではなく、むしろ発話に伴うコストとしての応答義務に映る。

  • Wiki記事みたいに構造化して書くのも、そうした方がまだしも苦痛が少ない(と気付いた)から。

コメント欄を閉じていた時期等に直接連絡いただいた何名かの方には同時代的に伝えたり示したりしましたが、
私が「オンラインにおける社交力が無い」とか書くとき、それは誇張を含んでいません。
文字通りの意味です。私は基本的によく分からん人々が怖い。
やる/やらないはまた別の判断なので、結果的には窓口を開けていますが。

トーンの温度差

コメント欄における私の発話(今書いているもの)は、Wikiページにおけるそれとだいぶトーンが異なります。
なんでか。「Wikiページに流し込んでいるような(まったく抑制的ではない)文体は人に向けるべきものではない」という規範意識が私の中に強く根付いていて、頭ではそっちの方が需要あるだろうとも思いつつ、覆したくても覆せないから。

  • ある意味内容をどう書くか、助詞ひとつに至るまで神経質に整えようとしてしまう。

抑制的なトーンと好き放題書くトーンの相互的な切り替え

手癖でどうとでも書き分けられるトーンと心の持ちようから切り替えないといけないトーンがあり、後者の準備には一日くらい掛かる。
美味しいものを食べ、入浴し、ベッドに入り、あるいは寝て起きないと難しい。

今朝>> 4と書いてからこのコメントを書くまで物理的に20時間近く経過していますが、日頃見せないように努めているタイムラグを可視化すればそんな感じ。

  • マインドセット込みで文体を使い分ける弊害/裏舞台的にはかなり無理をしている。実際はそこに現実の人生(プリコネ)も並ぶため、プリコネ(priority concluded: negative)

※コメント欄に現れたブルアカエアプだった人

一手目(二次元美少女ゲームにおける倫理の提案は正当であるか)は歴史上頻出しうる問いで、回答[もっともな疑問だが歴史的には解決済]を返すべきものでした。

その後が良くなかった。
「ブルアカの生徒をデフォルトで人ではない何かとして見る[シナリオを一切考慮しない]」言説が2025年10月のインターネットに現れる可能性を私は一切考慮していなかったがゆえ、「他の二次元擬人化もの」なる表現からエアプ由来の断絶を読み取るのが遅れた。

話を切り上げるべき最良のタイミングを逸したし、人権の普遍性を語るシナリオに人ではないものを見る目が向けられていた(2024年夏以前におけるブルーアーカイブの大ファンである人間としての)ショックの中で、Wikiユーザーとしてベターな対応もできなくなった。

今後

思い付くもの。

コメント欄の区分け

  1. Wiki記述内容[今回ならブルーアーカイブ(フェミニズム)]に対する指摘や質疑応答のみ扱う欄
  2. そうではないものを扱う欄

→私[Wiki側]として応じるべきコメント、そうでないコメントを切り分けやすくする。
(制度的に嫌だと言いやすくする)

ガイドの明示

昨年時点ではまだ近未来の実現見込みであった「まずAIに頼って」は今や完全に現代の話となった。
→議論なり提案なりにおけるローカルルール化してもよいと思う。

コメント欄における脱・私

中期目標。

弱い提案:コメント欄の文字数制限とかそういうやつ

でも旧twitter.comは140字で元気に治安崩壊している。

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