2年間のゼミナール、卒業研究発表会、お疲れ様でした!
私は、体育会に所属しているので試合等でゼミを休んでしまっても、何とか自分の成長に繋げられるゼミを探していて、末廣ゼミを選びました。同じ体育会の仲間やそれまで講義を受けてきた友人もいましたが、彼らとは違う選択をしました。その結果、ゼミが始まった当初は顔と名前が一致しているのは、まひろだけで、きちんと話したことがあるメンバーはいませんでしたし、馴染むのも難しいかと思う部分もありました。でも、ゼミのみんなは優しく、良い人たちばかりで馴染むことができました。本当に感謝しています。3年生のゼミでは、レポート課題やプレゼンテーションが多く、試合も重なる中で「自分が100%レポートやプレゼンテーションに全力を尽くせた」というものはありませんでした。日曜日締め切りのレポートがある中で、月曜日~金曜日まで地元の愛知で試合があった時には、神奈川に帰る時間が勿体ないからという理由で、日曜日まで実家でレポートに集中し、月曜日の朝早くに愛知から車で帰ってゼミに出たこともあるくらい、何とか課題を提出しているだけの状況でした。今だからこそ、3年生の時の学びは卒業論文において重要なピースになっていると感じるので、少し後悔が残っています。4年生のゼミでは、3年次の反省を生かして、試合がある中でもゼミとの両立を目指しました。中学生の頃からの話ですが、勉学とスポーツの両立は逃げたくなるほどハードなものだと知っていて、10000文字以上の論文を作りながら、部活動にも力を入れることは、過去最大のミッションだと感じていました。4年生のゼミが始まり、第1回の卒業研究中間発表では、じょうと相談していたところ、第1回にもかかわらず先輩の中間発表資料の完成形を作らないといけないと勘違いし、2人ともオールして完成形を作成しようとしていたことは、おバカな思い出として残っています。本論を書いていく中で、試合が重なり宿泊地でも卒業論文を作成していましたが、辛いときはみんなも頑張っていると思い直すことで、最後まで何とかやり切れたと感じています。個人的には、もっとみんなを巻き込んで、それぞれが取り上げる映画や演劇は違うとしても、意見交換や相談をしていける起点にならなければいけなかったと後悔を感じています。
末廣先生、2年間のゼミナール活動を経て、私はこのゼミを選んで良かったと感じています。私は、ゼミ選びの2年次に「イギリス文学の世界」の講義を受けて、末廣先生にゼミについてのメールをした際に「体育会でも素晴らしい卒業論文を書いた学生はたくさんいます」と返信を下さり、末廣ゼミに決意しました。少なからず、ゼミに入った頃の私は、レポートを書くことが本当に苦手だったと思います。ですが、卒業論文では膨大な量を書くことができました。賞を獲得することができなかったことは、私の努力足らずで末廣先生の期待に答えることができませんでしたが、卒業研究を終えられたこと、そして、ゼミでの経験や感じていることを言葉にする能力を身につけることができました。本当にありがとうございました。
最後になりますが、ゼミメンバーのみんな、2年間ありがとうございました。
来年度から、私はプロゴルファーになります。少し自慢ですが、テレビでやる試合にもルーキーながら出ます。
そんなことはどうでも良いのですが、私は、人の成長は「階段」だと感じることがあります。その「階段」は、きっと小さな石ころを積むことで上っていけると思います。(卒論→第1章、第2章、第3章と繋がることで完成するみたいに)でも、その小さな石ころがまれに目に見えないせいで、石ころを積むことを挫折したり諦めたくなることがあります。きっと上手くいかない世の中ばっかりなので、なんだか気持ちがマイナスになったり、辛くなることがあります。そんな時は、たまに「小田祥平 ゴルフ」とでも調べてみてください!そしたら、きっと成績がすごい出てないか、すごい成績が出てるかのどっちかです。少なからず僕は、みんなと同じ空の下で努力をしているはずです!それをみて「あ~あいつも頑張ってるんだ(あるいは苦労してるんだ)」と思って、少しでもそれぞれの「明日の活力」にしてくれればと思っています。これから、それぞれの道でみんなが幸せな人生を歩んでいくことを切に願ってます。2年間ありがとうございました。