『古代中国の24時間 秦漢時代の衣食住から性愛まで』
柿沼陽平著
中公新書
「本書なしで中華モノ創作の生活考証をするのはかなり厳しい。必読の一冊」
本書について評すると、このひと言に尽きる。本書刊行前だと、本書の著者柿沼氏がやったように中国史本を片っ端から当たって、「生活」の部分だけを抜き出してくる必要がある。だが、これだとコストパフォーマンスが非常に悪い。2000円の本を買ってきても、使えるのが数ページ、数行などということもある。朝起きてから、寝るまでの古代中国の生活が丸ごとで、本書が税込み1056円とは安過ぎる!
本書は、「古代中国にタイムスリップして24時間を体験する」とのRPG的な体裁で、平易な文章で非常に読みやすい。また、プロローグによると、本書の対象は副題にある秦漢時代と、その前後の戦国時代、三国時代の紀元前4世紀中ごろ~紀元後3世紀中ごろとのこと。ただ、唐代まではちらほら出てくるので、他の時代が舞台・モチーフでも読む価値がある一冊。さらに、出典も極めて詳細。中華ファンタジー好きからすると、こんな本を待っていた!
特に「序章」での、名前の付け方、呼び方は非常に役立つ。それも、「姓名」と「字(あざな)」について詳しく書かれている。
ほかの部分では、屋内で靴を履いたままなのか、脱いだのか? 食事は大皿で出されて食卓で取り分けたのか、個別で配膳されたのか? 食事の回数は? 飲み会や宴席でのマナーは? 他の中国史本ではなかなか書いていない、このような疑問に答えてくれる。
歴史研究者の中には、小説、アニメ、ゲーム、ドラマ、映画といった「歴史系エンタメ」を見下している人もいて、そのような研究者の本は読んでいてイライラする。柿沼氏は、本書プロローグで『三国志』(横山光輝)、『蒼天航路』(王欣太、李学仁原案)、『キングダム』(原秦久)との漫画、映画の『始皇帝暗殺』『レッドクリフ』の名を挙げていた。柿沼氏も歴史系エンタメがお好きなようで、この点にも好感が持てる。
そして、プロローグにはこのように書いてある。
秦漢時代前後のテーマにした映画・漫画・ドラマ・小説などの愛好者や、その製作者の方にとっては、本書は時代考証の一助になるであろう。
ただ、非常に価値の高い本書であるが、ツッコミを三つほど。
一つは、RPG設定がそれほど生きた感じがしない。RPGは基本的に「お使い」。「魔王を倒してほしい」「アイテムを集めてきて」との依頼の受注、達成、報告がない。RPG設定が多少でも生きているのは、「名前の付け方、呼び方」ぐらいのもの。『ドラクエ3』のルイーダの酒場を念頭に、仲間を探す場面もあったが、仲間と一緒に行動するようなことをしていない。一人旅のタイムトラベルでも十分では? 『ドラクエ』シリーズなら本編よりも、商人主役で魔王退治よりも「宝探し」の『トルネコの大冒険』のほうが近いか?
二つ目は、『ドラえもん』のほんやくこんにゃくの説明は不要。むしろ、ほんやくこんにゃくはGoogle翻訳などの「自動翻訳」の説明に使われるぐらいだ。
最後に帯に1枚カラー写真があったほかは、図版・写真が白黒なのが残念。カラーページもほしかった。
『古代中国の裏社会 伝説の任俠と路地裏の物語』
柿沼陽平著
平凡社新書
前掲の『古代中国の24時間』のエピローグで予告されていた、同書の続編。基本的に『古代中国の24時間』の方針・手法を踏襲しているので、文章は平易で読みやすい。
前漢の任侠・郭解を主人公に、前漢の武帝期の裏社会を詳述。国家を揺るがす大疑獄事件というより、より庶民に身近なニセガネづくり、墓泥棒などの事件と、末端の警察や裁判所の記述が多い(とはいえ、本書の主人公郭解は武帝直々の命で処刑されているが)。また、なぜ皇帝が任侠を恐れたのかも分かる。時代や場所を問わず、創作で、ヤクザ的組織・人物を出すなら、一読の価値あり。
史料出典・注記が細かくあるのは良いが、巻末の注と本文を何度も往復しないとならぬのが煩わしい。もう少し工夫してもらえればありがたかった。






