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1984年に当時試作されていた砲弾(後のDM33)の導入を決定して、1985年に完成次第納入の契約締結、1986年にラインメタルの関係者が「実用化は1987年以降」と発言したのとに合わせて(少し後?)二次試作車の製造開始、二次試作車は諸元の定まったDM33に耐えうる装甲と、L44砲を搭載して自衛隊に引き渡され、1987年にDM33が納入されて試験開始だと考えるとDM33の実用化スケジュールとピッタリ重なりませんか?この結論はダイキン70年史の「二次試作(59年度=1984年)以降は砲身部および弾薬(DM33APFSDS弾およびDM12-HEAT-MP弾)は導入とする」、dm33の歴史、などと矛盾しないのでこれが正解ではないでしょうか。1985年に砲と弾薬を輸入しなければという考えには、309
の分かりづらい長文を書いた私は契約=購入≠ 納入で、1985年に購入、1987年に納入という仮説と、納入されるまでは防衛庁の管轄ではなく三菱重工の管轄であることをふまえると、弾薬は試験が行われる1987年9月以前には不要と考えました。試験を行っていないときにわざわざ温度管理などが必要な砲弾を戦車に搭載しておく必要はないと断言できます。また主砲のL44砲は1979年には実用化されていて、85~87年のいずれかに納入されたのではないでしょうか。西ドイツで採用(以下略)の文章については、日本の導入経緯の文章が文脈から砲、弾どちらとも読み取れるようにわざとぼかしているので、仮に両方を指しているとしたらの話ですが、DM33の開発経緯を記した文献が見つからなかったので、DM13(1979),DM23(1983),DM33(1987)の西ドイツ軍のAPFSDSが4年ごとに配備が始まっています。このことから、当時、西ドイツ軍が砲弾は4年で陳腐化するのでラインメタルに開発を依頼していたと仮定すると、DM33が開発時から事実上内定していた砲弾であった可能性もあります。DM33の開発経緯、特に開発主導(ラインメタル社の自社開発か、西ドイツ軍主導の依頼)が個人的にとても気になるので、経緯などをご存じの方はご教授願いたいです。