かとかの記憶

The Dispossessed 所有せざる人々

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The Dispossessed (Ursula K. Le Guin, 1974 所有せざる人々)について。

katka_yg
作成: 2025/12/09 (火) 12:34:49
最終更新: 2025/12/09 (火) 12:35:09
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所有せざる人々、佐藤高子訳を読む。ここは経過。

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2まで。前回の連想がまだ続いていて、この少年達の会話がムーンレィスのように聞こえる。小説∀ガンダムは今ちょうど同時、やや停滞中。

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いま4まで読んでいる。他に併読が多くて日を空けて読みつぐと、ウラスとアナレスが毎回どっちがどっちだったか忘れることに気づく。わたしはこの作品自体は既読だが結末なども、もちろん細部も憶えていない。「こんな世界の話だった」という漠然とした印象だけ。ル・グイン作品全部がそれのようだ。

ゲド戦記は日本でも他人が言及することが多いので憶えさせられているか。それでも、世の人が言及するのは影との追いかけあいの意味は云々というのがまず大半のはずで、二巻以降は忘れる。

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6まで。

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katka_yg 2026/02/17 (火) 16:27:36 修正 >> 4

今これ、翻訳で読んでいる、しかももしかしたら古い版かもしれない(昭和55年の本、初版)のだけど、文中で同一人物のサブルのことを行が変わるたびに「サブル」「サビュル」と定まらず、その理由もよくわからない。次に読むときはこの本の新版ではなく、今後再読するなら英語の原文を読みたいと思っているが、そのときにはもう思い出さないのではないか。

その分からないことを除けば、この本の翻訳はとても丹念な仕事だろうと思え、そのうえ厖大な文量でもあり訳者には頭が下がる。上のことを知りたくて一瞬ネット検索もしたが、今に読むならこの小説は基本的には青春小説というところを押さえて読まれたい。ル・グインの創作論についてあれこれ言いたければまずそのエッセイなりを読む。

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素朴に、『アナーキストが集まって国を作ったりできるわけないだろ』『集団になってる時点でそれはアナーキストではない』みたいな、結果のないお喋り・やり取りが、テーマを挙げればどこの輪でもありがちだと思うんだ。

そこはまず、想像してみなさい。そこはプロの作家として、「あるか、ないか」の不毛な論議するよりも、そんな世界をすでに作っておいた。物語は、その世界をシェヴェックがどう生きていくかでしょう。

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『夜の言葉』では「コスモロジーの勧め」のように書いてあるところだったと思うけど、わたしはここの通読での去年頃の経緯を思い出すだけで、まとめてはいない。

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katka_yg 2026/02/17 (火) 19:29:17 修正

ドストエフスキーの『白痴』は……すごく安直な連想かもしれないけど、思い出したものは読み返しておいたがいいのかもしれないな。

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katka_yg 2026/02/17 (火) 19:32:30 修正 >> 8

最近の読書等の続きだと、ロマンチストであることと、同時に、リアリストでプラグマティックでもあることについて。それは富野とかリーのトピックでもずっと似たようなことは言っているだろう。ではなくて、わたしは文学史についてでも歴史に弱いんだ。

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7まで。

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通読ではこれまでの作品では、「テレパシーの精神支配」というもっぱら架空的な要素として作中の関心であったものが、ここでは、(権力や愛憎の形であれ)他者に対する所有欲として語られる。SFやFT的でない人間一般の心理、純文学に見えるが、この世界は「所有を悪しとする架空社会」だからそれが誇張されて見えるという、やはりSFではある。

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フェミニズム的な要素はいつもある。男女対等の性のユートピアみたいなアナレスと対照に、ウラスでは、男が女を支配している……ようにみえて女も男を支配している等。どちらが良い・悪いのようには作者は誘導しないが、少なくとも意識的に示して見せてはいる。

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katka_yg 2026/02/18 (水) 15:20:29 修正 >> 11

「社会科学SF」の外装の下では「魂の冒険」のようなものの感じは続いている。危機とか、探究とか。

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katka_yg 2026/02/18 (水) 19:14:31 修正

Chapter 9早々の「恥」についての一連は、なんだかまた最近の富野テキストの印象と重なって思える。富野由悠季がル・グインを参照しているような発言は覚えがないものの、同じような意識志向があるせいか、読んでいると時折、あたかも関係があるかのように感じる。SF一般のテーマについてはそれとして。

大体、ル・グインくらい有名な海外作家なら、日本の著名人は誰でも読んでいないとは思わない。宮崎駿などが言及するときは明言しているが、宮崎駿がル・グインの〝思想〟をなぞっているかというと、全然違うと思う。「他者を支配所有しないこと」のようなテーマは、宮崎作品には感じない。

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katka_yg 2026/02/18 (水) 19:17:42 修正 >> 14

わたしはル・グインの再読はしよう、したいとは思っていたけど、去年始めた直接の理由は富野通読からの連想だったもの。実際、良い勘どころだとは思うけどね。まだ続く。

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katka_yg 2026/02/18 (水) 19:34:48 修正 >> 14

「アンシブルとは?」
「リュウミアーが即時伝達装置のことをそう呼んでいるんですがね。彼がいうには、時間物理学者――いうまでもなくあなたのことです――が、時間慣性方程式を立ててくれさえすれば、工学者――つまり、彼――は、そいつを製作し、テストし、その結果、理論の妥当性を偶発的に立証することができるだろうというのです、それも何カ月とか何週間の間にね」

この訳語「偶発的に」は、もしかして「蓋然的に」probably ではないだろうか。

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今から原書で読み直したら二度手間だよ。わたしは本作がそれほど愛読書というわけでも、というかル・グインの愛読者でもなかったのにさ。しかも作中で重要な台詞では全然ない。しかし言葉遣いの端々は気になるよな。覚えておくか……。

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あんまり、右と左の「違うもの」をくっつけて、個人的な連想を繋げてモチベーションを造るのはやりすぎるまいとは、学生の頃でなくても今でもわたしは良心として保ってはいるけど、面白いポイントなんだよな。それが誰に伝わるかが問題だ。

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10まで。

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katka_yg 2026/02/19 (木) 17:26:32 修正

『所有せざる人々』読了。次は『風の十二方位』。

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The Wind's Twelve Quarters (Ursula K. Le Guin, 1975 風の十二方位/短編集)について。 ル=グウィン 再読
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