古川日出男作品の通読メモ。
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『砂の王』から最近読み返していた。90年代頃のゲーム小説のうち文章・文体に特殊な興味のあるもの、だった。
その後、散漫に読み返してきて、
あまり、古川作品のファンという気はしてない。
『gift』は先日読了。別の作家(リー)のトピック中で関係ない言及している様子なので、もう作家単独トピックで続ける。今は、『ボディ・アンド・ソウル』。以後はできるだけ発表年順にいきたいが、わたしの関心がなおあまり集中して熱心ではないから、何か月空き等になっている、現状。
タニス・リー作品から流れてきたのは「ダーク・ファンタジーかマジック・リアリズムか」という90年代初頭頃の興味という説明になる。古川作品の単行本のあおりにはマジックとたびたび書いてあるけど、べつに古川作品をいつもそれで説明しなくてもいい。
『ベルカ』を「サーガ」と書いたように物語の口承や伝説の訛伝にまつわる興味はわたしはある。富野話題でもしているが、先日のそれは『Anackire』も神話から英雄伝説になる時代を戦うストーリーで、先代の主人公が英雄に祀り上げられたり、各地の宗教の習合(シンクレティズム)が進行する真っ最中を語っているから、『物語は誤読されるものである』と小説の作中で説明的に書かれるより、それを実践されるほうがわたしには面白い。
ボディ・アンド・ソウル。どうしても退屈でなかなか読み終えない、他に動機を設けながら合間に読んでいるような状態だが。
モラルやミステリーを主題にもっていたオカルト映画と初期のスプラッター映画、と1980年代頃のパンクロックの勃興、についての講義は馬鹿話にしても今わたしは面白いのでここに書いてあることは覚えておこう。
『ボディ・アンド・ソウル』読了。古川作品はこれで10冊再読。前から順に、にはなってないが、できるだけ順に。次はまたちょっと間を空けるかもしれない。
『ロックンロール七部作』(2005)読了。
『ルート350』(2006)読了。
『ハル、ハル、ハル』(2007)読了。次は『サマーバケーションEP』。手元にした順なので正確に出版順にはなっていなかった。それは今更か。間はまた空くかもしれない。
これが現代の文学かとわたしは思うかというと、リアルとか虚構とかいう言い方にも、生きるや暴力や愛にもすっかり白けた気分で読んでると言わざるをえないが、白々しい気持ちならなんで読んでるんだ? 頼まれてしているわけでもないのに。わたしの好き嫌いとはべつに、作家の年譜をつける作業をし通すと役に立つ。何年ときいて『あの人の、あの頃か』と思い出すよすがを作れる。それにしても、わたしのモチベが少し戻るまで漬けておくくらいでいいか。
こことは関係なく巽孝之『メタフィクションの思想』『サイボーグ・フェミニズム』を今日、積本に積んでいた。それは1993年頃か。古典的なリアリズムにたいしてそのメタフィクションがという話だから、そこくらいからわたしは少し読み返した方が、この人らは何をしようとしているところなのかの関心をおさらいはできるだろう。
ここで今までに出てきたような古典的作家なら、ボルヘスとか。今回は八犬伝の話だったけど、それなら山田風太郎でも。
『メタフィクション』は再読。巽孝之の著書は、追ってみるのは、無理だ。
古川作品の文章の感覚はわたしは、斬新でついていけないではなく、むしろ逆に、半端に古臭い、ノスタルジックの押し出しに辟易するような感じのほうだ。刺激でいえば神林長平を読んでいたほうが刺激的、少なくとも気持ちは生き返る気になる。
神林先生も『僕らは都市を愛していた』みたいなことを言われると、わたしはやはり辟易とはした。ここのノートは、現代日本文芸論よりも、わたしの反応分析票のほうが大事だ。