久美沙織作品の読書メモ。
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最近はタニス・リー作品を読み返す中でその連想から、久美さんのおもに90年代のファンタジー作品を読んでいた。
リー作品の受容と連想 から 平成のゲーム小説
ここまで来れば仮にFT/SF作品だけ拾っても久美沙織専門の関心でその文章を追っていったほうがいい。とはいえ、わたしは今なかなか「作家通読」のタスクを増やせないし、今は年次順にはこだわらず読んだ時々に経過を書き留めていく。
今は『獣蟲記』(1994)を開いている。海外風のファンタジー(幻想)よりはミステリーかホラーの方が合っているような気持ちが、読者としてはする。
初期のコバルト文庫の少女小説サイクルを今はすっ飛ばしてファンタジー読んでいるけど、古くなっていても本の入手はむずかしくない。『Speak Easy』だけ今手元にある。
著者御自身はあとがきで「大風呂敷」と書いてる。無理だなあと思えばその無理怪奇なことをどきどきして読む。これだと、主人公のことが嫌いになったらそれまでなので、何としてもナオミは守る。わたしは志乃はそろそろ嫌いになってきたかな。由美子がまた出てくればわたしは由美子萌えでもつ。
ちょっとどうなの? と眉をひそめるか、意味がわからなくて朦朧としているときに、目が迷って脇の別件に留まり、それがどうしても気になり、今それどころじゃない、その話どうでもいいだろ、という話を始め、余所話を延々と続けて止められなくなった挙げ句、もとの疑念や困惑は記憶からすっぽり抜け落ちてなかったことか、もう済んだことになってる。とにかく風呂敷を広げて絵巻物を伸ばし続けるという仕方だ。これを伝奇とする、との。
とにかく話が続いている間は何の話でも身を乗り出して聴いている読者ならいいが、「どうでもいいよ」となったらおしまいだ。志乃はどうでもいいよ、でも続かないのだった。誰も嫌いになってはいけないのか。忍耐がいるな……。
『双頭の蛇 獣蟲記2』読了。わたしはやっぱりナオミの動向を気にしているだけでよい。ソーントーン・サイクルと同時でこれ(さっさと壊れなさい!)と思うとこっちのほうが面白いくらいだけど、読者の気分が今、上のようでしばらく続きは休もうかな。
これはまだ1995年で、2020年代にはどうなっているのか興味はある。いま併読が積みすぎた。
手許にあるのから、短編「トリックショット」を今読む。これはアンソロジー『逆想コンチェルト 奏の1』(2010)からだが、初出は「SF Japan 2009 SPRING」(2009/3)。
わたしは一度読んでいて話は、読み始めるとすぐに思い出した。今、久美作品の間を20年くらい飛ばしたが文体が分かるかというと、分かるよ。わたしは必ずしもいつもこの古典SFのシチュが好みではないけど、古典的なラブコメは嫌いでもない。今日はここまで。
『真珠たち』(1994)読了。序章では「ちょっと古い…」と感じた。それは今仕方ない。二話「黒真珠」で俄然好きになった。第三話、結末に至るまでに人物への感情移入が逆転して終わった。作家の当時作品への印象が、わたしはしばらくそれが続く。