進撃の巨人
ほんの出来心で、なんとなく、観直してしまったのだけれど、
やっぱり、エンタメとしては、港まで辿り着いたシーズン3までが面白くて、
ファイナルシーズンに入った途端、なんだか、別作品になったような気がしたけれど、
作者さん?と言うか、テーマ的には、むしろ、ファイナルシーズンの方がメインで、
シーズン3までは、長い前置きを、飽きさせずに魅せた... という気もしてきた。
壁の中と言う暗喩は、誰でも、何かしら、心当たりがあって、
森の中と言う言い方もしていたけれど、正に「木を見て森を見ず」の事だと思う。
森から抜け出さないと、森を認知する事は出来ないし、
壁の外には何があるのか?壁を越えて自由になりたい... という心理は、理解し易い気がする。
だから、シーズン3までは、割と目的意識がはっきりしていて、感情移入もし易かったのかもしれない。
ところが、壁を越えてみたら、目の前には、広い世界があって、
自由になるどころか、自分たちの価値観が、まるで通用せず、むしろ、不自由になったとも言える。
森の村から出てきたサシャ辺りは、壁内であっても、知らない世界だったのに、
海の向こうでは、皆が、サシャ化していたよね。
勿論、視聴者も含めて、全ての前提がひっくり返った。
多分、ここで、救いがあれば、エンタメとしても、楽しめた気がするのだけれど、
最後の最後まで、進み続ける... ってのは、ちょっと、きついのかもしれない。
いわゆる、大団円というのは、エンタメにおいて、大事な要素だと思った。
そう言えば、86も、中盤で、今までの常識がひっくり返るんだけど、
あれは、むしろ、状況が好転する方向だったから、モヤモヤしながらも、楽しめたのかも。
進撃は、ちょいと、リアルに寄せた問いかけのようで、気軽に楽しめる作品とは言えないよなぁ...
特に、今の世の中、随分ときな臭くなってきたので、
ユミルの民って、ユダヤの民か?とか、つい考えがち... 😅
でも、今って、アメリカが、パラディ島化してきている気もするなぁ... 😱
進撃の巨人は、たぶんですけど原作者の頭の中では、最終回の内容が始めから決まっていて、
それに辻褄が合う様にストーリーが作られていた様に思うんです。
タイトルが何を指しているかを考えると、そうとしか思えない部分もあります。
中盤から捻りを入れたはいいけど、全体の方向性が最終回と食い違いが出てしまい、バタバタな感じになった、
そんな気がしてなりません。
仰る通り物語にとって語られて来た内容が最後の大団円で回収されなければ、読んでいる側、観ている側が、
ただ困惑するだけになってしまいますよね。