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「楽しい」って何だろう。第34回「認識的不正義について考える」

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似て非なるもものが、世の中にはあります。
かつて「貧困」は「働かざる者、食うべからず」で、「自己責任」でした。それが、歴史的に見てみると、「人は、能力に応じて、働くことができる」ので、「社会における多様な役割」を担うことできるようにすることは、社会の責任と考えて、社会保障制度が導入されました。失業保険や生活保護制度もその一環です。また、性差別をなくし、男女平等と考えて、「女性に参政権がなかった」のを改めたのは、そう遠い過去ではないのです。考えてみると誤っていたことは、「認識的不正義」と呼びます。人々の認識や慣習、慣行、制度を改める前提の「認識」の時代遅れを指摘しています。しかし、よく見ると「認識的不正義」が今日でもなお横行しているのが現状なのではないでしょうか。
茨城県は農業技能実習生が日本でもっとも多い県です。失踪や不法就労が多いのもそのためです。環境や待遇にも問題があります。県行政の対応に関して、発想の転換が必要です。
今日、「厳格化」のもたらす影響は大きいものがあります。「厳格化」は。「認識的不正義」を棚上げして、厳格化を「あたかも「正しいこと」として行う」行為です。喧嘩や戦争の時の理由付けと同じで、「ためにする理由付け」です。そして現在も、テレビ、ラジオのニュースに出てくる表現として実際に聞きことが多い発言内容なのです。
こうした行為を見ていると、現代社会で基本的人権が尊重されていると言えるのでしょうか。
「厳格化」で行われていることは、仮に「県職員は大卒」という規定があるとして、
これを「厳格化」して、「大卒」とは「東大卒でないとならない」というのと同じで差別なのです。県職員のみなさん「東大卒」ですか?変ですよね。資本金500万円で営業できていたのに、突然3000万円に「厳格化」されたのです。皆さんはこれと同じことを外国の方にしているのです。
 
ここで、改めて「差別」について考えてみましょう。
ある団体の会費についての議論があります。
引用
「ある会員制の団体では、日本語学習の教室への参加に関して、会意は無料、非会員の外国人からは参加費を1000円徴収するとしています。」
その説明文に次のような説明が示されました。皆さんはどのように思いますか。
「差別とは一般的に、
『理由なき区別。または正当な理由なき差別的な取り扱い。特定の集団を劣位化し、平等な権利を奪う行為』」
『差別とは、特定の集団に属する個人や、性別など特定の属性を有する個人・集団に対して、その所属や属性を理由にして不当に異なる扱いをする行為』
『国際連合は、「差別には複数の形態が存在するが、その全ては何らかの除外行為や拒否行為である」としている』・・・このように引用していながら、「差別していない」と考えている「認識的不正義」に驚かだれます。

ここで問題なのは
1)非会員という「特定の属性を有する個人(・集団)」に対して、「非会員」という「所属や属性を理由にして不当に異なる扱いをする行為」になっているということです。しかもこの団体は「不当に高額な要求」になっていることが認識できないでいるのです。
2)また、非会員の日本語Volunteerは参加費無料でいいが、非会員外国人学習者は「1000円の参加費徴収」としているのです。
理由は「教える側と教えてもらう側という歴然とした立場の違い」があるからであるとしています。
ここでは国籍や立場の違いが、差別に根拠になっています。歴史的には、所得の違いや「女性と男性」の性の違いで参政権がなかった。同じ人間であっても「国民」ではないので「権利の保障」から除外されることが今日も行われています。「国際人権規約(社会権・自由権規約)」を批准している日本社会であっても、です。
職業・性別・老若・信仰・思想など「立場の違い」は当然様々にありますが、皆同じ「人間」として尊重され、差別されるべきではないと考えるのが「近代市民主義」であり「近代民主主義」です。
皆さん如何ですか。
身近な所に、差別があり、基本的人権の尊重が損なわれている言動があふれているのではないでしょうか。

こうした昨今の現状やSNSの炎上などを見ていると、ヘイトスピーチや差別発言か気になります。
こうした状況では、個々のイベントやクラスでの話題が楽しく盛り上がっていても、本当に「楽しい」という気持ちにはなれません。
皆様はいかがでしょうか。

宮本敏弥(地域日本語教育コーディネーター:文化庁H29研修修了)

刀水手帳
作成: 2026/05/02 (土) 07:02:39
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