(参考:コメ市場まとめ01)
日本の米の輸入関税700%は 本当に「理解不能」なのか?
こうした厳しい数字を正当化する理由としてトランプ大統領が使ったのが、「日本では、米の輸入関税が700%だ」という指摘である。
一方、国内では、米の高値が継続し、スーパーでの販売価格は5kg4000円などになっている。この2つの問題は相互に関連しているので、少しややこしいが、私も1993年に日本がコメの部分的な輸入解禁を決めたウルグアイ・ラウンド交渉に関与していたこともあるので、この問題の歴史と現状の概略をかみ砕いて解説したい。
戦後の日本は米の自給を目指すべくほとんど輸入していなかったが、ウルグアイ・ラウンド農業協定により、1995年から米100%自給に小さな穴があいた。
ミニマムアクセス(最低輸入量)は、最初は国内消費量の4%、現在では約8%を関税ゼロで輸入し、それを超える分は、精米で5kg当たり1705円。1kg当たり341円の関税を取っており、商業輸入は成り立たない水準だ。
この交渉の過程で、2004年の枠組み合意時における輸入米の価格が1kg当たり43.8円だったため、これを関税率に換算(341÷43.8)すると約778%となり、その数字は農水省のHP(https://www.maff.go.jp/j/council/seisaku/syokuryo/0903/pdf/ref_data2.pdf、26ページ)にも掲載されている。
ただし、現在では円換算での米価は、国際的な米相場高と円安のために上がっているので、再計算すれば数字は少なくとも一時的にだいぶ低くなっている。
● 海外の数倍〜10倍という高価な米を 買わされている日本の消費者
それでは、海外において、ジャポニカ米にこだわらず標準的な米の小売価格はどうかというと、おおよそ1kg当たり、タイで75円、中国で130円、韓国で300円、米国で420円といったところだ。
一方、日本では昨年末で755円ほどである。いずれにせよ、日本人は諸外国に比べて、数倍から10倍の価格で米を買っているのは確かだ。また、ミニマムアクセスで輸入された米は、海外援助・原料・飼料・アジア料理店などで使われ、国産米の価格を下げないようになっている。
ここで米の生産と貿易についての歴史を簡単に振り返ると、江戸時代は鎖国で自給だったため、飢饉(ききん)になると餓死者が出た。その後、明治時代以降は人口増で輸入が始まり、戦後でも輸入率は20〜30%に及んだことがある。だが、1967年ごろに自給率100%が達成された。
この制度を支えたのは、戦争中の1942年に導入された食糧管理制度で、農協を通じて品質差をあまりつけずに高価格で農家から買い入れ、消費者には安く配給した。
だが、財政赤字は拡大、余った在庫米を抱え、また、コシヒカリなどの銘柄米とそれ以外との品質による価格差が小さ過ぎて、おいしい米の生産が十分でないなどの矛盾が拡大。そのため、良質米の自主流通制度ができたり、1995年までは過剰生産を抑えるために減反政策が行われたりした。
それでも、洋食化もあって米余りは続いており、他作物への転換を優遇する制度は現在も残っている。また、海外から市場開放の圧力が高まり、先述の通り、1995年のウルグアイ・ラウンド農業協定で米100%自給に小さな穴があいた。
この制度は、関税引き下げを目指したウルグアイ・ラウンドのパッケージの中で、工業製品などで米国などが要求する日本に不利な要求をのんだ代償に認められたもので、そういう意味では、日本産業没落の原因の一つになった。
そして、「無税のミニマムアクセス+禁止的高関税」というのは、「その場しのぎ」としては知恵を絞った優れものだったが、いつまでも不自然な状況を続けられると思うのは間違いだった。
● 深刻な米不足の原因である 自給政策は転換すべき
米不足は1993年と今回との2度起きている。1993年は東北地方の冷害によるもので、今回は2023 年夏に良質米が一時的に不足したことが秋以降になっても戻っていないのが原因だ。
とはいえ、米が本当に不足しているはずはない。いわばオイルショック時のトイレットペーパー不足騒ぎみたいな状況だから、今後、暴落する可能性も高い。
米の国際価格はやや高めだが落ち着いており、輸入すればいいと普通は思う。しかし、日本が輸入を厳しく制限しているため、海外では日本人の好む単粒米(ジャポニカ)の生産は少ないし、長粒米(インディカ)は1993年の米不足時に輸入したものの、日本人に嫌われて余っていた(現在であれば、エスニック料理が普及したから違うかもしれないが)。
つまり、日本の米市場は、価格弾力性に欠け、国内で良質米が不足するとたちまち高騰するという構造にある。
これを解消しようとすれば、根本的には米消費量の何割かを輸入で賄い、国産米が不足したら輸入が増えるようにすることが王道だ。米の自給政策が1993年時と今回の深刻な米不足の原因になっているからだ。
それとともに、備蓄を強化して、例えば、食糧不足だけでなく価格調整用にもいつでも使うことを検討すべきだろう。また、国民も米価が高騰したら一時的に輸入米、麺類、パンなどにシフトして自衛し、政府も国産米の消費量の増減についての呼びかけや、給食での使用を増減させることも必要だろう。
ともかく、かつての食糧管理制度も現在の輸入制限も、世界的な市況と関係なく、かかったコストを価格に上乗せできることが問題だ。このために、国際競争力を高める合理化が進まない。
先進国の農業にコストがかかるのは普通だが、価格が数倍から10倍というのはあり得ない。自然条件が日本より悪く、いまや日本より賃金も1人当たりGDP(国内総生産)も高くなった韓国の消費者米価ですら、日本の4割くらいなのである。
では、どうするべきだったかといえば、ミニマムアクセスと高関税という仕組みで守られているあいだに、農業改革を行って、せめて韓国と同じようなコストで生産できるようにし、例えば、数十%の関税だけで保護するのが王道だ。
その努力をしないから、トランプ大統領から、いつまで異常な政策をやっているつもりかと攻撃されることになったのだ。
今回の米不足は減反政策が原因だと勘違いする向きもあるが、平時には米余りであるから、将来の米輸入の増加に備えるためにも、米以外への転換はやはり推進すべきだ。
● 自動車産業を売って 米を買った日本政府
現在、米の生産コストが高いのは、農業生産や農地取得で株式会社化が制限されており、主たる収入を他に持つ兼業農家が、省力化のために高い機械や農薬を農協から買い、販売も農協を通じ、預金や買い物も農協を通すような状態だからだ。
常識的に考えれば、株式会社の参入も含めて農業生産の大規模化・省力化で平野部でのコストを下げるべきだろう。現在の農家の平均耕地面積は1.8ヘクタールだが、秋田県の大潟村では八郎潟を干拓して入植した時から15ヘクタールであるし、1軒の農家でおそらく20〜50ヘクタールくらいは耕せるのではないか。
高級米は輸出するといった取り組みも進んでいるが、季節労働者を中心に外国人労働者を雇用したりしながら、棚田に代表される優良小規模農地も活用するといった取り組みもあり得るだろう。日本人が好きなおいしい米が世界で知られ、消費されるようになれば、日本の農業も潤すはずだ。
いずれにせよ、それが嫌で、「輸入関税700%」などといわれ、標的にされやすい関税率は、計画的に解消した方がいい。
現在の米輸入制限制度は、先述の通り、ウルグアイ・ラウンドにおいて、工業製品などで日本が不利な要求をのんだ代償に認められたもので、日本産業没落の原因の一つである。
かつて沖縄返還交渉では「糸(繊維)を売って縄(沖縄)を買う」といわれ、沖縄を返してもらうために繊維産業を米国に売ったとやゆされた。ウルグアイ・ラウンドでは、「自動車産業などを売って米を買う」、つまり、日本人は国際価格の数倍から10倍の米を食べ続けるために、大事な収入源である自動車産業などを犠牲にした。
ウルグアイ・ラウンドの大詰めだった当時、パリで私は経済産業省の官僚として、日本と同じく政治的に農業を守らなければならないフランスの官僚と知恵を絞って、互いの農業に不利な協定が成立することを遅らせるために、どちらかが先に抜け駆けして妥協しないような交渉をしていた。
余談だが、このころ、在仏米国大使館はフランスの動きを封じようとして、フランスの高官に女性スパイを近づけて、文字通り、金と女性で籠絡(ろうらく)しようとして通報され(フランスの官僚はそういう誘いを受けたときは公安に通報する義務がある)、国外追放されたという事件もあった。
先進国においては、農業は食料の安定確保のみならず、食文化の維持、地方振興、景観保全など、多くの観点で合理的な範囲の保護が必要だし、国産食品愛好の気持ちも貴重だ。しかし、国際常識から極端に離れた価格になってしまったり、かえって安定的な食料供給の妨げになってしまったりしては本末転倒というべきであろう。