なるほどなぁ
パァン、と軽快な破裂音が響き渡る。ブチ模様の審判が掲げた旗は、己が勝利者の一人であることを示していた。
得物をくるりと回し、少女は薄く笑みを浮かべる。どんなものであれど、勝利とは輝かしいものだ。それが〇・一パーセント差の大接戦の末に手に入れたものであるなら尚更だ。
軽快な音楽が鳴り響く。勝利者たちを讃える音色だ。瞬きの後、少女はすっと腰を低く下ろす。両の指に二丁拳銃をはめ、器用な手さばきでくるくると回した。勝利の際に必ず見せる、お気に入りのポーズだ。真っ赤な相棒にはこのポーズが一番映えるのだ。
正面を向いたまま、小さく横へと目を向ける。頭半分上にあるつぶらな瞳と視線がかちあった。レンズの奥にある青い瞳はらんらんと輝いている。まだ試合の興奮が抜けきらない様子だ。己もきっとそうなのだろう。少女は小さく息を吐く。そう簡単に身体が高ぶりを忘れるはずがないのだ。
すぐ隣、カラフルなギアに包まれた腕がすっと上がる。握り掲げられた拳に、少女は小さく笑みを漏らした。
隣に立つ彼は、試合中塗りとサポートに徹していた。おかげで、安心して前線に立つことができたのだ。敵を倒した数は己が頭一つ抜けているが、塗りに関しては彼が断トツである。ナワバリバトルという塗ることを重視するルールでは、彼の貢献は凄まじいものであった。
相棒を回す速度を上げる。勢いづいたそれから指を抜き、宙へと高く放り投げた。すぐさま拳を握り、隣の拳へと触れる。大きな手と手がこつりと合わせられた。興奮冷めやらぬ二対の目が不敵に細められた。
ヒュ、と風を切る音。高くに飛ばした相棒が戻ってきたのだろう。手を上に向け、人差し指を立てる。落ちてきた赤へと華麗に指を通す――はずだった。
ゴン、と鈍い音が上がる。続けて、小さな呻き声。ガシャン、と金属が地に打ち付けられる音が響いた。
オレンジの瞳がパチリと瞬く。この指に感じるはずの愛銃の重みはどこにもない。嫌な予感に唇を引き結びながら、少女は視線を下へと向ける。そこには、愛銃であるデュアルスイーパーの片割れが転がっていた。また瞬き、そろそろと視線を上げる。向けた横側には、頭を抱え身を縮こませる少年の姿があった。
全てのピースがはまる。それもとてつもなく嫌な形に。
「いってぇ……」
「ごっ、ごめん!」
呻く少年に、少女は急いで謝る。慌てた調子でわーわーと騒ぎ、謝罪の言葉を繰り返す。しばしして顔を上げた少年、その胸元が視界に入る。ビビッドな色をしたギアのど真ん中には、鮮やかなシアンが散っていた。模様ではない、インクだ。それも、自分の髪色と全く同じ色をした。
少女は再び悲鳴を上げる。愛銃を直撃させた上に、ギアまで汚してしまったのだ。焦燥と後悔に声を上げてしまうのは仕方がないことだろう。
「ごっ、ごめ……、あっ、クリーニング代!」
「いやいい……大丈夫だから……」
あわあわと慌てふためく少女を、少年は手で制す。浮かべたのは苦笑だ。輝く瞳からは高ぶりはすっかり抜け落ち、代わりに薄く潤みを孕んでいた。何によるものかなど自明だ。それがまた焦燥を招いた。
「ていうか俺らのインクはすぐ消えるだろ。クリーニングとかしなくて平気だって」
「そっ、そっか……そうだね……」
落ち着いた様子で頭を掻く少年に、少女は視線を落とす。己は加害者だ、本当は目を合わせて話し、謝らねばならない。けれども、上げるべき目は地へ吸い寄せられてしまっていた。申し訳無さと恥ずかしさが心の全てを支配し、合理的な行動を阻害しているのだ。
明るい音楽が鳴り止む。一瞬しんと音を失った空間に、気まずさばかりが漂った。普段なら浮ついた調子でロビーへと向かう足は、地に縫い付けられたかのように動かなかった。
「まぁ、次からは気をつけなよ」
「はい……」
ひらひらと手を振る少年に、少女は呟くような声で返す。勝利の高揚など全て吹っ飛んでしまった。あるのは後悔ばかりだ。調子に乗ってこんな馬鹿げた事故を引き起こしてしまったのだ、無理はない。自業自得である。分かっているからこそ、苦しくて仕方がなかった。
とぼとぼとした足取りでロビーへと向かう。そのまま、もはや無意識の手付きでエントリーし直した。ハッと顔を上げ、少女は青い顔をする。本当ならば帰って反省すべきであろう。しかし、癖で試合を続けることを選んでしまった。あまりにもうかつな行動に、少女はしょぼくれた声を上げた。
エントリー取り消し受付時間はとうに過ぎている。勝手に帰っては迷惑をかけてしまう。もう始めるしかないのだ。小さく泣き声を漏らし、少女はスポナーへと向かう。バトルステージに向かうため、愛用のそれの前に立つ。タン、と靴が床を打つ軽い音が聞こえた。
あ、と小さく声が上がる。聞き覚えのある――ついさっき聞いたばかりの音色に、少女は急いで顔を上げる。そこには、カラフルなギアと黒縁眼鏡で身体を彩る少年の姿があった。数分前に愛銃をぶつけた、インクを浴びせた、その姿が。
剥き出しの肩がビクンと跳ねる。ミッ、と少女は悲鳴めいた声を上げた。それはそうだ、つい先ほど迷惑をかけた相手に再会したのだ。心は揺れ動き、身体を強張らせるだろう。
眼鏡の奥の瞳がふっと細められる。少し苦味がにじむ笑みが、己を射抜いた。
「次は気をつけなよ」
「わっ、分かってるよ!」
茶化すような声に、少女は大きく声を上げる。ごめん、としょげた声でまた謝る。いいって、と少年はまた笑った。すっと笑みが解け、青い瞳が鋭さを宿す。口元には不敵な笑みが浮かんでいた。
「勝つぞ。んで、さっきのリベンジな」
「……うん!」
勝ち気な言葉に、少女は元気よく応える。勝利への意気込みを表すかのように、赤い二丁拳銃がぎゅっと握られた。