細かい話だが、内臓と内蔵は、ネット記事なんかでも、普通に間違えていたりするよね。
臓器の方が、内蔵とかになってたりするから、もう、呆れるを通り越して、笑えてきたりする。
新聞社の記事ですら、校正が甘いのか、誤字脱字なんか、もう誰も気にしていない感じ。
もう手書きをする機会なんて稀で、先日、TVを配達して貰った時も、
タブレットに指で署名を... あ、これも、一応、手書きになるのか?
でも、これって、それこそ、誤字であっても、関係ないんだよね。
単なる手続きの証拠としてデータが残っていれば良いだけだから。
アナログからデジタルへ移行して、確かに、便利になった面も多々ある訳だけど、
こういう、ちょっとした機会に、ふと、何か大事な物を失っていないか?とも思ったりする。
アニメも、セルに手描きなんて、今時、どこもやっていないと思うけれど、
やはり、昔のアニメを観ると、手描きの豪快さ?筆の勢い?みたいな物を感じるんだよね。
伝統工芸なんかにも言える事だけれど、非効率で生産性が低いのは、その通りだと思うけれど、
それを理由に、そのまま消えてしまえば、簡単に取り戻すって訳にもいかないよね。
そういう点まで含めて考えると、何をどう保存していくかって、もっと深い問題なのかもしれない。
だってさ、僕らの時代で考えれば、何千年、何万年前を知る材料って、骨とか石とかじゃない?
たかだか、数年、数十年って、人間の尺度よね。
まぁ、自分のアニメデータを数千年後まで残したい訳じゃないけど、
瑠璃ちゃん観た直後だと、なんか感化されて、ついつい、考え方が壮大になってしまう。😝
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