「戦闘集団」の話は、古代には軍の進む後におびただしい女子供、民間人がついて移動することはよくあった。軍団の駐屯場所で商売する人々の話は『オーラバトラー戦記』に一章割かれてる。
進軍したらその先に入植する予定でついてくる群集なら家族と全財産を担いでいるし、初期の十字軍なんかは浮浪者の群れに見えたとか。『ガーゼィ』のメトメウスも一民族のエクソダスなので、荷馬車の列とそれを守る戦士(武者)が混じってひしめく。足手まといのこの有り様ではアシガバ軍に襲撃されたらひとたまりもないぞ……、とクリスは集団分けを提案しようとするが。
異世界で戦争するとき、こっちで知ってる近代兵器や戦術を持ち込むだけでなく、近代的な「軍編成」を試みようとするのもこのジャンルでたぶん、そう珍しくない発想だろう。そこでノベルの作品名に詳しくないのがわたしは粗だが。『ガーゼィの翼』の微妙に独特に思うところは、その近代軍思想、そのものではなく、ケッタ・ケラスやフィロクレースにその説得をしようとしてクリスに説明できる知識はないこと、みたいだ。プロの自衛官ではないしミリタリーマニアでもない。一般人のゲーム知識で、なんとなく常識として知っている。
機動力とかの「概念の有無」を、異世界ジャンルなら勝敗の根拠にしたいんだろうとは思う。ここの興味はそれではなくて、「なぜ有利なのか」と率直に訊き返されるとクリスは答えに詰まってしまう、このキャラが今読み返すとわたしは案外おもしろい。説教臭くなって面白くないところもある。
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『よくわからないのになぜ知っているのか』と、メトメウスの人々からすれば不思議だと思うんだよな。1巻あたりの頃は「聖戦士だからでありましょう」みたいに簡単に済んでたかもしれないところか。でもそのテーマを、面白く描くのはやはり難しそうではある。
ゲーム浸りの現代の軟弱な若者にはシビアな現実は無理!……とは既に言ってない。「スポーツ剣道の実戦化」「にわか知識の実用化」までは、移行プロセスのいくばくかを経れば可能である、と説く。ただし、ここまでの章でまだ具体化していない「戦争と殺人」の問題に答えていない。
こうみるとクレバーな構成のようでもある。それが、Vガンダムやアベニールと時期的に連続してみえるのが言い尽くせなくてもどかしいところ。
ウッソは戦闘で人を殺して苦しまないのか……または、なぜか。サイコミュの場で殺人すると深刻な心のダメージを負うことは語られている。それはどういう意味なのか。
人の死を直に共感するダメージで人は戦意喪失するし、裏切って敵に回ったりする、そんなPTSD製造機みたいなサイコミュがろくな兵器になりそうにないが、そういう機能があることも、そのつど問題に付されずに送られるのはサイコ・マシーンが毎回破壊したり封印されて、体験もフィードバックされないからのようだ。神経細胞にニュートリノ的な直撃云々は今それじゃない。
そこのこれに、『大和男の盛りをみせよ』だ……? 日本武尊は何を言いたいのかと考えあぐねたところ。3巻の、示現流などの話は充実してて面白い。