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Wars of Vis

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シリーズ: Wars of Vis (Tanith Lee, 1976-88)について。

シリーズ

  • The Storm Lord (1976)
  • Anackire (1983)
  • The White Serpent (1988) ←今ここ
katka_yg
作成: 2025/06/17 (火) 23:12:48
最終更新: 2026/03/03 (火) 20:43:04
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59

12まで。

60

Book2以降、一瞬妙に明るい雰囲気になるのはLanの風土がさせるのだろうがRemのキャラクターにもユーモアが混じって生き生きしてくる。前作では物足りなさを覚えたところかな。Ulis Anetの端々の愛嬌も。吐息がアメジスト色に染まるとか、惨事の跡で二人で意味もなく笑いが出るとか。

62
katka_yg 2025/12/06 (土) 11:44:47 修正 >> 60

Anackire(1983)から リーの作中の色彩表現の例。

The girl sighed. The sigh caught a flare of purple at her throat where the amethysts still lay.

Ulis Anetのしぐさ。これは現実の色というより、色に託した幻想的な表現。

The shadows were long spills of cinnabar when she led them again into Lepasin. The black broken colomn-shafts of the palaces streaked a carnelian sky, darted with purple birds.

廃墟の町からLepasinの市に帰ってきた少女の見上げる夕暮れ。その情景に、色の名前を連ねて散りばめる仕方はタニス・リーにかぎらず多くの作家が普通に用いるが、「タニス・リーの色彩」云々というときには解説者や読者はこれを念頭に言っていると思える。

現実を活写しているとは思わないね。映像にしても絵画的で、その描く視覚像の鮮明さ(いわゆる解像度)を取り上げるより言葉遣いのユーモア感覚を言ったほうが合ってる。

61

伝説が現在進行中で製作されている時代、英雄伝説、というシリーズのテーマが掴めればシリーズが面白くなる。「トールキン以来のファンタジー小説」の系譜だけでなく、ミソロジーやオカルトに若干の親しんでいることが必要かもしれない。

世界観先行型のRPG小説と思って読む読者には設定が杜撰に見えるんだろう……。そもそも世界設定の根幹のZastisからして、そんな強力な影響を毎年周期で及ぼしていて何世紀も人々がそれに右往左往しているのはおかしい。純潔やインセストのタブーが成り立ちそうにないと思う。『闇の左手』みたいなそれに適応した社会SFを語るでもなし。ただ、前巻の内容が二十数年後ははや伝説になって通用しているこの世界の文化をWikiでまとめたい気になるんだった。It was still era of wonders.

63
katka_yg 2025/12/09 (火) 20:39:12 修正

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Booklog

すこし前に思ったことを書きたす。Venus 1に続いているらしいZastis設定の名残りについて。

64

14まで。混みあった人間関係がいよいよ絡み合って面白くなってきた。息を詰めて読む。「どうやって書いているのかわからない」のようなリー作品に特有の感じだ。第一作から七年の間……やはり手に入るものは全部読んでみたい。

65
katka_yg 2025/12/09 (火) 23:09:57 修正 >> 64

この章の末で初めて the Inner Sea とかいう語をみたけど、先日の地図でも見ていないと全然想像できなかったぞ。Thosというのは小さな港でそれには載っていないようだが。電子版で省かれてるだけでもともとペーパーには地図が載っていたんだろうと思う。

66

15まで。

67
katka_yg 2025/12/13 (土) 23:07:01 修正

"It's geas."以降、

"I thought you believed in the pragmatics of worship."
"Yes, my lord. Magic itself can be very pragmatic."

今年中に、リー作品の中で「プラグマティック」といったときには具体的な箇所が念頭にあったわけでなかったが、ここではそう言っている。

68

「プラクティカルとかプラグマティックとか」というのはオカルトの文脈で気になる人がいると思うが、リーの作品の文中にあるのは珍しいなと思った。オカルトの思想自体は、作中でいつもその話はしている。90年代からは考え方が変わるのか、こういうことは文章に書かずに作品自体の枠に溶け込ませるような実験をしている。

このあいだのソーントーン・サイクルのときに思ったのは日本のFTはこういうところの消化が苦手で上手くいかなかったみたいだ。違う話に逸れてしまい、結局はファンタジーでもなくなってしまう。「マジック・リアリズム」というときも似たような印象を覚え、それは古川小説のときだった……。どっちも、その後の経緯をわたしはまだ追っていない(現在の仕事まで追ってない)。そういうFT史の興味でこれから辿れるのか。

69
katka_yg 2025/12/13 (土) 23:46:12 修正 >> 68

小説家というのは、朝から晩まで小説やファンタジーのことを考えているだろうから、その実作での実践については人並みならず長時間考えているはずだ。「思ったほど上手くいかなかった」ことはきっとあるだろうし、「それとは別のことを試みている」も、その人なりにいつだってそうだ。「なぜそこに情熱を続けて傾けているのか」には、それがわかれば興味のもてるところ。

ソーントーンの話は、2巻の最初の舟の上でジリオンが唐突にその話をまくし立てるところ。「魔法っていうのはプラグマティックなのよ」のような理屈を言い立てるが、作中で以後もそういう「魔法の書かれ方」はしていない。魔法について喋ったが作中で魔法は使われていなかったという感想だった。古川作品の印象は、作中でマジック・リアリズムについて書いているけど作品自体はマジック・リアリズムはしてない。それは、ちぐはぐだなと思ったことで、べつに誰もがその興味でなければならないとは思ってない。

70
katka_yg 2025/12/14 (日) 00:32:37 修正 >> 68

マジカルな実践か、その語りについて知るには、マジックリアリズム小説よりも魔術そのものを知るほうがいい。「これは魔法の模倣」と思いながらすることに、真摯さや、信じることについても保留がつかないと思えるかな。

その実践と、「商業路線で売らなければならない」という言い分がどのように折り合いがつくのかもわたしにはいまだにわからないこと。タニス姉貴の初期作品はとにかく作者本人が楽しそうだ。

71

16まで。
Book Four: The Black Leopard

72

開いたきりで読みさしていた古川日出男『gift』読了。最初のページで停まったまま10か月積んでいたが、一晩で読む。薄いから。先日書いたのは、そういうモチベーションをキックするためで、今は評論などが目的じゃない。ここは、とかく滞りがちな作業進捗報告をする作業所。

73
katka_yg 2025/12/15 (月) 23:32:21 修正 >> 72

リー通読のトピックで今それと関係が? というと、ない。マジックリアリズムを名乗っているのなら、「マジックリアリズム」と「ダークファンタジー」のどこが似ててどう違うのか考えるサンプルになると思った、といったが、その比較にもそんなにならないか。

方法論のほかに、小説の方法を駆使して先に何を書きたいかを「愛」としているようなところも似ている。それはでも、愛がテーマなんてあまりに一般すぎるだろう。言い当たる作家も多すぎてそれでは分類できない。その愛も読後に残っているか。わたしは、『砂の王』がもともと好きだったことだが古川氏の作品を通してファンというわけではもうないかな……。

小説の本筋や主人公への興味から逸れて、作中で途中で退場した悪役(敵)のほうに多大な関心を寄せてその話ばかりしているというのは、読者が健全ではないのでその兆しがあったら離れたほうがいい。このまえはマキリップがそうだった。タニス・リーはさいわい、わたしは「主人公がどうでもいい」「もう作者が嫌い」と思うことはこれまでない。それはマジックのようなスタイルではなく、レトリックにあるのだろう。

74
katka_yg 2025/12/15 (月) 23:55:59 修正 >> 73

いーや、そうでもなかった。ウルフ・タワーシリーズのクライディとか、パイレーティカなどはわたしは主人公にあまり好感をもって読んでもなかった。たぶん前期・後期で分けて90年代後半以降がそうなのではないかと。パイレーティカのアートは少女の反抗精神というよりは錯乱しているし。それも、まだ続きがあるのでパイレーティカは先に楽しみ。

75

このヴィス・シリーズの面白い仕掛けの一つに、名前が「訛伝」することがある。それについてはまだ書いてなかった。「ラルドナー」の名前が土地の訛りでは正しい発音されないで「ラルナー」に訛る、などのそれ。

前作の内ではそれが点々とあっても作中のギミックとしてそんなに大事でもない感じだったが、第二作ではぐんと面白い使われ方になる。それも、土地や、年代の経過だけでなく「第一作から第二作への過程で訛伝」のような要素が読者には楽しい。名前が…なんか間違って伝わっているが前作の人物かー! このシリーズが「英雄伝説」をテーマにしているんだと思えればそれが腑に落ちる。もちろんAnackireの数多い名のバリエーションもあるんだろう。

77

Ashnesea→Ashara-AshkarとYasmis(Yasmais)が習合してAshyasmaiになる経緯は面白い。

76

昨夜17まで。

78

Of course, the cold and loneliness of the journey, the hardship, the being lost, the closeness to death, these had enabled him to enter the occult aura of the ruin. The magician's purgation before sorcery.

そうだろうが、ファンタジーはそういうものだと思って読んでしまえばその作家の作品は以後全部そういうものとして語られることになってしまうので、読んだら忘れなければならない。

79

19まで。

80

21まで。上手い……。やはり傑作なんじゃないだろうか

前作と、The Birthgraveもだが自分のアイデンティティを探し求めるストーリーではあってここまでは前作のヒーローである「ラルドナーの息子」であることがその認知であったのがここで前作も超えるわけだ。「第二部ではっきり前作を凌駕する」ってシリーズもので凄くないか。それでもすごい。

それはそうと、Tuab Eyが聴き知っているという呼び名"Rarmon Am Karmiss"は正しいんだろうか。Am Karmissとして伝えられているのはKesarhの回し者、RaldnashまたはDortharにとっての裏切者の意味のZakorisでの(Kathusの)宣伝の結果かな。

81

22まで。

82

23。

83

Safcaはもっとずっと幼いと思っていた。性格のせいか。

84

年齢についてはっきり書いてあったかどうか忘れたが、いわゆる行かず後家になりつつあったので結婚についてやや異様な情熱を抱いていた話だったか。どうも性格が奇矯なので少女だと思っていた。

85
katka_yg 2025/12/21 (日) 20:46:15 修正

Anackire読了。面白かった! 遅読だったのはこの際しかたない。
この後は、前回保留にしているPrince on a White Horse(白馬の王子)を読もう。邦訳既読だしジュブナイルなのでずっと気分が楽。第三部はまた先。

86

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Booklog

87

タニス・リーは自作品へのセルフオマージュ的な節も重ねていくのが追って読んでいくと面白い。上ではIstrisの祭がどうも「ヴェヌス」一部を連想すると書いたが、後の章の戦争のシチュエーションでは今度はその二部を連想して読んでいた。

「髪が赤い」ではちょっと足りないか。意識してしているなら何か面白いが、もちろん話の筋は全然ちがう。

88
katka_yg 2025/12/22 (月) 01:24:44 修正

かとかの記憶
katka_yg 2025/11/26 (水) 21:02:12

6まで。
Book Two: The Dawn Child

現在、遅読かつ併読中の寄り道がめちゃくちゃ多いが結局これが一番楽しみである。この次章の章題ってダンセイニのペガーナのような連想するが……読んでく。

89
katka_yg 2025/12/22 (月) 01:58:42 修正 >> 88

エピローグ「Morning Star」はリー作品はやっぱり最後に女の子の話になると考えてみたい。

作中で名前のないThaddraの僧が、意外に人間味ある人物だとわかってくるのだが最後になってもまだ一人「だがあの娘は十五か、十六歳だぞ。あんなに神のようになっていいのか」とAmanackireの半エイリアン的な超俗とは今ひとつ合わない、余計かもしれないお節介を焼く。

彼女は去っていくけど、今はその少女に朗らかな気持ちで贈る言葉が「And yet,」以下になるからその気持ちは通じる。これは面白かった。

90
katka_yg 2025/12/22 (月) 02:05:31 修正 >> 89

「And yet, 」はThe Birthgraveのラストでもあった。この書き方はやはり覚えておこう。

神としての役から退場すると、姿も実年齢の九歳相当に戻るんじゃないかな。そう、それでいい。それでもいいが、という気持ち。

91

レムの同性愛嗜好は幼児期の母親との関係に由来するもので、それが解消すると異性を愛する事自体は生理的にできるみたいだな。「おまえ平気なんか」とそれも余計な心配が挟んでしまった。

こういうことの考え方……身体のつくりが違うので習慣の「矯正」や「適応」では語れないんですよのような風潮が上がってくるのも、その時代があってのことで、1980年代にはどうだったか。知識として知られてはいても発言できたか、のようなことも歴史的事情で今わたしはわからない。わたしは、2025年に読むと上のような感想が一瞬挟む。

92

心理的要因とその生理は安易に切り分けることはできまい。すべての場合に同じようには言えまい、この小説の中では何かおかしかったわけではないが、「今の風潮ならこう書くかな?」と思った、という方がいいか。

93
katka_yg 2025/12/22 (月) 08:31:37 修正 >> 92

「同性愛者が異性愛に行き着いて解決する」というストーリーの型が現代の出版事情で商業的に受け入れられるか、という意味。

それよりは、「ヒーローとヒロイン」と書いてあったじゃないか。苦難や試練を経てそこに行き着いたんだからヒロイック・ファンタジーの型通りでいいんだよ。

94

The White Serpent 読みはじめ。1-1 The Snow まで。

リー通読が間を開けすぎたせいか、文章に気持ちが集中せず、たえず上の空で15ページほどを読むのに1週間ほども開いたり閉じたりしていた。でも、前回も前々回も同じことをずっと言っていないか……。エンジンがかかるというか、同期が合うまでにわたしの時間がかかる。章の内容は、わたしは好き。

95

Cah had created the world. Those who said otherwise were naturally in error. Theology was not worth discussing, it simply was.

こういう言い方はファンタジー作品ではたびたびある。このまえ『リーンの翼』(1985頃)にあって(「理由はない」)日本人作家には意外な気がしたけど、富野由悠季はイデオン等の頃からわりとその話はする人なのかもしれない。ただ、日本人の場合はそれが主題になってしまうので、やはりぎこちない、という違いがあるのかな。

96

神学の話はいずれにしてもしてない。神話研究とか、伝承の物語の研究を背景に話を考えている作家間のような、その親和性を感じていた。そのほかの作風などは全然ちがう。

勿論ここはCahの神話を語る自体が余談だが、リーの場合「信仰」が一挙にメインテーマに躍り出てくるのと、Visシリーズはとくにそれだし、わたしはまず思い出す。

97

この三部では蛇女神(Anackire)の信仰はやや過去のものか、この土地Iscahではそれほど優勢ではない雰囲気なのかな。Yennefは台詞の中でAnack,と口走っていたようだったか。今、数ページだけ読む。

98

かとかの記憶
katka_yg 2026/05/16 (土) 19:13:27 修正

In this trance, Tibo had gone about her household duties as ever, worked and slaved, eaten her meager share, slept her curtailed sleep. In the trance she had not wept or complained, had not torn out her hair or rent her cheeks with her nails, had not fallen down screaming. No, She had only waited, with the promise of Orbin's slaughter in front of her.
――The White Serpent

99

Book One: Iscah

じつに45ページが読み進まないほど、気持ちが上がらないぶん本文の外のことをあれこれと長く考えるのだが、1988年までのリーの作品の中でもこの章のような話の型は、もう何十回かくり返したのではないだろうか……。属性に分解したら目新しい要素はない気がする。それで、この話は以前にあったろうか。

ラルドナーなり、ヴァズカーなりのエピソードは、息子目線だった。今ばくぜんとそれくらい。

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katka_yg (@ygasea.bsky.social)
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katka_yg (@ygasea.bsky.social)
ミクロス・ローザ「協奏交響曲 作品29」「ヴィオラ協奏曲 作品37」 を聴く。このCDは、ニュージーランド交響楽団。手作業中BGMとして、ヘッドフォン 大好き わたしは昨夜「ベン・ハー」を通し観していた続きだが、映画音楽のOSTを聴きたいわけではそんなになく、なんかそれではないもの……のような漠然とした欲だったけどこれ、こういうのだよ。このところ「協奏曲」という気分でもあったし。現代人日本人作曲家のテーマもすぐに尽きてしまい、三枝成彰や吉松隆は聴き続けていてもちょっと甘すぎるしね [contains quote post or other embedded content]
Bluesky Social

これは今とくに物語のような連想はしてない。

単純に、ソロがしゃかりきに弾いてオーケストラがドン!と鳴る、という「サウンド」で音楽に耽りたいものは、気持ちにはあるけど、あまりにクラシックすぎる(誰でも知っている)と好き嫌い以前に気持ちに障壁が立つ。どういう作家がいて作品があるのかは、詳しい誰かに教わればいいようなものだが、わたしは手探り。