ゲーム浸りの現代の軟弱な若者にはシビアな現実は無理!……とは既に言ってない。「スポーツ剣道の実戦化」「にわか知識の実用化」までは、移行プロセスのいくばくかを経れば可能である、と説く。ただし、ここまでの章でまだ具体化していない「戦争と殺人」の問題に答えていない。
こうみるとクレバーな構成のようでもある。それが、Vガンダムやアベニールと時期的に連続してみえるのが言い尽くせなくてもどかしいところ。
ウッソは戦闘で人を殺して苦しまないのか……または、なぜか。サイコミュの場で殺人すると深刻な心のダメージを負うことは語られている。それはどういう意味なのか。
人の死を直に共感するダメージで人は戦意喪失するし、裏切って敵に回ったりする、そんなPTSD製造機みたいなサイコミュがろくな兵器になりそうにないが、そういう機能があることも、そのつど問題に付されずに送られるのはサイコ・マシーンが毎回破壊したり封印されて、体験もフィードバックされないからのようだ。神経細胞にニュートリノ的な直撃云々は今それじゃない。
そこのこれに、『大和男の盛りをみせよ』だ……? 日本武尊は何を言いたいのかと考えあぐねたところ。3巻の、示現流などの話は充実してて面白い。
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