作業場。宇宙世紀の巷説、伝奇物語。
ハイカー達が峠にある山小屋で一夜をすごすことにした。夜が更けると、小屋の周りを何者かが走り回るバタバタ、大きな虫が飛び回っているようなブンブンという音がし始めた。その少し前から、人々は理由のわからない悪寒を感じ始めていた。
人々は正体不明の騒音に悩まされながら、小屋から出て音の源を確かめようとすることは互いに制止した。クロスボーンの時代に使われたバグのようなものの噂を思い出す者もいて、彼らは恐慌に陥りかけた。「息をするな。できるだけするな」「体温を下げたほうがよい」など言い合い、身を寄せ合っていた。
死んだように横たわるうちに夜が明け、小屋近辺の機械的騒音は数時間旋回してのち聴こえなくなった。バグならば小屋に隠れていても安全ではないので、彼らは運が良い。(地球。宇宙世紀〇一五〇年頃)
スペースコロニーに住む夫婦に子供が生まれた。この子は生まれつきニュータイプだった。両親ははじめ子供の秀れた才能をよろこんだが、世間でニュータイプは個人的には不幸と言われていることを聞き知ると、子どもの将来を思い、悲しんだり憐れんだりしていた。 子供が四歳頃になり少しでも勘の良いことを口走れば、ニュータイプではないかと思い戦々恐々としていた。両親も普段できるだけ平凡な技師と科学者のように装った。だが、そんなコロニーにもやがて宇宙戦争の足音が近づいてくるのを止めようもなかった。
コロニーに軍艦が入ってくると、軍艦からは大勢のモビルスーツが降りてきてコロニーの中でビームを発砲した〔無法行為の典型〕。コロニーの人々は夫婦の家に来てニュータイプ待望論を語ったが、夫婦は子どもを一室に閉じ込めて表に出さなかった。
それでも夜になると子どもは窓から抜け出して軍艦に行き、モビルスーツによじ登って入り込むと、めちゃめちゃに操作して壊してしまった。翌朝には軍艦もコロニーも大騒ぎになったが、子どもは素知らぬふうでベッドで眠っていた。 夜にはまた子どもは抜け出した。地下室に隠してあったガンダムに乗って軍艦を襲撃し、軍の被害は甚大に及んだ。ほうほうの体で軍艦が撤退し、やがて宇宙戦争もすぎ去ると、コロニーの人々はようやく胸を撫で下ろした。その後、子どもは十歳になる頃には当時のことはみんな忘れていた。(サイド二。宇宙世紀〇一五〇年頃)
あるところに裕福な商人がいて、その娘は美人だった。娘は学校がおわると店先に立って商売を手伝い、街ではなかなかの評判だった。そこにウッソ・エヴィンが通りかかった。娘は不法居住者にも隔てなく接したので、ウッソもこの看板娘のことが好きになった。
そうこうするうちに街にベスパのモビルスーツがやってきて、街を焼き払いはじめた。街の者は皆なすすべなく逃げ惑っていた。そこでウッソは自分がベスパを追い払い、お礼には例の娘をお嫁にくれるよう人々に申し出た。父親の商人はリガ・ミリティアでもないウッソを信用しなかった。
ウッソは昼の間はカサレリアに身を潜め、夜になるとモビルスーツに乗って現れ、ベスパを散々に追い散らした。夜が明けてウッソは人々の前に姿を現し、約束の履行を求めたが、人々はウッソの乗っていたのが白いガンダムでなくシャッコーなのを見て罵った。
美人の看板娘も、年端もいかないウッソ相手に今度はそっぽを向いた。ウッソは憤慨しながらカサレリアに帰っていき、その前に、街の広場に大変な量の糞を残していった。そののち戻ってきたベスパは広場を清掃しながらギロチンを設置しなければならず、街の者とベスパをともに閉口させた。(地球。〇一七〇年頃)
ジン・ジャハナムに複数の影武者が存在したように、ビクトリー・ガンダムのパイロットであるウッソ・エヴィンにも複数人説・年齢や性別の諸説・虚構説などある。ウッソのプロフィールにかかわる正確な情報が乏しい理由は、一にはリガ・ミリティアの組織内に行われた極端な秘密主義がある。同組織のリーダー=真なるジン・ジャハナムさえ、ガンダムのパイロットを示す暗号名「UE」がウッソ・エヴィンを表すことを知らされなかった。
ザンスカール戦争後にリガ・ミリティアの組織は崩壊し、ウッソ・エヴィンの消息も途絶えた。間近にウッソに接した僅かな人々の証言と、厖大にのぼった噂による以外、後の時代にウッソの正確な人物像は掴めなくなっている。戦後さほどを経ない宇宙戦国期にはすでに無数の異説を生んでいた。
北ヨーロッパ地域に残るウッソ伝説はおおむね、ウッソを小柄で敏捷な子どもとして語る。ガンダムを駆ってベスパを翻弄する痛快冒険譚の少年ヒーローであるとともに、悪口毒舌を叩き、悪戯をくり返すティル・オイレンシュピーゲル型の主人公である。
どうすればいいんだろう? アニメや小説のカテジナのキャラクターにパロディを加えるのではなくて……宇宙の歴史の空白時代にも絶えず行われただろう諸々の伝説を想像してみる。伝説上の聖カタリーナとかカテジーナというありふれた聖人の名に、ある生きた人物像が求められたときに、そこにそれらしい話が付託される。
宇宙世紀、四〇〇年や七〇〇年頃のことだ。 地球上の人口が少なくなり、宇宙戦争の噂も聞かなくなると、宇宙から地球に降下してくる人々の数もめっきり減る。ヨーロッパ地域に残る特別区においても宇宙世紀以前の遺跡の保全といった意味・目的は失われ、都市は衰退に任された時代があった。自給自足する居住地と居住地の間の交渉は疎遠になり、どこかからどこかへ旅をする人の姿は稀になっていく。遠く点在する集落の間は広い荒野と再生する森が覆い、旧い舗装道は突然途切れて当てにならない。大地の汚染だけは、過去の戦争世紀が過ぎても千万年の間残る。
そんな地球の無人時代に、ある日、荒野からやってくる異人があると、地平線からトボトボ進んでくる一台のワッパの姿は、きっと幽霊を見るようなゾッとする体験だろう。保護区の少数の居留者や保全局員の間に、それは地球伝説のさまよえるワッパ、地上を放浪する盲目のカテジナだ、という風説が語られる。
カテジナがワッパに充電したと伝えられるスタンドが北ヨーロッパ地域には数多くあり、多くは現在も使用中である。
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説経節のような話を読むときに、障害のある人が「聖なるもの」のように民衆に担がれて運ばれていく話はあるとして、盲なることが「世の中の罪障や闇を代わりに引き受けてくれるから」というストーリーが語られる――とはかぎらず、たとえば「聖者の生まれ変わりの特徴がそれだから」とか、尊い理由にはまた何か別のストーリーかもしれないがその型がある、というとき。
「おりん」をカテジナと結びつけて考えたようなことは、今までもべつにない。これは偶然、同じような話題に読み合わせたので連想したこと。
説話語りの語り手(瞽女=ストーリーテラー)を主人公とする物語を、小説という体の説話語りを多く踏襲した語りをして、最後には説話そのものにしてしまう。『人々はその哀しい物語を聴いて涙ぐむのである』の、『涙ぐむ』までがフィクションであるという。大方の読者はその態度に不審感などは抱かないで「哀しい話」と現代にも読んでいるはず。涙を疑え、ではなく、そこには作者にも「文芸のスタイルへの関心」があることは見せている、とまでは意識して読まれたい、という話をした。
ジオン戦争のとき、宇宙要塞を守備するモビルスーツが埠頭から遠くを見やると、宇宙空間を白いガンダムが疾走してくるのが目視できた。ガンダムはぐんぐん迫ってきて、あわやという頃になったので、要塞のモビルスーツが皆集まって来、未完成のジオングまでも準備して、もはや白兵戦は避けられず、かくなる上は見事に立ち向かって死のうと話し合っているところに、間近にガンダムが漂ってくるのを見れば、それは地球連邦軍の白いノーマルスーツで、宇宙服の中身はミイラ化した死体であった。
宇宙空間で人間とモビルスーツを誤認する例はこの頃多かった。ガンダムへの恐怖のあまり、要塞の数十人のモビルスーツが同時にガンダムを妄想した戦場心理はありうることだ。要塞が陥落するまでの数十日は毎日がこんな有り様だった。 (宇宙世紀〇〇八〇年代)
戦争当時のガンダム恐怖、アムロ伝説については、『ハイ・ストリーマー』にも
アムロが乗ったモビルスーツが接近しただけで、ジオング以下十数機のジオン軍のモビルスーツが撃破された
などがある。
ジオン戦争以後の地球では、多くの武装勢力が割拠して暴虐であった。救世軍の一団がメコン川のほとりに至ると、密林の迫る狭い土地に隠れるように作られた小さな集落では葬儀が行われていて、荼毘の煙が上がり、村人達の泣き声が聞こえてきた。集落に近い谷には、ジオン軍の残党のモビルスーツが住むという噂があった。夜ごとにモビルスーツは村にやってきては、若者をさらい、無惨に食い殺していく。救世軍の人々が、どうしてそんな恐ろしい土地に住み続けているのかと訊ねると、村人の口々に答えるには、「どんなにむごいモビルスーツの害も、強制移民法を楯に過酷な税と暴力がまかり通る都市の暮らしよりもましだ」とのことで、これは中世以前の、あまりに無法にすぎる酷い現状である。
救世軍の人々がガンタンクを押し立てて進んでいくと、やがて例の谷間に差し掛かるところで、案の定、ジオンのモビルスーツが姿を現し、まさかりを掲げて走ってくるのが見えた。こちらは用意万端、一斉射を見舞えば、たちまち巻き上がる土砂と爆風の中にモビルスーツは見えなくなった。塵煙が収まって確かめると、あとに、全身が毛皮に覆われた体長二メートルあまりの類人猿の死骸が見つかった。怪物は牙をむき出し、凄まじい形相で死んでいた。
野生動物とモビルスーツとは往々にして誤認されるものである。ジオン軍の地球侵攻以来、数十年にわたって、地球に怪モビルスーツ出没の噂が広まる一方、野生のゴリラやウェンディゴが目撃されたとき、それらがモビルスーツと誤認されていた可能性がある。(宇宙世紀〇〇九〇年頃)
「救世軍」とは説話に登場する地球上を遍歴する騎士のような武装集団をいう。ジオン軍残党を救世軍として語ることもある。
ある若者が地球連邦軍の基地の近くを通りかかると、塀の隙間から偶然に、軍の新型モビルスーツの姿が見えた。モビルスーツの見事な造型は装甲を貫いて輝き出すかに見え、若者は以来、モビルスーツに対して抑えがたい思いを抱くようになった。悶々として夜も眠れぬ日々が何週間も続いたあと、若者はすっかりやつれ果ててしまい、このまま死ぬのならいっそのこと、軍に入隊して、少しでもモビルスーツの近くで死のうと思い、志願の手続に及んだ。前世に奇縁があったのか、若者の少なからずニュータイプ的な素質はニタ研の目に留まり、やがて基地内の研究所で特別な訓練を受ける身分になった。
若者はサイコミュを使った機械操作に抜群の成績を挙げた。胸の裡なる思いはひた隠しにして訓練に励んでいたが、ついに念願の新型モビルスーツの実機試験におけるパイロット候補になると、もはや情念は留めようがないほどに高まった。その夜、若者は格納庫に忍び込むと、静かに待機しているモビルスーツの膝元に近づき、夢に見たあの美しい機体をひとしきり存分に堪能した。そして、コックピットに這い入っていった。翌朝には、新型モビルスーツが格納庫内で無惨なまでに穢されているのが知られることとなったが、パイロット候補の若者の姿は、どこにもなく、コックピットにはただ得体のしれない白いどろどろの粘性体がわだかまっているのが発見されたばかりだった。(宇宙世紀〇〇九〇年頃)
地球帰還作戦の始まったころ、ようやく始まった会談の場のこと。月の里の人々が待っていると、地球代表の人達が威儀を正して続々と入ってきてテーブルについた。そのあとから、月の女王そっくりな娘が入ってきて書記の席についた。月の人々はわが目を疑った。地球の侯爵がおもむろに挨拶を始めたが、月の執政官と、親衛隊長には耳に入ってくる言葉も上の空に聴こえた。執政官の身の震えは言葉にはならないが、その呻きを聴けば言わんとするところは同じである。隊長もまた信じがたい思いでいる。
どんな高速の宇宙艇をもっても、今この場にいるのは女王その人ではありえない。隊長の思考はあらゆる可能性を駆け巡り、ありうべからざる可能性におののく。彼らの齢よりも長く生きながら、うら若く乙女の面持ちを失わぬ女王は、稀にとんでもない羽目外しをされることもあった。今度も、月の宮殿の盛大な鼓舞激励のうえ艦隊を送り出しておいて、自分は一人先回りする……。 思えば思い当たる節はある。月の民にとって永年を費したはずの作戦も、女王にとっては大きな一つの冗談であったのかもしれなかった。騒動の種を蒔いておきながら、自分は後の混乱を思いつつ玉座で澄ましていたのかもしれない。仕掛けは後に明らかになり、その間の全ては執政官と隊長の気苦労であったことでも、コロコロと笑っているかのようなあの顔、御声がよみがえれば、男達の右往左往するわだかまりなどは一蹴されよう。 女王は時としてそんな悪戯っぽいお茶目をする方ではあるが、場合が場合である。まさか御本人ではあるまいし、お連れした覚えはないが、と、隊長も執政官も思いはいっとき惑乱する。
タヌキではないのか、と執政官が低く呟いた。タヌキ? 隊長は、暫時我に返った心地で訊き返している。地球にはいるのだろう? タヌキ。と執政官はくり返した。タヌキか……。 月の里に伝わる地球の民話にも、ある軍曹が胆だめしにタヌキの出るときく山中に入り、白いモビルスーツに化かされるという伝説がある。が、それは子供のおとぎ話である。 隊長は、執政官は真顔で冗談を言っていると思ったが、執政官はそんな隊長にちらと目をやったのみで、その話はそれきりやめてしまったから、隊長には、執政官が本気でどうかしたのかはわからなかった。
そのむかし、その頃にこうした不思議は珍しいことではない。女王タヌキ説を信じる者はいないが、地球のタヌキは人を化かす言説は帰還民の間に広まった。 現実に、今も伝わるディアナのキエルや、ローラだロランだの中に本物のシェイプシフターが混じってもわかるものだろうか。月の民は未知の空気に幻想物質がまじっているような当時の地球を楽しんだものだ。(正暦)
「地球を楽しむ」か。
お前たちは地球を楽しめ!と叫んだキア隊長の言葉を受けてジット団は地球に到達したが、生き残り帰化できたクンやローゼンタールにとって、地球での暮らしは一生涯の間は驚きの連続、幻想現実のようだろう。それを当たり前に生き始めるのはジュニアの世代になる。
アニメでこのシーンにいるのってミランでなくフィルだったように思い出したが、まあ直すようなことでもない。 この経緯は、ジークアクス→劇場版∀「地球光・月光蝶」の間の思案から。
サイド七にある連邦軍の基地に、十七歳くらいの男の子が連れられてきた。カミーユ・ビダンという名まえがフェラリオに似ていたので逮捕されたのである。少年の住む地区では美貌で知られ、学校でも優秀な有名な子だった。尋問のあいだ、上品に大人しく座っているだけで人を胸騒ぐような気持ちにさせるカミーユの物腰に憲兵も落ち着かず、容疑は不問にして早く帰してしまおうと思っていた。
そこに、基地で研究中のガンダムが酔った足取りで倒れ込んできた。軍の人々は、大型のガンダムがまるで飼い主にじゃれつく猫のようにカミーユのまえにひざまずき、自分からコクピットを開くのを見た。少年を懐に抱き入れたガンダムは官能におののくようしばらく震え、立ち上がると、宇宙(そら)から迎えにきた赤と黒の三人のリックドムをしたがえてサイド七を立ち去っていった。
ジオン軍のアーガマに着くと、カミーユを迎え入れたその船の船長や、砲手や、甲板の水夫たちも次第に不思議な気分をおぼえるようになった。そこにカミーユがぼうっと立っているだけで男女の士官達の関係も乱れていくかのような、軍事作戦中に士気への影響を察したのはもと連邦軍のエマ・シーン中尉だけだった。中尉はカミーユを船内の人けのない通路に連れていき、壁際に押しやって厳しく問い詰めようとした。そんなにされても、少年はきらりと濡れる目で中尉を見、微笑んでいた。 (このこは危険だ) 思っても、その笑顔を向けられるともう駄目な自分を、自覚して、反射的に引っぱたく。
夜の海辺に来た若者が波の寄せる岩場を伝っていくと、突端の大岩に腰かけて海を見ている人影に気づいた。星明かりのシルエットに見えるそれは若い娘のように思えた。若者が相手を驚かさないよう、やや離れて手元のランプを灯すと、光に浮かび上がるように彼女が振り返った。
驚かされたのは彼のほうだったかもしれない。若者は、それほど美しい変異(ムタチオン)の少女を見たことがなかった。淡い光の中にもはっきりとわかる、鮮やかな緑色の髪が流れ落ちる。異様に色のない肌は死人のようだった。ぬめるほど黒い双眸が彼をとらえ、身をひねらすように振り向いた彼女の、胸から腰にぴったりと合うドレスの下に見せる豊かな体つきに若者の目は吸いつけられ、離せなくなった。
愚かなほどどぎまぎし、夜の挨拶と、かろうじて自分の名を告げる若者に、娘のほうはメロウと答えて、アイルランドの者です、と付け足した。聞き慣れぬ土地について首をひねる彼に、彼女の口から、アイルランドは地球にある丘のことだと聞かされれば、びっくりしてあらためて見つめ返さざるをえない。
太陽放射線の影響による変異には精神に異常を伴って生まれるものも少なくない。地球のアイルランドにあるクスタンガの丘から掟に背いて抜け出したという彼女の、今こうして海辺に座っているのは――この金星の海にいるのは、宇宙にある海の夢というものを見てみたかったのだと、つたない言葉で聞き取っていくには時間がかかった。どうして、と呟く彼に彼女は初めて笑顔を見せた。好奇心に逆らえない、自堕落なメロウだったから。
メロウは岩場を降りて水辺に立つと、あっけなく身を投げて波間に入った。ぱちゃぱちゃと泳ぎ回ってみせては、伸ばした腕、両脇から、しなやかな全身をつま先まで露わにした。そのあと、深く水に潜って上がってこなくなった。しばらくして浮かんできた彼女は、見守る彼の側まで泳ぎ着き、肩まで覗くと、てのひらを開いて、ほら水かき、と見せた。若者は唸ってしまい、あとは感心するばかりになった。
それからしばらくの間、若者は毎晩海辺にきてメロウと会うようになった。キスも二、三回した。メロウの唇は潮っ気がして苦く、彼女の水かきのある指を彼の指に絡めて、岩場に押し付けるように体を重ねた。シャツ越しに合わされる体の感覚も、肌のひややかさも彼を魅了した。唇が離れると、陶酔してため息をつく彼にメロウは息を吹きかけ、すぐに離れていった。
ある晩のこと、若者はメロウのためにプレゼントを携えてきた。メロウには見慣れないその物体は、彼によると、女の子が何が欲しそうかなんてわからないし……水かきに指輪や、重ったるいアクセサリはきみに似合いそうにないからという。
ということで、若者は環境探査用アシスタントロボットの説明をした。それは球型のコンパニオンで、持ち主に忠実に付いていき、大抵なんの役にも立つ。こいつは海中仕様だから、きみの邪魔にならないと思うよ。金星の海を案内してくれる。体重計にもなるような説明はしなかった。
どうしてくれるの? とメロウが訊ねた。若者は答えて言った。金星圏のスペース・コロニーも建造されてすでに千年を数える。この人工の海にもそろそろ妖精の一人や二人、住んでもいい頃さ。
メロウは嬉しそうに眺めて、ハロウ、ハロビィ、と爪先でそれをつついた。ハロビィはピピッと答えてセンサーを点滅させた。やがてメロウはハロビィを両手に抱き上げると、地球に帰る、と言った。
――どうして。 ――これを貰ったから。
ハロビィを抱いたメロウは、もう水際に向かって歩き出していた。若者は咄嗟に言うことが思いつけなくて、
――地球はそっちじゃないよ。 ――いいのよ。 一度振り向いたメロウは印象的な笑顔を残し、それっきり海に沈んでしまった。
若者はそれから、ビーナス・ライブラリでアイルランドのことをたくさん知った。夜の海辺を訪れ、遠い地球のことをくり返し想像したが、地球へ行く道のことは、ついに見つからなかった。 (リギルド・センチュリー)
「リーンの翼」対読から。6/4章。
この話の原型が保管してあった。10年以上前にツイッターで書いたもの。
これは妖精の妻が、ぶったり罵ったり別れの理由になることは何もしてはいないのに、話の外で「やはり帰っていく」という不条理のもの。「やはり」というからには、それが物語の型だからと言わんばかりの。男の方も死んだ理由はない。文体を選べば、それも笑い草に落ちないで書けるというその頃の関心だった。今するなら、上のほうが好き。
富野本の舐めレコの中にエーコ『薔薇の名前』(1980)が引いてあって、まず「全く理解できない」「Gレコとは一切関係ない」と先に断って話をするいかがわしい富野調で始まる。無関係の本の中でお勧めはするが、矛盾はしていないつもり、という。
今それとも直接ではないが、わたしはたまたま昨年、堀田善衛『路上の人』(1985)を再読していて上のストーリーとどうしても連想はした。両方の中にある、アリストテレスの逸失した喜劇論(詩論)や、「笑いは禁忌である」という中世の考え方を引いておいて、富野文では「とんでもない考え方」という言い方をする。
「笑いを禁じる」というと、現代日本一般の読者は即座に反応して、大ブーイングをするのは間違いない。とんでもないことだ!という、そんな当たり前の同意・共感なんかは今ここでしないが、そんな「とんでもなさ」については、この同じGレコ本の後章「ユーモア感覚の醸成」の中に、
ユーモアを〝笑い〟と捉えた瞬間に、失格である。
ユーモアはユーモアである。ここでとんでもないことを言っています。どういうことなの? とは、本文を読んでもやはり分からないと思うが、これはわたしに読んでみる価値がある。らしい。
衛星軌道から降りてきたばかりの若いベスパ隊員が仲間とともにハンティングに励んでいた。その日は一六〇〇キロを飛んでヨーロッパの街々を焼き、機銃攻撃で地球人をハントした数を仲間と競っていた。狩りのさなか、大きな白いモビルスーツを追った若者はいつしか仲間のベスパ達とはぐれ、北ヨーロッパの原野深くに入り込んでいった。
白いモビルスーツは金色の角を振り立て、追う若者の視界の先を、遠く近く、切れぎれの雲間に見え隠れしながら飛んだ。何度かの銃撃を浴びせたものの、モビルスーツは深傷を負った脚を引きずりながら、山脈を越えてどこまでも逃げていくのだった。やがて日が暮れていき、不毛な追撃にも疲れた若者がふと辺りを見回せば、見も知らぬ惑星の沼地で一人、孤立している自分に気づいた。
宇宙の民にとって荒廃した地球上の地理の知識は皆無に等しい。若者のモビルスーツの燃料は残り少なく、迫ってくる夜を過ごす場所も知らなかった。地球人の一挙撲滅を掲げているベスパは、ハンティングの際も老人にも子供にも容赦がないので他のマンハンター達から嫌われていた。近在のマハに連絡もつかず困窮しているところ、前方の岸辺に、灯火の光が見える。中世の砦跡らしき石積の城のようで、近づくにつれ、人々の宴支度の物音が聞こえてきた。
巨木そのものに見える門柱にモビルスーツを繋ぎ、若者は砦の入口に立って案内と一夜の宿を乞うた。迎え入れた砦の人々は前世紀の地球民族に似た古めかしい衣裳をまとい、長い髪を束ねて髭を伸ばした、見たかんじケルト人に似ていた。宴の席では豊富な肉の量と酒の量に驚かされた。歓待づくしの後、しばらくあって姿を見せた砦の主は白皙の壮漢で、金色の眉と頬髭には風格があった。
主の語りだす昔語りによれば、リガ・ミリティアは代々地球上に住み、この北ヨーロッパの地で抵抗運動をしてきた。近頃になってベスパがやって来ると、仲間達は次々に狩られて数を減らし、今ではこの古城の一族だけが生き残り、抵抗運動を続けているという。主が席を立つとき、若者は、彼が片脚を引きずって歩き、白いモビルスーツと同じ処に傷を負っていることに気づいた。
翌朝には若者は砦を発って、モビルスーツのヘリコプタ能力でなんとか飛行を保って帰路を辿った。別れ際に短い挨拶だけを交わした、砦に住む美しいリガ・ミリティアの娘の面影が目裏に残っていた。基地に帰ると、仲間のベスパ達は彼の報告を信じず、地球上のリガ・ミリティアはずっと昔に滅んでしまったと笑うばかりだった。ハンターによる上空からの探索が何度か行われたが、砦の場所はその後も結局見つからなかった。ベスパ隊員の若者はやがてハンティングにも飽き、仲間と別れて一人宇宙へ帰っていった。(宇宙世紀二〇〇年頃、地球)
サイド六の学校に通う中学生の一行がスペース・コロニーの気象制御機器の見学に出かけた。円筒コロニーの大気循環を補っている送風機の偉容を点検通路から見上げる見学者のうち、一人の少女が奇妙なものに気づいた。
手すりの向こうに見ているものは、数百メートル離れた空隙の彼方にあって回転を続ける巨大な送気ファンとその補助機器群である。その一つが、少女の目にはどうやら、膝を抱えてうずくまる大きな人型に見えてきたようだった。空想的で、他愛のないことながら、彼女はその印象を手早くスケッチに留め、帰宅して後も、紙片を取り出してとりとめない想像を重ねていた。
その夜の夢に、空調機から少女へのメッセージが届いた。それによると、機械はかつて宇宙戦争の頃にスペース・コロニーに運び込まれた秘密兵器の一種であり、現在は空調機に偽装しているものの、本来の姿を表せば全長一〇〇メートルに及ぶ巨大なモビルスーツになる。作戦は決行されぬままに現在も空調機として過ごしている彼は、年月を経て初めて彼の存在に気づいた彼女に、サイコミュ的な感応を通じてこうして呼びかけているのである。
夢を通じて、空調機と少女との不思議な感応対話は数年間続いた。高校を卒業するまえに、少女は空調機の気持ちを励まし、空調機として今まで出来なかったこと、してみたいことをしてみるよう勧めてみた。
夢の便りはそれからやや間があって、最後に届いたメッセージは、コロニーを離脱した空調機は尚、健在にして、現在は太陽系を後に別の恒星を目指す旅路への加速中とのことである。夢の交流で得た精神波の記憶と生体パターンを次の星へと携えていくのだという。
スペース・コロニーに住んでいる学生が、ある夏の休日、することがなくて部屋で自然動画を巡回して暇を潰していた。ふと目をやったとき、デスクの上に乗っている小さな黒いものに気づいた。それが鳴き出す前に、それに目をやっていたが、それが何かに気づく前にそれが鳴き始めた。
知らない間に机にコオロギがいたら、それが突然鳴き出したらびっくりして椅子から転げそうになる。でも落ち着いて見てみれば、そのリアクションをするほど危険なものかは怪しかった。あらためて見返すなら、怪しいことは怪しい。
スペース・コロニーでは生物の持ち込みは厳格に規制されている。勝手に増える動植物や病気を持ち込むものは宇宙港の水際で差し止めるのが当たり前である。建設年代の古いサイドでは蜘蛛の巣ひとつ見られないのが宇宙生活者の身の回りであった。現在の新興サイドの規律では、人の生活圏内にそれほど何もいないわけでもないが、やはり動物といえば動物園か牧場、魚や海棲生物は水族館、昆虫は昆虫館でしか見たことがない。
コオロギはコオロギであることは、調べればわかる。マンションの同じ棟の、どこかの家から逃げ出したペットだろうか。顔を近づけて見れば見るほど、精巧なロボット(バグ)ともホログラフとも見えず、本物の昆虫(バグ)ならきっと不法なものだとは思ったが、ともかくも見ている間は目が離せず、夢中になっていた。虫は翅を震わせて一心に音を立てている。そっと手を寄せてやれば飛んで逃げることもなさそうなので、ひとまずは手近にあるアクセサリ用の工具箱を開けて、閉じ込めてやる。
箱に入っても虫は怯える様子もなく、その夜はそこを虫の居場所にしてやった。ベッドに入る頃になっても、時折に鳴き出す音にはかなりのボリュームがあって、うるさくて寝れないくらい。さいわい部屋は防音がしっかりしていて周囲には漏れないで済みそうだ。虫のことはまた明日考えることにする。
隠して飼い始めてみると、わりと容易い隠蔽環境ではあった。虫に与える餌と水は家にあるもので適当にまかなった。食べているところを見ていればフンもするが、ピンセットで摘み出すのにさほど嫌悪も覚えないことに気づく。生きものには原理原則のことである。たまに、ノックなしに母親が部屋のドアを開けることがあるが、自分が学校に行っている間は、昼間は母親も仕事に出ているので、そんなに心配するほどでもなさそうな家族である。
日に日は過ぎて、スペース・コロニーの秋の季節が進み、やがては冬が迫る頃になる。小泉八雲のエッセイによると虫も大切に飼えば真冬まで生きていることがあるという。生きてはいても、やがていつかは、虫も死なないということはない。その頃にはきっと、自分はその虫のことを好きになっているだろうと思えたが、愛しているかまではわからないことだ。
鳴き声を立てているコオロギはオス。その鳴くのはメスを求めて鳴いているのだろうが、求めるメスはこのスペース・コロニーの周りの宇宙空間にはいないので、そんな虫の境遇はひどく孤独なものである。そんな虫を生かしてやりもせず、死なせもせずに、箱に閉じ込めて飼っているのはよくよく身勝手なことであろうと思う。降って湧いたように転がり込んだこのものをどうしたらいいのだろうと思いながら続く夜々を楽しんだ。
エンジェル・ハイロゥが分解して外宇宙に向かって加速を始めた頃のこと。ダルマシアン艦の艦橋でムッターマ将軍が目を覚ますと、艦は、破断した巨大なリング・スクラップの壁上に固縛したように取り込まれ、今まさに戦闘空域を離れつつあった。半壊した艦の窓から見る銀河は、ぐんぐんと迫ってくるかのように見え、それは前代未聞の光景だった。今は亡き、将軍の生涯の盟友であったカガチ宰相に語りかけるようにしながら、 ――しかし、いずれにせよ、先に待つのは凍死か、窒息死か―― それは皮肉なことだなと将軍は呟いていた。
第二艦橋に横たわる将兵のうちの青年士官が、そんなムッターマ将軍の様子を見ていた。彼の意識ももはや朦朧としていくそのとき、艦橋に一人の女が入ってきた。司令室の戸がするすると引き開けられ、入ってきた若い女は、白装束をなびかせながら各席のコンソール上を流れていった。見ていると、白い衣裳の女はムッターマ将軍のヘルメットに額をつけ、何事か話しかけている様子だった。ヘルメットを手放すと、やがて将軍のノーマルスーツが力なく浮き上がり、無重力に漂い出した。女が振り向き、次には彼の方へ近づいてきた。
彼のヘルメットを抱くようにして、女の顔が間近に来ると、額をこつんと当てた音がし、接触回線で聞こえるな、と女の声が聴こえた。とても美しい、ぞっとするほどの瞳とその声で、女は、――おまえはまだ若く、美しい男ゆえ、いまは命は取らないでおく。このエンジェル・スクラップが別の銀河にたどり着いたとき、かの世界で、もしも私のことを誰かに話したらそのときは命はないぞ。――と、生真面目なかおで、それだけ言うと、女は薄っすら微笑んで、東洋風のドレスの裾を曳きながら司令室を後退りし、開いている戸から出ていった。
気温は下がっていき、司令室内の辺りは一面に霜が降りたか、雪が降ったかのように白く凍っていた。青年は、自分はそんな場でひどく場違いな幻想を見たように思ったが、ここはいまだエンジェル・ハイロゥのサイコミュの影響下の空間なのである。
ダルマシアン艦を取り込んだスクラップはサイド四の空域を離脱し、このまま加速し続ければやがては光速に達するのではないかとさえ思われる。リングの自転に乗る艦橋からは、既に地球を見ることはできない。地球光を見失い、あの太陽をも失えば、あとはただ落ちて行く。地球というただ一つの星を離れては、宇宙の闇の深奥は有機体の経験しうる涯て、絶対の孤独。宇宙で待つのはただ死だと青年は学んだ。
にもかかわらず。――青年は天測を諦め、代わりに皮肉な笑みの浮かぶのを覚えている。――あらゆる自然の結末は、死だが、だがそれにもかかわらず、まだここでは、われわれは死にゆく運命ではないのかもしれぬ。皮肉にも幾人かは生き延びて、未知の世界にまで行き着くことがあるなら、人はまだ死にゆく運命にないのならば、なお生きてなすべきこともあるかもしれない。
だが、それは、また別の物語である。 (〇一五〇年代頃)
シャアの隕石が地球に迫っていたとき、大勢のモビルスーツが隕石に体当たりし、各々に推力を全開して落下角度を変えようとして競った。その中に剛力無双のギラ・ドーガがいた。高慢で妬み心の深いドーガは、おのれに劣るモビルスーツ達が果敢に隕石に挑むのを見ては罵り、その努力を嘲笑っていた。摩擦熱に燃える隕石の面に非力なジェガン達が集まって憤怒となり、オーバーロードで真っ白になっても隕石は小揺るぎもしないでいる処にドーガは乱暴に割り込むと、岩盤に肩を打ち付けてひとつ気合いをやればたちまち隕石が左右に揺れ出したので、狼狽したジェガン達が一度に何人も弾き飛ばされた。
この混乱に怒ったアムロ・レイがガンダムの怒髪を逆立て、反対側から押し返すと、ドーガはさらに嵩にかかって隕石を揺らし、隕石を挟んで超人的な格闘が続いた後、アムロの気合いがついにドーガを跳ね返し、ドーガは岩面を転げ落ちていった。ドーガはアムロの苦行の成果を試さんと現れたシバ神の化身であった。(〇〇九〇年代)
シャアの隕石が落下を始めたとき、その場に集まった命知らずのパイロット達が一丸となって隕石に体当たりし食い止めようとした。静止衛星軌道上の艦隊から急発進してきたジェガンの一人が駆けつけると、隕石の地球側の面は今しも数十のモビルスーツ達の全力全開のスラスター噴射炎が光の柱となって立ち昇り、その閃光の一つ一つに命が燃えんとする光景に身震いするばかりである。 ――かくては遅れてならじ ジェガンのコクピットでパイロットの大尉は、おのれも瞬時に決意を固めると、遠路に用いた増槽を切り離すや、視界いっぱいに壁となってそびえる岩盤に向かって機体ごと一散にぶち当たり、がっしとばかりに取り付いて、後は構えて噴射に取り掛かった。
全パワーを解放したときのモビルスーツの推力がどれほど凄まじいものでも、地球に向けて突き進む隕石はあまりに巨大であり、無謀きわまる挑戦を敢行するこの場のパイロット達は皆一様に捨て身、命などは捨ててかかっている。モニターの周囲は白熱し、ジェガンを操る大尉も我武者羅の心境であったこのとき、ふと、機外からほとほとと戸を叩く音がする。激震するコクピットでは錯覚かと聞き過ごしたが、するうちにまた、ほとほとと音が聞こえる。意識ではありえないと感じながらとっさにハッチを緊急開放すると、黒い宇宙服が滑り込んできた。開放時間は数秒となく、ほんの一瞬の差でコックピット内も危険なこの場合だった。
自分の行動と、その瞬間目の当たりに直視した隕石の様相に慄然とする一方、大尉の目の前でヘルメットを脱ぐ正体不明の人物に唖然となりながら、室内環境の維持と機体の姿勢保持にかまけて目を奪われているわけにもいかない。あんたは誰でどこから来たのかと早口に訊ねる大尉に、女は物憂げに微笑しながら、以前にお世話になった者です、と言った。
答えもなかばに機体の震動が強まり、浮き上がる彼女の身体を抱き支えると、この異常な場合にもかかわらず、彼女の髪の香と体臭にくらくらとするものを覚えた。とにかく座ってろと指示された女はシート脇にしどけなく身を沈めて、黒貂のパイロットスーツのジッパーを胸元まで下ろした。大尉はちらと目をやり、目のやり場に悩んだが、事態は考える暇も許さず、今はジェガンの操縦にだけ集中しようとする。
操縦桿の上の彼の手に女の手が添えて重ねられた。目の前は灼熱する岩の壁、足下はまばゆい地球の昼の面がしだいに夜に移っていく。コックピットの隣には誰ともしらぬセクシーな美女が寄り添っている現実は、大尉には現実と思えず、自分の頭は完璧にどうかしたと考えていた。とにかくも恐怖心はなく、重ねられる手の感覚にはわけはわからないながらに心強いものを感じ、心なしかジェガンの推力も強まった。
その甲斐あってか無事に隕石阻止がすみ、事態が収まった後、漂流するジェガンの機内で大尉が正気づいたときには、彼女の姿はそこになく、ただその居たあたりが海水で濡れているだけだった。
生還して後に語るところでは、大尉は少年時分に入隊して以来モビルスーツ一筋で、異性と付き合ったことは一度もないとは自ら断言できる。ひとつ思い当たることといえば、地球で北海に勤務したとき流氷上で怪我した一頭のアザラシを救助したことがある。そのときに見た野生動物のつぶらな目は、確かに彼女のまなざしに似ていたと談話した。
シャアの反乱のときにはその場に働いたサイコミュの影響で多くのパイロットが幻覚を見たり、記憶に混乱を残したりした。彼らは人の心の光を見たといい、中にはコックピットで懐かしい家族に会ったり、死者と会話したという者も少なくないが、人間ならぬ動物も地球の危機に駆けつけたとの報告はめずらしい。
三人のリックドムが宇宙を走っていた。チームは突撃兵の古参で「三連の黒星」の異名をもち、ルウム以来たびたびの合戦場に臨みながら生き残り黒星を重ねることで知られていた。卓越したドム使いとして、敵のみか味方のジオンにも恐れられた。
三人のドムが通りかかると、水平線に地球軍の船が遊弋しているのを見つけた。スフィンクスめいた複雑な船体構造が奇怪な、白い船だった。高い艦橋を誇示するようにそびやかし、両翼を宇宙にへんぽんと靡かせる様子が小癪だったので、ドムのかしらは「あれをやるぞ」と即決した。
ミノフスキー干渉の水面下に頭まで沈め、ドム達は息を潜めて近寄った。二〇キロ……一五キロ。まだ気づかれてはいまい。盗人のようにほくそ笑み、かしらは肩にジャイアント大砲を担ぎ、構える。一二キロ……一〇キロ。大砲には一撃で巡洋艦を撃沈する核爆弾が入っている。照準をぴたりと合わせたそのとき、木馬のサーチがぱっと灯り、宇宙を薙ぐように左右に照らした。光の中にたたずんで、甲板上の人影が見えた。白いモビルスーツは無関心に咳払いをしたようだった。先陣を受け持つドムが(オルテガだ)狂乱して対空砲火の中に突入した。第二のドムは(マッシュだ)愚かにも反転して逃げ出そうとした。かしらのドムは素早く決心を固め、太陽に向かって飛び降りていた。今も落下し続けている。
高校生のアマテがサイド六にいた。昼間は学校に通いながら、夜はモビルスーツバトルに手を染めている邪悪な女子だった。アマテの腕前は並大抵ではなかった。アマテはガンダムを持っていて、アマテが狩る相手もガンダムに限り、それもニュータイプの、美少年か美少女に限るといわれていた。ジオン軍のシャリア・ブルがアマテを訪ねてきたとき、彼が示した報酬はむろん、金銭ではなかった。軍が捕らえている難民の少女はアマテのすこぶる好みで、絶望して泣き叫ぶ姿はアマテの欲望をそそった。
夜になり、母親の就寝を確かめると、普段は巧妙に隠してあるガンダムを取り出し、アマテは家を抜け出した。赤いガンダムが棲むという地下への道には、コロニー自警軍が厳しく目を光らせているが、アマテの身のこなしは巧みで警戒線にかかることはなかった。一度、警官のザクが追ってきて彼女に掴みかかったが、ガンダムの肩はすべすべして簡単にすり抜けてしまった。
地下の世界に降るほど、時刻は深まり、夜は更けていった。最後のハッチのロックを開くと足元に星々が広がった。そこには宇宙空間が描き込まれており、太陽と、地球と月と、無限遠に散らばる無数の星の一つ一つが、巨万の富を生む宝石に値した。だが、アマテは欺かれなかった。アマテの脳裡にはひたすら、難民の娘を好きにしていいこと、このあとで彼女を弄ぶ残忍な遊戯のことしかなかったし、この宇宙のどこかで、これらの星を描いているだろう赤いガンダムのことを思うと、身震いしたが、恐怖は感じなかった。今頃はシャリア・ブルは憂悶に身を揉んでいることだろう。母親は何も知らずベッドで眠っているはず。赤いガンダムはこちらに背を向け、今、一心に宇宙に星を描いている。音もなく息を殺して、アマテはその後ろから忍んでいった。彼の首に斧の刃を当て、無慈悲に、一息に引き切る。
首を抱えて地上への道を急ぐ間、アマテはあえて彼の顔を見ようとはしなかった。アマテはそれほど迂闊ではなかった。エアロックのハッチが閉じると、サイコミュが悲しい歌を歌いだした。心の耳を塞いで進んでいき、動き出したエレベータの壁にもたれかかると、首から滴る赤いガンダムの血が床に広がった。血だまりからは再び星々がきらめき、そこから新たに宇宙が描かれていくようだった。心の目も塞いで歩いていくのは次第につらくなり、ガンダムは何度もつまづいた。ついに立てなくなったとき、アマテはやっと目を開いて彼の顔を見た。シャロンの薔薇の祝婚歌が、再び耳にもどってきた。
消息不明になったアマテの母親は悲しみ、シャリア・ブルの憂鬱は止まない。軟禁された少女は今も部屋で自習を強いられながらジオン大学への進学を夢見ている。きっとまた会えるとガンダムは言っている。アマテは邪悪な女子だったが、また同じ頃に宇宙に暮らす大勢の女子の中でとりわけて邪悪というほどでもなかった。
ジオン戦争のあと、スペース・コロニーの街々に不思議な少年が現れた。襤褸のような衣をまとって歩く薄汚い風体は戦争難民と思われたから、人は皆避けて通るところ、少年は身軽な身のこなしで道から塀、街灯にまで飛び移り、あっけに取られる人々を見下ろして笑うのだった。
民家や飲食店から食物を盗んだり、あとに汚物を残していくといった苦情が積もり、やがて自警軍の警官に追われることになったが、少年は街路を巧みに逃げ回った。地下道に潜ってしまうと、コロニーの地下に巡る整備通路の網の目の隅々まで知り尽くしていて手に負えなかった。軍のザクが大勢出動した捕物の末、ついに捕らえられてみると、難民の少年と思われていたのは野生のニホンザルであった。
スペース・コロニーに動物の種類は少なく、コロニーの日系コミュニティの人々の中にも野生のニホンザルを見たことのある人はその頃ほとんどいなかった。地球に棲むはずのサルがどうしてコロニーに紛れこんでいたのか、コロニー外壁の真空にまで飛び出していってどうして平気だったのか、そうしたことは、捕らえたところで皆わからなかった。 (サイド六、〇〇八〇年代)
山あいの村に住む兄妹がいた。幼い妹は体が弱く病気がちで、命はもう長いことはないのだった。だから、兄は妹の望むことはなんでも叶えてやったし、叶えてやろうとしていた。
ある秋の日、妹が兄に「秋になるとどうして悲しい気持ちになるのか」と訊ねた。妹の物思いにいつも努力して付き合ってやる兄は、他愛ない質問にも頭をひねって、日が傾くのが早くて空に金色の光を投げかける時間が長いから……とか、草木が一斉に色を変え 簡単には言い表しがたいグラデーションの印象……、朝夕の寒々とした空気の肌触り……、やがて冬の訪れの予感……など、思いつく言葉をあたまの中で挙げてみたが、どれも秋の悲しい理由を言い当てているとは思えなかった。
妹は、とりとめない自分の気持ちを傍で兄に聞いてほしかったのだけれど、兄は、そんな妹に「悲しいことなどないのだ」と言いたかった。だから、秋の悲しさのわけを探しに出かけた。妹のための答えを考えながら、少年が怒ったような顔をして歩いていくと、集落の外れで小さなフェラリオに出会った。フェラリオは道ばたの境界石に腰かけていた。フェラリオは今も北ヨーロッパ地区に多く住んでいるが、子供にしか見えない。
フェラリオは思い詰めたようすの子供に訊ねてわけを聞き、秋になると悲しくなる理由については、ハンターにきけと言った。言うとたちまちフェラリオは姿を消した。あやふやなことを言って気まぐれに消えてしまうところも子供にしか見えなかった。
若い頃に地球に来たというマハの老人は、特別区で狩れるものは狩り尽くしてしまい、今は秋の山で紅葉を狩ることだけを生きがいにしている。少年の質問に答え、山脈を越えてゆく渡り鳥達も、冬毛に替わるうさぎやキツネも、啼く鹿も、秋が運んでくる悲しさのわけは知らない。さあ行け。藪に伏せているバグに気をつけて帰るがいい。ハンターの思わせぶりな言い方が少年は気になった。木の枝をとって道々に藪をかき分けていくと、やがて、地面に半ば埋もれ、ぎざぎざして突き出している岩にそっくりに身を変えたバグを見出した。バグは何百年も前からここに潜伏しているが、秋ごとにくり返す悲しさの理由は知らない。理由があるものなら、機械としても知りたいものだと言った。山に住むものでバグより長く生きているのは、ドラゴであろう。
宇宙戦争の時代に降ったエンジェルの残骸には、今もそこを巣穴に逼塞する竜に似た獰猛なモビルスーツの強獣がいてドラゴ・ゴトラとかドラゴラーと呼ばれている。ドラゴは、やはり秋の悲しいわけは知らないが、そのことは聖カテジナが詳しいと教えた。秋の悲しさをたずねて旅する聖カテジナは、今時分はきっと近くのウーイッグあたりに来る頃だ。
午後の日射しがきらめくうちに街に近づくと、ちょうど向こうから、古びたワッパに乗った聖カテジナがやってくるところだった。少年は彼女に挨拶し、秋になるとなぜ悲しい気持ちになるんですかと訊ねた。聖女に伴われて集落に帰ると、家では幼い妹が息を引き取ったところで、ベッドのそばには母親が顔を伏せており、父親は妻の側に添いながら、少年の帰りを待っていた。
聖カテジナは家を離れて、山のドラゴのところへいき、そこに棲む荒ぶる竜を慰めた。そして、バグの鋸状の嘆きを収めさせ、ハンターの陰鬱な思い出を終わらせてやった。夜も更けてから元の村に戻ると、少年の家の戸口に佇んでいるフェラリオに微笑みかけた。この盲目の聖女には、子供にしか見えないフェラリオの姿がはっきりと見えるのだった。ベッドでは、少年は自分を責めるのにも疲れ、ようやく眠りについたところだった。
クロスボーンの時代に登場したという自動兵器バグは、無差別で非人道な虐殺兵器として忌み嫌われながらも後の時代まで複数の組織によって使われ続けた。バグの種類にも形態や用途のバリエーションが生じたことはわかっているが、バグの歴史はモビルスーツのそれよりも実態の明らかでない黒歴史でしかない。
潜伏型バグは一般に「バグのイメージ」として描かれる大規模一斉殺戮でなく、暗殺または地域の社会不安の醸成を目的に散布される。比較的小型で隠密性にすぐれ、長期間にわたって稼働でき、土中に埋伏するか、自然物や身近な生活機器、玩具等に擬態することでも人目をあざむく。潜伏型の特徴として瞬間的に多人数の殺傷は期待せず、少数を継続的に殺傷し続ける。
潜伏(アンブッシュ)バグは眼前に標的となる人間を発見しても必ず襲いかかるとはかぎらない。無作為な殺意には「この者を殺す」「この者は殺さない」という選別基準ははっきりしない。その場に惨死体以外の痕跡を残さず、一度の殺害を行うと移動し、再び次の殺害までの潜伏期間は数年から数十年に及ぶ。動機も規則性も確かでない犯行は地域の警察組織には対応が難しく、存在自体が認識されないまま散布から幾世紀を経て活動しているバグは猛獣とも、古来その地に棲む妖怪のような恐怖伝説とも化す。
古典SFでいうメンシェンイェーガーと化しているバグのこと。
鉄仮面カロッゾは当時の地球圏の人口を火急に削減しなければならない課題のためにバグを用いた。その思想から派生した潜伏型バグの一体は、稼働してのち五百年間にわたる潜伏の間、機械的無作為に十七人を粛清した。
平均して三十年に一人の間隔で淡々と殺し続ける行為は、その間の人口増加に較べればきっと微々たる戦果で粛清の大目標には一見して寄与しないが、未来にわたり恒久的に人類に災いをなし続ける意思をもつ。悪意のままに地に逼塞するもの。
古典的なドラゴンやグリフォンのようには、バグは潜伏する巣に黄金や瑪瑙を蓄える性質はなさそうだが、黒歴史の中にバグ伝説はポピュラーな素材になっていそうではある。
ミ・フェラリオ、エ・フェラリオといったフェラリオの階級による区別とべつに、子供に見えるフェラリオ、大人にも見えるフェラリオもいることがわかっている。
金星のスペース・コロニー群とフォトン・バッテリーの列を遡ってその源流に、太陽電池パネルの出力を塞いで堰き止めてしまっているダーマ上人という者がいた。ダーマ上人はその昔、ラライヤ・マンディ事件の時代にレコンギスタしたマン・マシーンの一柱であったが、騒乱の世の鎮定に功あったにもかかわらず、そののちはアステロイド帯の守護に任ぜられ、辺境宇宙に逼塞すること幾世紀にわたった。強大なパワーと知性を有する高徳の上人(オーバーマン)は、一方でまた自恃の深さゆえに宇宙の闇の永久の作業労働の報いなき虚しさを疎み、いつしか怨みを積もらせて、ついには教権に牙をむいた。
底なしにエネルギーを吸い取るダーマ上人の偉大力はヘルメス文書を知る天人(ジェントルマン)の予想も絶し、ビーナス・グロゥブのフォトン・バッテリーの生産は滞り、このままではいずれ太陽系の人類は困り果てるという事態になった。お湯のシャワーも使えなくなる。金星の天人らは語らい、一人の美女を上人のもとに差し遣わした。
褐色の肌の彼女は、歴史上の人類女性の誰よりも美しい。優しくしなやかな、並外れた突然変異(ムタチオン)的な艶姿、天界にあっては天界の安定を危うくするほどの。この危急のとき、道心堅固なダーマ上人の節操を蕩かすものは彼女の愛らしさしかないと思われた。……
祠にむっつりと座り込む上人に美女は言葉巧みに近づいていって、モビルアーマーの装甲ハッチをするすると撫でさすった。彼の頑なな身の守りもユニバーサル・コードで紐解き、解放された内部に這い込むと、操縦座に就いて、あれこれと戯れ始めた。
ハンプティ・ダンプティみたいな形をしたもののことをスペースノイドの間で俗にダルマサンという。こうした、戯れかかる魅力の快さに上人がたまらずに腰を浮かせたときに、フォトン・バッテリーの電源を堰き止めて鎮座しているところから転げてしまったので、太陽系の全エネルギーは再開した。
ダーマ上人は美女の手管に欺かれたことを知り愕然となったが、そのときには遅く、道心も堅い装甲も破れかぶれになってしまっていた。あたら千年の斎戒(ディシプリン)も烏有に帰す……。
美女は逃れていった。転(まろ)びつつ、宇宙の星々の間を逃れていく。
ダーマ上人の身は卵殻のように割れて、上人の身の内より這い出ずるダッハーク王の上体が別れて六臂となり、阿修羅となった半身の、肩から生えだす四本の紫色の稲光はたちまち荒れ狂う四頭の大蛇と化し、大蛇は逃れゆく美女の跡を追って宇宙(そら)を覆った。
今や正体を現した黒歴史の怪物の凄まじさ、恐怖は筆舌に尽くせぬ。美女(雲の絶間姫)は、天界のロザリオ・テンに嘆願の手を伸べ、天人達に救いを求め祈ったであろう、泣いたでもあろうが、この任務においてはもとよりその成否にかかわらず、生きて帰ることは決してあるまい。かわいそうな美女でもあった。
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バグのような機械音
ハイカー達が峠にある山小屋で一夜をすごすことにした。夜が更けると、小屋の周りを何者かが走り回るバタバタ、大きな虫が飛び回っているようなブンブンという音がし始めた。その少し前から、人々は理由のわからない悪寒を感じ始めていた。
人々は正体不明の騒音に悩まされながら、小屋から出て音の源を確かめようとすることは互いに制止した。クロスボーンの時代に使われたバグのようなものの噂を思い出す者もいて、彼らは恐慌に陥りかけた。「息をするな。できるだけするな」「体温を下げたほうがよい」など言い合い、身を寄せ合っていた。
死んだように横たわるうちに夜が明け、小屋近辺の機械的騒音は数時間旋回してのち聴こえなくなった。バグならば小屋に隠れていても安全ではないので、彼らは運が良い。(地球。宇宙世紀〇一五〇年頃)
ニュータイプの子ども
スペースコロニーに住む夫婦に子供が生まれた。この子は生まれつきニュータイプだった。両親ははじめ子供の秀れた才能をよろこんだが、世間でニュータイプは個人的には不幸と言われていることを聞き知ると、子どもの将来を思い、悲しんだり憐れんだりしていた。
子供が四歳頃になり少しでも勘の良いことを口走れば、ニュータイプではないかと思い戦々恐々としていた。両親も普段できるだけ平凡な技師と科学者のように装った。だが、そんなコロニーにもやがて宇宙戦争の足音が近づいてくるのを止めようもなかった。
コロニーに軍艦が入ってくると、軍艦からは大勢のモビルスーツが降りてきてコロニーの中でビームを発砲した〔無法行為の典型〕。コロニーの人々は夫婦の家に来てニュータイプ待望論を語ったが、夫婦は子どもを一室に閉じ込めて表に出さなかった。
それでも夜になると子どもは窓から抜け出して軍艦に行き、モビルスーツによじ登って入り込むと、めちゃめちゃに操作して壊してしまった。翌朝には軍艦もコロニーも大騒ぎになったが、子どもは素知らぬふうでベッドで眠っていた。
夜にはまた子どもは抜け出した。地下室に隠してあったガンダムに乗って軍艦を襲撃し、軍の被害は甚大に及んだ。ほうほうの体で軍艦が撤退し、やがて宇宙戦争もすぎ去ると、コロニーの人々はようやく胸を撫で下ろした。その後、子どもは十歳になる頃には当時のことはみんな忘れていた。(サイド二。宇宙世紀〇一五〇年頃)
商人とウッソ・エヴィン
あるところに裕福な商人がいて、その娘は美人だった。娘は学校がおわると店先に立って商売を手伝い、街ではなかなかの評判だった。そこにウッソ・エヴィンが通りかかった。娘は不法居住者にも隔てなく接したので、ウッソもこの看板娘のことが好きになった。
そうこうするうちに街にベスパのモビルスーツがやってきて、街を焼き払いはじめた。街の者は皆なすすべなく逃げ惑っていた。そこでウッソは自分がベスパを追い払い、お礼には例の娘をお嫁にくれるよう人々に申し出た。父親の商人はリガ・ミリティアでもないウッソを信用しなかった。
ウッソは昼の間はカサレリアに身を潜め、夜になるとモビルスーツに乗って現れ、ベスパを散々に追い散らした。夜が明けてウッソは人々の前に姿を現し、約束の履行を求めたが、人々はウッソの乗っていたのが白いガンダムでなくシャッコーなのを見て罵った。
美人の看板娘も、年端もいかないウッソ相手に今度はそっぽを向いた。ウッソは憤慨しながらカサレリアに帰っていき、その前に、街の広場に大変な量の糞を残していった。そののち戻ってきたベスパは広場を清掃しながらギロチンを設置しなければならず、街の者とベスパをともに閉口させた。(地球。〇一七〇年頃)
【ウッソ・エヴィン伝説】
ジン・ジャハナムに複数の影武者が存在したように、ビクトリー・ガンダムのパイロットであるウッソ・エヴィンにも複数人説・年齢や性別の諸説・虚構説などある。ウッソのプロフィールにかかわる正確な情報が乏しい理由は、一にはリガ・ミリティアの組織内に行われた極端な秘密主義がある。同組織のリーダー=真なるジン・ジャハナムさえ、ガンダムのパイロットを示す暗号名「UE」がウッソ・エヴィンを表すことを知らされなかった。
ザンスカール戦争後にリガ・ミリティアの組織は崩壊し、ウッソ・エヴィンの消息も途絶えた。間近にウッソに接した僅かな人々の証言と、厖大にのぼった噂による以外、後の時代にウッソの正確な人物像は掴めなくなっている。戦後さほどを経ない宇宙戦国期にはすでに無数の異説を生んでいた。
北ヨーロッパ地域に残るウッソ伝説はおおむね、ウッソを小柄で敏捷な子どもとして語る。ガンダムを駆ってベスパを翻弄する痛快冒険譚の少年ヒーローであるとともに、悪口毒舌を叩き、悪戯をくり返すティル・オイレンシュピーゲル型の主人公である。
【ララァ伝】
ララァ伝説について。聖女カテジナ伝説もまえに少し考えた。するなら、ここは作業場としてお話をつくる。
【聖カテジナ伝説】
どうすればいいんだろう? アニメや小説のカテジナのキャラクターにパロディを加えるのではなくて……宇宙の歴史の空白時代にも絶えず行われただろう諸々の伝説を想像してみる。伝説上の聖カタリーナとかカテジーナというありふれた聖人の名に、ある生きた人物像が求められたときに、そこにそれらしい話が付託される。
宇宙世紀、四〇〇年や七〇〇年頃のことだ。
地球上の人口が少なくなり、宇宙戦争の噂も聞かなくなると、宇宙から地球に降下してくる人々の数もめっきり減る。ヨーロッパ地域に残る特別区においても宇宙世紀以前の遺跡の保全といった意味・目的は失われ、都市は衰退に任された時代があった。自給自足する居住地と居住地の間の交渉は疎遠になり、どこかからどこかへ旅をする人の姿は稀になっていく。遠く点在する集落の間は広い荒野と再生する森が覆い、旧い舗装道は突然途切れて当てにならない。大地の汚染だけは、過去の戦争世紀が過ぎても千万年の間残る。
そんな地球の無人時代に、ある日、荒野からやってくる異人があると、地平線からトボトボ進んでくる一台のワッパの姿は、きっと幽霊を見るようなゾッとする体験だろう。保護区の少数の居留者や保全局員の間に、それは地球伝説のさまよえるワッパ、地上を放浪する盲目のカテジナだ、という風説が語られる。
彼女に偶然に出会ったという人が話を広める。物語の語り手は、彼女がカテジナとは最初知らないが、話していると昔のこと(宇宙移民の初期世紀、宇宙戦争の頃)を異常に詳しく知っているので、ああこれはカテジナであったよと後にわかる。
カテジナがワッパに充電したと伝えられるスタンドが北ヨーロッパ地域には数多くあり、多くは現在も使用中である。
世の中の罪業を一身に引き受けて闇を歩くこと
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説経節のような話を読むときに、障害のある人が「聖なるもの」のように民衆に担がれて運ばれていく話はあるとして、盲なることが「世の中の罪障や闇を代わりに引き受けてくれるから」というストーリーが語られる――とはかぎらず、たとえば「聖者の生まれ変わりの特徴がそれだから」とか、尊い理由にはまた何か別のストーリーかもしれないがその型がある、というとき。
「おりん」をカテジナと結びつけて考えたようなことは、今までもべつにない。これは偶然、同じような話題に読み合わせたので連想したこと。
説話語りの語り手(瞽女=ストーリーテラー)を主人公とする物語を、小説という体の説話語りを多く踏襲した語りをして、最後には説話そのものにしてしまう。『人々はその哀しい物語を聴いて涙ぐむのである』の、『涙ぐむ』までがフィクションであるという。大方の読者はその態度に不審感などは抱かないで「哀しい話」と現代にも読んでいるはず。涙を疑え、ではなく、そこには作者にも「文芸のスタイルへの関心」があることは見せている、とまでは意識して読まれたい、という話をした。
人間とモビルスーツを誤認
ジオン戦争のとき、宇宙要塞を守備するモビルスーツが埠頭から遠くを見やると、宇宙空間を白いガンダムが疾走してくるのが目視できた。ガンダムはぐんぐん迫ってきて、あわやという頃になったので、要塞のモビルスーツが皆集まって来、未完成のジオングまでも準備して、もはや白兵戦は避けられず、かくなる上は見事に立ち向かって死のうと話し合っているところに、間近にガンダムが漂ってくるのを見れば、それは地球連邦軍の白いノーマルスーツで、宇宙服の中身はミイラ化した死体であった。
宇宙空間で人間とモビルスーツを誤認する例はこの頃多かった。ガンダムへの恐怖のあまり、要塞の数十人のモビルスーツが同時にガンダムを妄想した戦場心理はありうることだ。要塞が陥落するまでの数十日は毎日がこんな有り様だった。
(宇宙世紀〇〇八〇年代)
戦争当時のガンダム恐怖、アムロ伝説については、『ハイ・ストリーマー』にも
などがある。
野獣とモビルスーツを誤認
ジオン戦争以後の地球では、多くの武装勢力が割拠して暴虐であった。救世軍の一団がメコン川のほとりに至ると、密林の迫る狭い土地に隠れるように作られた小さな集落では葬儀が行われていて、荼毘の煙が上がり、村人達の泣き声が聞こえてきた。集落に近い谷には、ジオン軍の残党のモビルスーツが住むという噂があった。夜ごとにモビルスーツは村にやってきては、若者をさらい、無惨に食い殺していく。救世軍の人々が、どうしてそんな恐ろしい土地に住み続けているのかと訊ねると、村人の口々に答えるには、「どんなにむごいモビルスーツの害も、強制移民法を楯に過酷な税と暴力がまかり通る都市の暮らしよりもましだ」とのことで、これは中世以前の、あまりに無法にすぎる酷い現状である。
救世軍の人々がガンタンクを押し立てて進んでいくと、やがて例の谷間に差し掛かるところで、案の定、ジオンのモビルスーツが姿を現し、まさかりを掲げて走ってくるのが見えた。こちらは用意万端、一斉射を見舞えば、たちまち巻き上がる土砂と爆風の中にモビルスーツは見えなくなった。塵煙が収まって確かめると、あとに、全身が毛皮に覆われた体長二メートルあまりの類人猿の死骸が見つかった。怪物は牙をむき出し、凄まじい形相で死んでいた。
野生動物とモビルスーツとは往々にして誤認されるものである。ジオン軍の地球侵攻以来、数十年にわたって、地球に怪モビルスーツ出没の噂が広まる一方、野生のゴリラやウェンディゴが目撃されたとき、それらがモビルスーツと誤認されていた可能性がある。(宇宙世紀〇〇九〇年頃)
「救世軍」とは説話に登場する地球上を遍歴する騎士のような武装集団をいう。ジオン軍残党を救世軍として語ることもある。
モビルスーツに魅了された若者
ある若者が地球連邦軍の基地の近くを通りかかると、塀の隙間から偶然に、軍の新型モビルスーツの姿が見えた。モビルスーツの見事な造型は装甲を貫いて輝き出すかに見え、若者は以来、モビルスーツに対して抑えがたい思いを抱くようになった。悶々として夜も眠れぬ日々が何週間も続いたあと、若者はすっかりやつれ果ててしまい、このまま死ぬのならいっそのこと、軍に入隊して、少しでもモビルスーツの近くで死のうと思い、志願の手続に及んだ。前世に奇縁があったのか、若者の少なからずニュータイプ的な素質はニタ研の目に留まり、やがて基地内の研究所で特別な訓練を受ける身分になった。
若者はサイコミュを使った機械操作に抜群の成績を挙げた。胸の裡なる思いはひた隠しにして訓練に励んでいたが、ついに念願の新型モビルスーツの実機試験におけるパイロット候補になると、もはや情念は留めようがないほどに高まった。その夜、若者は格納庫に忍び込むと、静かに待機しているモビルスーツの膝元に近づき、夢に見たあの美しい機体をひとしきり存分に堪能した。そして、コックピットに這い入っていった。翌朝には、新型モビルスーツが格納庫内で無惨なまでに穢されているのが知られることとなったが、パイロット候補の若者の姿は、どこにもなく、コックピットにはただ得体のしれない白いどろどろの粘性体がわだかまっているのが発見されたばかりだった。(宇宙世紀〇〇九〇年頃)
地球帰還伝説によみがえったタヌキ
地球帰還作戦の始まったころ、ようやく始まった会談の場のこと。月の里の人々が待っていると、地球代表の人達が威儀を正して続々と入ってきてテーブルについた。そのあとから、月の女王そっくりな娘が入ってきて書記の席についた。月の人々はわが目を疑った。地球の侯爵がおもむろに挨拶を始めたが、月の執政官と、親衛隊長には耳に入ってくる言葉も上の空に聴こえた。執政官の身の震えは言葉にはならないが、その呻きを聴けば言わんとするところは同じである。隊長もまた信じがたい思いでいる。
どんな高速の宇宙艇をもっても、今この場にいるのは女王その人ではありえない。隊長の思考はあらゆる可能性を駆け巡り、ありうべからざる可能性におののく。彼らの齢よりも長く生きながら、うら若く乙女の面持ちを失わぬ女王は、稀にとんでもない羽目外しをされることもあった。今度も、月の宮殿の盛大な鼓舞激励のうえ艦隊を送り出しておいて、自分は一人先回りする……。
思えば思い当たる節はある。月の民にとって永年を費したはずの作戦も、女王にとっては大きな一つの冗談であったのかもしれなかった。騒動の種を蒔いておきながら、自分は後の混乱を思いつつ玉座で澄ましていたのかもしれない。仕掛けは後に明らかになり、その間の全ては執政官と隊長の気苦労であったことでも、コロコロと笑っているかのようなあの顔、御声がよみがえれば、男達の右往左往するわだかまりなどは一蹴されよう。
女王は時としてそんな悪戯っぽいお茶目をする方ではあるが、場合が場合である。まさか御本人ではあるまいし、お連れした覚えはないが、と、隊長も執政官も思いはいっとき惑乱する。
タヌキではないのか、と執政官が低く呟いた。タヌキ? 隊長は、暫時我に返った心地で訊き返している。地球にはいるのだろう? タヌキ。と執政官はくり返した。タヌキか……。
月の里に伝わる地球の民話にも、ある軍曹が胆だめしにタヌキの出るときく山中に入り、白いモビルスーツに化かされるという伝説がある。が、それは子供のおとぎ話である。
隊長は、執政官は真顔で冗談を言っていると思ったが、執政官はそんな隊長にちらと目をやったのみで、その話はそれきりやめてしまったから、隊長には、執政官が本気でどうかしたのかはわからなかった。
そのむかし、その頃にこうした不思議は珍しいことではない。女王タヌキ説を信じる者はいないが、地球のタヌキは人を化かす言説は帰還民の間に広まった。
現実に、今も伝わるディアナのキエルや、ローラだロランだの中に本物のシェイプシフターが混じってもわかるものだろうか。月の民は未知の空気に幻想物質がまじっているような当時の地球を楽しんだものだ。(正暦)
「地球を楽しむ」か。
お前たちは地球を楽しめ!と叫んだキア隊長の言葉を受けてジット団は地球に到達したが、生き残り帰化できたクンやローゼンタールにとって、地球での暮らしは一生涯の間は驚きの連続、幻想現実のようだろう。それを当たり前に生き始めるのはジュニアの世代になる。
アニメでこのシーンにいるのってミランでなくフィルだったように思い出したが、まあ直すようなことでもない。
この経緯は、ジークアクス→劇場版∀「地球光・月光蝶」の間の思案から。
フェラリオのような少年
サイド七にある連邦軍の基地に、十七歳くらいの男の子が連れられてきた。カミーユ・ビダンという名まえがフェラリオに似ていたので逮捕されたのである。少年の住む地区では美貌で知られ、学校でも優秀な有名な子だった。尋問のあいだ、上品に大人しく座っているだけで人を胸騒ぐような気持ちにさせるカミーユの物腰に憲兵も落ち着かず、容疑は不問にして早く帰してしまおうと思っていた。
そこに、基地で研究中のガンダムが酔った足取りで倒れ込んできた。軍の人々は、大型のガンダムがまるで飼い主にじゃれつく猫のようにカミーユのまえにひざまずき、自分からコクピットを開くのを見た。少年を懐に抱き入れたガンダムは官能におののくようしばらく震え、立ち上がると、宇宙 から迎えにきた赤と黒の三人のリックドムをしたがえてサイド七を立ち去っていった。
ジオン軍のアーガマに着くと、カミーユを迎え入れたその船の船長や、砲手や、甲板の水夫たちも次第に不思議な気分をおぼえるようになった。そこにカミーユがぼうっと立っているだけで男女の士官達の関係も乱れていくかのような、軍事作戦中に士気への影響を察したのはもと連邦軍のエマ・シーン中尉だけだった。中尉はカミーユを船内の人けのない通路に連れていき、壁際に押しやって厳しく問い詰めようとした。そんなにされても、少年はきらりと濡れる目で中尉を見、微笑んでいた。
(このこは危険だ)
思っても、その笑顔を向けられるともう駄目な自分を、自覚して、反射的に引っぱたく。
宇宙の海のメロウ
夜の海辺に来た若者が波の寄せる岩場を伝っていくと、突端の大岩に腰かけて海を見ている人影に気づいた。星明かりのシルエットに見えるそれは若い娘のように思えた。若者が相手を驚かさないよう、やや離れて手元のランプを灯すと、光に浮かび上がるように彼女が振り返った。
驚かされたのは彼のほうだったかもしれない。若者は、それほど美しい変異 の少女を見たことがなかった。淡い光の中にもはっきりとわかる、鮮やかな緑色の髪が流れ落ちる。異様に色のない肌は死人のようだった。ぬめるほど黒い双眸が彼をとらえ、身をひねらすように振り向いた彼女の、胸から腰にぴったりと合うドレスの下に見せる豊かな体つきに若者の目は吸いつけられ、離せなくなった。
愚かなほどどぎまぎし、夜の挨拶と、かろうじて自分の名を告げる若者に、娘のほうはメロウと答えて、アイルランドの者です、と付け足した。聞き慣れぬ土地について首をひねる彼に、彼女の口から、アイルランドは地球にある丘のことだと聞かされれば、びっくりしてあらためて見つめ返さざるをえない。
太陽放射線の影響による変異には精神に異常を伴って生まれるものも少なくない。地球のアイルランドにあるクスタンガの丘から掟に背いて抜け出したという彼女の、今こうして海辺に座っているのは――この金星の海にいるのは、宇宙にある海の夢というものを見てみたかったのだと、つたない言葉で聞き取っていくには時間がかかった。どうして、と呟く彼に彼女は初めて笑顔を見せた。好奇心に逆らえない、自堕落なメロウだったから。
メロウは岩場を降りて水辺に立つと、あっけなく身を投げて波間に入った。ぱちゃぱちゃと泳ぎ回ってみせては、伸ばした腕、両脇から、しなやかな全身をつま先まで露わにした。そのあと、深く水に潜って上がってこなくなった。しばらくして浮かんできた彼女は、見守る彼の側まで泳ぎ着き、肩まで覗くと、てのひらを開いて、ほら水かき、と見せた。若者は唸ってしまい、あとは感心するばかりになった。
それからしばらくの間、若者は毎晩海辺にきてメロウと会うようになった。キスも二、三回した。メロウの唇は潮っ気がして苦く、彼女の水かきのある指を彼の指に絡めて、岩場に押し付けるように体を重ねた。シャツ越しに合わされる体の感覚も、肌のひややかさも彼を魅了した。唇が離れると、陶酔してため息をつく彼にメロウは息を吹きかけ、すぐに離れていった。
ある晩のこと、若者はメロウのためにプレゼントを携えてきた。メロウには見慣れないその物体は、彼によると、女の子が何が欲しそうかなんてわからないし……水かきに指輪や、重ったるいアクセサリはきみに似合いそうにないからという。
ということで、若者は環境探査用アシスタントロボットの説明をした。それは球型のコンパニオンで、持ち主に忠実に付いていき、大抵なんの役にも立つ。こいつは海中仕様だから、きみの邪魔にならないと思うよ。金星の海を案内してくれる。体重計にもなるような説明はしなかった。
どうしてくれるの? とメロウが訊ねた。若者は答えて言った。金星圏のスペース・コロニーも建造されてすでに千年を数える。この人工の海にもそろそろ妖精の一人や二人、住んでもいい頃さ。
メロウは嬉しそうに眺めて、ハロウ、ハロビィ、と爪先でそれをつついた。ハロビィはピピッと答えてセンサーを点滅させた。やがてメロウはハロビィを両手に抱き上げると、地球に帰る、と言った。
――どうして。
――これを貰ったから。
ハロビィを抱いたメロウは、もう水際に向かって歩き出していた。若者は咄嗟に言うことが思いつけなくて、
――地球はそっちじゃないよ。
――いいのよ。
一度振り向いたメロウは印象的な笑顔を残し、それっきり海に沈んでしまった。
若者はそれから、ビーナス・ライブラリでアイルランドのことをたくさん知った。夜の海辺を訪れ、遠い地球のことをくり返し想像したが、地球へ行く道のことは、ついに見つからなかった。
(リギルド・センチュリー)
「リーンの翼」対読から。6/4章。
この話の原型が保管してあった。10年以上前にツイッターで書いたもの。
これは妖精の妻が、ぶったり罵ったり別れの理由になることは何もしてはいないのに、話の外で「やはり帰っていく」という不条理のもの。「やはり」というからには、それが物語の型だからと言わんばかりの。男の方も死んだ理由はない。文体を選べば、それも笑い草に落ちないで書けるというその頃の関心だった。今するなら、上のほうが好き。
富野本の舐めレコの中にエーコ『薔薇の名前』(1980)が引いてあって、まず「全く理解できない」「Gレコとは一切関係ない」と先に断って話をするいかがわしい富野調で始まる。無関係の本の中でお勧めはするが、矛盾はしていないつもり、という。
今それとも直接ではないが、わたしはたまたま昨年、堀田善衛『路上の人』(1985)を再読していて上のストーリーとどうしても連想はした。両方の中にある、アリストテレスの逸失した喜劇論(詩論)や、「笑いは禁忌である」という中世の考え方を引いておいて、富野文では「とんでもない考え方」という言い方をする。
「笑いを禁じる」というと、現代日本一般の読者は即座に反応して、大ブーイングをするのは間違いない。とんでもないことだ!という、そんな当たり前の同意・共感なんかは今ここでしないが、そんな「とんでもなさ」については、この同じGレコ本の後章「ユーモア感覚の醸成」の中に、
ユーモアはユーモアである。ここでとんでもないことを言っています。どういうことなの? とは、本文を読んでもやはり分からないと思うが、これはわたしに読んでみる価値がある。らしい。
ガンダムに身を変えるリガ・ミリティア
衛星軌道から降りてきたばかりの若いベスパ隊員が仲間とともにハンティングに励んでいた。その日は一六〇〇キロを飛んでヨーロッパの街々を焼き、機銃攻撃で地球人をハントした数を仲間と競っていた。狩りのさなか、大きな白いモビルスーツを追った若者はいつしか仲間のベスパ達とはぐれ、北ヨーロッパの原野深くに入り込んでいった。
白いモビルスーツは金色の角を振り立て、追う若者の視界の先を、遠く近く、切れぎれの雲間に見え隠れしながら飛んだ。何度かの銃撃を浴びせたものの、モビルスーツは深傷を負った脚を引きずりながら、山脈を越えてどこまでも逃げていくのだった。やがて日が暮れていき、不毛な追撃にも疲れた若者がふと辺りを見回せば、見も知らぬ惑星の沼地で一人、孤立している自分に気づいた。
宇宙の民にとって荒廃した地球上の地理の知識は皆無に等しい。若者のモビルスーツの燃料は残り少なく、迫ってくる夜を過ごす場所も知らなかった。地球人の一挙撲滅を掲げているベスパは、ハンティングの際も老人にも子供にも容赦がないので他のマンハンター達から嫌われていた。近在のマハに連絡もつかず困窮しているところ、前方の岸辺に、灯火の光が見える。中世の砦跡らしき石積の城のようで、近づくにつれ、人々の宴支度の物音が聞こえてきた。
巨木そのものに見える門柱にモビルスーツを繋ぎ、若者は砦の入口に立って案内と一夜の宿を乞うた。迎え入れた砦の人々は前世紀の地球民族に似た古めかしい衣裳をまとい、長い髪を束ねて髭を伸ばした、見たかんじケルト人に似ていた。宴の席では豊富な肉の量と酒の量に驚かされた。歓待づくしの後、しばらくあって姿を見せた砦の主は白皙の壮漢で、金色の眉と頬髭には風格があった。
主の語りだす昔語りによれば、リガ・ミリティアは代々地球上に住み、この北ヨーロッパの地で抵抗運動をしてきた。近頃になってベスパがやって来ると、仲間達は次々に狩られて数を減らし、今ではこの古城の一族だけが生き残り、抵抗運動を続けているという。主が席を立つとき、若者は、彼が片脚を引きずって歩き、白いモビルスーツと同じ処に傷を負っていることに気づいた。
翌朝には若者は砦を発って、モビルスーツのヘリコプタ能力でなんとか飛行を保って帰路を辿った。別れ際に短い挨拶だけを交わした、砦に住む美しいリガ・ミリティアの娘の面影が目裏に残っていた。基地に帰ると、仲間のベスパ達は彼の報告を信じず、地球上のリガ・ミリティアはずっと昔に滅んでしまったと笑うばかりだった。ハンターによる上空からの探索が何度か行われたが、砦の場所はその後も結局見つからなかった。ベスパ隊員の若者はやがてハンティングにも飽き、仲間と別れて一人宇宙へ帰っていった。(宇宙世紀二〇〇年頃、地球)
空調機に隠れ住む巨大モビルスーツ
サイド六の学校に通う中学生の一行がスペース・コロニーの気象制御機器の見学に出かけた。円筒コロニーの大気循環を補っている送風機の偉容を点検通路から見上げる見学者のうち、一人の少女が奇妙なものに気づいた。
手すりの向こうに見ているものは、数百メートル離れた空隙の彼方にあって回転を続ける巨大な送気ファンとその補助機器群である。その一つが、少女の目にはどうやら、膝を抱えてうずくまる大きな人型に見えてきたようだった。空想的で、他愛のないことながら、彼女はその印象を手早くスケッチに留め、帰宅して後も、紙片を取り出してとりとめない想像を重ねていた。
その夜の夢に、空調機から少女へのメッセージが届いた。それによると、機械はかつて宇宙戦争の頃にスペース・コロニーに運び込まれた秘密兵器の一種であり、現在は空調機に偽装しているものの、本来の姿を表せば全長一〇〇メートルに及ぶ巨大なモビルスーツになる。作戦は決行されぬままに現在も空調機として過ごしている彼は、年月を経て初めて彼の存在に気づいた彼女に、サイコミュ的な感応を通じてこうして呼びかけているのである。
夢を通じて、空調機と少女との不思議な感応対話は数年間続いた。高校を卒業するまえに、少女は空調機の気持ちを励まし、空調機として今まで出来なかったこと、してみたいことをしてみるよう勧めてみた。
夢の便りはそれからやや間があって、最後に届いたメッセージは、コロニーを離脱した空調機は尚、健在にして、現在は太陽系を後に別の恒星を目指す旅路への加速中とのことである。夢の交流で得た精神波の記憶と生体パターンを次の星へと携えていくのだという。
スペース・コロニーに虫
スペース・コロニーに住んでいる学生が、ある夏の休日、することがなくて部屋で自然動画を巡回して暇を潰していた。ふと目をやったとき、デスクの上に乗っている小さな黒いものに気づいた。それが鳴き出す前に、それに目をやっていたが、それが何かに気づく前にそれが鳴き始めた。
知らない間に机にコオロギがいたら、それが突然鳴き出したらびっくりして椅子から転げそうになる。でも落ち着いて見てみれば、そのリアクションをするほど危険なものかは怪しかった。あらためて見返すなら、怪しいことは怪しい。
スペース・コロニーでは生物の持ち込みは厳格に規制されている。勝手に増える動植物や病気を持ち込むものは宇宙港の水際で差し止めるのが当たり前である。建設年代の古いサイドでは蜘蛛の巣ひとつ見られないのが宇宙生活者の身の回りであった。現在の新興サイドの規律では、人の生活圏内にそれほど何もいないわけでもないが、やはり動物といえば動物園か牧場、魚や海棲生物は水族館、昆虫は昆虫館でしか見たことがない。
コオロギはコオロギであることは、調べればわかる。マンションの同じ棟の、どこかの家から逃げ出したペットだろうか。顔を近づけて見れば見るほど、精巧なロボット ともホログラフとも見えず、本物の昆虫 ならきっと不法なものだとは思ったが、ともかくも見ている間は目が離せず、夢中になっていた。虫は翅を震わせて一心に音を立てている。そっと手を寄せてやれば飛んで逃げることもなさそうなので、ひとまずは手近にあるアクセサリ用の工具箱を開けて、閉じ込めてやる。
箱に入っても虫は怯える様子もなく、その夜はそこを虫の居場所にしてやった。ベッドに入る頃になっても、時折に鳴き出す音にはかなりのボリュームがあって、うるさくて寝れないくらい。さいわい部屋は防音がしっかりしていて周囲には漏れないで済みそうだ。虫のことはまた明日考えることにする。
隠して飼い始めてみると、わりと容易い隠蔽環境ではあった。虫に与える餌と水は家にあるもので適当にまかなった。食べているところを見ていればフンもするが、ピンセットで摘み出すのにさほど嫌悪も覚えないことに気づく。生きものには原理原則のことである。たまに、ノックなしに母親が部屋のドアを開けることがあるが、自分が学校に行っている間は、昼間は母親も仕事に出ているので、そんなに心配するほどでもなさそうな家族である。
日に日は過ぎて、スペース・コロニーの秋の季節が進み、やがては冬が迫る頃になる。小泉八雲のエッセイによると虫も大切に飼えば真冬まで生きていることがあるという。生きてはいても、やがていつかは、虫も死なないということはない。その頃にはきっと、自分はその虫のことを好きになっているだろうと思えたが、愛しているかまではわからないことだ。
鳴き声を立てているコオロギはオス。その鳴くのはメスを求めて鳴いているのだろうが、求めるメスはこのスペース・コロニーの周りの宇宙空間にはいないので、そんな虫の境遇はひどく孤独なものである。そんな虫を生かしてやりもせず、死なせもせずに、箱に閉じ込めて飼っているのはよくよく身勝手なことであろうと思う。降って湧いたように転がり込んだこのものをどうしたらいいのだろうと思いながら続く夜々を楽しんだ。
エンジェルに居た雪女
エンジェル・ハイロゥが分解して外宇宙に向かって加速を始めた頃のこと。ダルマシアン艦の艦橋でムッターマ将軍が目を覚ますと、艦は、破断した巨大なリング・スクラップの壁上に固縛したように取り込まれ、今まさに戦闘空域を離れつつあった。半壊した艦の窓から見る銀河は、ぐんぐんと迫ってくるかのように見え、それは前代未聞の光景だった。今は亡き、将軍の生涯の盟友であったカガチ宰相に語りかけるようにしながら、
――しかし、いずれにせよ、先に待つのは凍死か、窒息死か――
それは皮肉なことだなと将軍は呟いていた。
第二艦橋に横たわる将兵のうちの青年士官が、そんなムッターマ将軍の様子を見ていた。彼の意識ももはや朦朧としていくそのとき、艦橋に一人の女が入ってきた。司令室の戸がするすると引き開けられ、入ってきた若い女は、白装束をなびかせながら各席のコンソール上を流れていった。見ていると、白い衣裳の女はムッターマ将軍のヘルメットに額をつけ、何事か話しかけている様子だった。ヘルメットを手放すと、やがて将軍のノーマルスーツが力なく浮き上がり、無重力に漂い出した。女が振り向き、次には彼の方へ近づいてきた。
彼のヘルメットを抱くようにして、女の顔が間近に来ると、額をこつんと当てた音がし、接触回線で聞こえるな、と女の声が聴こえた。とても美しい、ぞっとするほどの瞳とその声で、女は、――おまえはまだ若く、美しい男ゆえ、いまは命は取らないでおく。このエンジェル・スクラップが別の銀河にたどり着いたとき、かの世界で、もしも私のことを誰かに話したらそのときは命はないぞ。――と、生真面目なかおで、それだけ言うと、女は薄っすら微笑んで、東洋風のドレスの裾を曳きながら司令室を後退りし、開いている戸から出ていった。
気温は下がっていき、司令室内の辺りは一面に霜が降りたか、雪が降ったかのように白く凍っていた。青年は、自分はそんな場でひどく場違いな幻想を見たように思ったが、ここはいまだエンジェル・ハイロゥのサイコミュの影響下の空間なのである。
ダルマシアン艦を取り込んだスクラップはサイド四の空域を離脱し、このまま加速し続ければやがては光速に達するのではないかとさえ思われる。リングの自転に乗る艦橋からは、既に地球を見ることはできない。地球光を見失い、あの太陽をも失えば、あとはただ落ちて行く。地球というただ一つの星を離れては、宇宙の闇の深奥は有機体の経験しうる涯て、絶対の孤独。宇宙で待つのはただ死だと青年は学んだ。
にもかかわらず。――青年は天測を諦め、代わりに皮肉な笑みの浮かぶのを覚えている。――あらゆる自然の結末は、死だが、だがそれにもかかわらず、まだここでは、われわれは死にゆく運命ではないのかもしれぬ。皮肉にも幾人かは生き延びて、未知の世界にまで行き着くことがあるなら、人はまだ死にゆく運命にないのならば、なお生きてなすべきこともあるかもしれない。
だが、それは、また別の物語である。
(〇一五〇年代頃)
隕石に現れたシバ神
シャアの隕石が地球に迫っていたとき、大勢のモビルスーツが隕石に体当たりし、各々に推力を全開して落下角度を変えようとして競った。その中に剛力無双のギラ・ドーガがいた。高慢で妬み心の深いドーガは、おのれに劣るモビルスーツ達が果敢に隕石に挑むのを見ては罵り、その努力を嘲笑っていた。摩擦熱に燃える隕石の面に非力なジェガン達が集まって憤怒となり、オーバーロードで真っ白になっても隕石は小揺るぎもしないでいる処にドーガは乱暴に割り込むと、岩盤に肩を打ち付けてひとつ気合いをやればたちまち隕石が左右に揺れ出したので、狼狽したジェガン達が一度に何人も弾き飛ばされた。
この混乱に怒ったアムロ・レイがガンダムの怒髪を逆立て、反対側から押し返すと、ドーガはさらに嵩にかかって隕石を揺らし、隕石を挟んで超人的な格闘が続いた後、アムロの気合いがついにドーガを跳ね返し、ドーガは岩面を転げ落ちていった。ドーガはアムロの苦行の成果を試さんと現れたシバ神の化身であった。(〇〇九〇年代)
隕石阻止に加勢したアザラシ
シャアの隕石が落下を始めたとき、その場に集まった命知らずのパイロット達が一丸となって隕石に体当たりし食い止めようとした。静止衛星軌道上の艦隊から急発進してきたジェガンの一人が駆けつけると、隕石の地球側の面は今しも数十のモビルスーツ達の全力全開のスラスター噴射炎が光の柱となって立ち昇り、その閃光の一つ一つに命が燃えんとする光景に身震いするばかりである。
――かくては遅れてならじ
ジェガンのコクピットでパイロットの大尉は、おのれも瞬時に決意を固めると、遠路に用いた増槽を切り離すや、視界いっぱいに壁となってそびえる岩盤に向かって機体ごと一散にぶち当たり、がっしとばかりに取り付いて、後は構えて噴射に取り掛かった。
全パワーを解放したときのモビルスーツの推力がどれほど凄まじいものでも、地球に向けて突き進む隕石はあまりに巨大であり、無謀きわまる挑戦を敢行するこの場のパイロット達は皆一様に捨て身、命などは捨ててかかっている。モニターの周囲は白熱し、ジェガンを操る大尉も我武者羅の心境であったこのとき、ふと、機外からほとほとと戸を叩く音がする。激震するコクピットでは錯覚かと聞き過ごしたが、するうちにまた、ほとほとと音が聞こえる。意識ではありえないと感じながらとっさにハッチを緊急開放すると、黒い宇宙服が滑り込んできた。開放時間は数秒となく、ほんの一瞬の差でコックピット内も危険なこの場合だった。
自分の行動と、その瞬間目の当たりに直視した隕石の様相に慄然とする一方、大尉の目の前でヘルメットを脱ぐ正体不明の人物に唖然となりながら、室内環境の維持と機体の姿勢保持にかまけて目を奪われているわけにもいかない。あんたは誰でどこから来たのかと早口に訊ねる大尉に、女は物憂げに微笑しながら、以前にお世話になった者です、と言った。
答えもなかばに機体の震動が強まり、浮き上がる彼女の身体を抱き支えると、この異常な場合にもかかわらず、彼女の髪の香と体臭にくらくらとするものを覚えた。とにかく座ってろと指示された女はシート脇にしどけなく身を沈めて、黒貂のパイロットスーツのジッパーを胸元まで下ろした。大尉はちらと目をやり、目のやり場に悩んだが、事態は考える暇も許さず、今はジェガンの操縦にだけ集中しようとする。
操縦桿の上の彼の手に女の手が添えて重ねられた。目の前は灼熱する岩の壁、足下はまばゆい地球の昼の面がしだいに夜に移っていく。コックピットの隣には誰ともしらぬセクシーな美女が寄り添っている現実は、大尉には現実と思えず、自分の頭は完璧にどうかしたと考えていた。とにかくも恐怖心はなく、重ねられる手の感覚にはわけはわからないながらに心強いものを感じ、心なしかジェガンの推力も強まった。
その甲斐あってか無事に隕石阻止がすみ、事態が収まった後、漂流するジェガンの機内で大尉が正気づいたときには、彼女の姿はそこになく、ただその居たあたりが海水で濡れているだけだった。
生還して後に語るところでは、大尉は少年時分に入隊して以来モビルスーツ一筋で、異性と付き合ったことは一度もないとは自ら断言できる。ひとつ思い当たることといえば、地球で北海に勤務したとき流氷上で怪我した一頭のアザラシを救助したことがある。そのときに見た野生動物のつぶらな目は、確かに彼女のまなざしに似ていたと談話した。
シャアの反乱のときにはその場に働いたサイコミュの影響で多くのパイロットが幻覚を見たり、記憶に混乱を残したりした。彼らは人の心の光を見たといい、中にはコックピットで懐かしい家族に会ったり、死者と会話したという者も少なくないが、人間ならぬ動物も地球の危機に駆けつけたとの報告はめずらしい。
三人のリックドム
三人のリックドムが宇宙を走っていた。チームは突撃兵の古参で「三連の黒星」の異名をもち、ルウム以来たびたびの合戦場に臨みながら生き残り黒星を重ねることで知られていた。卓越したドム使いとして、敵のみか味方のジオンにも恐れられた。
三人のドムが通りかかると、水平線に地球軍の船が遊弋しているのを見つけた。スフィンクスめいた複雑な船体構造が奇怪な、白い船だった。高い艦橋を誇示するようにそびやかし、両翼を宇宙にへんぽんと靡かせる様子が小癪だったので、ドムのかしらは「あれをやるぞ」と即決した。
ミノフスキー干渉の水面下に頭まで沈め、ドム達は息を潜めて近寄った。二〇キロ……一五キロ。まだ気づかれてはいまい。盗人のようにほくそ笑み、かしらは肩にジャイアント大砲を担ぎ、構える。一二キロ……一〇キロ。大砲には一撃で巡洋艦を撃沈する核爆弾が入っている。照準をぴたりと合わせたそのとき、木馬のサーチがぱっと灯り、宇宙を薙ぐように左右に照らした。光の中にたたずんで、甲板上の人影が見えた。白いモビルスーツは無関心に咳払いをしたようだった。先陣を受け持つドムが(オルテガだ)狂乱して対空砲火の中に突入した。第二のドムは(マッシュだ)愚かにも反転して逃げ出そうとした。かしらのドムは素早く決心を固め、太陽に向かって飛び降りていた。今も落下し続けている。
高校生のアマテの身に起こったこと
高校生のアマテがサイド六にいた。昼間は学校に通いながら、夜はモビルスーツバトルに手を染めている邪悪な女子だった。アマテの腕前は並大抵ではなかった。アマテはガンダムを持っていて、アマテが狩る相手もガンダムに限り、それもニュータイプの、美少年か美少女に限るといわれていた。ジオン軍のシャリア・ブルがアマテを訪ねてきたとき、彼が示した報酬はむろん、金銭ではなかった。軍が捕らえている難民の少女はアマテのすこぶる好みで、絶望して泣き叫ぶ姿はアマテの欲望をそそった。
夜になり、母親の就寝を確かめると、普段は巧妙に隠してあるガンダムを取り出し、アマテは家を抜け出した。赤いガンダムが棲むという地下への道には、コロニー自警軍が厳しく目を光らせているが、アマテの身のこなしは巧みで警戒線にかかることはなかった。一度、警官のザクが追ってきて彼女に掴みかかったが、ガンダムの肩はすべすべして簡単にすり抜けてしまった。
地下の世界に降るほど、時刻は深まり、夜は更けていった。最後のハッチのロックを開くと足元に星々が広がった。そこには宇宙空間が描き込まれており、太陽と、地球と月と、無限遠に散らばる無数の星の一つ一つが、巨万の富を生む宝石に値した。だが、アマテは欺かれなかった。アマテの脳裡にはひたすら、難民の娘を好きにしていいこと、このあとで彼女を弄ぶ残忍な遊戯のことしかなかったし、この宇宙のどこかで、これらの星を描いているだろう赤いガンダムのことを思うと、身震いしたが、恐怖は感じなかった。今頃はシャリア・ブルは憂悶に身を揉んでいることだろう。母親は何も知らずベッドで眠っているはず。赤いガンダムはこちらに背を向け、今、一心に宇宙に星を描いている。音もなく息を殺して、アマテはその後ろから忍んでいった。彼の首に斧の刃を当て、無慈悲に、一息に引き切る。
首を抱えて地上への道を急ぐ間、アマテはあえて彼の顔を見ようとはしなかった。アマテはそれほど迂闊ではなかった。エアロックのハッチが閉じると、サイコミュが悲しい歌を歌いだした。心の耳を塞いで進んでいき、動き出したエレベータの壁にもたれかかると、首から滴る赤いガンダムの血が床に広がった。血だまりからは再び星々がきらめき、そこから新たに宇宙が描かれていくようだった。心の目も塞いで歩いていくのは次第につらくなり、ガンダムは何度もつまづいた。ついに立てなくなったとき、アマテはやっと目を開いて彼の顔を見た。シャロンの薔薇の祝婚歌が、再び耳にもどってきた。
消息不明になったアマテの母親は悲しみ、シャリア・ブルの憂鬱は止まない。軟禁された少女は今も部屋で自習を強いられながらジオン大学への進学を夢見ている。きっとまた会えるとガンダムは言っている。アマテは邪悪な女子だったが、また同じ頃に宇宙に暮らす大勢の女子の中でとりわけて邪悪というほどでもなかった。
スペース・コロニーにサル
ジオン戦争のあと、スペース・コロニーの街々に不思議な少年が現れた。襤褸のような衣をまとって歩く薄汚い風体は戦争難民と思われたから、人は皆避けて通るところ、少年は身軽な身のこなしで道から塀、街灯にまで飛び移り、あっけに取られる人々を見下ろして笑うのだった。
民家や飲食店から食物を盗んだり、あとに汚物を残していくといった苦情が積もり、やがて自警軍の警官に追われることになったが、少年は街路を巧みに逃げ回った。地下道に潜ってしまうと、コロニーの地下に巡る整備通路の網の目の隅々まで知り尽くしていて手に負えなかった。軍のザクが大勢出動した捕物の末、ついに捕らえられてみると、難民の少年と思われていたのは野生のニホンザルであった。
スペース・コロニーに動物の種類は少なく、コロニーの日系コミュニティの人々の中にも野生のニホンザルを見たことのある人はその頃ほとんどいなかった。地球に棲むはずのサルがどうしてコロニーに紛れこんでいたのか、コロニー外壁の真空にまで飛び出していってどうして平気だったのか、そうしたことは、捕らえたところで皆わからなかった。
(サイド六、〇〇八〇年代)
冬がくると悲しくなる理由
山あいの村に住む兄妹がいた。幼い妹は体が弱く病気がちで、命はもう長いことはないのだった。だから、兄は妹の望むことはなんでも叶えてやったし、叶えてやろうとしていた。
ある秋の日、妹が兄に「秋になるとどうして悲しい気持ちになるのか」と訊ねた。妹の物思いにいつも努力して付き合ってやる兄は、他愛ない質問にも頭をひねって、日が傾くのが早くて空に金色の光を投げかける時間が長いから……とか、草木が一斉に色を変え 簡単には言い表しがたいグラデーションの印象……、朝夕の寒々とした空気の肌触り……、やがて冬の訪れの予感……など、思いつく言葉をあたまの中で挙げてみたが、どれも秋の悲しい理由を言い当てているとは思えなかった。
妹は、とりとめない自分の気持ちを傍で兄に聞いてほしかったのだけれど、兄は、そんな妹に「悲しいことなどないのだ」と言いたかった。だから、秋の悲しさのわけを探しに出かけた。妹のための答えを考えながら、少年が怒ったような顔をして歩いていくと、集落の外れで小さなフェラリオに出会った。フェラリオは道ばたの境界石に腰かけていた。フェラリオは今も北ヨーロッパ地区に多く住んでいるが、子供にしか見えない。
フェラリオは思い詰めたようすの子供に訊ねてわけを聞き、秋になると悲しくなる理由については、ハンターにきけと言った。言うとたちまちフェラリオは姿を消した。あやふやなことを言って気まぐれに消えてしまうところも子供にしか見えなかった。
若い頃に地球に来たというマハの老人は、特別区で狩れるものは狩り尽くしてしまい、今は秋の山で紅葉を狩ることだけを生きがいにしている。少年の質問に答え、山脈を越えてゆく渡り鳥達も、冬毛に替わるうさぎやキツネも、啼く鹿も、秋が運んでくる悲しさのわけは知らない。さあ行け。藪に伏せているバグに気をつけて帰るがいい。ハンターの思わせぶりな言い方が少年は気になった。木の枝をとって道々に藪をかき分けていくと、やがて、地面に半ば埋もれ、ぎざぎざして突き出している岩にそっくりに身を変えたバグを見出した。バグは何百年も前からここに潜伏しているが、秋ごとにくり返す悲しさの理由は知らない。理由があるものなら、機械としても知りたいものだと言った。山に住むものでバグより長く生きているのは、ドラゴであろう。
宇宙戦争の時代に降ったエンジェルの残骸には、今もそこを巣穴に逼塞する竜に似た獰猛なモビルスーツの強獣がいてドラゴ・ゴトラとかドラゴラーと呼ばれている。ドラゴは、やはり秋の悲しいわけは知らないが、そのことは聖カテジナが詳しいと教えた。秋の悲しさをたずねて旅する聖カテジナは、今時分はきっと近くのウーイッグあたりに来る頃だ。
午後の日射しがきらめくうちに街に近づくと、ちょうど向こうから、古びたワッパに乗った聖カテジナがやってくるところだった。少年は彼女に挨拶し、秋になるとなぜ悲しい気持ちになるんですかと訊ねた。聖女に伴われて集落に帰ると、家では幼い妹が息を引き取ったところで、ベッドのそばには母親が顔を伏せており、父親は妻の側に添いながら、少年の帰りを待っていた。
聖カテジナは家を離れて、山のドラゴのところへいき、そこに棲む荒ぶる竜を慰めた。そして、バグの鋸状の嘆きを収めさせ、ハンターの陰鬱な思い出を終わらせてやった。夜も更けてから元の村に戻ると、少年の家の戸口に佇んでいるフェラリオに微笑みかけた。この盲目の聖女には、子供にしか見えないフェラリオの姿がはっきりと見えるのだった。ベッドでは、少年は自分を責めるのにも疲れ、ようやく眠りについたところだった。
【潜伏型バグ】
クロスボーンの時代に登場したという自動兵器バグは、無差別で非人道な虐殺兵器として忌み嫌われながらも後の時代まで複数の組織によって使われ続けた。バグの種類にも形態や用途のバリエーションが生じたことはわかっているが、バグの歴史はモビルスーツのそれよりも実態の明らかでない黒歴史でしかない。
潜伏型バグは一般に「バグのイメージ」として描かれる大規模一斉殺戮でなく、暗殺または地域の社会不安の醸成を目的に散布される。比較的小型で隠密性にすぐれ、長期間にわたって稼働でき、土中に埋伏するか、自然物や身近な生活機器、玩具等に擬態することでも人目をあざむく。潜伏型の特徴として瞬間的に多人数の殺傷は期待せず、少数を継続的に殺傷し続ける。
古典SFでいうメンシェンイェーガーと化しているバグのこと。
鉄仮面カロッゾは当時の地球圏の人口を火急に削減しなければならない課題のためにバグを用いた。その思想から派生した潜伏型バグの一体は、稼働してのち五百年間にわたる潜伏の間、機械的無作為に十七人を粛清した。
平均して三十年に一人の間隔で淡々と殺し続ける行為は、その間の人口増加に較べればきっと微々たる戦果で粛清の大目標には一見して寄与しないが、未来にわたり恒久的に人類に災いをなし続ける意思をもつ。悪意のままに地に逼塞するもの。
古典的なドラゴンやグリフォンのようには、バグは潜伏する巣に黄金や瑪瑙を蓄える性質はなさそうだが、黒歴史の中にバグ伝説はポピュラーな素材になっていそうではある。
【子供にしか見えないフェラリオ】
ミ・フェラリオ、エ・フェラリオといったフェラリオの階級による区別とべつに、子供に見えるフェラリオ、大人にも見えるフェラリオもいることがわかっている。
ダーマ上人
金星のスペース・コロニー群とフォトン・バッテリーの列を遡ってその源流に、太陽電池パネルの出力を塞いで堰き止めてしまっているダーマ上人という者がいた。ダーマ上人はその昔、ラライヤ・マンディ事件の時代にレコンギスタしたマン・マシーンの一柱であったが、騒乱の世の鎮定に功あったにもかかわらず、そののちはアステロイド帯の守護に任ぜられ、辺境宇宙に逼塞すること幾世紀にわたった。強大なパワーと知性を有する高徳の上人 は、一方でまた自恃の深さゆえに宇宙の闇の永久の作業労働の報いなき虚しさを疎み、いつしか怨みを積もらせて、ついには教権に牙をむいた。
底なしにエネルギーを吸い取るダーマ上人の偉大力はヘルメス文書を知る天人 の予想も絶し、ビーナス・グロゥブのフォトン・バッテリーの生産は滞り、このままではいずれ太陽系の人類は困り果てるという事態になった。お湯のシャワーも使えなくなる。金星の天人らは語らい、一人の美女を上人のもとに差し遣わした。
褐色の肌の彼女は、歴史上の人類女性の誰よりも美しい。優しくしなやかな、並外れた突然変異 的な艶姿、天界にあっては天界の安定を危うくするほどの。この危急のとき、道心堅固なダーマ上人の節操を蕩かすものは彼女の愛らしさしかないと思われた。……
祠にむっつりと座り込む上人に美女は言葉巧みに近づいていって、モビルアーマーの装甲ハッチをするすると撫でさすった。彼の頑なな身の守りもユニバーサル・コードで紐解き、解放された内部に這い込むと、操縦座に就いて、あれこれと戯れ始めた。
ハンプティ・ダンプティみたいな形をしたもののことをスペースノイドの間で俗にダルマサンという。こうした、戯れかかる魅力の快さに上人がたまらずに腰を浮かせたときに、フォトン・バッテリーの電源を堰き止めて鎮座しているところから転げてしまったので、太陽系の全エネルギーは再開した。
ダーマ上人は美女の手管に欺かれたことを知り愕然となったが、そのときには遅く、道心も堅い装甲も破れかぶれになってしまっていた。あたら千年の斎戒 も烏有に帰す……。
美女は逃れていった。転 びつつ、宇宙の星々の間を逃れていく。
ダーマ上人の身は卵殻のように割れて、上人の身の内より這い出ずるダッハーク王の上体が別れて六臂となり、阿修羅となった半身の、肩から生えだす四本の紫色の稲光はたちまち荒れ狂う四頭の大蛇と化し、大蛇は逃れゆく美女の跡を追って宇宙 を覆った。
今や正体を現した黒歴史の怪物の凄まじさ、恐怖は筆舌に尽くせぬ。美女(雲の絶間姫)は、天界のロザリオ・テンに嘆願の手を伸べ、天人達に救いを求め祈ったであろう、泣いたでもあろうが、この任務においてはもとよりその成否にかかわらず、生きて帰ることは決してあるまい。かわいそうな美女でもあった。