古典作品は作品鑑賞の態度も永年を経て醸成・洗練されており、先日でもベックメッサーみたいな人をたまたま興味をもって取り上げてみたいと思えば、調べればしっかり研究されていて「ベックメッサーは重要な役」だと当り前に評価されているのがわかる。それだけでもホッとする。
通報 ...
投稿するにはメンバーである必要があります。
わたしにはそういう気持ちがあるので、富野作品ではとくに今回シオ・フェアチャイルドなんかをピックアップしていた。
ナディアについては、ナディアの心情は「お父様っ!」だけでいい。劇としてはその一点だし、そのうえその他をあげつらうのはかわいそうだ。
絶対にそれは言うまいと四十のうち少なくとも十六年を葛藤しているような人の気持ちが、想像されないものか。若くてはそれも仕方ないが、中年以上でそれなら人の心よりも、上の意味で作品鑑賞の程度を疑う。ナディアに対して酷い劇なんだ。
あとこの話のたびに毎度思い出すメモは、『F91』は親子殺しに迫っている。『F91』が1990年代に「家族」をテーマにしていることは知らない人はいないかのように言うが、意味は考えられているようでない。
簡単にいって、親が子、子が親を忌み嫌い、殺し合うように勧めれば「機械による殺戮」以上に人類の抹殺は捗る。親が偉いか、子が偉いかではなく、作品読後にもその印象を語っているなら自分の理解を疑えるといい。これはアーマゲドン人間のとき触れた。
あなた自身が知らずに人類抹殺のための端末、バグになっている。オルファンの抗体になりきってるみたいな言い方だ。たしかに、人類を黴菌扱いに駆除するには家族を破壊するのが早い。今頃にそういう流れに便乗するのは、おぞましいもの。