隕石阻止に加勢したアザラシ
シャアの隕石が落下を始めたとき、その場に集まった命知らずのパイロット達が一丸となって隕石に体当たりし食い止めようとした。静止衛星軌道上の艦隊から急発進してきたジェガンの一人が駆けつけると、隕石の地球側の面は今しも数十のモビルスーツ達の全力全開のスラスター噴射炎が光の柱となって立ち昇り、その閃光の一つ一つに命が燃えんとする光景に身震いするばかりである。
――かくては遅れてならじ
ジェガンのコクピットでパイロットの大尉は、おのれも瞬時に決意を固めると、遠路に用いた増槽を切り離すや、視界いっぱいに壁となってそびえる岩盤に向かって機体ごと一散にぶち当たり、がっしとばかりに取り付いて、後は構えて噴射に取り掛かった。
全パワーを解放したときのモビルスーツの推力がどれほど凄まじいものでも、地球に向けて突き進む隕石はあまりに巨大であり、無謀きわまる挑戦を敢行するこの場のパイロット達は皆一様に捨て身、命などは捨ててかかっている。モニターの周囲は白熱し、ジェガンを操る大尉も我武者羅の心境であったこのとき、ふと、機外からほとほとと戸を叩く音がする。激震するコクピットでは錯覚かと聞き過ごしたが、するうちにまた、ほとほとと音が聞こえる。意識ではありえないと感じながらとっさにハッチを緊急開放すると、黒い宇宙服が滑り込んできた。開放時間は数秒となく、ほんの一瞬の差でコックピット内も危険なこの場合だった。
自分の行動と、その瞬間目の当たりに直視した隕石の様相に慄然とする一方、大尉の目の前でヘルメットを脱ぐ正体不明の人物に唖然となりながら、室内環境の維持と機体の姿勢保持にかまけて目を奪われているわけにもいかない。あんたは誰でどこから来たのかと早口に訊ねる大尉に、女は物憂げに微笑しながら、以前にお世話になった者です、と言った。
答えもなかばに機体の震動が強まり、浮き上がる彼女の身体を抱き支えると、この異常な場合にもかかわらず、彼女の髪の香と体臭にくらくらとするものを覚えた。とにかく座ってろと指示された女はシート脇にしどけなく身を沈めて、黒貂のパイロットスーツのジッパーを胸元まで下ろした。大尉はちらと目をやり、目のやり場に悩んだが、事態は考える暇も許さず、今はジェガンの操縦にだけ集中しようとする。
操縦桿の上の彼の手に女の手が添えて重ねられた。目の前は灼熱する岩の壁、足下はまばゆい地球の昼の面がしだいに夜に移っていく。コックピットの隣には誰ともしらぬセクシーな美女が寄り添っている現実は、大尉には現実と思えず、自分の頭は完璧にどうかしたと考えていた。とにかくも恐怖心はなく、重ねられる手の感覚にはわけはわからないながらに心強いものを感じ、心なしかジェガンの推力も強まった。
その甲斐あってか無事に隕石阻止がすみ、事態が収まった後、漂流するジェガンの機内で大尉が正気づいたときには、彼女の姿はそこになく、ただその居たあたりが海水で濡れているだけだった。
生還して後に語るところでは、大尉は少年時分に入隊して以来モビルスーツ一筋で、異性と付き合ったことは一度もないとは自ら断言できる。ひとつ思い当たることといえば、地球で北海に勤務したとき流氷上で怪我した一頭のアザラシを救助したことがある。そのときに見た野生動物のつぶらな目は、確かに彼女のまなざしに似ていたと談話した。
シャアの反乱のときにはその場に働いたサイコミュの影響で多くのパイロットが幻覚を見たり、記憶に混乱を残したりした。彼らは人の心の光を見たといい、中にはコックピットで懐かしい家族に会ったり、死者と会話したという者も少なくないが、人間ならぬ動物も地球の危機に駆けつけたとの報告はめずらしい。