ガダバの結縁
ゴゾの組織の人材を求めることについて、
現実的で柔軟な組織をつくろうという豪族や貴族がいても、しょせんはガダバの結縁かガダバを正義と信じることで生計をたてようとする者なのだから、ゴゾのしめす規範の枠外で物事を判断しようとする中庸さはもちえない。(新)
これに相当する旧版の文は『所詮は、ガダバの血縁である』。あえて結縁と書き直してあるけど、
あえて婚姻関係を結ばないが利害で通じている異民族の豪族も呼ぶことをそう言って含めたのかもしれない。たぶん
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〝ガダバを興した時、法令は四条しかなかった〟という古い自由さが、いつしか法令多出して官僚のすみかになっている現状を悔いながら、あらためてゴゾ・ドウ自身の決意、
ここであらためて「結縁」、旧版はやはり血縁のところ。続く文章ではガダバを文化の柱とすべく三百年生かしたいといっていくので、やはり、ゴゾには文化圏的な意識で「結縁」と言っているようだ。歴史学などでこういう使われ方をするのか知らないところだが、ここでは重要な書き替えらしいぞ。
上の話が面白くて今夜ほとんど進んでいなかった。章のまだ始まったばかりだが、今夜ここまで。
「文化英雄」というとまた全然違う意味になるが……。文化の新興(旧)/振興(新)までを目途しながら、そうはなり切らなかった老覇王の生涯の長嘆息。これと、のちの『ガーゼィ』のズムドゥ・フングンとはだいぶ違うとは思う。