いま、エリアーデの『世界宗教史』からの横道で、シュメール学者サミュエル・クレーマーの自伝『シュメールの世界に生きて』を読み返している。このうちの六章「英雄たち」のところは、ここの『リーンの翼』の前回のはなし……ガダバの結縁のような話の、「英雄時代」を考えるときに面白い。
内容を紹介すると長くなるが、章は、ギルガメシュ叙事詩(ギルガメシュ物語)のアッシリア語版とシュメール語版の発見・研究史のあらましから、エンメルカル、ルガルバンダも加えてシュメールにおける「英雄時代」が浮かび上がってくる――というところ以降。古代インド・ヨーロッパ語族の……という語り出しではあるけど、ここにはたぶん必ずしも歴史学のセオリーではなく、クレーマー自身の"インスピレーションの得方"がスリリングなところがあって、また思い出せば再読しておく。
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ギリシア、インド、ゲルマンの英雄時代とシュメールのそれとが、社会構造・宗教・叙事詩文学と挙げていくほど「驚くほど似ているように思われた」から発して、シュメール人は、もとメソポタミアに先住、先行する集団の高度な文明地に侵入してこれを征服した人々だっただろう――との推測をさせるものはその英雄詩にある、という大まかな筋書き。
先シュメール文明には2020年代の今もなお、学問の場でははっきりしていないだろうと思うけれど、この思考の飛躍が今読んでも面白いと思う。飛躍といって、空想を語っているわけではないが。紀元前三〇〇〇年頃から古代ギリシア・インド頃の時代間や、地上界と異世界の間について「英雄サーガの成り立ち、語られ方のパターンが似ている」と思う発想のところ。その発想自体はゴゾ・ドウにも似ている。