「43 見えない敵」(旧)
「28 フェラリオの刺客」(新)
「…………!!」
またも殺気を感じた。
が、その殺気は、正確に言うと人の発したものではない。人の気ではないのだ。物そのものの気である。
剣を振った。
それも尋常な振り方ではない。左右上下に振ってみせたのである。それを見た者がいれば、迫水が剣を風車のように回したと言うであろう。(旧)
「……シャーッ!!」
殺気というよりも、物の怪だと思えたときには、迫水の剣は、風車になっていた。(新)
こういうところがたびたびとても面白い。前に同じようなことでは、イナゴのようだった荒くれがイナゴになったこともあった。
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比喩表現が隠喩になったといえば文章はそうだが、ここは殺陣で、演出の「間を抜く」ような連想が何か兆す。
時代小説の講談調では、寄せくる敵を片端から切っては払い、それでも寄せてくるのは「ええい面倒」とばかりに両刀を抜いて右左に水車か、風車になるのは当たり前だがリーンの翼の文のスタイルはその前後一貫していないんだ。しかし、空中を蹴って方向転換するような一瞬で超人的になる。