勝つために戦うこと
上の神気、元気に続く、再々々々度にわたる日本軍批判の文は、新旧版で内容がだいぶ異なる。
〝戦闘ハ勝利ヲ得ル唯一ノ手段ニシテ、戦闘ノ必要トスルトコロハ何ヲオキテモ充足セシムベシ〟(旧、海戦要務令)から続く〝日本軍はなぜ大陸や太平洋で開戦できたのか〟(新)という問題については、日本人は戦闘という基本概念を喪失していた、作戦を策定したインテリの日露戦争以来の気分のままの妄想のせいだ、というのは言葉は変われどすでにくり返しでもある。
完全版では、ミラヤマで軍需品の調達問題にかかわったことから軍需産業(資本家、経済人)の関与、大手新聞や日本放送協会の関与と、戦争を消費活動と考える人々について逆算的に迫水にわかっていったことが書かれる。
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戦争を始めないこと
上は、まだ大ざっぱに言えば「勝てる戦い方をしなかったからだ」との思想で、では戦争自体は是か非かには踏まない。
の一文は旧版にはない。これは富野論としては今後、重要な差異だろう。
完全版41章に挙げる古典的出典では『孫子』『論語』『老子』に続けて、
を平和を維持するということはいかなることをするかの学問として挙げている。