孔子曰ク、地ハ神気ヲ
引用は「礼記」孔子閑居篇より。完全版では「
続く解説は新旧ほぼ同文。前章での「神」論について東洋的な方位から補っている。
それは、意志そのものの象徴として語られている。
後世の神という意味以上に天地を創造した意志そのものを語っている。
限定した象徴としての神ではなく、広く現象そのものを把握している。
文意自体は長くなく、難しくはないものの、『具体的な宗教が生まれる以前は、人は、広い概念で自然と人の関係を摑んでいた(気)。賢しく考える手掛りを得るための道具(
「浩々たる元気は、天地を造るのだ……元気とは、天と地の意志を汲む力のことだ」(旧。新版では、「赫赫たる元気」)のようにわかる迫水は聖戦士の自覚ができたにしても戦前にどういう基礎教育を受けていたのか(語彙力)はわたしは今わからないところだ。学校だけでなく剣の先生も個人指導してたかもしれない。
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上は、巻末の引用出典によると、東京大学出版会『気の思想』(1978)よりと書いてある。この本いまちょっと高額なのと、近所の図書館にもないので捜してもらうのも面倒だが引用箇所は「礼記」なのでそこ自体は困らん。どこにでもある。その解釈のことで……
わたしは孔子についてあれこれ言えるほど真面目な儒家じゃないが、孔子の宗教性と古代宗教の進展についてなら、エリアーデの『世界宗教史』中にその章があるはずで、わたしの関心なら今そちらでもいい。エリアーデ再読も遅速だが、思わぬところで接点を見つけた。