今これ、翻訳で読んでいる、しかももしかしたら古い版かもしれない(昭和55年の本、初版)のだけど、文中で同一人物のサブルのことを行が変わるたびに「サブル」「サビュル」と定まらず、その理由もよくわからない。次に読むときはこの本の新版ではなく、今後再読するなら英語の原文を読みたいと思っているが、そのときにはもう思い出さないのではないか。
その分からないことを除けば、この本の翻訳はとても丹念な仕事だろうと思え、そのうえ厖大な文量でもあり訳者には頭が下がる。上のことを知りたくて一瞬ネット検索もしたが、今に読むならこの小説は基本的には青春小説というところを押さえて読まれたい。ル・グインの創作論についてあれこれ言いたければまずそのエッセイなりを読む。
通報 ...
素朴に、『アナーキストが集まって国を作ったりできるわけないだろ』『集団になってる時点でそれはアナーキストではない』みたいな、結果のないお喋り・やり取りが、テーマを挙げればどこの輪でもありがちだと思うんだ。
そこはまず、想像してみなさい。そこはプロの作家として、「あるか、ないか」の不毛な論議するよりも、そんな世界をすでに作っておいた。物語は、その世界をシェヴェックがどう生きていくかでしょう。
『夜の言葉』では「コスモロジーの勧め」のように書いてあるところだったと思うけど、わたしはここの通読での去年頃の経緯を思い出すだけで、まとめてはいない。