かとかの記憶

アケローン民話

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作業所

katka_yg
作成: 2026/04/11 (土) 11:21:08
最終更新: 2026/04/11 (土) 11:42:18
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ラビ・スターダンス

タナティアの山間の地方に小さな村があり、村の外れは鬱蒼と茂る竹やぶに接していた。竹やぶにはこのところ獰猛な一頭の虎が住みつき、村の家畜・家禽にそろそろ被害が現れ始めていたが、この虎は地方一帯ではすでに人食い虎として知られ、方々で血みどろの噂になっているその個体ではないかと思われた。

巨大な体躯の縞模様の獣が人家近くまでうろつき、物言わぬ爛々と光る目で家々の方を盗み見ては徘徊する様子には、いまだ村人に犠牲者はないものの、恐れおののく人々は気が気でなかった。タナティアよりウェスタに近い辺りでは、国の警備隊は横柄なばかりで村の生活を助けてはくれず、こうした猛獣や山賊の害のあるたび村人は嘆息して神に祈るしかない。虎は人間の恐怖を煽りながら村外れの草間に寝転び、日に日に獲物を眺めては舌なめずりし、来たるべき惨劇の夜を待ちわびるようであった。

夜、虎は寝場所から起き上がると、満たされない飢餓感に突き動かされて徘徊した。舌を垂らしぜいぜいと息を喘ぎながら、眼は闇雲な憎悪を映して、行き当たり目に入るものは何でも引き裂いてやろうと思っていたが、そのじつ何も見てはいなかった。竹藪を抜け、人家との間を隔てる草地に出たところで、どこからか微かな囁きに、そこな虎子や、虎子や、と声がした。虎はきっと振り向いた。

誰だっ。暴虎とて悪名(あくみょう)のみ高く、近隣に怖れぬ者もなきこの僕を虎子と呼ぶのはっ。

さらさらと袖振りながら月明かりの草原に歩いてくる人は、童女のすがたでありながら、その身に仄かな燐光を帯びて、一目見て虎はハッとなった。

虎子や、おまえも肉趾もつ物の(うから)として獅子騎士を崇めておろう。獅子騎士ジレンマは私の弟なのですよ。

虎はそれを聴いて慄然となり、伸ばしかけた爪も収めると、尾を立ててじりじり後じさり、地べたにぺたんと平伏した。月下の人は微笑んで虎を見下ろしている。これは、タナティアの民衆が家内平穏や子どもの交通安全の守り神として祀るラビで、村道の急カーヴのところには昔から小さなお堂があった。いとけない女児の石像にすぎないが、尊い血筋の系譜上、いかなる暴虎といえどもラビ・スターダンスの前には、ネコ科動物の神であるジレンマの姉としての権威から従うのである。

虎よ、なぜそのように心荒ませ、生きものに害意を抱いて歩くのか――恐懼する虎の頭に近くラビは膝を寄せて、虎の額を撫でてやっていたが、虎の方はきらきらと電球のような目玉を光らせてこの奇跡の存在を見上げ、じきに口にするには、

ですが姉上、僕はもとより生まれついての肉食(にくじき)の性、いかに非道だ、残忍と言われようと、生きものを取って喰わねば飢えてしまいます。

そうね。幼い精霊は、野獣の言いたい弱肉強食の理論をあえて否定もせず、淡く微笑むと、私一人の肉身がどれほどの糧になるとも思えぬが、この身はおまえにくれようか。

と悲しそうに虎のことを見るので、暴虎の気持ちもつい悲しくなり、尊き方を牙にかけたとて、夜半(よわ)ほどになれば再びあさましき餓えに駆られているものを、そうまで捨身になられるまでもない。輪廻の無惨さには際限もなく、世の憂さには僕も飽き果てました。捨てるならこの身を捨てましょう――と観念した。

ラビはすっと膝を立て、おいで、と手を差し伸べた。先に立って導く童女の後を、かつて近隣に人食いと怖れられた虎も今はおとなしく付いて行くのだった。どこまでも彼らは歩いていき、やがてその姿が小さくなり、人の目には見えなくなった。

ラビが天界に去ってしまったので、タナティアの村の守り神は不在になり、村道のカーヴのところには像のない空のお堂だけを残すことになったのだが、顛末を伝え聞く村人達はその後にもお堂に花のお供えを絶やさなかったということだ。

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