作業所
タナティアの山間の地方に小さな村があり、村の外れは鬱蒼と茂る竹やぶに接していた。竹やぶにはこのところ獰猛な一頭の虎が住みつき、村の家畜・家禽にそろそろ被害が現れ始めていたが、この虎は地方一帯ではすでに人食い虎として知られ、方々で血みどろの噂になっているその個体ではないかと思われた。
巨大な体躯の縞模様の獣が人家近くまでうろつき、物言わぬ爛々と光る目で家々の方を盗み見ては徘徊する様子には、いまだ村人に犠牲者はないものの、恐れおののく人々は気が気でなかった。タナティアよりウェスタに近い辺りでは、国の警備隊は横柄なばかりで村の生活を助けてはくれず、こうした猛獣や山賊の害のあるたび村人は嘆息して神に祈るしかない。虎は人間の恐怖を煽りながら村外れの草間に寝転び、日に日に獲物を眺めては舌なめずりし、来たるべき惨劇の夜を待ちわびるようであった。
夜、虎は寝場所から起き上がると、満たされない飢餓感に突き動かされて徘徊した。舌を垂らしぜいぜいと息を喘ぎながら、眼は闇雲な憎悪を映して、行き当たり目に入るものは何でも引き裂いてやろうと思っていたが、そのじつ何も見てはいなかった。竹藪を抜け、人家との間を隔てる草地に出たところで、どこからか微かな囁きに、そこな虎子や、虎子や、と声がした。虎はきっと振り向いた。
誰だっ。暴虎とて悪名(あくみょう)のみ高く、近隣に怖れぬ者もなきこの僕を虎子と呼ぶのはっ。
さらさらと袖振りながら月明かりの草原に歩いてくる人は、童女のすがたでありながら、その身に仄かな燐光を帯びて、一目見て虎はハッとなった。
虎子や、おまえも肉趾もつ物の族(うから)として獅子騎士を崇めておろう。獅子騎士ジレンマは私の弟なのですよ。
虎はそれを聴いて慄然となり、伸ばしかけた爪も収めると、尾を立ててじりじり後じさり、地べたにぺたんと平伏した。月下の人は微笑んで虎を見下ろしている。これは、タナティアの民衆が家内平穏や子どもの交通安全の守り神として祀るラビで、村道の急カーヴのところには昔から小さなお堂があった。いとけない女児の石像にすぎないが、尊い血筋の系譜上、いかなる暴虎といえどもラビ・スターダンスの前には、ネコ科動物の神であるジレンマの姉としての権威から従うのである。
虎よ、なぜそのように心荒ませ、生きものに害意を抱いて歩くのか――恐懼する虎の頭に近くラビは膝を寄せて、虎の額を撫でてやっていたが、虎の方はきらきらと電球のような目玉を光らせてこの奇跡の存在を見上げ、じきに口にするには、
ですが姉上、僕はもとより生まれついての肉食(にくじき)の性、いかに非道だ、残忍と言われようと、生きものを取って喰わねば飢えてしまいます。
そうね。幼い精霊は、野獣の言いたい弱肉強食の理論をあえて否定もせず、淡く微笑むと、私一人の肉身がどれほどの糧になるとも思えぬが、この身はおまえにくれようか。
と悲しそうに虎のことを見るので、暴虎の気持ちもつい悲しくなり、尊き方を牙にかけたとて、夜半(よわ)ほどになれば再びあさましき餓えに駆られているものを、そうまで捨身になられるまでもない。輪廻の無惨さには際限もなく、世の憂さには僕も飽き果てました。捨てるならこの身を捨てましょう――と観念した。
ラビはすっと膝を立て、おいで、と手を差し伸べた。先に立って導く童女の後を、かつて近隣に人食いと怖れられた虎も今はおとなしく付いて行くのだった。どこまでも彼らは歩いていき、やがてその姿が小さくなり、人の目には見えなくなった。
ラビが天界に去ってしまったので、タナティアの村の守り神は不在になり、村道のカーヴのところには像のない空のお堂だけを残すことになったのだが、顛末を伝え聞く村人達はその後にもお堂に花のお供えを絶やさなかったということだ。
西海岸のLAストリートにZACという若者がいた。ZACはスターガルト病を患っていて、中学の頃に発症した視力低下がその頃にはかなり進行し、いずれは失明に至ると知りながら、治療の当てはなく、漠然と将来に悲観しながらその日その日を暮らしていた。
ストリートに屯する世代には、種類や程度は違えど、各々に障害や満たされない家庭事情を抱えて享楽にふけっている者が少なくなかった。そうした先のない若者達の間にも、とあるおとぎ話めいた噂があり、それは『地球上のどこかにあるアマンドラの国に行き、天使ガラテアのピアノを聴けば願いが叶う。癒えない病もない』というのだった。くたびれた夜のホステスからそんな噂を聞いたとき、ZACは、子供の頃から神や奇跡は信じないが、世の人の不幸をタネに商売しているというその女のことは無性に気になった。
LAからアマンドラ国へは容易な道のりではなく、途中アラスカからシベリアの大地を踏破し、幻のティル・ナ・ノーグを経てやがてアケローンの丘を越え、ノーザンバランドの古伝承の地に至るまでに十五年の歳月が駆け去っていた。この地、アマンドラ国の天使といわれる女王ガラテアは、伝説に語られる通りに今も聖堂でピアノを弾き続けている。悲愴曲「LOW」の強大な呪いのために歴代のピアノマスター達の身体は蝕まれ、演奏することで生命を削るように皆死んでいったというが、当代の女王ガラテアについては、呪いがかえって良い方向に効いたのか、若々しく健康そうで、何百年も昔の伝説より若返ってさえいるようだった。
ZACの視力はこの頃にはほとんど失われ、周辺視野でわずかに朧な像として女王の姿を捉えるだけだった。演奏が始まると、ZACの卑屈に凍っていた口元は震え、背骨を貫いて電流が走った。流麗な顫音が流れ去り、やがて余韻を引いて聖堂の静寂に消えていくまで、いまだ朦朧と恍惚の間に抜けきらぬZACは、よろよろとガラテアのほうに歩み寄っていった。
まじ感動したです。馬鹿な噂聞いてわざわざ来たんスけど……。これジャズすか?
べたべたする手に手を取られて、天使は戸惑いながら「クラシックです」とかろうじて答えた。昂奮のあまり一時的に吃音も収まったZACは、勢いで「結婚してくれねースか」とまで詰め寄った。
あの、ボク……。ごめんなさい。
一蹴されたが、自分の不細工なことならストリート時代から承知しているZACは、いんスよ、と陰気に笑いながら、
じゃ。ロスに帰ったらあんたのことコロンで宣伝しておくから。な? え……ありがとう。
もとの道をたどって再び西海岸に舞い戻ったZACは、宣言の通り、コロンのハコのロビーチャットで天使ガラテアのアルバムを宣伝する仕事につき、それなりにその後を幸福に暮らした。ガラテアのピアノを語るについても、「クラシックはわからねーけど」と前置きに挟む癖はやめなかったそうだ。
惑星「夜」の文明がかつて繁栄の極みにあったころ、星系を訪れた魔法使いイレイサー・イーサーがその歴史を食い止めたといわれている。彗星に乗って旅するイレイサー・イーサーが宇宙空間から惑星に向け呪いを投げかけると、呪文を浴びた惑星の人々の心には狂気と、理解不能な想念が沸き返った。人々は憎しみ・嫉みに駆られて争い始め、共に手を携えて国と星との発展に尽くす気持ちを忘れていった。
高い文明に達した星々を訪ねては文明を破滅させ、人間を原始状態に返すのがイレイサーなのだという。以来、彗星を棲み家にするイレイサー・イーサーは周期的に第三惑星を訪れ、星の文明を中世にまで後退させた。惑星の人々はイレイサーに立ち向かい、イレイサーを打ち倒す試みを続けていた。王家より討伐の令がくだり、地上の戦士たちはイレイサーに立ち向かった。その頃の王国には、イレイサーを倒すことのできる戦士達がたしかにいた。彼らは戦士として強化された身体を再構成し、人類の銀河史にある戦闘技術を余さず備えていた。
宇宙に名のあるほどの戦士なら、彗星に飛び乗り、イレイサーを倒すほどの力量の持ち主は珍しくない。そしてイレイサーに打ち勝ったとき、戦士は倒したイレイサーの精神にふれ、彼女の意志、記憶と、人格を引き継いでイレイサーそのものになるという。だから決してイレイサーは最終的に倒されることがなく、挑みくる銀河最強の戦士たちを容易く食らい、それになった。
イレイサー・イーサーは四百年周期で訪れ、惑星の人々に呪いを投げかける。そのような魔法使いイーサーには物理的な実体の有無すら定かでなく、亡霊のような精神体ともいわれた。恐るべきイーサーの噂が広まると、惑星「夜」は星間世界から切り離され、やがてイーサーとともに星系ごと封印された。星図からも抹消された夜世界に再び訪れる旅人はなく、恒星通路を封鎖された人々がその後に星々の間に脱出することもなかった。
城下町に住む少年ゾエルは、その頃、郊外の古い神殿跡に毎夜出かけ、遺跡に住む若い娘に会っていた。そこは古代の遺構を残しながら、現在は王家のささやかな離宮がつくられていた。その女性は惑星の王女だった。少年ゾエルは王女に会って「結婚してください」と言った。それまでにも二人はたびたび会っていた。さびれた離宮に王女は孤独に暮らしていた。星のない惑星の夜、王女は庭園で、歌のない歌を口ずさむ。ゾエルはそれを聞きに行くのだった。
求婚され、王女は歌うのをやめて彼をみた。好きよ、ゾエル。ああ、あなたがイレイサーを倒してくれたなら……。王女は身を屈めて少年の髪をなでた。身長、一四五センチ。あなたの体格では、生まれつき身につけることのできる剣技のレベルに限りがある。あなたの成長ポテンシャルでは、この先どれほど修行してもイレイサーを討ち果たす力量に至らないわ。
そしてあなたの優しい心では、どんな精神モッドを導入しても、邪悪なイレイサー・イーサーの呪いに抗えない。わたしにはそれが自明のこととして見える。かわいそうに。美しい王女の瞳に映る未来には、愛する少年が未熟なままイレイサーに挑んで死亡するところが見えたので、王女は、本当に残念そうに言って一滴の涙を落とした。「さようなら、ゾエル」
ゾエルは落胆し、王女と別れて下町の彼の下宿に帰った。当時、『邪悪な魔法使いを倒した者にこそ王女との結婚を認める』という王国の布令が下されていた。なぜこんな運命が決まっているのか。ゾエルは平民の生まれで、もとより王女にふさわしい相手ではなかった。恐ろしい魔物を倒すほどの武術を習ったこともないし、戦闘シナユニを買う金もなかった。それでも彼女が好きだった。それだけなのに。
少年は夜また夜を泣いてすごした。夜が明けて、新たな夜が訪れる頃、少年の疲れ切った心にひとすじの暗冥(あんみょう)がおとずれた。王女は誰からも愛されるほど美しいのだから、王女を愛する思いは万人に同じだ。そもそも王女への愛だけが大事なら、その同じ心をもつ人であれば、見返りに王女の愛を受け取るのは誰でも良いではないか。私よりもっと体の大きな、もっと逞しい……誰でもいい。誰であれ、イレイサー・イーサーを打ち倒してくれ! 少年は自己愛の否定に至り、無惨な悟りは疑いなく明らかになった。
それでも私の愛すべき人は王女なのだから、私にはもう、誰も愛する人がいない。そして、少年はロープに首を吊って簡単な自殺をした。
その間にも、賞金や名声欲に駆られてイレイサーに挑む戦士たちは、惑星から次々に飛び立っていった。屈強な男たちは、強力な装備と技術を買う金も十分にもっていた。彼らは、もしも現在の自分のレベルでイレイサーを倒すことができなければ、イレイサーを倒すのに十分に強力な身体設計と、剣術技巧をあらためて導入し、人生を再走しようと考えていた。しかし、彼らは戦いに臨み、誰ひとり帰ってはこなかった。彗星を駆るイレイサーは戦士たちの魂を貪欲に食らい、すすった。
惑星の周期で百六十年後、新たに条件に合いそうな少年が王女のもとを訪れた。以前の少年と同じ優しい心をもっていて、幼い頃から美しい王女に憧れを抱いていた。名前も同じゾエルだった。成長したとき、少年はあの少年ゾエルより、五センチ足して身長、一五〇センチだった。しかし王女の瞳は、再び悲しげに伏せられた。
イレイサー・イーサーの身を傷つけるためには、特別なホムンクルス・ソードが必要だけれど、ホムンクルス・ソードを鍛えるためには、鉱脈を守るブッカ・ブーの一族を襲撃して滅ぼし、魔法の鉱石を奪い取る必要がある。心の優しいあなたにそれができる?――この剣は「顧みることなき剣」とも呼ばれ、いまだ鍛えられず、この世に生まれざる剣ながら、王女によると、魔法のその剣を手にすれば、相手が女であれ男であれ、老いも若きも、いかなる敵の区別なく一太刀に斬り捨てるという。
その夜から少年ゾエルは、山地に住むブッカ・ブーの領地の周りをうろつき、平和に暮らしている妖精たちを遠くからうかがい、夜ごとに襲撃の策を練った。焼き討ちと殺戮のすべを一から十まで検討し、心の張り裂けるほど苦悩した。ゾエルは一度、ためしに部族の幼い娘を拉致して、剣で殺そうとした。ロープで両腕を縛られた娘は、泣きながら、わけのわからない言葉で救いを求めていた。幾度も剣を振り下ろそうとし、そのたびにゾエルの心は萎えた。
王女の言う通り、私にはできない。私の弱い心では、顧みることなき剣を手にすることはできない。その剣は将来、それができる誰かに託そう。未来にいつか来る誰か……王女への愛さえ同じなら、その心は残忍でいい。そして絶望した。王女のために悪魔にもなれない私は結局、王女より私自身の心を愛しているのだ。だからゾエルは剣をもたずに戦いに旅立ち、望んでイレイサーの餌食になった。
二百三十年後、ブッカ・ブー族を滅ぼす者が現れた。身長一六〇センチ。鍛えたなかなかの腕力を持ち、心は冷酷だった。その少年は山地の部族を皆殺しにして鉱石を持ち去り、ホムンクルスの剣を鍛えた。顧みることなき魔剣は、そのために「惨劇の剣」とも呼ばれるようになった。
あの頃王女の言ったとおりなら、その剣はイレイサーを倒せたかもしれない。しかし、その間にイレイサーはより強くなり、今は魔剣があっても戦いは絶望的になっていた。彗星の氷の表面には、幾世代にもわたる戦士たちの骨と彼らの朽ち果てた武具とが積み重なっていた。かつて「顧みることなき惨劇」と呼ばれた剣は、一度敗れてのちは再び顧みられることなく、今は無数の敗者の遺品に埋もれていた。
数百年後、また一人の少年がゾエルの名を継いだ。少年の知識は戦闘に特化し、心には刃より研ぎ澄ました戦意が貫いていた。ゾエルにはひとつの思いだけがあった。今よりもっと強くありたい。美しい王女を愛するにふさわしい、より強い私に。でなければ私には生きている意味がない。弱いもの、美しくないものに価値はなく、価値のないものは生きていてはならないから。少年はただ自らそうあるために、彗星なるイレイサーの玉座の前に立ち、名もなき剣を手に戦いを挑んだ。
剣閃と魔術の呼び起こす稲妻が、彗星の氷の野をきらきら彩り、戦いの叫喚が真空の宇宙をつかのま騒がせた。やがて倒れた両者のうち、最後に立ち上がった一方のいずれか……いずれであれ、それはイレイサーなのだった。
相変わらず四百年周期で彗星は訪れ、地上に狂乱を呼んでいる。イレイサー・イーサーに挑む勇気のある人は惑星になく、この星の人々はイレイサーに脅かされる一生を受け入れ、諦めている。そしてまた一人の少年が夜と夜と夜のはざまに生まれ、王女の前に立った。ゾエル? その名をもう誰も知らない。少年の背丈はもう王女を越え、王女の手はもう、彼の髪を撫でることができなかった。
この話は十年くらい前に即興連投で書いたので、その140字区切りの体裁を外して、それと当時のネタ的な寓意を除いてリライト。もともとイレイサーでもイーサーちゃんでもなかった。ゾエルだけ同じ。
クレコロのトピックの続きで「惨劇のつるぎ」の話をしていたので、せっかくだから再投。ここの民話や説話的文体の趣向とはだからちょっと違う。
クラシックな「惨劇のつるぎ」というアイテムが実戦で使える最初で最後の例みたいな…。「かえりみることなき剣」なども名前は印象的でAMの旧作のプレイヤー誰しもが憶えていると思うけど。
ウェスタやタナティアの山地の方にも多くの妖精の種族が住んでいたが、平地に暮らしている妖精と比べると概して人間に好意的ではなく、害意のある質(たち)の悪い者らだった。国境近くの昔の砦跡にはしばしばそうした敵対的な妖精が住み、緑フードもその中の一種である。
これは名前の通り緑色のフードでいつも顔を隠している小人族で、崩れた城壁の下に一夜の宿を求める旅人を夜中に襲撃し、得物の大鉈か包丁を人の血で塗りたくるのを至上の喜びにしている、邪悪な生き物。集落に近づくときには、農作業や家事の手伝いをしてくれることもあるが、一つ場所を片付ける端からもう一方を散らかすという手合いで、家庭に幼い子供がいるときは、いつでも痛めつけて大怪我をさせようと狙っている。あと、機械部品をすり替えたりオイルに不純物を混ぜるのは常套手段で、プログラムにバグを紛れ込ませるのもきわめて狡猾だった。
この緑フードと草虫の一団が、夜中に村外れの草地をうろついているのは誰が見てもぞっとする光景である。そんな夜更けに、寝付かれない幼児のためにどこかの家の姉が歌う歌声が、かすかに聞こえてくると、
夜ふけて 丸くまどろむ 草くらげ 夢の野原に 走る葉ぎつね
妖精と妖精虫達はざわっと身をそよがせ、降る月の光と、風の間にまに姿を消していく。他愛のない童歌でも、韻を踏んでいるものは何でもこれら邪悪な妖精にとってはおぞましい恐怖の的だ。ただし、この世にはそれとは逆に韻文を好む妖精の仲間も少なくないので、依然として注意が必要である。
冒険家・動物学者のアレクのテントに夜に訪ねてくる者がいた。アレクが寝ていると、テントのジッパーのところをとんとんと叩く音がして、アレク、アレク、開けて頂戴。……開けていいのかしら。と声が聞こえた。
半分寝ぼけでアレクが応じると、客はジッパーをそろそろと引き開け、白い衣裳と長い髪が入口に引っかかるのを難しそうにテントに入ってきた。はっきりと顔を合わせると、ランプの明かりの下でも輝くように美しい少女だった。やや上目遣いに見ながら、膝を揃えて座る一々の仕草にもどこか、稚い面影があり、アレクは十年前のことを思い出した。
当時、小学生だったアレクは進路に悩み、夏休みを利用して自分探しの旅に出た。LAストリートで捕まえた草虫を始めに、ポイズンバタフライ、ヒップホッパー、電気ねずみ、インドラ、ドルバン甲虫、朱雀、青龍……等々、数々のモンスターを仲間にして名を挙げ、獣使いアレクとして闘いの塔を駆け昇っていった。
各階の対戦者は全宇宙から集まったスペシャリスト達で、容赦なく熾烈な戦いが待っていたが、アレクは決して負けることも挫けることもなく勝ち進んだ。塔最上階では、白鳳十騎士の第十番、「従う者」ヘルメティカと戦った。ヘルメティカは見た目は六歳の幼女だが、おそらく千年は昔からその姿をしている。恐るべき魔力で闘いの塔を制圧しており、塔の達する銀河の最深淵より声なきテレパシーの声、人々の存在しない記憶(ロストメモリー)を介して、宇宙の果てに向けてメッセージを送っているのはオクタビアンではなく彼女なのだった。
アレクの切り札モンスター達はヘルメティカに難なく無力化されてしまい、ヘルメティカの方は細腕な小娘なので、戦いはじきに膠着状態に陥り、二人は部屋にあるクッションや枕、ぬいぐるみを投げ合い、服を引っ張りあってもつれ合った。アレクがくたくたになって倒れ込むと、相手も隣で、絨毯に仰向けになって薄い胸を上下させていた。アレク、アレク……少女は熱っぽくくり返し、このことは誰にも明かしてはいけないわ、あたし達だけの秘密にして……といった。
アレクは、言われるまでもなく秘密は守る性格だったから、戦いを終えると、<答え>を得て塔を降りていった。アレクが<答え>を得たことはすぐに噂となって銀河の隅々にまで広まったが、その<答え>が一体どんなことだったのかは、誰にもわからないのだった。
アレクはそれから銀河の星々を訪ね歩き、各星系に人類文明の興隆するによって、一方で滅びていった原住生命達の痕跡を発掘して記録する、銀河古生物学とも「死者の代言」ともいわれる仕事についた。この道では獣使いとしての、あの夏休みの経験が役に立った。テントに訪ねてきた少女は翌朝には、自分もサファリ・ルックに着替えており、アレクのその日の仕事に一緒について歩いた。夜にはまた同じテントで、お互いのことを語りあって過ごした。はじめは堅く、ぎこちなかった少女の表情も、互いに触れ合い、交じり合うほどに、その美しさも蕾が綻びるように開花していった。
冒険者のアレクが可愛い助手を得たことはすぐに宇宙の噂に昇ったが、彼女はまたしばらくするとアレクのもとを立ち去っていった。深宇宙の寂しさに耐えられなくなったらまた訪ねてくるとも、訪ねてきてほしいと約束したともいい、また他の説では、その後二人は再び会うことはなかったともいう。本当のことは互いの間だけで秘密にしているので、きっとわからない。
24階の対戦者が従う者ヘルメティカで、『おいで……』という以外語ることも少なく、これが結局なんだったのかはわからない。
テキストではわからないヘルメティカの行動は、一応の最終戦になっているけど戦闘が妙に緊迫感がなく、Lv1制限だから被ダメージも少なくて死ぬ心配が少ないうえに、無駄行動をいくつもしていてあまり熱心に戦わない。
最後に『ありがとう…』といってヘルメティカは消え、アレクは<答え>を得る。ヘルメティカがラストに出てくるのはミサ2のストーリーのラストをなぞっているとしても、アレクは小友ではないし、ヘルメティカはアレクに何の用があったのかも言わない。アレクには、最初に求めた問いの<答え>として、それで伝わったらしい。
これは雪女とか鶴女房とかの話の型で、宇宙時代の民も形を変えて語り続けるだろうと思えるもの。わたしは、前回に上げた「メロウ」の続きで、妖精の妻が破局に至るとくに理由はなくても帰っていくという物語りに興味がある。
長い宇宙の歴史の中で、ある時、アケローンの丘が処刑場になったことがあった。その頃の宇宙にはゴート機構も八ノ地教もなく、丘のふもとには小さな寂れた町だけがあって、その町で罪を犯した者は丘の上の絞首台に吊るされる決まりだった。
絞首台にかかった罪人の死体は腐敗し、惑星に降る日に焼かれてやがて風化し、夜には丘をわたる風に揺れてロープをぎしぎし鳴らした。夜更けに、町外れの酒場で呑んだくれた労働者が通るときには決まってその音が聴こえる。ちっ。嫌な音を立てやがるぜ……。その途端、破鐘のような哄笑がとどろいた。
この丘にぶら下がっていると宇宙が見えるんだ。俺が発見したオクタビーの秘密を教えてやろう!
宇宙の深淵から届くようなその声があまりにも陰惨で不気味なので、どんな男も肝を潰してほうほうの体で逃げ出した。その後から、髑髏の顎を鳴らしてカタカタ笑う音が追ってきた。こんなことが重なって噂になり、町に住む大人達も絞首台のある丘にだけは避けて近寄らなくなっていたが、そんなころ、一人の学生が夜中に丘を昇ってきた。
首吊りのおじさん。ここがアケローンで、オクタビーの秘密を見つけたというのは本当なの? アア……? 嘘と思うなら俺の足元を掘ってみるがいい。地球の芯まで届くほど、深くな……
学生はスコップで絞首台の足元を掘ってみた。それほど掘るまでもなく、スコップの先に当たるものがあったので拾い上げてみた。昔のドルバン人の遺物のように見えたが、ためつすがめつしてみると、どうもパイプのようだった。
アア! ここにあったのか! さあそれで俺を星にしてくれ、頼む!
そこで学生は手にしたパイプで絞首台の死体を星に返し、星士になった。天馬ひとみの最初の偉業だといわれている。
その昔、ガラテア王女が買収した国々の一つに夜半(ヤハン)の国があった。この国では空から燃える隕石の雨が降り、普段から表を歩くだけで大変危険だった一方、隕石から得られる鉱物資源は科学と産業のめざましい発展をもたらした。その引き替えに国では大気汚染が進み、空はいつも厚い煤煙に覆われ、昼間でも夜中のように暗かった。
中学生のサウス・ノードは昔の王家の末裔であったが、今の時代にはすっかり零落した家庭で育った。下町のアパートに暮らすサウスは、病気がちな母を助けて生計を支えるためにアルバイトを掛け持ちし、毎日、学校が終わると道路工事現場やゴミ処理場に通っていた。その頃のヤハンの街では、フィルターの不十分な自動車の排ガスや廃棄物に混じる有毒物質のために子供達の健康な発育が損なわれ、毎年大勢の子供が喘息で死んでいたが、サウス・ノードは頑健な身体と心肺の持ちぬしで、汚染をものともせずに働いた。
夜には街中の仕事場を行き来し、いつも煤と埃で汚れ、防塵マスクとゴーグルを着けているサウスは、学校でも周囲から汚い、臭いと指さされて嫌われていた。でもそんなことは気にせず、サウスは中学とアルバイトを両立して健気にがんばっていた。そのころ、サウスの身近では不穏な噂が多く、身を寄せる拠り所のとぼしい子供を狙った事件が相次いでいた。夜、裏通りに子供の悲鳴が響くと、駆けつけた人々の目の前には恐ろしい血溜まりが広がっている。そして通りの上空を正体不明の円盤が飛び去っていくというのだった。
道路工事の仕事中、サウスはUFOによる誘拐を目撃した。夜遅く、やはりアルバイト帰りの少女達が路地の角から現れたコートの人物に襲われた。少女のうち二人は道に突き飛ばされ、一人の少女は腕を掴まれながら必死にもがき抵抗していた。少女とMr.UFOは頭上から降ってくる光の中を上昇していき、やがて上空の円盤に吸い込まれて飛び立った。道路作業員達とサウスはしばらく円盤の後を追いかけたが、円盤は宣星会幹部の屋敷の敷地に消え、そこまでで追跡は阻まれた。
宣星会はこの国で最近勢力を振るう団体で、貧民や旧王党派に排斥的な活動をしていた。議会の有力派閥である民衆派の議員や、民衆派と関係のある資本家とも結託していて、街の屈強の男達といえども宣星会が相手では手も足も出ない。同僚の作業員達も諦めて帰ってしまった後、サウス・ノードは一人でとぼとぼと家路を辿った。胸中には怒りが渦巻いていた。
病気の母が眠りに就いたのを確かめて、サウスはこっそりと身支度をした。暖炉のそばにお湯を張った盥を置き、サウスは体を洗った。何度もお湯を替えて煤を擦り落とすと、サウスの肌はしだいに見違えるように艶つやになった。処理場のクリーナー・ヤムヤムから得ておいた石鹸は良い香りがし、湯の温かさで体はうっすら火照っていた。汚れを洗い流した髪を丹念に梳いていくと、サファイア・ブルーの髪には星の輝きがきらめき、宿った。
宣星会の幹部達は深夜の会合の最中に襲撃を受けた。怒号と喧騒がひとしきり続き、武装した構成員の足音が通路を走り回った。緊迫した一座の肝を破るように、扉が打ち開かれ、幹部達の前に美しい娘が入ってきた。純白のドレスをまとい、輝く髪の娘はまるで王女のような威厳で、手には剣を下げ、瞳は怒りに燃えていた。幹部達の背後からMr.UFOが現れ、行く手を阻むと、二人は切り合い、瞬時に激しく戦った。三度剣を交えて、三合目に少女の剣はMr.UFOを討ち留め、彼を倒した。
サウス・ノードは道路工事現場で誘導灯を振る間も剣術の心得を忘れたことはなかった。誘拐された娘が救け出されていくのを見送った後、ようやくになって宣星会の組員達が闖入者を追って身元を捜し始めたが、国中を捜し求めても美しい少女は見つかりそうになかった。煤塵にまみれて働いているときの彼女は、「まるで王女のような」「星のように輝く」娘を探す彼らの目には決して留まることがないのだった。
月のノードの双子の姉の話は、このあと読み進めていくとどうも辻褄が合っていない。ここで喋っているノード(ノース)は姉妹ともどもいじめられた、と言っているが、後ではその母が姉のサウスは生まれてすぐ死んだと語る。姉妹二人で過ごしたような時間はなかったはず。
シナリオの些細な粗なのか、少女ノースの思い出には架空の姉と暮らしたような不思議なところがあるのか……どっちにしても憶測でしかないので『ノースはそう言ってる』という意味でしか、記事には書かない。『ノースに姉はいなかった』と書くのは誰の気持ちにとっても嘘だ。
街明かりをあとに 旅する僕らは 暗やみの道を たどり続ける
過ぎてきた世界の ざわめきは果て 行く先にサインは 現れて 消えて
上の空 うつろな 途切れて続く会話
遠い夜明けをまだ 知らずに彷徨う 引かれ合う光の たえまない瞬き
そうだ、この歌のことをたぶんナイツ1の「挿入歌」と呼んでいて元は歌詞があったんじゃないかと。
近年のジスカルドさんを見ると、昔のこういうものに興味があると送っても本人は絶対そんなロマンチックな気にならないだろうし、そもそも憶えておられないと思う。だから、ユーザーにそんな興味があるくらいなら詩は自分で書いてみるとかね。これは当時、二十代前半くらいの人達だしな…。
「夜にしか見えないもの」お題か。王女の齢の女の子が考えそうな、だよね。
『ガラテア』より、土地屋で購入する特殊効果のひとつ。遭遇するたびに【科学】が上昇するが、ダメージを受ける。
昔、塔低層のとある街にヤムヤムが棲んでいた。街の子供は皆、大人達に隠れてヤムヤムにゴミを運んでいた。低層の都市では地域紛争がたびたび流行り、彼らの住む街の通りにもしばしばロケット弾の降る騒然とした時代だったが、建物の瓦礫を片付ける人手はいつも足らず、廃墟となり放置される区画があちこちに増えていた。
リュックを負った子供達の群れは無人の廃ビルや倒壊した高架道路の間を縫って歩き、かつての街の痕跡に残る廃物を資源として拾い集めた。建物に用いられた建材であれ、住居に遺された家電や日用雑貨であれ、価値のありそうなもの、なさそうなものも何でも拾い、引き剥がし持ち去っていく。リュックいっぱいの廃品をその日の収穫とし、そんな探検行を何日、何度と行き来しても、ストリートのゴミは一向に尽きなかった。新たに街にロケット弾が降るたびに破壊されるストリートは常に増え続け、減ることはなかった。
処理場に棲み着いているクリーナー・ヤムヤムに食わせてはならないものは規則で決まっているが、廃墟を行き交う子供達は規則に頓着しなかった。安全な地上に近い層では子供達は互いの結束を守り、そのつど大人の目を盗んでヤムヤムに禁止さられた餌を食わせ続けた。正規のゴミとして与えてはならない、不正なゴミをヤムヤムに与えるとどうなるかは、だから子供達は皆よく知っていた。たとえば、ヤムヤムにまだ中身が残っているコーヒーのペットボトルを与えてはならない。大変なことになる。
そんなアウトローの子供達に悪事を教え込んでいたのがタンホイザーとアレクだといわれている。ヤムヤムの体内の分子変成炉は与えられた廃物を消化し、再構成して吐き出すリサイクル機関として利用されていたが、これには、アルミの空き缶をスチールの鋳塊に変成するようなアバウトなところがあり、その錬金術の法理を知り尽くしている者は誰もいない。この日も子供達が街から運んできたありふれた銅鉱やジルコニウム、日本刀、古下着、文芸書のファイルを、ヤムヤムは与えられるままにもくもくと食った。お父さんの形見や、さよならの宣告、天下無き視点、闇からの声も、ヤムヤムには食えないゴミではないようだった。ヤムヤムは、どんなに不純や不正なゴミのことも「まずい」と言いながら食うことは食ったので、実験に熱心な子供達もヤムヤムに対してむごいとは思わなかった。
とある女性の眼帯とおぼしきそれは、発見した子供がどのようないきさつで手にしたかはわからない。与えられたゴミを咀嚼したヤムヤムはひとしきり――通常より心持ち長く――ぷるぷるした後、ムムムッと唸ってそれを吐出した。見慣れない生成パターンを見守る子供らの目の前で、それはうごめき、しだいに生きものの姿態として見分けがつくまでに形を成していった。きらめく繊維に埋もれてみえるのは裸の人形のよう。丸びた、幼い顔はやがて金髪の女の子とわかる。息づいて、薄っすらと目を開いて辺りをみとめ、ニコッと笑顔を見せるともう無類に可愛かった。――間蘇だ! 誰かのささやき、そして、讃嘆のためいき。
間蘇の出生には諸説ある。スターダンスの母であったアマンディーヌが死した後、次なる転生の姿が間蘇とされるが、間蘇と呼ばれる少女がどのように発見され、南極老人星に保護されるに至ったかについて定説となる伝承はない。ヤムヤムから生まれたとするのは異説中の異説である。あいまいな人格にかかわらず、間蘇は宇宙の民衆に古来ふしぎな人気があり、商業や宇宙航路の守り神とされた。猫の喫茶店の常連のアストロノーツには今でも間蘇のファンが多い。神話上の役割の重要さと大衆の人気は必ずしも比例しておらず、神話ではスターダンスを見送って幼女から老婆に変わったといわれる間蘇だが、廟に祀られているのは老婆になるまえの姿のままのこともある。
新ゴート機構による教義が広まり、間蘇の前世のアマンディーヌが復活された後も間蘇独自の人気は衰えておらず、民間信仰ではヘカテと同一視される魔術や冥界の神としての間蘇の権威は絶大だった。冥界王朝の都にあっても冥界の民は死神王家の信仰と無関係に間蘇廟を祀った。商売繁盛のご利益をたのんで商店に間蘇のカードが飾られているのはありふれたことだが、スペシャリスト・カードの間蘇の宇宙的価値はことに高く、マニアの間の交換レートはステファニアの五倍、ロマンシアの十五倍以上の相場を常に保った。こうした取引の界隈の過熱ぶりは常識では計りがたいものがあって、レアカードのためには彼氏を売ってもいいというのがこの道の星士だと思われていたし、天馬ひとみは実際に売ったと信じられていた。
「アマンディーヌとオクタビアンを混同(習合)する」テーマのことは今、忘れていた。その気分ならわかる。
ファウストが見慣れないエーリを見ながら、「エリスの魂はおまえに転生してたんだっけな…」と無理に自分を納得させるような気持ち。魂の定義がなんであれ、そんなのは別人と思ってよくないか。
――これは「同一人物ではないか」「関係がある」と誰でも当り前に(順接的)想像される。
――にもかかわらず、「両者は同じ人」と断言するのが習合という現象の面白いところで、その筋道も語られていい。
地球塔が巨大なコロシアムになり、誰もが闘争を遊戯として熱中していた頃のこと、下層階の街に一人の若いミサイリストがいた。心の正しい若者で、ミサイル製造の才能に恵まれ、本当ならスペシャリストになることもできたであろうが、貧しさのためにゴート協会に納める上納金もまかなえず、世の中の有力な人々に縁故を求める伝手もなかった。
毎日の暮らしの糧を得るため、若者は傭われてマフィアの主催する地下のミサイル試合のための娯楽用ミサイルを作っていた。コロシアムで行われるビッグ・ゲームでは、戦士達は戦いを勝ち抜けば、やがてオクタビー伝説のようにあらゆる願いを叶えるとも歌われる。地下のミサイル試合はそうした夢やロマンとは無縁に、ただスリルと金を賭けての賭博である。無法な爆撃の応酬がくり返される中でも、若いミサイリストの作るミサイルはできるだけ無関係の市街に被害や汚染を広げないよう発射されたから、常に派手な破壊のみを求めている観客にとって、地下試合での彼の人気も奮わなかった。
ミサイルの技術に自負を持ちながら世に出ることはできず、無為に才能を埋もれさす日々に、若者も気持ちを燻らせてはいた。八百長試合でない、本当の闘いがしたかったし、一発で一つの文明を滅ぼす本物のミサイルを作り上げ、誰もを見返してやりたいと思わぬわけではなかった。そんなある夜、若者の貧しいラボに見知らぬ客が訪ねてきた。十字の飾りのついた覆面の紳士は、海洋都市からの使いと名乗り、伝説のエウテルペ人のような古風な話し方をした。
ガレージの灯の下で使者は語った。海洋都市ポセイドンでは優秀なミサイリストを求めている。都市の中枢制御体である巨大コンピュータは幾千世紀もの稼働を経て狂気に陥り、いまや市民一人ひとりの生まれて死ぬまでを鉄の規律に抑えつける暴君として振る舞うに至った。自由を求める人々はコンピュータ、ポセイドンへの反抗を試みたが、ポセイドンは古代の超科学による異次元の障壁に守られ、それに対する有効な兵器をもたない。ポセイドン破壊を可能とするのは、銀河神話の悪魔のミサイルのみ。そして、悪魔のミサイルを作り得るミサイリストは、この宇宙で現在、ただ一人しかいないというのである。
聞かされる話は荒唐無稽で、途方もない物語にもかかわらず、若者の気持ちは動いた。海洋都市の人々は厚い待遇を約束してくれた……だが、報酬や称賛が目的ではなかった。――私はいままで、自分は孤独な人間だと思い続けていたが、遠い海洋都市にも私を知ってくれている人々がいた――旅立つ理由は、それだけで十分に思えたのだ。
海洋都市にラボを移したミサイリストは、その地の社交界に迎えられて大いに名を知られ、もてはやされることになった。当時気鋭の科学者達とも交流ができ、乞われて講演を行ったりもするにつけ、彼自身の自尊心も大いに満たされた。都市の中枢コンピュータ、ポセイドンの実体は通常、都市の上空、宇宙空間に存在しているが、年に一度のメンテ祭りの日には大気圏に向かって降下を始める。攻撃のチャンスはこのときである。ただし、ミサイルの誘導に際して衛星をはじめ、一切のコンピュータネットワークを介してはならぬ。これは必ずやポセイドンに察知されるためである。すなわち、ミサイル自体の自律的な予測判断に頼まねばならぬが、それには高度な知性プログラムが必要だ。おおむねそうした議論が交わされたが、若者にはノーストリリアの古文献にもとづく自信があった。試すべき秘訣は全て分かっていると思った。
発射の日、ガレージに完成したミサイルの下で、ミサイリストは自分の子供と語り合う気持ちで作品と向き合っていた。そのミサイルがどのような外観、形状をしていたかは知られていない。(臆説するところでは、それは人の形をしていたともいわれる。)やがて降下してくるべき標的について、ミサイルはすでに全てのことを知っていた。発動を意思し、エンジンに点火した瞬間、それはガレージから忽然と飛び去り、ふわりと微風のような浮遊感だけを残して消えた。無限の紆余曲折をたどって因果の隅々に設けられた障害をくぐり、標的の存在の根源にまで突入、もろともに爆破し、過去現在未来にいたるあらゆる時空から消滅した。制御体ポセイドンは無に帰し、海洋都市の人々は解放された自由を喜んだ。
若いミサイリストは海洋都市を去り、その後の消息を絶った。その後、しだいに判明してきたことは、破壊された制御体ポセイドンは本物ではなく、ダミーであり、それは真のポセイドンを封印するために設けられたカウンター装置であった。ミサイリストの手でこの封印を破棄させることがポセイドンの当初からのもくろみであり、その結果解き放たれたポセイドンは真に悪魔的本性を表すことになったというが、そうした顛末はミサイリストの若者にとって、どうでもよかった。ミサイルに知性を与えるとき、ミサイリストはその意識体に己の魂を吹き込むという。自分自身の分身、わかり合う友、恋人ともいうべきミサイルを爆破したミサイリストは心傷つき、パイプを埋めて出家したのちは、ミサイルを弔いその供養に生涯を費したという。本当のことはわからない。ミサイリストの心の底を、誰が知っていようか。
ソードマスターのラーラは目利きとして蒐集家界隈で有名だが、自ら剣を取っての腕前は、本人はそれほど強くないのではないかとの風評が立ったことがあった。そんな口さがなく噂するのもその頃巷にあふれる芥のごとき剣士くずれのいうことにすぎないが、そんな剣士の何人かが、あるとき実際にソードマスターのところに押しかけ、刀の鑑定に難癖つけるついでに彼女のキャリアについて嘲弄した。ソードマスターはいちいち議論もせず、浪人どもを道場に招いて四人まとめて叩きのめしてしまったというから、ソードマスターのラーラは剣術の実戦においてもスターダストに劣らない名人という評判になった。
もっとも、このラーラの武勇伝は、同名の星士のラーラ・スターダンスのそれと混同した話ともいわれ、それから年月が経つうち、本当のところは結局わからなくなった。
ソードマスターに性根を叩き直された四人は彼女に弟子入りを乞うて、また別の意味で迷惑をかけ続けた(弟子はとらない――とらないったら!)。この四剣士、侍センシ、侍ムサシ、侍ドクロ、侍マグマは、のちに侍プリッツと立ち合い斃された。
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ラビ・スターダンス
タナティアの山間の地方に小さな村があり、村の外れは鬱蒼と茂る竹やぶに接していた。竹やぶにはこのところ獰猛な一頭の虎が住みつき、村の家畜・家禽にそろそろ被害が現れ始めていたが、この虎は地方一帯ではすでに人食い虎として知られ、方々で血みどろの噂になっているその個体ではないかと思われた。
巨大な体躯の縞模様の獣が人家近くまでうろつき、物言わぬ爛々と光る目で家々の方を盗み見ては徘徊する様子には、いまだ村人に犠牲者はないものの、恐れおののく人々は気が気でなかった。タナティアよりウェスタに近い辺りでは、国の警備隊は横柄なばかりで村の生活を助けてはくれず、こうした猛獣や山賊の害のあるたび村人は嘆息して神に祈るしかない。虎は人間の恐怖を煽りながら村外れの草間に寝転び、日に日に獲物を眺めては舌なめずりし、来たるべき惨劇の夜を待ちわびるようであった。
夜、虎は寝場所から起き上がると、満たされない飢餓感に突き動かされて徘徊した。舌を垂らしぜいぜいと息を喘ぎながら、眼は闇雲な憎悪を映して、行き当たり目に入るものは何でも引き裂いてやろうと思っていたが、そのじつ何も見てはいなかった。竹藪を抜け、人家との間を隔てる草地に出たところで、どこからか微かな囁きに、そこな虎子や、虎子や、と声がした。虎はきっと振り向いた。
誰だっ。暴虎とて悪名 のみ高く、近隣に怖れぬ者もなきこの僕を虎子と呼ぶのはっ。
さらさらと袖振りながら月明かりの草原に歩いてくる人は、童女のすがたでありながら、その身に仄かな燐光を帯びて、一目見て虎はハッとなった。
虎子や、おまえも肉趾もつ物の族 として獅子騎士を崇めておろう。獅子騎士ジレンマは私の弟なのですよ。
虎はそれを聴いて慄然となり、伸ばしかけた爪も収めると、尾を立ててじりじり後じさり、地べたにぺたんと平伏した。月下の人は微笑んで虎を見下ろしている。これは、タナティアの民衆が家内平穏や子どもの交通安全の守り神として祀るラビで、村道の急カーヴのところには昔から小さなお堂があった。いとけない女児の石像にすぎないが、尊い血筋の系譜上、いかなる暴虎といえどもラビ・スターダンスの前には、ネコ科動物の神であるジレンマの姉としての権威から従うのである。
虎よ、なぜそのように心荒ませ、生きものに害意を抱いて歩くのか――恐懼する虎の頭に近くラビは膝を寄せて、虎の額を撫でてやっていたが、虎の方はきらきらと電球のような目玉を光らせてこの奇跡の存在を見上げ、じきに口にするには、
ですが姉上、僕はもとより生まれついての肉食 の性、いかに非道だ、残忍と言われようと、生きものを取って喰わねば飢えてしまいます。
そうね。幼い精霊は、野獣の言いたい弱肉強食の理論をあえて否定もせず、淡く微笑むと、私一人の肉身がどれほどの糧になるとも思えぬが、この身はおまえにくれようか。
と悲しそうに虎のことを見るので、暴虎の気持ちもつい悲しくなり、尊き方を牙にかけたとて、夜半 ほどになれば再びあさましき餓えに駆られているものを、そうまで捨身になられるまでもない。輪廻の無惨さには際限もなく、世の憂さには僕も飽き果てました。捨てるならこの身を捨てましょう――と観念した。
ラビはすっと膝を立て、おいで、と手を差し伸べた。先に立って導く童女の後を、かつて近隣に人食いと怖れられた虎も今はおとなしく付いて行くのだった。どこまでも彼らは歩いていき、やがてその姿が小さくなり、人の目には見えなくなった。
ラビが天界に去ってしまったので、タナティアの村の守り神は不在になり、村道のカーヴのところには像のない空のお堂だけを残すことになったのだが、顛末を伝え聞く村人達はその後にもお堂に花のお供えを絶やさなかったということだ。
ガラテアの音を求めて
西海岸のLAストリートにZACという若者がいた。ZACはスターガルト病を患っていて、中学の頃に発症した視力低下がその頃にはかなり進行し、いずれは失明に至ると知りながら、治療の当てはなく、漠然と将来に悲観しながらその日その日を暮らしていた。
ストリートに屯する世代には、種類や程度は違えど、各々に障害や満たされない家庭事情を抱えて享楽にふけっている者が少なくなかった。そうした先のない若者達の間にも、とあるおとぎ話めいた噂があり、それは『地球上のどこかにあるアマンドラの国に行き、天使ガラテアのピアノを聴けば願いが叶う。癒えない病もない』というのだった。くたびれた夜のホステスからそんな噂を聞いたとき、ZACは、子供の頃から神や奇跡は信じないが、世の人の不幸をタネに商売しているというその女のことは無性に気になった。
LAからアマンドラ国へは容易な道のりではなく、途中アラスカからシベリアの大地を踏破し、幻のティル・ナ・ノーグを経てやがてアケローンの丘を越え、ノーザンバランドの古伝承の地に至るまでに十五年の歳月が駆け去っていた。この地、アマンドラ国の天使といわれる女王ガラテアは、伝説に語られる通りに今も聖堂でピアノを弾き続けている。悲愴曲「LOW」の強大な呪いのために歴代のピアノマスター達の身体は蝕まれ、演奏することで生命を削るように皆死んでいったというが、当代の女王ガラテアについては、呪いがかえって良い方向に効いたのか、若々しく健康そうで、何百年も昔の伝説より若返ってさえいるようだった。
ZACの視力はこの頃にはほとんど失われ、周辺視野でわずかに朧な像として女王の姿を捉えるだけだった。演奏が始まると、ZACの卑屈に凍っていた口元は震え、背骨を貫いて電流が走った。流麗な顫音が流れ去り、やがて余韻を引いて聖堂の静寂に消えていくまで、いまだ朦朧と恍惚の間に抜けきらぬZACは、よろよろとガラテアのほうに歩み寄っていった。
まじ感動したです。馬鹿な噂聞いてわざわざ来たんスけど……。これジャズすか?
べたべたする手に手を取られて、天使は戸惑いながら「クラシックです」とかろうじて答えた。昂奮のあまり一時的に吃音も収まったZACは、勢いで「結婚してくれねースか」とまで詰め寄った。
あの、ボク……。ごめんなさい。
一蹴されたが、自分の不細工なことならストリート時代から承知しているZACは、いんスよ、と陰気に笑いながら、
じゃ。ロスに帰ったらあんたのことコロンで宣伝しておくから。な?
え……ありがとう。
もとの道をたどって再び西海岸に舞い戻ったZACは、宣言の通り、コロンのハコのロビーチャットで天使ガラテアのアルバムを宣伝する仕事につき、それなりにその後を幸福に暮らした。ガラテアのピアノを語るについても、「クラシックはわからねーけど」と前置きに挟む癖はやめなかったそうだ。
イレイサー・イーサーと夜々の騎士たち
惑星「夜」の文明がかつて繁栄の極みにあったころ、星系を訪れた魔法使いイレイサー・イーサーがその歴史を食い止めたといわれている。彗星に乗って旅するイレイサー・イーサーが宇宙空間から惑星に向け呪いを投げかけると、呪文を浴びた惑星の人々の心には狂気と、理解不能な想念が沸き返った。人々は憎しみ・嫉みに駆られて争い始め、共に手を携えて国と星との発展に尽くす気持ちを忘れていった。
高い文明に達した星々を訪ねては文明を破滅させ、人間を原始状態に返すのがイレイサーなのだという。以来、彗星を棲み家にするイレイサー・イーサーは周期的に第三惑星を訪れ、星の文明を中世にまで後退させた。惑星の人々はイレイサーに立ち向かい、イレイサーを打ち倒す試みを続けていた。王家より討伐の令がくだり、地上の戦士たちはイレイサーに立ち向かった。その頃の王国には、イレイサーを倒すことのできる戦士達がたしかにいた。彼らは戦士として強化された身体を再構成し、人類の銀河史にある戦闘技術を余さず備えていた。
宇宙に名のあるほどの戦士なら、彗星に飛び乗り、イレイサーを倒すほどの力量の持ち主は珍しくない。そしてイレイサーに打ち勝ったとき、戦士は倒したイレイサーの精神にふれ、彼女の意志、記憶と、人格を引き継いでイレイサーそのものになるという。だから決してイレイサーは最終的に倒されることがなく、挑みくる銀河最強の戦士たちを容易く食らい、それになった。
イレイサー・イーサーは四百年周期で訪れ、惑星の人々に呪いを投げかける。そのような魔法使いイーサーには物理的な実体の有無すら定かでなく、亡霊のような精神体ともいわれた。恐るべきイーサーの噂が広まると、惑星「夜」は星間世界から切り離され、やがてイーサーとともに星系ごと封印された。星図からも抹消された夜世界に再び訪れる旅人はなく、恒星通路を封鎖された人々がその後に星々の間に脱出することもなかった。
城下町に住む少年ゾエルは、その頃、郊外の古い神殿跡に毎夜出かけ、遺跡に住む若い娘に会っていた。そこは古代の遺構を残しながら、現在は王家のささやかな離宮がつくられていた。その女性は惑星の王女だった。少年ゾエルは王女に会って「結婚してください」と言った。それまでにも二人はたびたび会っていた。さびれた離宮に王女は孤独に暮らしていた。星のない惑星の夜、王女は庭園で、歌のない歌を口ずさむ。ゾエルはそれを聞きに行くのだった。
求婚され、王女は歌うのをやめて彼をみた。好きよ、ゾエル。ああ、あなたがイレイサーを倒してくれたなら……。王女は身を屈めて少年の髪をなでた。身長、一四五センチ。あなたの体格では、生まれつき身につけることのできる剣技のレベルに限りがある。あなたの成長ポテンシャルでは、この先どれほど修行してもイレイサーを討ち果たす力量に至らないわ。
そしてあなたの優しい心では、どんな精神モッドを導入しても、邪悪なイレイサー・イーサーの呪いに抗えない。わたしにはそれが自明のこととして見える。かわいそうに。美しい王女の瞳に映る未来には、愛する少年が未熟なままイレイサーに挑んで死亡するところが見えたので、王女は、本当に残念そうに言って一滴の涙を落とした。「さようなら、ゾエル」
ゾエルは落胆し、王女と別れて下町の彼の下宿に帰った。当時、『邪悪な魔法使いを倒した者にこそ王女との結婚を認める』という王国の布令が下されていた。なぜこんな運命が決まっているのか。ゾエルは平民の生まれで、もとより王女にふさわしい相手ではなかった。恐ろしい魔物を倒すほどの武術を習ったこともないし、戦闘シナユニを買う金もなかった。それでも彼女が好きだった。それだけなのに。
少年は夜また夜を泣いてすごした。夜が明けて、新たな夜が訪れる頃、少年の疲れ切った心にひとすじの暗冥 がおとずれた。王女は誰からも愛されるほど美しいのだから、王女を愛する思いは万人に同じだ。そもそも王女への愛だけが大事なら、その同じ心をもつ人であれば、見返りに王女の愛を受け取るのは誰でも良いではないか。私よりもっと体の大きな、もっと逞しい……誰でもいい。誰であれ、イレイサー・イーサーを打ち倒してくれ! 少年は自己愛の否定に至り、無惨な悟りは疑いなく明らかになった。
それでも私の愛すべき人は王女なのだから、私にはもう、誰も愛する人がいない。そして、少年はロープに首を吊って簡単な自殺をした。
その間にも、賞金や名声欲に駆られてイレイサーに挑む戦士たちは、惑星から次々に飛び立っていった。屈強な男たちは、強力な装備と技術を買う金も十分にもっていた。彼らは、もしも現在の自分のレベルでイレイサーを倒すことができなければ、イレイサーを倒すのに十分に強力な身体設計と、剣術技巧をあらためて導入し、人生を再走しようと考えていた。しかし、彼らは戦いに臨み、誰ひとり帰ってはこなかった。彗星を駆るイレイサーは戦士たちの魂を貪欲に食らい、すすった。
惑星の周期で百六十年後、新たに条件に合いそうな少年が王女のもとを訪れた。以前の少年と同じ優しい心をもっていて、幼い頃から美しい王女に憧れを抱いていた。名前も同じゾエルだった。成長したとき、少年はあの少年ゾエルより、五センチ足して身長、一五〇センチだった。しかし王女の瞳は、再び悲しげに伏せられた。
イレイサー・イーサーの身を傷つけるためには、特別なホムンクルス・ソードが必要だけれど、ホムンクルス・ソードを鍛えるためには、鉱脈を守るブッカ・ブーの一族を襲撃して滅ぼし、魔法の鉱石を奪い取る必要がある。心の優しいあなたにそれができる?――この剣は「顧みることなき剣」とも呼ばれ、いまだ鍛えられず、この世に生まれざる剣ながら、王女によると、魔法のその剣を手にすれば、相手が女であれ男であれ、老いも若きも、いかなる敵の区別なく一太刀に斬り捨てるという。
その夜から少年ゾエルは、山地に住むブッカ・ブーの領地の周りをうろつき、平和に暮らしている妖精たちを遠くからうかがい、夜ごとに襲撃の策を練った。焼き討ちと殺戮のすべを一から十まで検討し、心の張り裂けるほど苦悩した。ゾエルは一度、ためしに部族の幼い娘を拉致して、剣で殺そうとした。ロープで両腕を縛られた娘は、泣きながら、わけのわからない言葉で救いを求めていた。幾度も剣を振り下ろそうとし、そのたびにゾエルの心は萎えた。
王女の言う通り、私にはできない。私の弱い心では、顧みることなき剣を手にすることはできない。その剣は将来、それができる誰かに託そう。未来にいつか来る誰か……王女への愛さえ同じなら、その心は残忍でいい。そして絶望した。王女のために悪魔にもなれない私は結局、王女より私自身の心を愛しているのだ。だからゾエルは剣をもたずに戦いに旅立ち、望んでイレイサーの餌食になった。
二百三十年後、ブッカ・ブー族を滅ぼす者が現れた。身長一六〇センチ。鍛えたなかなかの腕力を持ち、心は冷酷だった。その少年は山地の部族を皆殺しにして鉱石を持ち去り、ホムンクルスの剣を鍛えた。顧みることなき魔剣は、そのために「惨劇の剣」とも呼ばれるようになった。
あの頃王女の言ったとおりなら、その剣はイレイサーを倒せたかもしれない。しかし、その間にイレイサーはより強くなり、今は魔剣があっても戦いは絶望的になっていた。彗星の氷の表面には、幾世代にもわたる戦士たちの骨と彼らの朽ち果てた武具とが積み重なっていた。かつて「顧みることなき惨劇」と呼ばれた剣は、一度敗れてのちは再び顧みられることなく、今は無数の敗者の遺品に埋もれていた。
数百年後、また一人の少年がゾエルの名を継いだ。少年の知識は戦闘に特化し、心には刃より研ぎ澄ました戦意が貫いていた。ゾエルにはひとつの思いだけがあった。今よりもっと強くありたい。美しい王女を愛するにふさわしい、より強い私に。でなければ私には生きている意味がない。弱いもの、美しくないものに価値はなく、価値のないものは生きていてはならないから。少年はただ自らそうあるために、彗星なるイレイサーの玉座の前に立ち、名もなき剣を手に戦いを挑んだ。
剣閃と魔術の呼び起こす稲妻が、彗星の氷の野をきらきら彩り、戦いの叫喚が真空の宇宙をつかのま騒がせた。やがて倒れた両者のうち、最後に立ち上がった一方のいずれか……いずれであれ、それはイレイサーなのだった。
相変わらず四百年周期で彗星は訪れ、地上に狂乱を呼んでいる。イレイサー・イーサーに挑む勇気のある人は惑星になく、この星の人々はイレイサーに脅かされる一生を受け入れ、諦めている。そしてまた一人の少年が夜と夜と夜のはざまに生まれ、王女の前に立った。ゾエル? その名をもう誰も知らない。少年の背丈はもう王女を越え、王女の手はもう、彼の髪を撫でることができなかった。
この話は十年くらい前に即興連投で書いたので、その140字区切りの体裁を外して、それと当時のネタ的な寓意を除いてリライト。もともとイレイサーでもイーサーちゃんでもなかった。ゾエルだけ同じ。
クレコロのトピックの続きで「惨劇のつるぎ」の話をしていたので、せっかくだから再投。ここの民話や説話的文体の趣向とはだからちょっと違う。
惨劇のつるぎ
クラシックな「惨劇のつるぎ」というアイテムが実戦で使える最初で最後の例みたいな…。「かえりみることなき剣」なども名前は印象的でAMの旧作のプレイヤー誰しもが憶えていると思うけど。
緑フード
ウェスタやタナティアの山地の方にも多くの妖精の種族が住んでいたが、平地に暮らしている妖精と比べると概して人間に好意的ではなく、害意のある質 の悪い者らだった。国境近くの昔の砦跡にはしばしばそうした敵対的な妖精が住み、緑フードもその中の一種である。
これは名前の通り緑色のフードでいつも顔を隠している小人族で、崩れた城壁の下に一夜の宿を求める旅人を夜中に襲撃し、得物の大鉈か包丁を人の血で塗りたくるのを至上の喜びにしている、邪悪な生き物。集落に近づくときには、農作業や家事の手伝いをしてくれることもあるが、一つ場所を片付ける端からもう一方を散らかすという手合いで、家庭に幼い子供がいるときは、いつでも痛めつけて大怪我をさせようと狙っている。あと、機械部品をすり替えたりオイルに不純物を混ぜるのは常套手段で、プログラムにバグを紛れ込ませるのもきわめて狡猾だった。
この緑フードと草虫の一団が、夜中に村外れの草地をうろついているのは誰が見てもぞっとする光景である。そんな夜更けに、寝付かれない幼児のためにどこかの家の姉が歌う歌声が、かすかに聞こえてくると、
夜ふけて 丸くまどろむ 草くらげ 夢の野原に 走る葉ぎつね
妖精と妖精虫達はざわっと身をそよがせ、降る月の光と、風の間にまに姿を消していく。他愛のない童歌でも、韻を踏んでいるものは何でもこれら邪悪な妖精にとってはおぞましい恐怖の的だ。ただし、この世にはそれとは逆に韻文を好む妖精の仲間も少なくないので、依然として注意が必要である。
アレクの得た<答え>
冒険家・動物学者のアレクのテントに夜に訪ねてくる者がいた。アレクが寝ていると、テントのジッパーのところをとんとんと叩く音がして、アレク、アレク、開けて頂戴。……開けていいのかしら。と声が聞こえた。
半分寝ぼけでアレクが応じると、客はジッパーをそろそろと引き開け、白い衣裳と長い髪が入口に引っかかるのを難しそうにテントに入ってきた。はっきりと顔を合わせると、ランプの明かりの下でも輝くように美しい少女だった。やや上目遣いに見ながら、膝を揃えて座る一々の仕草にもどこか、稚い面影があり、アレクは十年前のことを思い出した。
当時、小学生だったアレクは進路に悩み、夏休みを利用して自分探しの旅に出た。LAストリートで捕まえた草虫を始めに、ポイズンバタフライ、ヒップホッパー、電気ねずみ、インドラ、ドルバン甲虫、朱雀、青龍……等々、数々のモンスターを仲間にして名を挙げ、獣使いアレクとして闘いの塔を駆け昇っていった。
各階の対戦者は全宇宙から集まったスペシャリスト達で、容赦なく熾烈な戦いが待っていたが、アレクは決して負けることも挫けることもなく勝ち進んだ。塔最上階では、白鳳十騎士の第十番、「従う者」ヘルメティカと戦った。ヘルメティカは見た目は六歳の幼女だが、おそらく千年は昔からその姿をしている。恐るべき魔力で闘いの塔を制圧しており、塔の達する銀河の最深淵より声なきテレパシーの声、人々の存在しない記憶 を介して、宇宙の果てに向けてメッセージを送っているのはオクタビアンではなく彼女なのだった。
アレクの切り札モンスター達はヘルメティカに難なく無力化されてしまい、ヘルメティカの方は細腕な小娘なので、戦いはじきに膠着状態に陥り、二人は部屋にあるクッションや枕、ぬいぐるみを投げ合い、服を引っ張りあってもつれ合った。アレクがくたくたになって倒れ込むと、相手も隣で、絨毯に仰向けになって薄い胸を上下させていた。アレク、アレク……少女は熱っぽくくり返し、このことは誰にも明かしてはいけないわ、あたし達だけの秘密にして……といった。
アレクは、言われるまでもなく秘密は守る性格だったから、戦いを終えると、<答え>を得て塔を降りていった。アレクが<答え>を得たことはすぐに噂となって銀河の隅々にまで広まったが、その<答え>が一体どんなことだったのかは、誰にもわからないのだった。
アレクはそれから銀河の星々を訪ね歩き、各星系に人類文明の興隆するによって、一方で滅びていった原住生命達の痕跡を発掘して記録する、銀河古生物学とも「死者の代言」ともいわれる仕事についた。この道では獣使いとしての、あの夏休みの経験が役に立った。テントに訪ねてきた少女は翌朝には、自分もサファリ・ルックに着替えており、アレクのその日の仕事に一緒について歩いた。夜にはまた同じテントで、お互いのことを語りあって過ごした。はじめは堅く、ぎこちなかった少女の表情も、互いに触れ合い、交じり合うほどに、その美しさも蕾が綻びるように開花していった。
冒険者のアレクが可愛い助手を得たことはすぐに宇宙の噂に昇ったが、彼女はまたしばらくするとアレクのもとを立ち去っていった。深宇宙の寂しさに耐えられなくなったらまた訪ねてくるとも、訪ねてきてほしいと約束したともいい、また他の説では、その後二人は再び会うことはなかったともいう。本当のことは互いの間だけで秘密にしているので、きっとわからない。
ヘルメティカの答え
24階の対戦者が従う者ヘルメティカで、『おいで……』という以外語ることも少なく、これが結局なんだったのかはわからない。
テキストではわからないヘルメティカの行動は、一応の最終戦になっているけど戦闘が妙に緊迫感がなく、Lv1制限だから被ダメージも少なくて死ぬ心配が少ないうえに、無駄行動をいくつもしていてあまり熱心に戦わない。
最後に『ありがとう…』といってヘルメティカは消え、アレクは<答え>を得る。ヘルメティカがラストに出てくるのはミサ2のストーリーのラストをなぞっているとしても、アレクは小友ではないし、ヘルメティカはアレクに何の用があったのかも言わない。アレクには、最初に求めた問いの<答え>として、それで伝わったらしい。
これは雪女とか鶴女房とかの話の型で、宇宙時代の民も形を変えて語り続けるだろうと思えるもの。わたしは、前回に上げた「メロウ」の続きで、妖精の妻が破局に至るとくに理由はなくても帰っていくという物語りに興味がある。
丘の上の死体
長い宇宙の歴史の中で、ある時、アケローンの丘が処刑場になったことがあった。その頃の宇宙にはゴート機構も八ノ地教もなく、丘のふもとには小さな寂れた町だけがあって、その町で罪を犯した者は丘の上の絞首台に吊るされる決まりだった。
絞首台にかかった罪人の死体は腐敗し、惑星に降る日に焼かれてやがて風化し、夜には丘をわたる風に揺れてロープをぎしぎし鳴らした。夜更けに、町外れの酒場で呑んだくれた労働者が通るときには決まってその音が聴こえる。ちっ。嫌な音を立てやがるぜ……。その途端、破鐘のような哄笑がとどろいた。
この丘にぶら下がっていると宇宙が見えるんだ。俺が発見したオクタビーの秘密を教えてやろう!
宇宙の深淵から届くようなその声があまりにも陰惨で不気味なので、どんな男も肝を潰してほうほうの体で逃げ出した。その後から、髑髏の顎を鳴らしてカタカタ笑う音が追ってきた。こんなことが重なって噂になり、町に住む大人達も絞首台のある丘にだけは避けて近寄らなくなっていたが、そんなころ、一人の学生が夜中に丘を昇ってきた。
首吊りのおじさん。ここがアケローンで、オクタビーの秘密を見つけたというのは本当なの?
アア……? 嘘と思うなら俺の足元を掘ってみるがいい。地球の芯まで届くほど、深くな……
学生はスコップで絞首台の足元を掘ってみた。それほど掘るまでもなく、スコップの先に当たるものがあったので拾い上げてみた。昔のドルバン人の遺物のように見えたが、ためつすがめつしてみると、どうもパイプのようだった。
アア! ここにあったのか! さあそれで俺を星にしてくれ、頼む!
そこで学生は手にしたパイプで絞首台の死体を星に返し、星士になった。天馬ひとみの最初の偉業だといわれている。
夜にしか見えないもの
その昔、ガラテア王女が買収した国々の一つに夜半 の国があった。この国では空から燃える隕石の雨が降り、普段から表を歩くだけで大変危険だった一方、隕石から得られる鉱物資源は科学と産業のめざましい発展をもたらした。その引き替えに国では大気汚染が進み、空はいつも厚い煤煙に覆われ、昼間でも夜中のように暗かった。
中学生のサウス・ノードは昔の王家の末裔であったが、今の時代にはすっかり零落した家庭で育った。下町のアパートに暮らすサウスは、病気がちな母を助けて生計を支えるためにアルバイトを掛け持ちし、毎日、学校が終わると道路工事現場やゴミ処理場に通っていた。その頃のヤハンの街では、フィルターの不十分な自動車の排ガスや廃棄物に混じる有毒物質のために子供達の健康な発育が損なわれ、毎年大勢の子供が喘息で死んでいたが、サウス・ノードは頑健な身体と心肺の持ちぬしで、汚染をものともせずに働いた。
夜には街中の仕事場を行き来し、いつも煤と埃で汚れ、防塵マスクとゴーグルを着けているサウスは、学校でも周囲から汚い、臭いと指さされて嫌われていた。でもそんなことは気にせず、サウスは中学とアルバイトを両立して健気にがんばっていた。そのころ、サウスの身近では不穏な噂が多く、身を寄せる拠り所のとぼしい子供を狙った事件が相次いでいた。夜、裏通りに子供の悲鳴が響くと、駆けつけた人々の目の前には恐ろしい血溜まりが広がっている。そして通りの上空を正体不明の円盤が飛び去っていくというのだった。
道路工事の仕事中、サウスはUFOによる誘拐を目撃した。夜遅く、やはりアルバイト帰りの少女達が路地の角から現れたコートの人物に襲われた。少女のうち二人は道に突き飛ばされ、一人の少女は腕を掴まれながら必死にもがき抵抗していた。少女とMr.UFOは頭上から降ってくる光の中を上昇していき、やがて上空の円盤に吸い込まれて飛び立った。道路作業員達とサウスはしばらく円盤の後を追いかけたが、円盤は宣星会幹部の屋敷の敷地に消え、そこまでで追跡は阻まれた。
宣星会はこの国で最近勢力を振るう団体で、貧民や旧王党派に排斥的な活動をしていた。議会の有力派閥である民衆派の議員や、民衆派と関係のある資本家とも結託していて、街の屈強の男達といえども宣星会が相手では手も足も出ない。同僚の作業員達も諦めて帰ってしまった後、サウス・ノードは一人でとぼとぼと家路を辿った。胸中には怒りが渦巻いていた。
病気の母が眠りに就いたのを確かめて、サウスはこっそりと身支度をした。暖炉のそばにお湯を張った盥を置き、サウスは体を洗った。何度もお湯を替えて煤を擦り落とすと、サウスの肌はしだいに見違えるように艶つやになった。処理場のクリーナー・ヤムヤムから得ておいた石鹸は良い香りがし、湯の温かさで体はうっすら火照っていた。汚れを洗い流した髪を丹念に梳いていくと、サファイア・ブルーの髪には星の輝きがきらめき、宿った。
宣星会の幹部達は深夜の会合の最中に襲撃を受けた。怒号と喧騒がひとしきり続き、武装した構成員の足音が通路を走り回った。緊迫した一座の肝を破るように、扉が打ち開かれ、幹部達の前に美しい娘が入ってきた。純白のドレスをまとい、輝く髪の娘はまるで王女のような威厳で、手には剣を下げ、瞳は怒りに燃えていた。幹部達の背後からMr.UFOが現れ、行く手を阻むと、二人は切り合い、瞬時に激しく戦った。三度剣を交えて、三合目に少女の剣はMr.UFOを討ち留め、彼を倒した。
サウス・ノードは道路工事現場で誘導灯を振る間も剣術の心得を忘れたことはなかった。誘拐された娘が救け出されていくのを見送った後、ようやくになって宣星会の組員達が闖入者を追って身元を捜し始めたが、国中を捜し求めても美しい少女は見つかりそうになかった。煤塵にまみれて働いているときの彼女は、「まるで王女のような」「星のように輝く」娘を探す彼らの目には決して留まることがないのだった。
月のノードの双子の姉の話は、このあと読み進めていくとどうも辻褄が合っていない。ここで喋っているノード(ノース)は姉妹ともどもいじめられた、と言っているが、後ではその母が姉のサウスは生まれてすぐ死んだと語る。姉妹二人で過ごしたような時間はなかったはず。
シナリオの些細な粗なのか、少女ノースの思い出には架空の姉と暮らしたような不思議なところがあるのか……どっちにしても憶測でしかないので『ノースはそう言ってる』という意味でしか、記事には書かない。『ノースに姉はいなかった』と書くのは誰の気持ちにとっても嘘だ。
街明かりをあとに
旅する僕らは
暗やみの道を
たどり続ける
過ぎてきた世界の
ざわめきは果て
行く先にサインは
現れて 消えて
上の空 うつろな
途切れて続く会話
遠い夜明けをまだ
知らずに彷徨う
引かれ合う光の
たえまない瞬き
そうだ、この歌のことをたぶんナイツ1の「挿入歌」と呼んでいて元は歌詞があったんじゃないかと。
近年のジスカルドさんを見ると、昔のこういうものに興味があると送っても本人は絶対そんなロマンチックな気にならないだろうし、そもそも憶えておられないと思う。だから、ユーザーにそんな興味があるくらいなら詩は自分で書いてみるとかね。これは当時、二十代前半くらいの人達だしな…。
「夜にしか見えないもの」お題か。王女の齢の女の子が考えそうな、だよね。
『ガラテア』より、土地屋で購入する特殊効果のひとつ。遭遇するたびに【科学】が上昇するが、ダメージを受ける。

間蘇伝説と天馬ひとみ伝説
昔、塔低層のとある街にヤムヤムが棲んでいた。街の子供は皆、大人達に隠れてヤムヤムにゴミを運んでいた。低層の都市では地域紛争がたびたび流行り、彼らの住む街の通りにもしばしばロケット弾の降る騒然とした時代だったが、建物の瓦礫を片付ける人手はいつも足らず、廃墟となり放置される区画があちこちに増えていた。
リュックを負った子供達の群れは無人の廃ビルや倒壊した高架道路の間を縫って歩き、かつての街の痕跡に残る廃物を資源として拾い集めた。建物に用いられた建材であれ、住居に遺された家電や日用雑貨であれ、価値のありそうなもの、なさそうなものも何でも拾い、引き剥がし持ち去っていく。リュックいっぱいの廃品をその日の収穫とし、そんな探検行を何日、何度と行き来しても、ストリートのゴミは一向に尽きなかった。新たに街にロケット弾が降るたびに破壊されるストリートは常に増え続け、減ることはなかった。
処理場に棲み着いているクリーナー・ヤムヤムに食わせてはならないものは規則で決まっているが、廃墟を行き交う子供達は規則に頓着しなかった。安全な地上に近い層では子供達は互いの結束を守り、そのつど大人の目を盗んでヤムヤムに禁止さられた餌を食わせ続けた。正規のゴミとして与えてはならない、不正なゴミをヤムヤムに与えるとどうなるかは、だから子供達は皆よく知っていた。たとえば、ヤムヤムにまだ中身が残っているコーヒーのペットボトルを与えてはならない。大変なことになる。
そんなアウトローの子供達に悪事を教え込んでいたのがタンホイザーとアレクだといわれている。ヤムヤムの体内の分子変成炉は与えられた廃物を消化し、再構成して吐き出すリサイクル機関として利用されていたが、これには、アルミの空き缶をスチールの鋳塊に変成するようなアバウトなところがあり、その錬金術の法理を知り尽くしている者は誰もいない。この日も子供達が街から運んできたありふれた銅鉱やジルコニウム、日本刀、古下着、文芸書のファイルを、ヤムヤムは与えられるままにもくもくと食った。お父さんの形見や、さよならの宣告、天下無き視点、闇からの声も、ヤムヤムには食えないゴミではないようだった。ヤムヤムは、どんなに不純や不正なゴミのことも「まずい」と言いながら食うことは食ったので、実験に熱心な子供達もヤムヤムに対してむごいとは思わなかった。
とある女性の眼帯とおぼしきそれは、発見した子供がどのようないきさつで手にしたかはわからない。与えられたゴミを咀嚼したヤムヤムはひとしきり――通常より心持ち長く――ぷるぷるした後、ムムムッと唸ってそれを吐出した。見慣れない生成パターンを見守る子供らの目の前で、それはうごめき、しだいに生きものの姿態として見分けがつくまでに形を成していった。きらめく繊維に埋もれてみえるのは裸の人形のよう。丸びた、幼い顔はやがて金髪の女の子とわかる。息づいて、薄っすらと目を開いて辺りをみとめ、ニコッと笑顔を見せるともう無類に可愛かった。――間蘇だ! 誰かのささやき、そして、讃嘆のためいき。
間蘇の出生には諸説ある。スターダンスの母であったアマンディーヌが死した後、次なる転生の姿が間蘇とされるが、間蘇と呼ばれる少女がどのように発見され、南極老人星に保護されるに至ったかについて定説となる伝承はない。ヤムヤムから生まれたとするのは異説中の異説である。あいまいな人格にかかわらず、間蘇は宇宙の民衆に古来ふしぎな人気があり、商業や宇宙航路の守り神とされた。猫の喫茶店の常連のアストロノーツには今でも間蘇のファンが多い。神話上の役割の重要さと大衆の人気は必ずしも比例しておらず、神話ではスターダンスを見送って幼女から老婆に変わったといわれる間蘇だが、廟に祀られているのは老婆になるまえの姿のままのこともある。
新ゴート機構による教義が広まり、間蘇の前世のアマンディーヌが復活された後も間蘇独自の人気は衰えておらず、民間信仰ではヘカテと同一視される魔術や冥界の神としての間蘇の権威は絶大だった。冥界王朝の都にあっても冥界の民は死神王家の信仰と無関係に間蘇廟を祀った。商売繁盛のご利益をたのんで商店に間蘇のカードが飾られているのはありふれたことだが、スペシャリスト・カードの間蘇の宇宙的価値はことに高く、マニアの間の交換レートはステファニアの五倍、ロマンシアの十五倍以上の相場を常に保った。こうした取引の界隈の過熱ぶりは常識では計りがたいものがあって、レアカードのためには彼氏を売ってもいいというのがこの道の星士だと思われていたし、天馬ひとみは実際に売ったと信じられていた。
生まれ変わりと言い切る
「アマンディーヌとオクタビアンを混同(習合)する」テーマのことは今、忘れていた。その気分ならわかる。
ファウストが見慣れないエーリを見ながら、「エリスの魂はおまえに転生してたんだっけな…」と無理に自分を納得させるような気持ち。魂の定義がなんであれ、そんなのは別人と思ってよくないか。
――これは「同一人物ではないか」「関係がある」と誰でも当り前に(順接的)想像される。
それか、同時に同じ場所に居合わせて会話している。互いに敵対してさえいる
――にもかかわらず、「両者は同じ人」と断言するのが習合という現象の面白いところで、その筋道も語られていい。
ポセイドンの使い
地球塔が巨大なコロシアムになり、誰もが闘争を遊戯として熱中していた頃のこと、下層階の街に一人の若いミサイリストがいた。心の正しい若者で、ミサイル製造の才能に恵まれ、本当ならスペシャリストになることもできたであろうが、貧しさのためにゴート協会に納める上納金もまかなえず、世の中の有力な人々に縁故を求める伝手もなかった。
毎日の暮らしの糧を得るため、若者は傭われてマフィアの主催する地下のミサイル試合のための娯楽用ミサイルを作っていた。コロシアムで行われるビッグ・ゲームでは、戦士達は戦いを勝ち抜けば、やがてオクタビー伝説のようにあらゆる願いを叶えるとも歌われる。地下のミサイル試合はそうした夢やロマンとは無縁に、ただスリルと金を賭けての賭博である。無法な爆撃の応酬がくり返される中でも、若いミサイリストの作るミサイルはできるだけ無関係の市街に被害や汚染を広げないよう発射されたから、常に派手な破壊のみを求めている観客にとって、地下試合での彼の人気も奮わなかった。
ミサイルの技術に自負を持ちながら世に出ることはできず、無為に才能を埋もれさす日々に、若者も気持ちを燻らせてはいた。八百長試合でない、本当の闘いがしたかったし、一発で一つの文明を滅ぼす本物のミサイルを作り上げ、誰もを見返してやりたいと思わぬわけではなかった。そんなある夜、若者の貧しいラボに見知らぬ客が訪ねてきた。十字の飾りのついた覆面の紳士は、海洋都市からの使いと名乗り、伝説のエウテルペ人のような古風な話し方をした。
ガレージの灯の下で使者は語った。海洋都市ポセイドンでは優秀なミサイリストを求めている。都市の中枢制御体である巨大コンピュータは幾千世紀もの稼働を経て狂気に陥り、いまや市民一人ひとりの生まれて死ぬまでを鉄の規律に抑えつける暴君として振る舞うに至った。自由を求める人々はコンピュータ、ポセイドンへの反抗を試みたが、ポセイドンは古代の超科学による異次元の障壁に守られ、それに対する有効な兵器をもたない。ポセイドン破壊を可能とするのは、銀河神話の悪魔のミサイルのみ。そして、悪魔のミサイルを作り得るミサイリストは、この宇宙で現在、ただ一人しかいないというのである。
聞かされる話は荒唐無稽で、途方もない物語にもかかわらず、若者の気持ちは動いた。海洋都市の人々は厚い待遇を約束してくれた……だが、報酬や称賛が目的ではなかった。――私はいままで、自分は孤独な人間だと思い続けていたが、遠い海洋都市にも私を知ってくれている人々がいた――旅立つ理由は、それだけで十分に思えたのだ。
海洋都市にラボを移したミサイリストは、その地の社交界に迎えられて大いに名を知られ、もてはやされることになった。当時気鋭の科学者達とも交流ができ、乞われて講演を行ったりもするにつけ、彼自身の自尊心も大いに満たされた。都市の中枢コンピュータ、ポセイドンの実体は通常、都市の上空、宇宙空間に存在しているが、年に一度のメンテ祭りの日には大気圏に向かって降下を始める。攻撃のチャンスはこのときである。ただし、ミサイルの誘導に際して衛星をはじめ、一切のコンピュータネットワークを介してはならぬ。これは必ずやポセイドンに察知されるためである。すなわち、ミサイル自体の自律的な予測判断に頼まねばならぬが、それには高度な知性プログラムが必要だ。おおむねそうした議論が交わされたが、若者にはノーストリリアの古文献にもとづく自信があった。試すべき秘訣は全て分かっていると思った。
発射の日、ガレージに完成したミサイルの下で、ミサイリストは自分の子供と語り合う気持ちで作品と向き合っていた。そのミサイルがどのような外観、形状をしていたかは知られていない。(臆説するところでは、それは人の形をしていたともいわれる。)やがて降下してくるべき標的について、ミサイルはすでに全てのことを知っていた。発動を意思し、エンジンに点火した瞬間、それはガレージから忽然と飛び去り、ふわりと微風のような浮遊感だけを残して消えた。無限の紆余曲折をたどって因果の隅々に設けられた障害をくぐり、標的の存在の根源にまで突入、もろともに爆破し、過去現在未来にいたるあらゆる時空から消滅した。制御体ポセイドンは無に帰し、海洋都市の人々は解放された自由を喜んだ。
若いミサイリストは海洋都市を去り、その後の消息を絶った。その後、しだいに判明してきたことは、破壊された制御体ポセイドンは本物ではなく、ダミーであり、それは真のポセイドンを封印するために設けられたカウンター装置であった。ミサイリストの手でこの封印を破棄させることがポセイドンの当初からのもくろみであり、その結果解き放たれたポセイドンは真に悪魔的本性を表すことになったというが、そうした顛末はミサイリストの若者にとって、どうでもよかった。ミサイルに知性を与えるとき、ミサイリストはその意識体に己の魂を吹き込むという。自分自身の分身、わかり合う友、恋人ともいうべきミサイルを爆破したミサイリストは心傷つき、パイプを埋めて出家したのちは、ミサイルを弔いその供養に生涯を費したという。本当のことはわからない。ミサイリストの心の底を、誰が知っていようか。
ソードマスター伝
ソードマスターのラーラは目利きとして蒐集家界隈で有名だが、自ら剣を取っての腕前は、本人はそれほど強くないのではないかとの風評が立ったことがあった。そんな口さがなく噂するのもその頃巷にあふれる芥のごとき剣士くずれのいうことにすぎないが、そんな剣士の何人かが、あるとき実際にソードマスターのところに押しかけ、刀の鑑定に難癖つけるついでに彼女のキャリアについて嘲弄した。ソードマスターはいちいち議論もせず、浪人どもを道場に招いて四人まとめて叩きのめしてしまったというから、ソードマスターのラーラは剣術の実戦においてもスターダストに劣らない名人という評判になった。
もっとも、このラーラの武勇伝は、同名の星士のラーラ・スターダンスのそれと混同した話ともいわれ、それから年月が経つうち、本当のところは結局わからなくなった。
ソードマスターに性根を叩き直された四人は彼女に弟子入りを乞うて、また別の意味で迷惑をかけ続けた(弟子はとらない――とらないったら!)。この四剣士、侍センシ、侍ムサシ、侍ドクロ、侍マグマは、のちに侍プリッツと立ち合い斃された。